8.泉(浄化後)
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「ヒオリ様、食事の用意ができました」
「あ、ありがと」
ガヴラが頭を下げて用件を伝えに来る。
敬語とか様づけとかやめてくれって感じだったけど、もう慣れてしまった。
初めは毎回片膝をついて頭を下げたり手を差し出してエスコートしようとしたりと、最早迷惑行為でしかないそれに頭を抱えたいくらいだったけど、どうにか言い聞かせてやめてもらった。他のみんながゾダの一族に限らず従者の主に対しての言動としては当たり前だとか言うもんだから、余計に困った。
そりゃ、王様だとか貴族様だとかに対してなら分かるけど、私はただの一般市民、いやこの世界じゃ市民権すら持ってないただのアラサーだし。望みもしない従者、そしてその忠誠に苦い顔くらいする。
結局ガヴラをどうするかいい案が思いつかないまま今日まで来てしまった。
ガヴラが結界を抜けられるか分からないしここに置いていくのが一番なんだけど、あの尽くしっぷりを見るとどれだけ自分がダメージを負おうが無理矢理突破しそうだからなぁ。さすがに目の前でズタボロになるところなんて見たくない。
このままここで自給自足を続けることに生きがいを感じて自分から残るって言ってくれないかな。
無理か。「ヒオリ様のお役に立てるように」とか言って毎日早起きして鍛錬してるくらいだし。
そんなことを考えながら、会議以外では大衆食堂と化している大きな家に向かう。
中に入り、中央の立派なテーブルに近づくと、いつもの肉の香ばしい匂いとは違った匂いがした。
「さ、魚……!?」
皿に乗っているそれは正しく焼き魚だった。ここに来て初めての魚だ。そんなに魚が好きという訳ではなかったけど、こうも毎回肉だと魚が恋しくなってくるというもの。
「にく、じゃない?」
「うん。魚だよ。水の中で泳いでるんだけど」
膝の上で首を傾げる幼女の頭を撫でる。
ヒスタルフでは飲み物とかデザートばかり食べてたし、ここでは肉しかなかったから魚が何か分からないのか。グルイメアでも水中に生物は見当たらなかったから想像もできないのかもしれない。
「泉にいたモノがようやく食せるまでに成長したので」
「え、すご」
言うて泉が復活してから一週間くらいしか経ってないんだけど。水が綺麗になったり木々が成長したりするスピードも凄かったけど、魚の成長まで早いとは。
というか、卵か稚魚か知らないけど、一体どこから……。
「どうかしましたか」
「あ、いや、何でも」
夏前のプールもとい浄化される前の泉を思い出して一瞬食べるのを躊躇したけど、他のみんながおいしそうに食べているのを見て考えを頭の隅に追いやった。
◇
久しぶりの魚の味に感動しつつ食事を終えたあと、幼女の「ひぃ、さかな、みたい」という嬉しい好奇心の言葉で泉に向かった。
今じゃ起きる度にちょうどいい冷たさの水が入った木製の容器が準備されているので顔を洗うために泉にいくこともなくなっていた。寝ているときまで監視されているみたいなのでプライバシーも何もあったもんじゃない。
ちなみに何だかんだと水浴びは回避され、身体を拭いたり髪を洗ったりするための水もその都度準備されていた。
早くガヴラをどうにかしないと、と思いながら泉まで歩くと、そこで見た景色に言葉と思考を奪われた。
「……え? やば」
陽の光を受けてキラキラと輝く水面。周囲には緑が生い茂り、立派に成長した木は様々な実をつけている。
近づいてみれば、水は澄み切ってゴミ一つ浮かんでない。色々な魚が泳いでいる。
そして一番驚くのは、泉の中央にある大木。まるで何年も前からそこにあったかのような存在感のそれは、樹齢千年と言われても納得できそうなくらい巨大で立派なものだった。
泉が浄化されてから陰鬱だった雰囲気がびっくりするほど一転して、そよ風ですら心地よく感じるくらいだったけど、それ以上だ。ここにいると身体がじんわりと温まる気がするし、目が覚めてすっきりするというか、今までの悩みがどうでもいいことのように心が軽やかになる。
いっそ洗脳にでもあっているんじゃないかというほど心身ともに元気になってしまうこの場に、ちょっと怖くなった。
これが霊気が豊富ってことなのか。異世界人で大した霊気も持ってない私ですらこれだから、この世界の人たちはもっと元気というか、幸福に違いない。
──だからか。死にそうな身体と顔をしていたこの遺棄場の人たちが、めちゃくちゃ生き生きとして見えたのは。食事や休憩も惜しまずせっせと働けていたのは。
まるで麻薬みたいだな、と思いながらぼんやりと泉を眺める。
幼女は泉や水中を泳ぐ魚たちに興味があるようで、覗き込んでは黒い枝を揺らしている。このまま生け捕りでもしそうだ。
「ヒオリ様」
「……ガヴラ」
「あまり近づきすぎない方がよろしいかと」
いつの間にか現れた少年にそっと肩を抱かれ、泉から遠ざけられる。
少し離れたところで、ふっと我に返った。
「え、今の何だったんだ」
「恐らく、あまり霊力を持たないヒオリ様には霊気が濃すぎたのでしょう」
何それ。酸素中毒みたいなものか。こっわ。何でもできそうな気分だったよ。アイキャンフライだったよ。
幼女が無事なのは……まあ、今さら驚くことでもないか。
「それを知ってて泉に近づかせないようにしてたの?」
「そうではないかと思っていましたが、わざわざ確かめることもありませんので」
「さいですか……」
泉に用ができないように自分が立ち回ればいいってか。
お陰で助かったけど、それならそうと最初から言ってほしい。
「あの真ん中にある大きな木は何なの?」
「霊大樹と呼ばれる高濃度の霊気を放出する木です。かつては精霊が好んだ聖なる大樹とも言われています。ツェビフェリューの泉が霊気に溢れているのはあの木のお陰です。“気”に侵されたあとも根までは朽ちていなかったのでしょう」
「へぇ」
益々浄化した幼女の凄さとか、この地の再生力に驚く。私には全然分からないけど、この世界の人たちには本当にいい土地なんだろうな。
メイエン家の鉱山で会ったあの精霊も、ここなら喜ぶんじゃないだろうか。
あ、あの毛玉──もとい、聖獣もここにいたら復活するのも早いのでは?
でもここの実態を他に知られる訳にはいかないから、難しいか。あの聖獣、ヒスタルフで名物みたいになってるはずだし連れ出したら騒ぎになるに違いない。
「そんな凄い木があるなら余計にここがバレるといけないね」
「霊大樹は他にも存在するそうですが、この地のものは群を抜いて霊気が濃いそうです」
「そうなんだ」
どのくらいの分布か分からないけど、多分ヒスタルフから一番近いのはここだよね。他に近い場所があればテア様が言うだろうし。
まあここの泉の水もいい霊気みたいだから、また今度ヒスタルフに行くときにでも寄りますかね。毛玉のまま水につける訳にはいかないけど、霧吹きみたいに少し水をかけるだけでも違うかもしれないし。




