16.とある町の光景
検問を越えて町に入ると、異様な雰囲気が漂っていた。
ガヴラの言ったように町の人たちは皆生気のない顔をしていて、まるで操られているかのように同じ動作を繰り返している。明らかに部外者である私たちに視線を向けることすらしない。
「ひぃ、あっち」
「えっと、こっち?」
「ん」
幼女の指示従って道を進むと、路地裏に入った。
「うっ」
思わず服の袖で鼻と口を覆う。かなりの悪臭だ。
遺棄場の経験を活かしてマスクを買っていてよかった。毒ガスマスクみたいでちょっとゴツいのがあれだけど。
幼女もガヴラも平気そうなのが本当に人離れしてるなと思う。
それにしてもヒスタルフの貧民街が可愛く思えるくらいの光景だ。あそこは街外れだったからガラクタが散乱しつつも木々が鬱蒼としていた感じだけど、こっちはゴミ捨て場って感じ。
さすがに遺棄場よりはマシかもしれないけど、個人的にはこっちの方が気分が悪くなる。向こうは魔気と死臭、こっちは生ゴミとか排泄物とか、変な虫がいそうな感じ。というかいる。大きいハエみたいなのが飛び交ってる。
「うう……」
進みたくないことこの上ないけど、幼女がこの先を指しているので踵を返す訳にもいかない。
「ひぃ、だいじょうぶ?」
「大丈夫じゃないけど行くしかないよね……」
心配してくれる可愛い幼女を撫でながら、変なものを踏まないように足早に進む。
「ん?」
辿り着いた先は壁だった。私の背の三倍くらいはありそうで、飛び越えるとか登るなんてことは到底無理だ。ガヴラだったらどうにかなりそうだけど、ただの人間の私にはどうしようもできない。
「ヒオリ様、こちらを」
ガヴラが壁の下の方を指差す。
そして汚れることも厭わず、地面に手をついたかと思えば、その手をスライドさせた。
現れたのは、階段。
どうやら隠し扉があったらしい。よく分かったな。
「数はおよそ二十くらいですね」
「え、そんなことまで分かるの」
「行きましょう」
「え、あ、ちょっ」
身体が入るくらいの隙間を開けたかと思うと、ガヴラの片腕に抱えられた。そのまま中に入りながら、もう片方の腕で扉を閉める。
スマートな行動に若干イラっとしたし、腕を振りほどきたくはあったけど、何せ奥が暗すぎて抵抗するのは止めた。足を滑らせて落ちでもしたら骨折すること間違いなしだ。
真っ暗の中ゆっくり、けれども躊躇せず階段を下っていく。
そうして少ししたところで薄らと明かりが見えてきた。扉から漏れ出た光のようだった。
暗闇に目が慣れたことと少しの明かりでようやく周囲が捉えられるようになる。
扉の少し手前、壁に沿って立ち止まり、様子を窺うようなガヴラ。
「いいか」
「ん」
ガヴラと幼女が短い会話をする。いつの間にそんな通じ合う仲になったのか、妬けるんだけど。
強者同士の間に割って入ることもできず、ひとまず二人に流れを任せるしかない。
スッと目を細めたかと思うと、ガヴラが扉を開けて中に押し入る。
「だっ、誰だ!?」
一番近くにいた男が驚き警戒した態勢を取る。
動こうといたガヴラの服を掴み、制する。
狭い空間にいたのは確かに二十人ほど。それに私たちが突撃したから人口密度はなかなかだ。
「……」
沈黙が流れる。
初めは攻撃してきそうな男も睨んではいるものの、その他の行動には移さない。
これを機に観察してみる。
薄汚れた倉庫のような場所で、端の方に食料のようなものが入った袋がいくつかある。棚や立て掛けられている武器には埃が被っていて、恐らく長期的に使っていた場所ではないと思われる。マスクをしているから臭いまでは分からないけど、外よりはマシそうだった。
そして人物。ほとんどが三十代以上に見えた。多分女性が一人、あとは男性。
一番奥に座っている、この中で一番若そうな男が少しだけ気になった。この場で唯一の女性が彼を庇うように立ちはだかっている。
なるほど、あの人がここで一番偉い人かな。
この人たちがいい人たちなのか悪い人たちなのかは分からない。とにかく話してみないことには始まらない。
それなのに、緊張感とも言うべきか、みんな口を開こうともしない。
私を抱えているガヴラを見上げてみるけど、真顔で目の前を見つめているだけだった。対するここの人たちは、みんなガヴラを警戒しているのか睨んでいる。
「ヒオリ様、どうか指示を」
「え」
いやいや、私がどうにかできる場面!?
「あ、あー……ちょっとこの町について聞きたいんですけど、どなたか代表の方はいらっしゃいますか」
この状態で話しても恰好がつかないので、ひとまずガヴラに下ろしてもらう。ついでにマスクも外す。
「……あなた方は?」
声を上げたのは、やっぱり一番奥の男だった。
「えっと、私たちはただの旅人なんですが、隣町のおじさんからこの町にいる娘さんに連絡が取れないから見てきてほしいって頼まれまして」
まあ怪しいよね。こんな凸凹トリオが隠れ家っぽいところに突入してきたんだし。
「父上の差し金……ではないようだね」
「ドニス様、信用できません……!」
「他の者たちと一緒ならこうして会話などできないよ。問答無用で攻撃してくるだろう」
「で、ですが……」
一番偉そうな人とはひとまず話ができそう。さすがにすぐに信用してもらえるとは思ってないけど、事情が分かるならよかった。
「最初に言っておきたいんですけど、本当に私たちはここの事情は知らなくて、むしろ知りたくて来たんです。父上が誰なのかも知らないし」
「そうみたいだね。父上は僕の父──ここの町長のことだよ」
おお。町長の息子さんか。それなら堂々とした態度も偉そうな人に見えるのも分かる。
「町の人たちがおかしいのも町長さんのせいなんですか?」
「そう……だね。元を辿れば、僕が悪いんだけど」
「ドニスは悪くないわ」
暗い顔で苦笑する町長の息子ことドニスさんに、今まで黙っていた紅一点の彼女が食い気味に否定する。
「ここにずっといても仕方ない。その内食糧が底をつくか、ここが見つかるしかないだろう。ここまで来てくれた君たちを信じて、話したい。長いけど、聞いてくれるかい?」
「はい」
ドニスさんは視線を落として、悲し気な表情で語る。
「父上は本当にいい人だったんだ。そして優しかった。だから、おかしくなってしまった。僕が病気になってしまったせいで」




