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幼女と私の異世界放浪記  作者: もそ4
第三部 追従
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2.ホットスポット的な


「どう、する?」


 暴走せずに判断を仰いだのは偉いぞ、という意味を込めて幼女の頭を撫でる。


「うーん。せっかくだし、ちょっと元気をもらってからポイしようか」


「ん」


「あ、でもまた戻ってきても嫌だから、ミレスちゃんの力を知ってもらっとこう。あの岩、バーンといっちゃってくれる?」


「ん」


 言うな否や、左側の道を塞いでいた岩を黒い枝がズバンと一刀両断した。小さな地鳴りとともに大小の破片が飛び散る。

 男たちを締め上げていた黒い枝はきちんと制止してくれていて、男たちはしっかりその目に焼き付けたと思う。目を見開いて口をあんぐりと開けているし。


「へ……?」


 男たちの一人が素っ頓狂な声を出す。


 うんうん、いいね。いい反応だよ。


「じゃあバイバ~イ」


「ばい、ばい」


「ひィ──ッ」


 男たちが大声を出そうとした瞬間、活力を奪われぐったりと項垂れる。そしてそのまま助走をつけた黒い枝に男たちはぶん投げられた。


「おー」


 結構遠くまで飛んで行った男たちを見送る。これはサヨナラホームラン。

 まあ幼女が本気を出したらこんなものじゃ済まないだろうから、運が良ければ死なないんじゃないかな。木もいっぱいあるし。

 恐らく意識を失っているだろうことが唯一の救いかもしれない。こんなところで悪事を働いていた奴らに同情することはないけど。


 ちなみにこんなこともあろうかと、事前にこの国での法を確認しておいた。元の世界とは違ってお偉いさん関係じゃなければこうして人を害そうが特に罰せられることはないらしい。隠せばやりたい放題って訳だ。

 さすがに善良な市民を虐殺でもしようものなら国が動くみたいだけど、法とはまた別らしい。まあそんなことしないけど。

 私は幼女と楽しく暮らせたらそれでいい。


「凄いね」


 それまで空気だった茶髪の男がにこやかに近づいてくる。

 あんた、ミレスが活躍している時にさっと隠れたよね。よくもまあ平然と話し掛けられるもんだわ。

 というか、この子の力を見ても驚いたり恐れたりする様子もないし、本当に何なんだろう。まあ興味ないしこっちに害がないならどうでもいいけど。


「ミレスちゃん、ついでに残った岩とかも退かせる?」


「ん」


 無数の黒い枝が集合して一つの大きく太い枝をつくる。まるでトンボでグラウンドを均すように、グッと岩や石、土砂などを道の端に寄せた。

 景観としてはあまりよくないものの、これで塞がれていた道は開通した。


「ねぇ、そういえばどこに行くの?」


 後ろの方から人の声とか何かの音が聞こえるし、様子を見に来たのかもしれない。面倒なことになる前にさっさと退散しよう。


「ミレスちゃん、行こう」


「ん」


 他の人に見られる前に、幼女の黒い枝に運んでもらうことにする。

 まだ茶髪の男が何か言っていたけど、全部無視して走り出した。



 テア様にもらった簡易な地図を見ながら次の目的地の方向を確認する。

 次の危獣出没スポットは結構迂回する必要があるみたいなんだけど、行き止まりなのかな。このまま突っ切れば時間短縮になるんだけど。

 山ならどうしようもないけど、さっきの岩くらいならどうにかできそうだよね。


 そんなことを考えながらしばらく黒い枝に身を委ねていると、左に大きく逸れる道が見えてきた。これが迂回の道か。

 ん、でも待てよ。細いけど直進でも行けそうな道があるな。

 何だ、獣道だから迂回するってだけかな。それなら多少の障害物は我慢して、ショートカットしよう。


「ミレスちゃん、このまま真っ直ぐでお願い」


「ん」


 木々の間をどんどん進んでいく。通れないほどじゃないし、一応人だか獣だかが通ったような跡ができている。


「あ、そっちは──」


「え?」


 何だか聞いたことのある声がして、まさかね、と思い直す。結構なスピードを出している黒い枝に追いつける人がいる訳がない。しかも思い浮かんだのがさっきまでの不審者なんて、余計に有り得ない。


「うぎゃっ」


 少しぼんやりとしていたら、いきなり全身に痛みと衝撃が走って身体が丸くなる。と言っても黒い枝に掴まれているので項垂れるくらいだけど。

 ビリビリと全身が痺れるような余韻を味わっていると、いつの間にか周囲の雰囲気が一変していることに気づく。


「え……何、これ」


 さっきまで生い茂っていた緑はなくなり、枯れた木々に囲まれている。晴れているのにどんよりとした雰囲気が漂っていて、何かが腐ったような異臭もしている。地面には茶色やら黒やらの塊が点在している。

 辺りは薄暗いのに、空に煌々と光る太陽だけが異質だった。


 そういえば、ここも地球みたいな球体で宇宙とかあるのかな。

 なんてどうでもいいことに考えを割いていると、黒い枝が減速したのち、止まった。


「ひと、いる」


「え? こんなところに?」


 正直、また転移したのかと思ったくらいだった。さっきまでの風景と違い過ぎる。

 とても人が滞在できるようなところじゃない。

 多分、この嫌な雰囲気は魔気だ。可視化はしてないものの、普通の人ならかなりの苦痛を味わうであろう濃度だということは何となく分かった。霊力を持つこの世界の人が好き好んで来るような場所じゃない。

