49.想定外の報酬
「ヒオリ様のご厚意に甘えましょう。聖獣様もこの地を好んでくださっていたと言うのですから」
「そうそう」
「ではイレーニカ。聖獣様の依り代を守る場所と術式の準備をお願いできますか」
「はい」
テア様の言葉を聞いて深々と一礼すると、飛び出すように出ていくイレーニカさん。忠犬みたいだな。
「エメリク」
テア様が声を掛けると、無言でエメリクが何か唱える。
「防音の術をかけた。まだ言ってないことがあるんだろう?」
素に戻ったテア様が表情の乏しい顔と声で聞いてくる。切り替えが早い。
そしてさすがテア様、鋭いね。
「精霊に会ったんだよね」
「……は?」
テア様は少しだけ目を見開いただけだったけど、エメリクは気の抜けた声を出してこちらを見た。呆然とした顔でちょっと笑える。
「精霊って……精霊か?」
「そう。教会が崇めているとかいう精霊」
「聖獣とやり取りしただけじゃなく精霊とも会った? どういうことだよ」
心底理解できないという顔でエメリクが首を傾げる。残念な美形という感じで面白い。
「聖獣とは会話できなくて、間にその精霊が入ってやり取りしたんだよね。精霊が本来どんな姿かは分かんないけど、光の玉だったよ。何で見えたり会話できたのか私にも分からないけど」
「……本当に、ヒオリたちには驚かされるばかりだな」
「そんなに驚いているようには見えないけど」
「十分驚いている」
何やら考える様子のテア様。エメリクは未だ呆けた顔をしている。テア様にペンを投げつけられて正気に戻ったみたいだった。
「聖獣の件については僕たちも目にしたし、こうして証拠もある。だが精霊については難しいだろうな」
「有り得ねぇ力を実感した俺たちは嘘を言ってるなんて思わないが、さすがに世間一般には信じ難いだろ」
「何の話?」
別に精霊とか聖獣とか、信じてもらえなくていいんだけど。鉱山の問題は解決した訳だし、その事実があれば過程をどう誤解されようが構わない。報酬はテア様から貰えるしね。
「国への報告だ。ヒオリたちのことを売り込むためにな」
「……え?」
予想もしなかった言葉に唖然とする。
国への報告って何?
「当たり前だろ。どれだけのことをしたと思ってんだ」
「名のある討伐者に歯が立たない危獣を倒したどころか、それ以上の危獣を含めて二つの町周囲の危獣を殲滅。国の耳に入らない方がおかしい」
「え、いや」
「その上僻地とはいえ領主と契約して鉱山に巣食う“気”と危獣の問題を解決とくりゃ、国の救世主と言われても不思議じゃないだろ」
「そんなつもりじゃ」
何だか嫌な汗が出ている気がする。
危獣狩りもテア様との契約も、資金稼ぎだったり幼女のパワーアップのためだったりとかなり私利私欲に走ったものだ。ご大層な大義名分やら正義感なんか持ち合わせていない。
それがどうして国だとか大事になっているんだ。
「身分を証明すると言っただろう? 国のお墨付きだ。これ以上のものはないだろう」
「そ、そりゃそうかもしれないけど」
「お前たちは言動もここへ来た経緯も知らない奴らから見るとかなり怪しい。素性を訝しむ奴がほとんどだろう。このくらいしっかりとした身分証明があれば面倒事は減ると思うが」
「それは確かにありがたい」
グルイメアにいたことやら幼女に出会ってから今までのことを話しても怪しまれるのは目に見えている。それなら何も言わず旅人として振る舞い、何かあればその身分証を提示すればいいだけなのだから、そこまで保証してくれるものが貰えるだけありがたい。ありがたいんだけど。
「それ、お国から監視目的とかも兼ねてない?」
「もちろんそれもあるだろう。僕たちはヒオリたちがそんな人間だとは思わないが、国としてはいつ自分たちに牙を向くか分からないと思っているだろうからな。それほどの力を持っていると自覚した方がいい」
「う、はい」
「あとはこれだけ強大な力を他国に取られたくないというのも大きいだろうな。ヒオリたちに味方していれば利があると判断してくれたようでよかった」
「私、国のいざこざとか関わる気ないよ? テア様たちが困ってたらあれだけど……」
「もちろんだ。シィスリーの身分証明があるからといって軍属になる訳ではないし、自由にしてもらって構わない。まあ、ヒオリたちの力を見込んでの依頼はあるかもしれないが、無理に応える必要もない」
「それならいいんだけど」
「では受け取れ。これだ」
さすがにテア様は騙したりはしないだろうと思い身分証を貰う。ここのお金のようにプラカードみたいなやつだった。何か印字されているけどもちろん読めない。
「すでに報酬は入っている。後で確認してくれ」
「ありがとう」
この身分証で簡単な個人情報と戸籍のようなものが分かるらしい。この世界で私には家族がいないから後見人としてテア様の名前だか家だかが記されることになっている。他にも犯罪歴などが分かるらしい。
そしてもう一つのありがたい機能、お金の出納。身分証にキャッシュカードが一体化したような感じだね。
失くすと大変だけど、指紋認証のように霊力で本人登録と確認が行われるようになっているらしく、防犯はばっちり。私に認証できるほどの霊力があるのか知らないけど。
銀行機能も使いたいし、後でエコイフに行ってみよう。
「この度は本当に助かった。ヒオリたちがいなければベルジュロー家にいいようにされていただろう。感謝する」
「え、ちょっと!」
わざわざベッドから下りて頭を下げようとするテア様を止める。
すると今度はエメリクが床に膝をついて土下座する勢いで頭を下げた。
「テアの代わりに礼を言う。ありがとう」
「いやだからいいって!」
契約なんだしちゃんと報酬も貰ったし、そこはお互い様というかフィフティフィフティというか。とにかく頭を下げる理由がない。
「歪みと言ったか。それは想定外のことだった。あれほど“気”や危獣が増えるとは思いもしなかった。それに聖獣と協力できたのはヒオリのお陰だろう」
「あー、聖女的な意味で? 別に契約した訳じゃないし、私だったからってことでもないと思うけど……」
むしろ聖獣がここで生まれ育ったなら、テア様の方がここに思い入れがあるだろうし通ずるものがあったのでは。
「僕やエメリクでは精霊と言葉を交わすことはできなかっただろう」
「それは……まあ、そう、か?」
教会の偉い人だけが見聞きできるとかいう話だけど、それも本当かどうか分かったもんじゃないしな。結局私が精霊と会話できたのも謎だし。
もしかしたら特に条件なんてないのかもしれな……いや、精霊が言っていたな。だから自分が見えるのか、なんて一人で納得していた気がする。まあ十中八九幼女関連だろうけど。
私がこの世界に来て得たものは何もない。全ては幼女の恩恵だ。だから多分精霊と会話できたのも幼女のお陰だと思う。
「まあそれなら全部ミレスちゃんのお陰かな」
「その子にどれだけ力があっても、その力を使う道を示すのはヒオリだ。だから僕はヒオリにも感謝する」
「う、その言い方は狡いな」
全部この子のお陰なのに、私が好き勝手やってるせいで勘違いされている。私の功績なんて何もないのに。
「ごめんねミレスちゃん……」
「ん、ん」
ふるふると首を振る幼女。多分謝る意図が十分伝わっていないだけに余計に罪悪感が募った。
いつかもっとミレスちゃんが有能なんだと周囲に分かるように頑張るからね。




