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幼女と私の異世界放浪記  作者: もそ4
第二部 新興
115/240

番外編 オルポード家 中編

終わりませんでした!!!



 予期せぬ来訪者ことヒオリは、翌日大荷物を持ってオルポード家を訪れた。


「ごめんくださーい」


 いくつかの大きな箱を持っているのは本人でも、まして幼子でもない。一体どこから生えているのか、黒い枝のような腕が大荷物を掴んでいた。斜め左右に伸びる複数の黒い腕は荷物を持ったまま前後左右に揺れている。何とも奇妙な光景だった。


 狭い家に入り切るか心配なほどの大荷物を部屋に入れると、さっそく中を開けてヒオリが説明してくれた。


「これが生地ね。この辺の色を使ってほしいんだけど、よく分かんないから良さそうなのを持ってきた。あとこれ、ミレスちゃんの服には使わないと思うけど、おまけで貰ったからよかったら練習にでも使って」


「え、あの」


「あとこれね! この世界にもミシンみたいなのあるんだね~。霊力があれば使えるらしいけど、大丈夫だよね? あと糸とか鋏はこっちでしょ、型紙とかいるか分かんないけど何かには使えそうだからこれも」


「えっと」


「それにしてもみんな痩せすぎだからもっと食べて。今日はお母さんも食べられるようなものも買ってきたから。これとかどう? 野菜いっぱいのスープ。子どもたちにはやっぱり肉ね。このパンも、あとこの果物おいしいんだよ」


 困惑するオルポード家を余所にどんどん荷物を開けていくヒオリ。

 幼子一人の服としては絶対に使わないであろう量の布、制作するための器具や小物など、どれも高級品ばかりだった。貧民街出身でなくとも、一般家庭でもなかなか手に取ることができないようなものばかりだ。もしかしたら報酬よりも材料費等の方が高いのではないかと思えるほどだった。


 それからついでとばかりに持ってきた食料も、家族の人数を考えても一食分ではない量だ。しかもどれもおいしそうでいつも街で目にしていたようなものばかりだった。何日食事を我慢していたらこんなご馳走が食べられるのか分からないくらい、オルポード家にとっては手の届かない光景だった。


 まさか毒でも入っているのではと疑い慎重になるアダルとは逆に、申し訳なさそうにしながらも他の皆は差し出された食事を手に取っていく。

 おいしさで笑顔になる皆を見て、アダルも目前の食欲に負けるのであった。



 それからヒオリは何度もオルポード家を訪れた。毎回おいしい食事を手土産に、皆の体力がついた頃には自炊ができるようにと新鮮な食材を持ってきた。

 初回の手土産や仕事の依頼だけでも十分なほどだったのに、毎度見返りも求めずにただただ与えるだけの奉仕活動は続き、警戒したままだったアダルでさえも素直に喜ぶようになった。


 本人は偶然知り合ったオルポード家を見捨てられないからだと言っていたが、他の貧民たちにも同じように食料を分け与えているのを何度も見かけた。中には偽善者だと言って施しを受けない者もいたが、ほとんどが彼女に感謝していた。


 最近は危獣被害も減り、仕事が増えたこともあって貧民街にも少しずつ笑顔が戻りつつあった。


 そんな中、ヒオリはいつものようにオルポード家に訪れては溜め息を吐いていた。


「ねぇちゃん、どうしたの?」


「うーん。最近危獣を狩りすぎちゃって、エコイフの人に怒られたんだよねー。できればもっとやりたいんだけど、これ以上やるとロベスさんが過労死しちゃうかも」


「危獣を、え……?」


 洗濯をしていた次女のダニラが思わず手を止める。ちなみに彼女はアダルの双子の妹だが全然似ていない。


「危獣を狩るって、ねぇちゃんが?」


「まっさかー。私は無力なアラサーだよ。やってくれてるのはミレスちゃん」


 ヒオリに抱かれた幼子がアダルとダニラを見る。周囲に黒い枝が現れ、シュッ、シュッと首でも斬るような俊敏な動きを見せた。

 思わず二人の顔が引きつる。特に最初から思うところがあったアダルは少し顔色を悪くした。

 やはり人間ではないのでは。


「あっ。ねぇねぇ、誰かエコイフでお手伝いやらない? 危獣の後処理っていうあんまり割に合わない報酬の仕事みたいなんだけど」


「や、やる!」


 ヒオリの言葉にアダルが真っ先に声を上げた。


「結構きつい仕事な割に報酬は少ないみたいだよ?」


 そういう彼女が告げた金額は、子ども、ましてや貧民街の者では到底手にすることのできないものだった。


 ヒオリからの依頼で衣装制作に励んでいる姉と母だけ働いて、自分だけ何もできないというのは悔しい。妹のダニラもパトリーも家のことをやってくれているし、弟のヘロラフの面倒も見ている。

