50.着実な成長
「そういえば領地の経営は大丈夫なの? 私が心配するのも失礼かもしれないけど、今後鉱山もどうなるか分からないし……私だけ得したみたいで何だか申し訳ないんだけど」
聖獣の加護で鉱山の鉱石が採れていたんだよね。その聖獣がいなくなった今、鉱石は採れなくなってしまうのでは。いつまでその加護が続くのか分からないし。もしかしたら毛玉が代わりを担ってくれるかもしれないけど。
とにかくそんな不確定要素を抱えた鉱山が主要な資金源というのはまずいのではないだろうか。
「それは実際見てみないと分からないだろうな。鉱山の資源は当てにできなくなってしまったが、領地への“気”や危獣の被害を免れただけでも十分だ。安全がある程度保証されただけでも十分利がある」
テア様は私たちを評価してくれるし契約通りの報酬はくれたけど、いい人たちばかりなだけに心配だ。資金難で苦労してほしくはない。
正直身分証だけでも十分だし、お金は遠慮したいところだけどテア様はそれじゃ納得しないだろうし。それに領地の経営としては小聖貨数枚くらいじゃ賄いきれないよね。継続して収入が得られる状態じゃないと……。
「だい、じょうぶ」
「え、何が?」
どうしたものかと小さく唸っていると、幼女が服を引っ張ってきた。
「ん」
幼女が黒い枝から何かをぺいっと投げる。どこから取り出したのか、テア様の掛け布団に落ちたそれは小さな石だった。
「これは……」
「すげぇ濃度の精霊石だな。あの時もそうだったけど、どこでこんなもん手に入れたんだ」
テア様とエメリクが小さな石を見て驚いている。
精霊と話している間石で遊んでいると思っていたら、エメリクの時といいいつの間に持ってきていたんだ。
「やま、の、なか」
「山って、鉱山か?」
「ん。もっと、おくに、ある。しばらく、だい、じょうぶ」
「凄いな。そんなことまで分かるのか」
鉱山の奥に高濃度の精霊石があって、しかもそれがしばらくの間困らない程度にあるってこと? 何でそんなこと分かるんだろ。これもパワーアップの恩恵?
最近ミレスちゃんの能力が恐ろしいよ。それに私以外の人にも話しかけるようになって偉い。成長している。
「具体的にどの辺りかはさすがに分からないか」
「いままでの、とこ、すすめば、だい、じょうぶ」
「そうか、ありがとう。かなり有力な情報だ。これで当分資金面でも安泰だな」
美少女が幼女と会話しているのめちゃくちゃ絵になるな。
それとテア様がミレスのことを信用してくれてるの、控えめに言っても嬉しい。タルマレアの人たちに忌み子だ何だと言われていたのが嘘みたいだ。
「ミレスちゃん凄い、ありがとね。これで心置きなく今回の件が終わって次に行けるよ」
「ん」
目を細めて頭を撫でられている幼女は本当に可愛い。
いやー、色々あったけど精霊から情報収集もできたし幼女のパワーアップもできたし、鉱山の件も解決してテア様含めヒスタルフも安泰みたいだし、報酬としてお金も身分証も貰えたりと全部上手くいった気がする。
幼女の枷を外すという当面の目標についても方法は見つかっているし、言うことなしだね。
この世界に飛ばされて一時はどうなることかと思ったけど、気持ちに余裕も出てきたし楽しい旅にできそうだ。
ちょっとだけここを離れるのは後ろ髪を引かれるけどね。
「ここに留まってくれるとありがたいが、そうもいかないな。早い内に出るのか?」
「うーん、特に急ぐ訳じゃないけどね。少しゆっくりしたら町を出ようと思ってる」
「そうか」
「女の子二人の旅なんて気をつけろよ、と言いたいところだけど、お前さんたちには不要な言葉だな」
「この子のお陰でね。でもありがと」
さて、これ以上いても病み上がりの二人には悪いし、退散しますかね。今日は朝から早起きして色々あって疲れたし。
「ここを出るまで屋敷の出入りは自由にしてもらって構わない」
「シベラたちにも声を掛けるのを忘れずにな。最後に俺たちのとこにも来いよ!」
「うん、ありがと。もちろんシベラにもオルポード家にもちゃんと挨拶したいから屋敷には行かせてもらうね。二人こそ早く元気になってよ」
「あぁ」
テア様とエメリクに一旦別れを告げて部屋を出た。
外は暗くなり始めていて少しだけ寒さも感じた。
「ん~! さて、帰ろっか」
「ん」
背伸びが気持ちいい。今日は幼女のことも色々知れたし、いい日だった。
エコイフに行くのは明日にするとして、今日はメイエン家の屋敷に戻ってゆっくりしよう。
主のいない家にお世話になるのは若干気が引けるけど、怪我をして邪魔も入らないような状況で二人っきりというのもいいんじゃないだろうか。まあエメリクがあんな感じだし、テア様も言う気はないみたいだし、二人の関係が進展するとは思えないけど。
「ひぃ」
「ん?」
可愛い幼女が見上げてくる。
最近は無表情なりに少しだけ伝えたいことが分かるようにもなってきたけど、こうして特に脈絡もない場合だとよく分からない。
と思っていたら、両腕を広げた。腕に抱いている状態では珍しいと思いつつ幼女をもっと抱き上げる。
すると今度は首に腕を回して擦り寄ってきた。思わず硬直する。
柔らかい。違う。髪の毛が擽ったい。いやそうじゃなくて。
「あ、あの、ミレスちゃん……?」
尚も擦り寄る幼女。腕の力が強まる。
「う……っ」
くそかわいい、何だこれ。
「……ひぃ」
「はい」
上擦って変な声が出た。
「……ん」
近くで幼女の可愛い声が聞こえたところでぶっ倒れるかと思ったけど、すんでのところで留まった。
ふと思い至ったことがあり、背中をぽんぽんと軽く叩く。
そういえば、女の子なんだよね。本当の年齢は知らないけど、言動を見る限り人と接した経験はほとんどないと思う。それはもう本当の幼女なのでは。
見た目は幼いけど、めちゃくちゃ強いし、頼りになるし。
でも、それとこれとは違う話な訳で。
幼い子が愛情を求めるのは当然のことなんだよなって。
グルイメアの奴らやタルマレアの人たちの言動を見る限り、この子は疎まれ虐げられて生きてきた。碌に喋ることもできずに暴力に耐えてきたことを想像すると胸が痛くなる。
だからきっと、これは幼女なりの甘えなんだろう。
「ミレスちゃん」
「……ん」
ぎゅっと小さな身体を抱き締める。
これまでは人と深く付き合うことが億劫で育児なんて以ての外だったけど、今の状況は全然嫌じゃないどころか楽しいくらいだ。幼女には感謝してもしきれない。
幼女の幸せは何か、幼女が望むものは何なのか分からなかったけど、これからはうんと甘やかしてもっと愛情表現をしていこうと思った。




