3.遺棄場
遺棄場、とは。
幼女の翻訳機能のお陰かすぐに脳内漢字変換できたその単語からすると、そのままの意味だと遺棄する場所ということになる。さっきの言葉通りだ。
「身なりは、整って見えるが……いや、そんなこと、関係なかったな」
一瞬不思議そうにこちらを見たおじさんだったけど、すぐに暗い表情に戻ってしまった。息継ぎをするように途切れ途切れ話す姿を見ていると、こっちも苦しくなってくる気がする。
「遺棄場って、どういうことですか?」
「そのままのイミだ。フツゴウになったモノをスてる、ゴミスてバ。それがモノではなく、ヒトだというだけ」
おじさんの代わりに少年が答える。こちらはおじさんとは別の意味で話しにくそうにしている。日本語を話す外人さんというか、ロボットというか。とにかくカタコトだった。
歳はアダルと同じくらいか。オルポード家も含め貧民街の子どもたちはみんなそうだったけど、この少年といい、子どもらしさはない。妙に落ち着いているというか、物事を諦めている感じ。
その中でもこの少年は、痩身ながらも何だか意志の強い瞳をしていた。話し方からしても、普通の子どもではなかったのかもしれない。
それにしても、人を捨てる場所か。そりゃ地図にも載せられないよね。テア様も多分知っていてあえて言わなかったんだろうな。
だとすると、ここは本当にとんでもない場所なのかもしれない。
「ちなみにここから出るには──」
「ムリだな」
「ですよねー」
脱出できるならしているはず。それができないからこんなにも朽ち果てた場所で何人も屍となっている。
「ここにタちイるには、ケッカイをヌけるヒツヨウがある。だが、イッポウツウコウで、こちらからデることはできない」
「なるほど」
じゃあ多分、ここに来るときに感じた痛みと衝撃がその結界だったんだな。
「本来は、とても神聖で、美しい場所だったんだ」
おじさんが悲し気な表情で呟く。
「スチュアカーナという……かつては、聖域と、呼ばれた。聖なる泉……ツェビフェリューの泉には、いつも霊気が溢れ、精霊様との交流が、絶えなかったと」
途切れ途切れに話すおじさんと少年の話を総合するとこういうことらしい。
大昔は霊気が溢れる聖なる泉を一目見ようと多くの人が立ち寄り、賑わいを見せていたものの、次第に泉の水を盗んだり売ったりするような奴が現れ、そんな不埒な奴らを弾くために結界が張られた。
それからしばらく経ったある時、多くの危獣が出没し、泉は魔気に汚染されてしまった。高濃度の霊気に包まれていたこの場所もやがては魔気が充満するようになり、すべてのものが朽ち果てていった。
それからまた時が経ち、魔気に満ちたこの場所が結界に守られていることに気づき、不都合な人間を捨て去るようになった。結界が一方通行になったのはこの時なのか、最初からなのかは分からない。
この場所から出てきた人間は一人もいない。そんなところを調査することもできず、元々が国と国の境の無主地で人が寄り付かない辺鄙な場所ということもあり、国も手出しができず、認知することもできない曰く付きの場所となった。
通称、遺棄場。
「へぇ」
結構な年数経っているとは思っていたけど、そんなに昔からだったなんて。
でもまあ、とりあえず魔気の発生源は分かった。
「その何ちゃらの泉って、近いの?」
「ここからマっスぐススんだところにある。トオくはないだろう」
「そっか」
「ま、待ちなさい、お嬢さん。まさか、泉に、行くつもりか?」
「はい。ちょうどそのつもりだったし。あ、大丈夫です。死にに行く訳じゃないので」
引き留めようとするおじさんを制止して、泉がある方へと向かう。
止める体力がないのかそんな義理はないのか、強く咎めなかったおじさんの悲し気な表情が少しだけ罪悪感を生んだけど、まあ本当に死ぬつもりはないし。
「で、何でついてくるの?」
「……」
隣を歩く少年に質問してみるものの、返事はない。
