10.困惑の歓迎
「……う……」
「ひぃ」
「ん、んん……」
意識が浮上する。
ぼんやりとした思考のまま目を開けると、幼女が顔を覗き込んでいるのが分かった。
「あ、れ……」
周囲を見渡すと、木々に囲まれていた。
どうやら黒い枝に巻かれたまま意識を失っていたらしい。
何があったんだっけ、と思考を巡らせる。
「……あっ」
そうだ。結界を抜けるところだった。そこで幼女が変な声を上げたと思ったら、ホワイトアウトしたんだ。
別に手足は動くし、どこも痛いところはない。結界を抜けるときのペナルティは特に受けていないみたいだった。
「ごめん、なさい」
「ん? 何で?」
「ちから、いれすぎた」
「どゆこと」
詳しく事情を聞けば、結界を抜けるときに魔力ないしは霊力を使ったものの、力加減を間違ってしまったと。そのせいで私に強い反動が行ってしまって気絶したらしい。
「なるほど。まあ無事でよかったよ。ところでここどこ?」
「まちの、ちかく」
「そっか、ありがと。じゃあ町に入ろ」
「ん」
私が気を失ってからも、命に別条はないと分かっているためとりあえず町の近くまで走ってくれていたらしい。
どんどん状況判断もできるようになっていて頼もしいね。
しばらく歩くと町に着いた。ぱっと見、そこまで大きくはなさそう。
ずっとヒスタルフにいたからか閑散として見えるというか、こじんまりとしている。人通りも疎らで、武装したような人も多く、グルイメアの最寄りの町と似た雰囲気を感じた。さすがにあそこまで殺伐というか剣呑な雰囲気はないけど。
規模としてはマルウェンくらいかな。
今まで最初に見かけた人たちは大体暗い雰囲気だったけど、ここの人たちはみんな明るく活気があるように見える。
「もしかして、ヒオリ様ですか……?」
一人の青年が近づいてくる。その顔に覚えはない。
もしかして、ヒスタルフかマルウェンで結果的に助けた人かな。
「えっと」
「そちらはミレス様ですね! よかった、お待ちしておりました!」
「え?」
「こちらへどうぞ!」
「あ、ちょっ」
何が何だか分からないまま、青年に連れられてどこかへ向かうことになった。
道中、色々な人から声を掛けられ、しかもそれが全部好意的なもので、町全体で歓迎しているような雰囲気だったから余計に頭の中がハテナだらけだった。何がどうなっているんだか。
連れられた先は広場のテーブルだった。周囲は出店が立ち並び、屋外のフードコートのようで、端の方では色々な人が飲食を楽しんでいるようだった。
その中心に案内され、遠慮したいことこの上なかったものの、事情が全く呑み込めずされるがままだ。話を聞こうにも、最初の青年は姿を消して代わる代わるに違う人がやってきてはにこやかに挨拶をしてくる。
「あ、あの」
「長旅お疲れでしょう。こちらどうぞ」
「いや」
「こっちもどうぞー!」
「あの」
「まだまだたくさんあるので遠慮しないでくださいね!」
知らない町の人たちが、どんどんテーブルに料理を置いていく。口を挟む暇すらない。
「ひぃ、たべていい?」
「あ、うん。どうぞ」
遺棄場にいた時、ガヴラに対抗してか結構な量を食べるようになった幼女。食に興味を持ってくれたのは嬉しいし、こんな量食べきれないからありがたいんだけど、このもてなしの理由が分からなすぎる。
テーブルの上には所狭しと並んだ様々な料理。黒い枝を使いながら遠くのものまで上手にちまちまと食べている幼女。何だこの状況。
「いただきます……」
とりあえず、こんなに好意的に接してくれているのでさすがに毒はないだろうし、せっかくの料理が冷めてもいけないので近くの肉料理から手を付ける。
「ん、んま」
あー、やっぱりタレはいいよね。遺棄場では塩と香草くらいしか味がなかったから、調味料のありがたみを感じる。
「ミレスちゃん、おいしい?」
「ん」
満足そうに頷きながら、ちびちびと料理を食べ進める幼女。頬を膨らませでもすればハムスターみたいで可愛いけど、そんなこともなく、よく噛んでいるのか分からないくらい次々と口の中に入れている。喉詰まらせたりはしないだろうけど、大丈夫かな。
「ヒオリ様、お口に合いますか?」
最初の青年が戻ってきてにこやかに問いかけてくる。
「あ、はい。おいしいです。ありがとうございます。でも何でこんな歓迎受けてるんですかね」
「何を言っているんですか! ヒオリ様とミレス様は救世主だとお聞きしています」
「メッズリカで知らない人なんていないんじゃないですか?」
「そうですよ。本当に感謝しています」
私たちの会話を聞いていたのか、近くにいた人たちが次々に反応する。
どういうことだ。いや、思い当たることはあるけど、誰がそんなこと──。
「って、テア様か……?」
国に報告するって言ってたしな。それにしても、ここからヒスタルフまで結構距離があるのに、ネットもないこの世界で噂が回るの早くないか。
「ここへ来る途中の落石も退かしてくれたんですよね!」
「お陰で積荷が無駄にならなくて済みました」
「メイエン家を助けたんだってね!」
「私の娘はヒスタルフにいるのですが、危獣も害獣も出なくて幸せだと聞きました」
「僕もマルウェンに住んでるんだけど、本当に助かったよ……!」
「あ、はあ……」
町の人たちの勢いに曖昧な笑顔を浮かべることしかできない。
悪い噂が広がるより遥かにいいんだけど、むしろ幼女の名声が上がるのは願ってもないことなんだけど、こうも好意を向けられると背中がムズ痒いというか何というか。
まあとにかくこうしてもてなされる理由は分かった。ありがたいことに、幼女の活躍が広まっているみたいだ。当の本人は全く気にせずずっと食事を続けているけど。一体その小さな身体のどこに収まっているんだか。
私は衰えた胃に負けて腹八分というところでこれ以上は遠慮しようと思った、その時だった。
「キャァッ!」
「うわぁッ!」
ドンッ! と突然大きな音がしたかと思えば、少し離れたところから悲鳴が聞こえた。騒がしい群衆の間から、頭一つ抜き出た何かがやってくる。
「ひぃ、がぅ」
「え?」
料理を口に運ぶ黒い手を止めて、幼女がこちらを見る。そして黒い枝で騒ぎの方を指した。
「──げ」
「ヒオリ様」
そこにいたのは高身長ワイルドイケメンのガヴラだった。陽の光が当たって黒髪が紫っぽく見える──って、そんなことはどうでもいい。
「いやいやいや」
再会早すぎるわ。
「というか、何でそんなズタボロなの!?」
美丈夫のマントはおろか、皮膚までボロボロで全身から出血している。ぼたぼたと流れ落ちる血が地面を汚す。
グロい。ゾンビとまではいかないけど、歩く十八禁だ。
これはあれか、結界のペナルティか。ダメージを負ったけど出ることはできたってことか。
なんてこった。問題を先延ばしにしたツケが早速回ってきてしまった。




