53.すれ違い×2
何とも言えない表情で口元を手で覆うノエリーさん。
「何なの、何か問題がありました?」
「いえ、さすがだなぁと思いまして」
「何が?」
「あ、でもヒオリ様は文字が読めないんでしたよね」
「嬢ちゃんは領主様にこの札のことを聞いてんだよな?」
「あ、うん? そうですけど……」
一体何だっていうんだ。
「ほら見ろ」
「だから、何がですか」
全然話が見えず困惑する。二人だけは通じ合っているようで若干苛々してきた。しかも二人でひそひそ話してるし。仲が良いのは別に構わないけど、これは疎外感というか悪口でも言われてるんじゃないかという気になる。誹謗中傷は人がいないところでやってくれ。
「こんな大金貰える報酬って何だよ。おかしいだろ。それに保証人にメイエン家の名前も入ってる上に、あの札は貴族様が使う素材の奴だぞ」
「ふふ、さすがですね」
「笑い事じゃねぇだろ……」
「ちょっと二人でこそこそ何話してるんですか。ていうか何かあるんですか」
「いえ、何でもありません。しっかりとした札ですね、と」
「本当にそれだけ……?」
「はい。そうですよね、ロベスさん」
「あぁ。ま、嬢ちゃんには驚かされっぱなしだし、もうこれ以上は何があっても驚かないことにするわ」
どこに驚く要素があったんだ。この台座、というか身分証か? でもこれテア様から貰ったものだし、変なところはないはず。あるとすればすでに入っているという報酬くらいだけど。
「そうだ。これで入ってるお金が分かるんですよね?」
「はい。この部分が金額です」
ノエリーさんが指差すのはやっぱり台座上部の数字らしき文字列。
「いくら入ってます?」
「小聖貨四枚分ですね」
ちょっとテア様、多いよ。そもそも最初は小聖貨一枚か二枚に減らす代わりにオルポード家をメイエン家の屋敷で雇う話だったじゃん。最終的には小聖貨三枚のままでいいってことになったけど。
もしかしたら契約書に最初からそう書いてたかもしれないけど、字が読めないし特に疑いもしなかったから何も聞かずにサインしてしまった。
それか後で追加報酬として増やしたのかな。どちらにしろ多い。しかも報酬が入ったこのカードを渡すときにはまだ鉱山が使えるかどうか分かってなかったのに。
テア様、働きを評価してしっかり報酬を出してくれるのは嬉しいけどちょっと心配。もちろんそんなことで領地の経営が傾くことはないだろうけど、とにかく鉱山も含めてこの町が発展することを祈る。毛玉のご加護がありますように。
「小聖貨なんてオレたちがどれだけ汗水垂らして働いても目にすることがあるかどうか……一体何をしたらそんな報酬が貰えるんだか」
「それだけヒオリ様たちが危険を冒して頑張ってくれたんでしょうね。マルウェンだけでなくヒスタルフも救ってくれた救世主です」
というか、これだけの高額でも税金引かれないの凄いな。素直に感動した。この世界にも税収はあるみたいだけど。
さて、それはともかく預金しよう。幼女のお陰でリュックの中に結構なお金が入っているからね。割と重いし防犯的な面でも銀行機能は本当にありがたい。
「ノエリーさん、お金の預かりってどうやるんです?」
「ああ、それはですね」
台座の説明を受けつつ預金を済ます。横の台にお金を置いたら消えたのにはびっくりした。銀行機能を担う部署へ転送されるらしいんだけど、久々の新しいファンタジー要素にちょっとわくわくした。
防犯機能としての霊力の登録も無事にできた。霊力の量や個人差を識別する色みたいなものが定まらない赤ちゃんでは登録できないらしいから、それを考えると赤子レベルだった私の霊力も多少増えたらしい。微々たるものかもしれないけど、この世界でいい歳した大人が赤子レベルの霊力というのは色々面倒だしまずいと思うのでよかった。これも幼女のお陰かな。
ちなみに当の幼女はロベスさんを黒い枝でつついている。傷をつけない程度に遊んでいるのは偉いぞ。
「紛失や破損した場合、エコイフで再発行可能ですが……同じ物となると難しいのでぜひ気をつけてくださいね」
「はい」
「絶対に失くすんじゃねぇぞ」
言われなくても分かってるってば。
何か言い返そうかと思ったけど、ロベスさんの顔が真剣というか何だか怯えている表情でいつもより怖かったから素直に頷いておいた。まあ作り直せるとはいえしっかり管理はしないとね。
「あ~、軽い!」
所詮ペラペラなプラカードみたいなお金だしそこまで重量があったわけじゃないけど、なくなると軽く感じる。全然違う。背負うリュックも楽。
「金を預けて言うことがそれか」
「だってそれなりに重いし嵩張るし。これでもっと他の物を入れられるから嬉しい」
「ふふ、ヒオリ様らしいですね」
元の世界でなら頑張って稼いだお金を貯金して、その額を見て喜んでいたものだけど。これは幼女のお陰で楽して手に入れたものだし、そんなに執着はないというか。ヒスタルフに来てから半分くらいはテア様の屋敷でお世話になってたしお金を使うことも大してなかった。
多少贅沢しておいしいものを食べても使い切ることはないし、それよりもさっきの理由と大金を持ち歩かなくていいという解放感が凄い。
「さて、仕事に戻るか」
「仕事中に来たの?」
「ヒオリ様たちが心配だったんですよ」
「そんなんじゃねぇよ」
照れている訳でもなくうんざりした様子で手を振るロベスさん。人相悪くてガタイもいいしパッと見だと関わりたくないタイプなんだけど、優しいんだよね。アダルをエコイフで雇ってもらうことに最初に賛成してくれたし、その後もよく面倒を見てくれているみたいだし。
「これからもアダルをよろしくお願いしますね」
「言われなくても分かってるよ。ガキながら根性あるしな」
「扱きすぎないようにお願いしますよ。ノエリーさんはマルウェンに戻るんですか?」
「そうですね。ヒオリ様たちが持ち込みされた危獣の件はそろそろ片付きそうですし……」
少しだけ寂しそうにするノエリーさん。多分その理由であろう当の本人は気づいていなさそうだった。
「そりゃ残念だな。アンタのお陰で大分楽になったのによ」
「それだけ?」
「何だよそれだけって」
「寂しくないの?」
「ひ、ヒオリ様!」
少しだけ赤面して声を上げるノエリーさん。可愛いな。
「……ひぃ」
温かな目で見ていると、小さく抗議のような声を出す幼女。
違う。違います。浮気じゃないです。最近ミレスちゃん判定厳しくない?
「そりゃ寂しいだろ。最近ずっと一緒だったしな」
「ろ、ロベスさん……!?」
「ベルジュローが捕まっちまってこっちのエコイフは忙しくなるだろうから応援がいるだろ。そうなるとウチの方が手薄になる。いてくれたら助かるんだがな」
「……!」
さらっと言ってのけたロベスさんに口元に手を当てより頬を赤らめるノエリーさん。周囲に花が飛んでそうなくらいに喜んでいるのが分かる。
「はい、います! 延長の申請をします! 何なら異動届を出します……!」
「そ、そうか。ありがとよ」
ノエリーさんの押しにたじろぐ屈強な男。恋する女は強いね。