そういえば、他の人たちはもう服と呼べないくらいの布を纏っていたけど、この少年のマントは比較的新しい。といっても破けたり穴が開いたりはしてるけど。
私より背の低い少年を見下ろすと、そのマントの隙間から細い首にがっしりとした首輪のようなものが見える。
奴隷か、はたまたミレスと同じか。奴隷にしては態度がでかそうだけど、奴隷になる経緯も色々だって聞いたしな。
それから、あの薄暗い建物の中じゃ気づかなかったけど、もしや黒髪なのでは。この世界では珍しいと言っていたし、その辺の事情も何かあるんだろうか。まさか日本人じゃあるまい。顔つきが全然違う。
「……はぁ」
それにしても、凄い魔気だな。
さすがに魔気を垂れ流している泉には近づいていないのか、周囲には死体や骨は見当たらず、異臭からは逃れられたけど、進むにつれどんどん黒い霧が濃くなっていく。
私は幼女の恩恵でまだマシで、前よりも魔気への耐性ができたけど、少年はよくここまでついて来られるな。普通の人なら立っていることも難しいんじゃないだろうか。
「ひぃ」
「……うん、これは」
辿り着いたその先、幼女が反応したということは、多分泉なんだろうけど、全然分からない。
周囲は薄ら木々が見えるけど、正面はどんよりとした黒い煙が溢れ出ていて、最早何が何だか。
これが具現化した一寸先は闇か。
「なんて言ってる場合じゃない。ミレスちゃん、どうにかできそう?」
「ん。やって、みる」
「お願いね」
ローブ越しに頭を撫でると、幼女は少しだけぎゅっと抱きついて、私から離れた。
「ひぃ、すこし、はなれてて」
「うん」
身体を竦めている少年を連れて、幼女から距離を取る。
少年はさすがに苦しそうな顔で荒い呼吸を繰り返していた。汗も酷いし、今にも倒れそうだ。
というか、折れそうなくらい細い身体だった。私の贅肉を分けてあげたいくらいに。
「……」
ゆっくりと溢れ出していた黒い煙が、突っ立ったままの幼女に徐々に集束していく。黒い煙は回旋しながらあっという間に幼女を包み隠した。
視界が真っ暗すぎてよく分からないけど、多分幼女を中心として竜巻のように黒い煙が旋回しているようだった。
しばらくその状態が続いたあと、徐々に周囲の黒い霧が晴れていく。幼女を覆っていた黒い煙も少しずつ小さくなり、最後は幼女に吸い込まれるように消えていった。
それまでどんよりとした雰囲気で薄暗かったからか、一気に明るくなる周囲。
ぐらついていた少年もしっかりと地面に足をつき、驚いたように幼女を見つめている。
「ミレスちゃん! よくやった、ありがとー!」
幼女に駆け寄り、その身体を持ち上げて抱き締める。
「さす、が──?」
幼女を抱き締めた瞬間、ガシャッと音を立てて地面に何かが落ちた。
見たことのあるそれを思わず凝視しながら動きを止める。
そしてハッと我に返り、幼女のスカートを捲る。そこには滑らかな綺麗な素足が二本。
「み、ミレスちゃん……!」
「ん」
もう片方の、枷が外れた。
何てこった。まさか二個目がこんなに早く外れるとは。
声にならない喜びを噛みしめていると、幼女が無表情ながらにドヤ顔をしているように見えた。心なしか肌艶もいい気がする。
そっか、いい魔気だったんだね……。
「ひぃ」
「ん?」
幼女の指差す方を見ると、泉があった。
少し近づいてみたけど、魔気が消えたとはいえ、さすがに長い時を経た泉だ。木片やら変なガラクタのようなものやら浮いているし、色も濃い緑で、水というより泥みたいなんだろうなと見て取れた。
夏直前の学校のプール、そしてプール掃除を思い出して嫌な気分になっていると、幼女がどこからともなく綺麗な石を差し出してきた。陽の光を受けて煌めく透き通るようなそれは、高濃度の精霊石だった。
また、この子は。まさかメイエン家の鉱山から持ってきたんじゃないよね。
「いずみ、もどす?」
「え?」




