14.とあるおじさんのお願い
「ん~、よく寝た……」
昨日は宿に泊まって久しぶりにお風呂に入れて、ベッドと布団で眠れて満足だ。やっぱりこの贅沢は譲れないね。
「ひぃ」
「おはよ、ミレスちゃん」
「おはよ」
「ん~! ミレスちゃん今日も可愛いぞ~!」
感情の起伏も出てきて、挨拶も覚えて、人間味が増している幼女が可愛すぎる。
ぐりぐりと頬を頭に擦りつけて抱き締める腕に文句を言うことすら愛おしい。
「おはようございます。ヒオリ様、お目覚めですか」
ドアをノックされ、程好い低音が響く。
部屋を別に取ると言ったのに、ここで十分だと頑として譲らなかったガヴラは、一晩中ドアの前にいた。
幼女の実力は知っているようだから護衛の必要はないのも分かっているはずだけど、多分気が済まなかったんだろう。何かこう、昨日からまたこっちを見る顔つきが変わった気がするし。
「お待たせ」
身支度を終えて部屋を出る。
飽きもせず立ったままのガヴラが頭を下げてきた。
外はすっかり日が登っていて、多分昼過ぎなんだろうなということが何となく分かった。
一応着替えたけど、今日ものんびり過ごすつもりだ。明日か明後日くらいに町を出るくらいでいいかな。
「ヒオリ様に会いたいという人間がいますが、どうしますか」
「え? 何の用だろ」
「下で待っています」
「分かった」
昨日食べ過ぎて今はお腹空いてないし、先に用件でも聞きますか。
幼女を抱えて宿の一階に下りると、こちらを見て顔色を変えたおじさんがいた。暗いような、焦ったような表情が和らいだ感じ。
「ヒオリ様、でしょうか」
「あ、はい。何か用事があるとかで」
「実は折り入ってお願いがありまして……!」
泣きつく勢いで前のめりに詰め寄られ、思わず数歩後退する。
何だか嫌な予感、とまでは言わないけど、いい感じはしない。面倒事に違いない。
「お話だけでも、どうか……!!」
「と、とりあえず、座って話しましょう」
「ありがとうございます……!」
勢いに負けながら、ひとまず食堂の端のほうの席に着いた。
幼女にはお任せで料理を、自分用に飲み物を貰っておじさんとの話し合いに臨む。
ちなみにガヴラはすでに食事を済ませたとかで、斜め後ろに立ったままだ。目立つし威圧感凄そう。
「隣町の様子を見てきて欲しいのです」
おじさんが眉をハの字にしながら申し訳なさそうに言う。
何だか曖昧なお願いだな。もっと何かが起こっているのかと思った。
「それは、どういう……?」
「実は、娘と連絡が取れないんです」
「……はぁ。それは、心配ですね」
この世界に電子メールなんてないから、多分手紙が届かないとかなんだろうけど、色々原因は考えられそうだからなあ。娘さんの身に何かあったとは断定できない。
「はい。何通も手紙を送ったのですが、返事がなく……意を決して隣町まで行ったのですが、途中に検問があってこれ以上先には行けないと。何があったのかすら教えられないと言うのです」
また検問か。ベルジュロー家絡みじゃないだろうな。捕まったからさすがにそれはないと信じたい。
それにしても検問の理由まで教えられないなんて、何事なんだろうね。というか、それが罷り通るのか。
「そういう時、どこかに連絡するとかないんですか? ここの町長さんに相談するとか」
「もちろん相談しました。隣町への配達などもありますし、商人の他にも困っている人は少なくないので……しかし、確認してもらったところ、領主様にも許可を得ているからと、向こうの問題が落ち着くまではどうしようもないと……」
「はぁ、なるほど」
これもテア様の管轄内なのか。本当に領主様って大変だね。
地図上ではこの少し先……多分隣町よりは先になると別の領地になるみたいだけど、これだけ広いと管理するのも一苦労どころじゃないよね。こんな遠い町のことまで迅速に対応なんてできない。
「まあその領主様からの許可っていうのは嘘っぽいですね。テア様からそんなこと聞いてないし、そんな意味の分からないことはしないと思います」
「そうですよね……! 私もそうだとは思うのですが、町長同士で話がついている以上どうしようもできず……そこで領主様とも繋がりのあるヒオリ様にお願いしたく……」
涙目になって顔を覆うおじさん。余程娘さんが心配らしい。
とにかく話は分かった。そういうことなら確かに私が話を聞いてもいいかもしれない。テア様の名前を出せばどうにかなるかも。隣町で何かあっても幼女がいれば対応できるしね。
しかもおじさんから詳しい話を聞いていると、ここから隣町は結構な距離がある上、獣道でありヒスロ便で行くのはかなり厳しいらしい。その点でも幼女の黒い枝があれば問題ない。
「娘さんに出した手紙がどうなっているか分からないので、別の手紙を用意してもらえますか? もし会えたら渡しときます」
「ああ、ああ、ありがとうございます! こちらに……!」
拝み倒しそうな勢いで頭を下げながら懐から手紙を取り出すおじさん。用意がいいな。
「じゃあちょっと行ってきます」
「え? 今から、ですか? もし泊まれなかったら夜になってしまいますが……」
「あ、大丈夫です。片道そんなに時間かからないと思うので」
「は、はぁ」
普通にヒスロで行けば数時間かかるみたいだから、隣町に入れず往復することを考えたら明日の朝のほうがいいんだろうけど、幼女の黒い枝ならそこまでかからないからね。
納得できないような、心配そうな顔をしたおじさんと別れ、宿の外に出る。
「さて、ミレスちゃん。一仕事お願いしてもいい?」
「ん」
「ガヴラはどうする? ここにいていいけど」
「もちろんお供します」
「あ、そ」
まあそう言うと思ったけど。
なるべく人がいない場所を通ってもらう予定だけど、黒い枝にぐるぐる巻きにされる人数が増えると余計に目立つから置いていきたかったんだけどな。ただでさえ図体でかいし。
「じゃあミレスちゃん、隣町までお願いね」
「ん」
町から少し離れたところで、いつものように黒い枝が私と幼女を持ち上げる。
「あれ?」
そのまま、助走もつけずに加速した。
どんどん木々の間を抜けていく。
ガヴラを置き去りにして。
「あー……」
どうしようかと思っていると、幼女がこちらを見上げてくる。
「だいじょうぶ。がぅ、いる」
「え」
後ろを振り返ると、走ったり木の上を飛び回ったりしている黒い影が見えた。肉眼では追えないけど、多分ガヴラなんだろう。
いや、人間離れしているとは思ってたけど、こんな漫画やアニメで見るような動きをするなんて。
そういえば遺棄場から身一つで追いかけてきたんだよね。そのくらいの身体能力はあるのか。
これからのことを考えると安心したような、不安になるような。国一つくらい越えないと追いかけてきそうで若干怖い。
そんなことを考えつつしばらくすると、黒い枝が減速した。
「ひと、いる」
「ん、ありがと」
少し離れたところで緩やかに止まり、徒歩で近づく。
検問と言っても人が通せんぼしているだけかと思いきや、何やら小屋のようなものが見える。元々ただの道だったらしいから、いつ建てられたのか謎だ。
検問自体が最近なら、こんな山奥の獣道で材料を運ぶのも大変だろうし、短期間で建てたとなったら結構大きな組織的なものを感じる。個人とか数人の力じゃどうにもならなさそう。
え、ベルジュロー家以上に面倒なことじゃないよね。




