1.ここはどこ? 私はアラサー
ガールミーツガールの幼女ものを見かけない気がしたので、自給自足のため書き始めてみました。
目を開けると、そこは森の中だった。
学生の頃に読んだどこかの小説の一文のような言葉が浮かぶ。突然のことに思考がついていけていないんだな、と他人事のように思った。
ぼんやりとしていた頭が徐々にクリアになっていく。それと同時に取り戻したのは身体の感覚だった。
──痛い、寒い。
時折吹く風は突き刺すように冷たく、四肢は怠い。身体を動かす気力がなかなか湧かない。
──何でこんなことになってるんだっけ?
鈍っている思考を働かせる。
そうだ。仕事に行った。いつも通り愛嬌を振り撒いて、理不尽な仕打ちを受けて、それでも笑顔で対応して。碌な休憩も取れず、職場を出る頃にはすっかり日が昇り、その日差しの眩しさに思わず眉を顰めた。疲労感を訴える身体に鞭を打ち、空腹を満たすためにコンビニで食糧を買い、帰路に就いた。
そこまでは、覚えている。
現状を考察しよう。
夢遊病の類でもなければ先ほどまでいた場所と違うこんな森の中にいるはずがない。今までそういった兆候はなかった。仮に初発だったとして、コンビニ帰りで突然眠って無意識に再び動き出したとは考えにくい。
一度寝たらアラームでもかけない限り半日以上は起きないからね。別の可能性のほうが有力といえる。次。
何らかの目的で拉致・遺棄された。
可能性がなくもないけど、身代金を要求される富豪でも有名人でもなければ、強盗などの事件の人質になった覚えもない。次。
じゃああれだ。何なら一番に思いついたこと。
──これはもしや、異世界転移というやつでは?
三次元より二次元に生きているもんで。考えないわけがないんだよね。目覚めたら都会じゃみたこともないような緑生い茂る森の中にいるなんて。
夢じゃないのは痛みと寒気が教えてくれている。異世界モノとして転生した場合もあるけど、自分の恰好はどう見ても退勤後の姿なのでそれはない。
となると、やはり本でよく見た異世界転移が一番有力かもしれない。
まさか自分が異世界に行くなんて──という感想は本当に出てくるんだな。
見慣れない森の中にいるというだけで、異世界モノに代表されるようなモンスターに遭遇したわけでもないし、言葉の通じない人間や他種族に出会ったわけでもない。
ファンタジーではない時代逆行なんかも候補として挙がるけど、歴史に興味はないしあんまりワクワクしないので除外する。
情報を整理しよう。
朝野陽織、陽キャっぽい名前だけど朝も陽の光も嫌いだし、職場の往復以外は基本的に引きこもってるアラサー女。趣味はネットサーフィン。大好物は金髪碧眼ロリのちょっとしたオタク。退勤後コンビニに行ったところまでの記憶しかない。
しばらくモノローグを続けていたお陰か、身体は重く節々が痛いものの動かせないほどではなくなってきた。
手を握る、離す。膝を立てる、腰を上げる。
うん、特に麻痺はない。
視覚からの情報も特に問題ない。若干速いけど脈も触れる。
分身である眼鏡も無事だ。何より。
「……ぁ……ぁあ、あ、うん。あー、あー、ぱたからぱたから」
声も出る。呂律不良もない。
「ステータス。ステータス、オープン」
しかしまあ分かってはいたけど、異世界モノでよくある、自分の情報なんてものが数値化して見えることはなかった。
異世界転移なんてただの願望だし。だってこれが現実なら、ここがどこかも分からないまま家に辿り着くなんて無理そうだし。見える範囲、背負っていたバッグがなければ財布もスマホもない。ズボンのポケットにも何も入ってない。
何より無断欠勤がやばい。せっかくの皆勤賞が。
異世界転生だともう死んでるから関係ないけど、転移だと元の世界で消えた人ってどういう扱いになるんだろう。行方不明扱い? 存在がなかったことにされる?
いや、そんなことより今を考えよう。全然状況が把握できない。
願望である異世界転移だったとして、聖女や勇者召喚の類なら召喚者が近くにいるだろうし、仮に違う場所に召喚されたとして何の能力もないのはどうなんだっていう。最悪の仮説として、召喚されたのはいいものの何の取り柄もないただの一般人で、その召喚場所も違うところになってしまった、とか。いわゆる巻き込まれのケース。
「……最悪すぎる」
とにかく周囲を探索してみよう。森で迂闊に動くと危ないだろうけど、そもそも入り口も出口も分からないんじゃどうしようもないし、もしかしたら近くに誰かいるかもしれないし。