11.当たりを引きました
「ジャムみたいに煮詰めたような甘さなのにくどくない、場所によってちょっと苦みとかえぐみとかあるけどこれだけ甘いと一緒に食べればそれも最早スパイスというか! 触手にしか見えないのにプチっとした食感もいいわ」
果物は特別好きなわけでもないんだけど。過酷な環境下に置かれて食べ物運にも見放されようとしたときにこれでは好感度が爆上がりというもの。
それもこれも、自分だったら絶対に手を出さないであろうイソギンチャクを持っていくよう引き留めてくれたミレスのお陰だ。
「ミレスありがとー! 最高だよほんと」
これまでの試食劇に何の反応も示さなかったミレスの頭に擦り寄る。横抱きにしているからその表情は分かりにくいものの、俯いている幼女は両手を宙に躍らせた。わたわたとどうしていいか分からなくて焦っているようにも見える。可愛い。
それにしても髪の毛乾くの早いな。人外補正か? 汚れは落ちたとはいえ所詮は水洗い。べたつきは落ちないしシャンプーとリンスが欲しいところ。
もし風呂に入ることができたら、うんと綺麗に洗い上げて、きっとふわっふわであろうその白い長髪に顔を埋めたい。可愛い服を着せて、おいしいものをたくさん食べさせて──。
「──ハッ。そういえば、ミレスの分取っておくの忘れた……!」
すっかり失念していたけれどもミレスの食事情はどうなっているのか。
勢いよくミレスを見ると、ちょうど彼女もこちらを見上げている。
首を傾げるなって。可愛いだろうが。
「ミレスちゃんって何食べるの?」
ふるふる、と数回首を横に振る幼女。
「食べないの? 何も?」
今度はこくんと頷く。
まさかと思い、水も飲まないのかと問えば同じ答えが返ってきた。私が水を掬って飲ませたとき、不要だから一瞬止まっていたのか。それでも飲んでくれる可愛い幼女。好き。
それにしてもなるほど、飲食は必要ないタイプの人外さんですか。便利だね。
「何がエネルギー源なの?」
再び首を傾げるミレス。自分でもよく分かっていないように見える。
確かに、見た目が貧相だとはいえ、頬がこけているとか骨が浮き出て見えるというほどではない。全体的にやせ細って見えるだけで。
ミレスがいた森では食べ物なんてありそうに思えなかったし、生まれてからずっと食事をせずにいたらとっくに死んでいるはず。
食事とは違う栄養源があるんだろうけど、何だろうか。今のところ、ミレスと契約(仮)をして以降も私にこれといった不調はない。むしろ今までの引きこもりがちな生活を思えば、体力は増えたし傷の治りも早い気がする。
人外によくある設定の精力とか血とか、生きる源のようなものを渡しているわけではない。あと考えられるのは魔力とか、元の世界にはなかった要素くらいだけど。そんなの確かめようもない。
まあ、ミレス本人が分からないなら私にも分からないか。
◇
食せる実を探し摘まみながら川を下り、恐らく数日が経った。時計がないので正確な時間経過は分からない。こういうとき、~をして三日が経った、なんてモノローグをよく見かけるけど、私としてはよくそれが分かるなと。
夜の回数を数えれば分かるだろうけど、ここは陽が暮れるのが遅いのか、私の体感がそう感じるのか、明るい時間が長い気がするし、その時間も疎らなように感じる。それは夜の時間も同じで、すぐに明るくなったなと思えば次は長く感じる。
明るい時間帯と暗い時間の組み合わせが疎ら過ぎる。そのせいで本当に一日が過ぎたのかよく分からない。
ここに来てから悲惨な目に遭ってばかりだったけど、ミレスと出会えたことと水・食料が手に入ったのは幸いだった。
それから、寒暖差があまりなく過ごしやすい気候だということ。余計な体力を奪われずに済むし、凍死なんて洒落にならない。
「あとはアイテムボックスとかあればなあ」
異空間に物体を収納できるという定番のやつですね。ゲームにおける、明らかに見た目以上に収納量が超越したバッグでも可。あれ便利すぎるよ、狡い。
ファンタジー系の異世界モノって主人公かその近しいキャラのステータスや性能がぶっ飛びすぎてたり、スキルとか便利な能力を持ってたりするじゃない。スキルが使えないものだった、とか言っても結局伸し上がって無双してたりするし。いいな、俺ツエーしてみたい。
ミレスは強いけどなかなか会話は成立しないし、どこまで力が通用するのかも分からない。
私に至ってはどう考えても一般人。せめて、何でもいいからスキルをください。できれば鑑定かアイテムボックス。
自由に出し入れできるアイテムボックスがあれば、水や食料を持ち運びできるし、この辺りの植物も持っていける。人気が全くない場所だし、もしかしたらこの辺のものが珍しくて高値で売れたりするかもしれない。加えて鑑定スキルが使えたら富裕層も夢じゃないな。
「まあできないんですけど」
今は川沿いに道を進んでいるけど、そのうち川も途切れて水が確保できなくなるかもしれない。食料の実だって、上着を風呂敷代わりに使っているものの数は限られている。
「早くどこかの町にでも着けたらいいんだけど」
その町が安全かは分からないけど、今の状況を続けるよりはマシだ。ミレスという強力な味方もいるし、いざとなればまた逃げればいい。
とにかく誰か人に出会いたい。できれば話の通じる人で。
さすがに同じ状況が続いて精神的に参りそうだった。
「ん?」
だから、見つけた足跡のようなものに安心してしまった。
「これって、誰かがいた形跡だよね!?」
後ろでガサッと木々が擦れる音がした。
音は一つではない。複数人いるようで、いくつかの地面を蹴る音がする。
「どうか話の通じる人でありますよう──に!?」
振り向き、希望は絶望に変わった。
「いや、いやいやいや」
思わず顔が引き攣る。
「ギリャァッリュゥ」
「グルルゥェ」
聞いたこともない鳴き声。
そこには、触手の生えたエリマキトカゲ、犬の顔をしたカンガルー、翼を持ったチーター、その他見たこともないような生物がいた。数は、約十匹。
しかも、もれなく私より大きい。
明らかに、好意的ではない。どう見ても捕食対象。
「こんなのって……」
あんまりだ。せっかく人に出会えたと思ったのに。
食の引きが比較的良かったからってこういう代償は酷いんじゃない!?