 働けるのならどんなに辛い仕事だって耐えてみせる。


「いや、充分だよ。やらせて!」


「分かった。やる気があってよろしい。じゃ、行こっか」


「うん、え?」



 それからはあっという間だった。

 仕事の話をしたその日の内にエコイフへ行き、屈強そうな強面の男に話をつけ、アダルが緊張で身を固くしている間に全てが決まっていた。

 正直子どもだからと見くびられると思っていたが、余程困っているのかあっさりと受け入れられ、真面目かつ懸命に仕事に取り組む姿に感謝までされた。


 最初こそ危獣の死骸など気味が悪いと思っていたが、安全だということは聞いていたし、今では服が汚れるかどうかという心配をする程度には慣れてしまった。

 そしてエコイフで働いているアダルにヒオリはこれ幸いと色々手土産を押しつけ、日々の食事も心配しなくていいほどとなった。もしかしたら平民よりいい食事かもしれないし、貧民にはとても手が出せないものばかりだった。

 ヒオリがいなくなった時を考えたら、今の生活に慣れるのもいけないとは思いつつ、渡す方も受け取る方も笑顔のためオルポード家としては断れずにいた。


 いつかヒオリに何か恩返しがしたいと思いながら、アダルはエコイフで忙しい日々を送っていた。

 ふとした時に彼女のぼやきを思い出す。危獣を討伐しすぎてエコイフの仕事が追いついていないという、アダルが働くきっかけになった件だ。

 今なら分かる。彼女たちがどれだけ規格外かということが。


「ふぅ」


 作業がひと段落ついたところでアダルは深く息を吐く。初めから聞いていた条件だとはいえ、危獣の死骸処理は子どもにとってかなりの重労働だ。

 基本的に危獣の死骸は焼くか埋めるかなのだが、ヒスタルフでは術士の数の問題もあり埋める方法を取っていた。穴を掘って死骸を埋めるという単純作業ではあるが、かなりの力仕事になる。

 この仕事の不評を助長している死骸の不気味さや臭いはまだいい。普段なら町が襲撃されたり人への被害が大きかったりしなければ、危獣が去るのを待つ。そのため討伐者が狩ってきたとしても片手で数える程度だろう。


 今の一番の問題は、死骸の数とそれが見つかる間隔の短さだった。

 何せヒオリたちが討伐証明として持ち込む危獣の数がおかしい。


 ここ数年は危獣の動きが活発になったとはいえ、一度に十数もの危獣を倒す討伐者などヒスタルフにはいない。それほどの実力者ならば王都やそれに近い場所での護衛でもしていたほうが儲かるからだ。


 危獣の死骸をそのままにしておくことはできない。死骸から発生した“気”がさらに危獣を呼び寄せるためだ。

 ヒオリたちが討伐証明を持ち込むたび、死骸を埋める作業が発生する。ヒオリはエコイフの負担が増えるならその場で死骸を埋めると申し出てくれたが、危獣の生態を探るため、数や種類、出現状況などの調査が国から義務付けられている。

 しかも最初こそ全ての討伐証明を持ち帰っていたヒオリたちだが、今ではあまり報酬には興味がないと言って大物の危獣の討伐証明しか持ち込まなくなった。周辺にいた害獣を含め、見つけた危獣は全て倒しているということで、町や人への影響を考えればありがたいことではあるが、もちろんその分調査も大変になる。

 それはエコイフも大忙しというものだ。アダルのような子どもですら雇いたいという気持ちも、ロベスが毎日溜め息を吐いているのも分かる。


「オイ、ちょっとこっち来い」


 疲労感からか少々顔色の悪いロベスに手招きされる。


「またヒオリのねぇちゃんが持ってきたの?」


「あぁ、それもあるが用件は別だ」

 

 彼女たちのお陰で危獣被害が減った町は、活気が戻り、停滞していた流通も回復してきたが、その分エコイフへの負担が増えた。町の人々は密かに彼女たちを救世主だ英雄だ何だと持て囃していたが、エコイフの人間からすれば悪魔にも思えた。

 そんな彼女がまた襲来したのかと身構えたが、それよりも別件があるというロベス。

 言われるがまま彼に近づくと、両手に収まるくらいの小袋を手渡された。


「これは?」


「お前のだ」


「開けていい?」


「おう」


 そろそろ昼時だから労いの食事かと期待したが、かなり軽いからそれはないだろう。

 少し残念に思いながら袋を開ける。


「こ、これ……!」


 その中に入っていたのは、数枚の薄い札。


「とりあえず今日までの報酬だ。忙しくて後回しになっちまって悪ぃな。ま、これからも頼むぞ」


「うん……! 頑張る!」


 アダルの頭をポンと軽く叩いて去っていくロベスの疲れた後ろ姿を見守る。

 ふと、父のことを思い出し、頭を横に振った。

 今も連絡が途絶えている父が心配で、母の姿を見ると怒りが込み上げ、普通の家庭の子どものように甘えられたらと悲しくなる。それでもこの手にある自らが初めて掴んだ報酬に、意欲が湧いてくる。


