13.ほぼ半分の年齢だからね
「じゃ、さっきの服屋さんに戻りますか」
「ん」
「はい」
二人から特に質問もなく、すぐに服屋に到着した。
町の広場から案内してくれたお姉さんがにこやかにこちらへ来る。
「とてもお似合いですね」
「ありがとうございます。それに服を届けてもらったみたいで」
「ヒオリ様がお疲れのようでしたので」
美容室で寝てしまってすみません。
前の世界でもよくあることだったけど、寝ている人間相手に髪を切るなんて大変だろうに本当に申し訳なかった。
「服のお預かりもお申し込みいただきありがとうございます」
「いえ、こちらこそそれは本当にありがとうございます……!」
頭を下げるお姉さんに負けじとお辞儀をする。
少しして顔を上げると、笑みを湛えたままのお姉さんと目が合う。
「他にご用がありましたでしょうか」
「あ、そうなんです。こいつの服を見繕って欲しくて」
「え」
指を差されたガヴラが少し驚いた顔をする。
「いや、オレは」
「まさかその格好でウロウロするつもりじゃないよね」
「あ、その」
「という訳で、お姉さんお願いします」
「畏まりました」
遺棄場にいた時とは打って変わってたじたじの様子のガヴラは、美容室の時と同じように笑顔が素敵なお姉さんに連れられていった。借りてきた猫とはこのことか。
「おー、いいじゃん」
あまり目立ちすぎないようにというこちらの要望を押さえつつ、お姉さんのセンスでいい感じに仕上がったガヴラは、何とも言えない表情で突っ立っている。
対して、お姉さんは自慢気に頷いた。
「従者としてはこれ以上ないほどの装いだと思います」
「そっすね」
私がお偉いさんだったら鼻高々だと思うよ。こんな高身長イケメンが甲斐甲斐しく世話焼いてくれるんだからね。
まあ、私は嬉しくないけど。
ちなみにお姉さんが従者うんぬん言っているのは、私が美容室で寝落ちしている時にゾダの一族ことを聞いたんだとか。羨ましいと力強く言われた。
あげられるものならあげたいよ。
終始ごきげんなお姉さん相手に会計を済ませて店を出ると、もう辺りは暗くなり始めていた。
今日はもう疲れたし、ゆっくり休みたい。
「いやー、結構な出費だったけど、そんな時もあるよね。地域貢献ってことで。それにしてもカード払いができるのめっちゃ便利」
そう、何を隠そうさっきのような美容室や服屋では身分証で支払いができるのだ。もっと都会のほうでしか使えない機能だとばかり思っていた。現金を下ろすの面倒だったからありがたい。
嵩張る現金を持ち合わせていない貴族様のため、ほとんどの高級店が導入しているらしい。多分ヒスタルフにもあったんだろうけど、私は貴族には見えないしね。今度からは積極的にお店の人に聞いてみよう。
「ヒオリ様~!」
遠くから男性の声がする。
徐々に近づいてくる彼は、ここで最初に会った青年だ。
「用事は終わりましたか? 宿を用意してますので、ぜひいらしてください!」
「あ、ありがとうございます」
ちょうど探そうと思っていたところだからありがたいけど、至れり尽くせりでちょっと怖いな。
「でも、これでやっとベッドで眠れる……」
布団に勝るものはないのよ。これで身体の節々の痛みともおさらばだ。
「それでは長旅お疲れさまでした!」
宿に着くと、青年はお役御免とばかりに颯爽と帰っていった。何か悪いね……。
それにしても、ここに来るまでにも何人かに声をかけられ、感謝され、両手を握られ泣かれ……と物語の中の勇者様かってくらいの対応に少し慣れつつあるのも怖い。幼女の名声的には嬉しいんだけれども。
「そういえば部屋は一緒かな。別だといいんだけど」
「ひぃ、いっしょ」
「もちろんミレスちゃんとは一緒だよ」
「……」
「何でさっきから黙ったままなの? 部屋が分かれるくらい納得してよ」
お店で新しいを着たときくらいからずっと黙ったままのガヴラ。
遺棄場に残ることを了承したくらいだから、部屋が別々になることくらいよさそうなものだけど。
「……なぜ」
「ん?」
「なぜ、ここまでしてくださるのですか」
「え?」
何を言うのかと思えば、そこ?
「ここまでって意味が分からないけど、あんなボロボロのあんたと一緒にいたくないだけだよ。目立つし」
「それだけの、理由で」
「いやいや十分な理由でしょ。どんだけスプラッタだったと思ってんの」
あんなのと一緒に歩くなんてホラーだわ。
そう言って説明するも、何だか暗い雰囲気のガヴラ。
あれか、綺麗なものが落ち着かないタイプか? それとも他人の施しは受けねぇよタイプか。
「……今まで、こんなに気にしてもらったことなどありませんでした」
どっちも違うらしい。
「あー……何だっけ、ポー何とかにいた時の話?」
「はい。奴らはオレがどれだけ血を流そうと、死にかけようとお構いなしでした」
「酷い奴らだね」
「戦うことしかできないオレに、こんな高価なものを与えるなんて、有り得ません」
あれ、何でちょっと私が非難されてる感じなの。
「戦うだけってことはないでしょ。遺棄場でも立派にサバイバル指南してたじゃん。ちゃんと他の人とも協力できてたし、私が泉に近づきすぎたときも遠ざけてくれたし」
「……」
「それにあれ、お金のことが気になるんだったら稼いで返してくれればいいし」
言うてこのお金も幼女のお陰だから私のものって威張れないけど。
「……」
尚も晴れない表情のガヴラ。
今度は暗い訳ではないけど、戸惑っているようにも思えた。
「んー……」
ちょいちょい、と屈むようにジェスチャー。大人しく頭を下げるどころか膝をつくガヴラ。
その頭をぽんぽんと軽く叩いて、撫でた。
「辛かったよね。今までよく頑張った」
「……!」
図体ばかりでかくなって忘れていたけど、まだ十六歳なんだよね。しかも小さい頃から腐った大人たちにいいように使われて、遺棄場に置いていかれて。
それに幼女もそうだけど、特に家族や愛情というものを知らないんだろうな。善意や好意にも触れる機会がなかったんだろう。
まだ、子どもなのに。子どもらしい人生を歩むことができなかった。
「そりゃ多少は歪むわな」
されるがままのガヴラの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「……ヒオリ様」
「何?」
「どこまでも、お供します」
膝をついたまま、真剣な顔で見上げるガヴラ。この流れで拒否することもできず、曖昧に笑うことしかできなかった。
幼女がちょっと不機嫌そうになったのは言うまでもない。




