1.不審者、再び
ミレスの枷を解くべく、魔気集めの旅に出た私たち。
危獣を倒しながらテア様から助言を貰ったルートを進むこと数日。さすがにグルイメアやメイエン家の鉱山にいたような危獣はいないので、魔気を順調に吸収できているのかは不明だ。どのくらい魔気や霊気が集まれば枷が解けるのか、その辺は幼女もよく分からないみたいだし。
そんなこんなで次の目的地に向かっている。
女と幼女が黒い枝にぐるぐる巻きにされ、これまた黒い数本の足で運ばれているという世にも奇妙な光景はいつものことだ。
幼女の力なのか何なのか、かなりの速度で走っていても風や塵などの受けるダメージはさほどない。黒い枝にがっしりと掴まれているから安定もしているし、ヒスロ便よりは快適と言える。
ただ欲を言えば、こうして人目につかないところを走るしかないので、もう少し見た目をどうにかできないだろうか。
なんて、幼女には口が裂けても言えないけど。思うだけならタダだからね。
「ひぃ」
「ん?」
「ひと、いる」
「じゃあ気づかれない距離で止まってくれる?」
「ん」
相変わらずのセンサー、助かります。
木々の間を走っているとは言え、あまり奥に入ると虫みたいなのがいるし、蛇行するとさすがに気持ち悪くなる。一応この世界の人たちの動向も知りたいということもあり、人が通る道から大きく外れない程度の距離にいた。
軌道修正してくれてしばらくすると、黒い足は減速した。
急発進・急ブレーキだった最初を思うと進歩したよね。
「何だろ、あれ」
遠くから人が集まっているのが見える。ヒスロ便もいるみたいだし、通行止めとか事故とかかな。
もし検問とかだったら勝手に林を抜けて問題になるところだった。やっぱり確認してみてよかった。
歩いて近くまで行くと、道の遠く先にまで疎らに人がいるのが見えた。途切れ途切れではあるものの、この辺は人通りが少ないことを考えるとなかなかの渋滞と言える。
マルウェンで見かけたヒスロ便の人たちみたいに、みんな表情は暗い。溜め息を吐いているし元気もなさそうだった。
「あの、すみません。何かあったんですか?」
「ああ、落石で道が塞がってるんだってよ」
近くにいたおじさんに事情を問うと、そんな答えが返ってきた。
隣にいた別のおじさんが盛大に溜め息を吐く。
「しかも別の道には賊が出て通れないらしい。お陰でこの有様だ」
なるほど。私たちも結構な距離を移動してきたけど、一つ前の町に戻るとなったらヒスロじゃかなり遠い。この先の目的地が近いのかどうかは分からないけど、さすがに引き返すのもできずに立ち往生しているということか。
次の危獣出没スポットはここを通るしかないんだけど、どうしよう。
「や、る?」
「やるしかないかぁ」
可愛く首を傾げる幼女を撫でる。
今回ばかりは幼女の言葉通りにするしかないかな。岩も賊も邪魔だもんね。
あんまり目立ちたくはないけど、さっと岩を壊して賊を片付けたらいいか。
情報提供してくれたおじさんに礼を言い、渋滞の先に進む。
荷車の周りにいる人たちの表情は険しい。よほど困っているのか。
まあそうだよね。町から討伐者でも何でも派遣となっても、かなり時間かかるだろうし。
「あれ? こんなところでも会うなんて嬉しいなぁ」
突然、誰かが笑顔で知り合いかのように話し掛けてきた。知らない男だ。
周囲の人たちがネガティブな言動をしている中えらくにこにことしているけど、あんた誰。
茶髪の癖毛でこれといった特徴もないような青年。全てのパーツが素朴。まるでモブキャラみたいな──あれ? デジャヴ。
「………………あっ、あー……」
思い出した。ヒスタルフにいた不審者だ。その後に絡まれた巨漢二人に言われてそそくさと退散したあの男だ。「じゃあまた」なんて言っていたような気はするけど、本当に再会するなんて思いもしない。
というか、よくあの初対面の後でにこやかに対応できるな。あんた、脅しに負けたでしょ。
「え、何? もしかして忘れられてた? 悲しいなぁ」
「気持ち悪い」
「え、何で!?」
意味が分からない、といった様子で驚く茶髪の男。こっちが意味分からんわ。
「そういえば名乗ってなかったよね。オレは」
「結構です」
「何で!?」
あんたの名前なんて別に知りたくないわ。これから仲良くするどころか会う予定もないから。
「私たち、急いでるんで」
「そんな風には見えないけど……」
「うざ」
「よく分からないけど否定的な感じはした」
無視して歩いていると、茶髪の男もついてくる。
本当に何なんだ、ストーカーか。最初の感じだとオレオレ詐欺っぽさもあったけど。
「ねぇねぇ」
ミレスが反応していないところを見ると悪人ではないのかもしれない。今のところ向こうに敵意がないからかもしれないけど。
「ねぇってば」
無視を続けてひたすら早歩きで進み続けていると、段々疲れてきた。足も痛いし息切れする。
それに比べて何で茶髪の男は息一つ乱れていないのか。あれか、意外とアスリート系なのか。
「あれかな」
辿り着いた先は、漫画のようなYの字で、向かって左側が岩で、右側に数人の柄の悪い男たちがいた。
左側は人の何倍もある大きな岩や土砂、木が道を塞いでいる。これは復旧作業にはかなりの時間がかかるだろう。
右側にいる男たちはそれぞれナイフやら剣みたいな武器を持っていて、にやけた面をしている。
「お~、次の餌食が来たぜ」
こちらを見て男たちがゲラゲラと笑う。
「ここを通りたきゃ、全財産置いてけ」
凄い。漫画みたいな台詞だ。
「どうにかしてくれるの?」
ここに来て無視し続けてきた茶髪の男と向き合う。
「いや~、これは管轄外かな」
マジ、こいつ。
「……」
全く悪びれもせず笑っている男に冷ややかな一瞥を送ったあと、男たちの方へ向き直した。
「一応言っとくけど、この子はあんたたちじゃ勝てないよ。それでもやる?」
「ん」
黒い枝で挙手をする幼女を見て一瞬怪訝な顔をした男たちだったが、脅威には思えなかったようで、さらにゲラゲラと笑い出した。
「もっとまともな嘘をつくんだな」
「まあいい。女も子どもも売っちまおうぜ」
丸腰だったら全力疾走で逃げているところだけど、今は違う。タルマレアで暴漢に襲われたときとも状況が一変した。
何せ、こっちには最強の幼女がいる。
「えい」
無表情かつ無気力で声を出した瞬間、周囲から黒い枝が生えた。大きく伸び上がったそれは数人の男たちの身体をあっという間に締め上げる。
「うぉあッ」
「ぎゃぁぁぁぁぁああああ」
「ひぃぃぃぃいいいいッ」
そのまま空中でぶんぶんと振り回すものだから、男たちの野太い悲鳴が木霊した。