 ──とうちゃん。おれ、初めてお金もらったよ。ちゃんと働いてもらったやつ。だから、こっちは心配しなくていいよ。おれが、みんなを守るから。


 改めて家族への決意を固めるとともに、ここまで導いてくれた存在を思い浮かべる。

 きっと彼女は、このことを喜んでくれるだろう。家族においしいものでも買ってあげな、と笑顔で言ってくれるだろう。

 だからこそ、初めての給料は何に使うか決めていた。


「……よし」


 昼からも仕事を頑張ろうと力強く頷くアダルだった。







「ねぇちゃん!」


「ん? アダル、どしたの」


 仕事が終わってヒオリの元へ急いだ。彼女は貧民街にいた。


 嬉しさを隠し切れずに、彼女に傍にいる幼子にじっと見つめられ身を固くする。アダルはいつもどこかこの白髪の幼子に恐ろしさを感じていた。攻撃的ではないが、得体の知れない感じを受けている。


 いつだったか、珍しく一人でいる幼子に、「おまえはねぇちゃんが好きなんだろうけど、おれとか他の人だってそうだからな。おまえが他の人を攻撃するとねぇちゃんは悲しむぞ」というような話をしたことがある。その内幼子が町の人に攻撃してもおかしくないと思ったからだ。

 ヒオリの結婚の可能性についても言及したところ、ちょっとした事件に発展しそうだったのだが、結局は丸く収まったのでそれはいい。


 とにかく幼子が見た目以上に恐ろしい存在であると認識しているアダルは、少しだけ警戒しつつもヒオリへ話しかけた。


「ねぇちゃんたち、何してんの」


 目的を果たす前に彼女たちの動作が気になって質問する。

 貧民街にある家と呼ぶのも間違っているくらいの建物の壁に、何かを塗っている。


「ああ、これ? 何か林の奥で見つけた草が土に混ぜると強度が増すって聞いたから、試してるんだよね。地震とかあるのか知らないけど、揺れにも強いらしいし。木造もいいけど腐敗とか火事とか考えるとこっちの方がいいのかなって。なんちゃってコンクリート」


 アダルは彼女が何を言っているのか半分ほど理解できなかったが、要は家の補強作業をしているらしい。

 恐らくエコイフの人間に聞いたのだろうが、まさか彼らもこうして貧民街に使われているとは思わないに違いない。もしかしたら新たな技術や事業としての可能性も秘めているなど、ヒオリは思いもしないだろう。


「それで? 使えそうなの?」


「今のところ問題なさそうかな。他のところでも試したんだけど、多少の攻撃じゃビクともしなかったし。まあミレスちゃんに手加減してもらったからだけど……同じ力で普通の木は木っ端微塵だったから、耐久性的にはよさそうじゃない?」


「うん……」


 子どものアダルでも分かるくらい、彼女たちは常識外れだった。

 そもそも普通の人間は貧民街に近寄らない上、貧民を見下している。それなのに食料の振る舞いに加え、平民以上の稼ぎをしている彼女たちが何の見返りもなく貧民街の復興をしているなんて。

 そう彼女たちに伝えたこともあるが、「ええ? そんな大それたことじゃないって~。偽善だよ偽善」なんて笑っていた。少なくともアダルたちはその偽善に救われたし、貧民街の人たちもそう思っているはずだ。


「そういや何か用だった?」


「あ、そうだ。ねぇちゃんに渡したいものがあって」


「渡したいもの?」


 作業を中断し、きちんと正面に向き合うヒオリに少し緊張するアダル。


「あの、さ、これ……」


「ん? くれるの?」


 とある小袋を押しつけるように差し出すアダルが頷く。


「開けてもいい?」


「うん」


「おお! 綺麗!」


 中に入っていたのは、色とりどりの小さなお菓子。少し透明なそれは、陽に当たるときらきらと光って宝石のようだった。

 ヒオリが甘い物が好きだと知って、せっかく贈るなら見た目も拘りたいと思った。


「今日、初めての給料もらったんだ」


「え、そうなんだ! よかったね」


「うん。だから、ねぇちゃんに何か渡したいと思って。……高価なものじゃないけど」


 初めての金を手に入れて、一番に思い浮かんだのはヒオリの姿だった。彼女がいなければ、アダルはもっと酷い目に遭っていたかもしれないし、家族もさらに苦労したかもしれない。


「ねぇちゃん、ありがとう」


「こっちこそ、ありがとね」


 陽の光を受けてきらきらと輝いているのはお菓子だったのか、笑顔の彼女だったのか。


 頬を赤らめ固まるアダルに、幼子の視線が飛んできて別の意味で固まったのは言うまでもない。


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