 私は幼女のお陰で魔気に耐性があるからいいけど、もし迷ったりしたとかなら早めにどうにかしないと。


「これ……」


 先に進むにつれ、徐々に薄らと黒い霧が立ち込めてきた。タルマレアで感じたものよりは濃くなさそうだけど、こんなに魔気が広がっているなんて。発生源がどこか分かれば幼女に対応してもらえるかな。

 それにしても、テア様も言ってくれたらいいのに。こんな魔気回収スポットがあるなら、他の危獣たちなんて目じゃないのにな。

 あ、まさかそれを考慮して隠してたとか。こっちで魔気を回収されたら危獣を討伐してくれないと思った可能性が微レ存。


「う……」


 それにしても酷い雰囲気と臭いだ。魔気以外の煙というか、砂埃のようなものでもあるのか、若干目が痛い。

 フードを深く被っても気休め程度にしかならず、布で鼻と口を覆うことしかできない。ゴーグルとマスクが欲しい。町で買っておくんだった。

 眼鏡をしているからいいのではと思われるかもしれないけど、上下左右が開いてたら意味ないからね。


 次の町に行ったら絶対にゴーグルとマスクを買うぞ、と思いながら道とも呼べない道を進んでいると、急に大きく開けた場所に出た。


「う、わ」


 そこには、荒れ果てた光景が広がっていた。

 何が崩壊したのか原型を留めていない朽ちたものが散在しており、辛うじて木材や石のようなものから建物だったのだろうと推測するくらいだった。

 腐敗した死体、明らかに時間が経っているであろう骸骨もあちこちに散らばっていて、ヒスタルフで見た貧民街よりも想像を絶するような状態だ。これが異臭の原因か。

 何があったのか分からないけど、数日でこうなったとは思えない。ここに来る前に感じた痛みもそうだし、思いつかないような事情があるに違いない。


 正直、臭いもそうだけど一番は何かしらの感染が怖いからこれ以上は進みたくなかった。

 でもミレスちゃんの加護もあるしある程度は平気か、と内心自分を叱咤激励しながらゆっくりと歩みを進める。

 生きている人がいるなら、早く連れてここを出よう。


「ひぃ」


 どんどん気分が悪くなる私とは違って平然な顔をしている幼女がどこかを指差す。

 その先には、見える範囲で唯一形の残った──恐らく崩壊を免れたのであろう建物があった。全体的にはぼろぼろで端々は崩れかけているものの、他の建物よりは頑丈な造りだったと思われる。


 近くまで進むと、扉はなく、外からでも様子が分かるような間が空いていた。もしかしたら、扉がなくなってしまった跡かもしれない。

 そっと覗くと、そこには朽ちてはいない身体の人間が複数いた。結構な人数だ。二、三十くらいか。みんな一様に動かない。

 残念ながらここからでは生死の判断はつかない。仮に生きていたとしても、治癒術を使えない私にはどうにもできない。ミレスに頼んで町に運ぶまで体力が持つかも分からないし、連れ込んだ先で感染症を蔓延させる可能性だってある。


 思い切って中に立ち入ると、数人はこちらを一瞥したものの、すぐに視線を戻した。救助に来たとは思えないらしい。

 私たちにできることはないと思われているのか、思考すら放棄しているのか。


 生存している人たちを直接救う術はない。できることと言えば、魔気をミレスに吸収してもらうことだけだ。

 魔気がなくなっても、別の意味で汚染されたこの環境では助かるものも助からないだろう。

 かと言って無視して立ち去ることはできない。こんな悲惨な状況を見捨てたとなったら夢見が悪いしトラウマものだ。あんまり夢見ないけど。


「……」


 誰に事情を聞こうか周囲を見渡していると、一人の少年と目が合った。フードを被っている彼は、他の人たちと同じように髪はぼさぼさで頬もこけ、やつれているものの、この中では比較的余力がありそうに見えた。

 少年の元へ向かうと、何をするでもなくじっとこちらを見つめ続けている。そして口を開いて何か話そうとするが、掠れて小さな咳が出るだけだった。


「はい」


 リュックから水を取り出して渡すと、驚いたように目を見開いて、少し間を置いてから口をつけた。


「み、みず……っ」


 今まで何の反応を示さなかった周囲の人たちが、少年が水を飲んだ瞬間、一斉にこちらに視線を向ける。

 そしてゆっくりながらも這うように向かってきた。

 ちょっとゾンビみたいだなと至極失礼なことを思いながら、持っていた水や食料を少しずつ全員に渡した。中には興味がないと受け取らない人もいたけど、とりあえずそっと近くに置いといた。


「話せそう?」


「……ん」


 喉が潤ったからか、小さく頷いた少年が口を開く。


「カンシャする」


「意外と硬派だな」


「アンタも、スてられたのか」


「捨てられた?」


 どういうこと。“も”ってことは、この人たちはみんな“捨てられた”ってこと?


 何も知らずに真っ直ぐ突っ込んできただけとは言えず、詳しい事情を聞くことにする。


「お嬢さんたちは……知らずに、来たんだな」


 少年以外の人たちも口を開いてくれた。

 一人のおじさんが暗い表情で溜め息を吐く。


「ここは、遺棄場だよ」


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