7.自給自足の日々
食事の準備ができたというので向かうと、どうやって火を熾したのかみんなで焚き木を囲んでいた。火の近くには串刺しにされた肉が焼かれていて、食欲を刺激する匂いがする。
ヒスタルフではだらけすぎててあまり食べると余計に太るから高カロリーなものは避けてたんだけど、今日は許されるよね。泉を浄化するのに体力奪われたからね。
いっそその時脂肪もごっそり持っていってくれたらよかったのに、とお腹についた贅肉を少し恨む。楽して痩せたいのは全おデブの望みだ。多分。
火もそうだけど、何もかも朽ち果てたここで肉を切るものや皿なんかどうしたのかと思ったけど、木を切って即席のナイフと皿を作ったみたいだった。しかもガヴラの提案で、彼が主に作って細かなところは工芸品をつくっていた女性が仕上げたと。なかなかに協力しているようでよろしい。
「泉の霊気の恩恵を受けた木剣は、普通の剣と比べても引けを取らない。使い手次第では強力な武器となる」
などと、肉が焼き上がるまでの間にガヴラがみんなに説明していた。
というのも、泉が浄化されたことで良質で高濃度の霊気が溢れ、周囲に気づかれる可能性もあるかららしい。一応何者かが入り込んでしまった場合や危獣が出現したときの護身術、食料調達の狩猟も兼ねていると。
一緒に火の熾し方やこの辺りで食べられるものとそうでないものの説明もしていた。食後は実線を兼ねて狩りや戦いの指南をするらしい。
さすが野生動物や危獣を相手に身体的な進化を遂げた戦闘民族。サバイバル能力が高い。
「さて、ひとまず食事にしよう」
言いながら焼けた肉を切り分けていくガヴラ。協調性ないと思ってたけど、意外と気配りもできるしいい奴なのかもしれない。
昨日までの少年とは外見も言動も違い過ぎて戸惑うけど、もう別人だと思うことにしよう。ガリガリで陰鬱そうな少年はいなかった、うん。
「ヒオリ様、地面が硬いようでしたらオレが椅子になりますが」
「やめて」
変なところに気を回さなくていいんだよ。大体何なのその忠誠は。方向性がおかしいでしょ。
「ひぃ」
今度は幼女が黒い枝で椅子のような形を作り出した。器用だな。
じゃなくて、何張り合ってるの。しかもちょっとドヤ顔だし。
やっぱり嫉妬しないまでも、従者になるというガヴラに何かしら思うところがあったのか。
「いや、いいよ。目立つし」
黒い枝に慣れたのかほとんどの人は気にしていないようだったけど、一人だけ変な椅子に座っていたら嫌でも目立つ。というか何だか一人偉そうで落ち着かない。
「それよりも早く椅子とかテーブルとか作るの頑張って」
「は。ヒオリ様が平等を好むのであれば、必要な物は全て揃えましょう」
「はぁ」
もう好きにして。
◇
それから数日が経った。
衣食住のうち、服はどうにもならなかったけど、他二つはどうにか問題をクリアしていった。
最初にできた大きな家は中央にテーブルと椅子を置いた会議室と、端の方に休憩できる場所がある。集会所兼簡易救護室のようなものだ。
その後はいくつかの家を建てることにして、話し合った結果、男女別、気が合うなどの大雑把な理由で別れて生活することになった。どの家もとりあえず外側を作ることを優先したために中はまだまだ完成とは程遠い。それでもこんな短期間で三十人近くがある程度のコミュニティに分かれた生活ができるようになったのは凄いことだと思う。
もちろんみんな頑張ってくれたお陰だけど、幼女と少年の活躍が凄まじかった。
まるで張り合うように自分はこれだけできる、と真顔で二人に示され、反応に困っていると、不服と捉えたのかどんどん作業を進めていった。木の伐採、家や家具類の組み立てなど、力作業から芸術品でも作っているのかというほど細かなものまで、とにかくフルスロットルで動いた。
他の人たちは最初こそ唖然としていたけど、二人の人間離れした動きや体力を見ていたらあれは別物だと納得したのか今では誰も突っ込まなくなった。「精霊様の寵愛を受けた幼子とゾダの一族だからなぁ」で済んでいる。
ミレスちゃん、どちらかというと精霊より魔に愛されてると思うけどね。魔族にも魔王みたいな一番偉い奴がいるんだろうか。精霊は複数いるみたいだけど。
荒れ地だった時と比べQOLは格段に上がって、みんなはそれはもう嬉しそうで幸せそうだったんだけど、やっぱり柔らかい布団でゆっくりしたい。草とか葉っぱを敷き詰めると木だけのベッドよりはマシではあるけど、普通のベッドには勝てない。メイエン家の寝具が格別だっただけにどうしても比較してしまう。でもそんなこと、喜んでいるみんなには言えない。
早くここを充実させて次の町に行きたいと思う時もあるものの、この数日で幼女の新たな面も発見したし、ここでの生活も悪いことばかりじゃなかった。
ガヴラが石を投げて鳥を打ち落とすという超人的な狩りを見せつける中、対抗して幼女も投擲したんだけど、私と同じくノーコンだったことにちょっと安心した。標的に当たらなかった時のミレスちゃんの顔でご飯三杯はいける。
まあ結局、黒い枝を伸ばして直接獲物をゲットするという荒業を見せていたけど。
そうして過ごすこと更に数日。私の腰と身体の節々が限界に近づいてきた頃、ついに最低限の居住環境が整った。後は個人的に欲しいものを各々自作するという段階だ。
今ではガヴラに鍛えられた狩り部隊と家事の担当に分かれ、性別も出身もバラバラだったみんなが一つの集落として成立するまでに至った。
もちろんその過程で文句やら仲違いやらもあったけど、今のところうまく収まっている。まあ、これからも集団生活をしていくならぶつかる壁はあるだろうしね。その辺はおじさんがうまくやってくれるはず。
「ひぃ、みて」
「ん?」
幼女に服の袖を引っ張られる。そっちを向くと、黒い枝でできた塔のようなオブジェがあった。
「す、すごいね」
一人でごそごそ何かやってるかと思ったらあやとりしたのか。
前に暇で一人あやとりしてたの見てたから、それで学習したんだろう。それにしても複雑を通り越して芸術的すぎてびびるわ。
幼女は私の反応に満足したのか、ややドヤ顔らしき表情を見せて、パッと塔のようなオブジェを崩したかと思えば、また何か作り始めた。
大分表情も分かりやすくなったし、少しずつ自主的に何かをするようにもなったし、成長してるなぁ。
初めは可愛すぎて悶えることのほうが多かったけど、最近はほのぼのするというか、温かな目で見ることも多くなってきた。これが子どもを持つ母親の気持ちなんだろうか。いや、別に産んでないけれども。




