45.また、いつか
「……え!?」
幼女を抱き締めたまま固まる。
何が、何だって?
『あのコの力はまだ未熟だからァ、仕方ないわね~』
ふわふわと光の玉が目の前で往復する。思わず呆然とそれを見つめた。
──何を、言っているんだろう。
今までたくさん情報提供してもらったし助けられた部分も多かったからこんなこと思いたくはないけど、どうしても「何で」という気持ちが抑えられない。
聖獣を未熟と言うからには自分は十分な力を持っているはず。その力があれば、聖獣が犠牲になることなく歪みを閉じることができたのではないか。
いや、ここで危獣を倒すために力を使い過ぎていたのなら、もっと早く私たちがここに着いていればよかったのか。
そうすれば、聖獣も──。
『何か勘違いしてるみたいだけどォ、結果は変わらなかったわよ~』
「……何で、そう言えるの?」
『もちろんアタシが代わりにやればあのコは無事だったけどォ、それじゃあのコは納得しないからよ~』
「どういう……」
『“ぷらいど”が許さないってところね~』
精霊が言うには、あの聖獣はここで生まれ育ち、この地に愛情を持っていると同時に加護を与えていたらしい。鉱山で採れる様々な鉱石もその一つだと。
遥か昔、精霊と人間が契約を交わしていた頃、力を貸す対価は契約者の霊力だった。もちろん力の大小も大きく関わったものの、重視されたのは相性。精霊は自分が認めた相手に力を貸すことはできるし、霊獣は相性が多少悪くても霊力がそれを大幅に上回るなら使役は可能。
けれども聖獣は別だった。聖女と呼ばれる者としか契約ができず、ある意味精霊や霊獣以上に孤独な存在だったとも言える。
精霊たちの力の源は、契約者の霊力。相性がいいほど、お互いの信頼関係が深いほどそれは大きな糧となる。
常に豊富な霊気で満ちている精霊界と比べ、精霊たちにとっての人間界は息をするのがやっとくらいの霊気の量。供給してもらえる人間がいれば別だけど、人間が精霊たちに見合う霊力を持たなくなってしまった現代、それはほとんど無理な望みというもの。極稀に高能力の人間がいたとしても、相性が悪ければ契約はできない。しかも聖獣にとって一番問題となる聖女なる人物も当然見つからない。
そんな中、聖獣はここで生まれてひっそりと暮らしていた。空気中の僅かな霊気を糧に生きて、加護を与え、その恩恵を受けて繁栄する人々の霊気を貰い、また加護を与え……そうして生きてきたこの地を愛していた。
だから自分がここを守りたいと、守らなければいけないと感じるのは当然のこと。たとえ力を使い果たすことになろうとも。
シリアスに聞こえない口調の精霊の話を要約するとそういうことだった。
「……だからプライド、ね」
『あのコが望むようにやった結果よ~』
能力的に精霊が歪みをどうにかすることもできた。だけど愛し愛されてきたこの地を自分の手で救いたいと強く願った。
分からないでもない。
でも、死んでしまったら終わりだ。せっかく守ったのに、その後のことを見守ることもできない。
そう考えて、ハッとした。
死んでも別にいいと思っていた。痛くなければ死んだあとのことなんてどうでもいいと。どうせ大事なものなんてないし、私が死んだところで悲しむ人もいない。いたとしても、私がそんな人がいないと思っているんだからどうでもいい。
だけど、今は違う。
「ひぃ……?」
この子のために、生きたい。私がもし死んだとしたら、この子はどうなるんだろう。
そう考えると余計に聖獣のことが辛くなった。
『何か勘違いしてるみたいだけどォ、別にあのコは死んでないわよ~』
「……え!?」
何、どういうこと。こんなに悲しい気持ちにさせておいて、いや、それはこっちの勝手な悲観かもしれないけど。
「え、だって力を使い果たしたって、もういないって」
『そうよ~。実体化できないほど力を使い果たしたからァ、もうここにはいないけどォ、死んだワケじゃないわよ~』
「どういうこと……」
『そのままの意味だけどォ、そもそもアタシたちには死ぬっていう概念がないっていうか~』
何でも、精霊や聖獣は力を使い果たしたら精霊界に還るらしい。それは割と馴染みの設定ではあるけど。
「でもそれって元のあの聖獣には戻らないんでしょ……?」
そういうの、自我もなくなるのがセオリーだ。
死んだ訳じゃない、どこかへ還っただけ。それを形成していた素はどこかに存在している。大切な存在であれば、きっと見守ってくれている──なんて都合よすぎるストーリーもいいところだ。
私と聖獣はそんな濃い仲じゃないどころか今日知り合ったばかりの協力者、しかも言葉も通じていない。信頼と愛情と強く願う力があればきっと、なんて夢物語に過ぎない。
『まあそうね~。精霊界に還ったものが同じ自我を持ってまた生まれるなんてェ、聞いたことないわね~』
「……」
『でもまァ、依り代があれば別だけどね~』
「……?」
「ひぃ」
精霊の言葉に首を傾げていると、幼女が服を引っ張ってきた。
指を差す先が、何か光っている。草に埋もれたそれを確認すると、ようやく見つけてくれたとばかりに光が弱まった。
そこにあったのは、薄らと発光する掌サイズの毛玉。
「これって……」
『あのコが最後に残した依り代ね~』
「これがあれば、いつかあの聖獣が戻ってくる?」
『可能性はあるわ~。大した霊気のない今の状況じゃあとても長い時間が必要だけどね~』
「……そっか」
精霊と親交のあった時代ならもっと早くにどうにかできたかもしれない。もっと霊力の凄い人間が凄い霊術を使えば元に戻れるのかもしれない。
そんなのただの仮定や希望にすぎないけど。
それでも、あの聖獣がここを守ってくれて、また戻ってくる可能性があるという事実だけでいい。
「……ありがとう、聖獣さん」
綿毛のように軽いのに風に飛ばされない、光る毛玉をそっとリュックに入れた。
歪みはなくなったし魔気や危獣といった危険に晒されることはないだろうけど、誰かに踏まれたり見つかって売り飛ばされたりしても大変なので安全なところまで運ぶことにした。
やっと霊力を少しだけ感じるようになった私にも何となく分かるくらい、この毛玉は凄い霊力を持っているようだった。そのままにしておくと悪用されかねない。
「そういえば、大した霊気もないって言ってたけど──って、いないし」
大した霊気もないならあなたも大変ではないのか、霊気が豊富な精霊界からわざわざそんな人間界にまで来る意味はそれこそあるのか。そう聞こうと思ったのに、気づけば精霊はいなくなっていた。
「まあ、いっか」
精霊の考えていることは分からないし、本当に退屈だから人間界に来たのかもしれないし。
「またお礼言いそびれちゃった」
それだけが心残りではあるけど、まあ多分精霊もそんなこと気にしてないよね。何だかいつかまた会える気がするし、お礼はその時でいいか。
「さて、ミレスちゃん。帰ろっか」
「ん」




