第2話 出発・・・偶然?
時間は無情に過ぎて、智也は出発日を迎えた。これから、二人は遠距離恋愛になる。
出発日当日、智也は昼過ぎに起きた。その日は会社から有給休暇を半強制的に付けられていた。と言っても結局、仕事のために、夜8時には新宿から松山行きの夜行バスが出るためあまり休みの実感がなかった。とりあえず、夜行バスの発車まで時間があったため、部屋の片付けを始めた。5ヶ月も部屋を開けるため、ゴミ出しや冷蔵庫内の食品の処理などいろいろやる事があった。そして、本棚を整理していると麻衣子との思い出が詰まったアルバムが出て来た。智也はそのアルバムに無意識に夢中になって見てしまった。すると、何冊かあるアルバムの中に大学時代のアルバムを見つけた。そこには麻衣子とは別の女性が写っていた。
智也「あ、懐かしいな〜!」
そこに写っている女性は麻衣子と付き合う前の彼女の写真がだった。元カノであった。写真は10年近く前の物だった。そして、その写真を見ながら昨日の麻衣子の言葉を思い出していた。
智也「ついでに元カノに、挨拶…。ハハ、絶対にないな!」
独りつぶやきながら、懐かしさに浸っていた。そして、部屋の片付けを終えたのは夕方頃だった。それから、着替え等をス−ツケ−スに詰め込み部屋を出た。歩きながら、バスのチケットや赴任中に泊まる民宿の地図などを見ていた。
智也「交通手段は夜行バスに、村の民宿に滞在なんて…。ハァ−、これが全国紙を飾る大手新聞社の単身赴任かよ〜」
智也は溜息をつきながら独り言で不満を口にしていた。それから、電車を乗り継ぎ新宿駅に着いた。夜行バスの停留所は駅からすぐ近くだった。智也はすぐに停留所を見つけた。その時、智也の携帯に麻衣子からメールが来た。
麻衣子「ゴメン!仕事が長引いちゃって見送りにいけないかも!がんばってね!また、連絡するね!」
智也はメールを見て、自分を応援してくれる優しさと見送りに来てもらえない寂しさで複雑な気持ちだった。そして、携帯のメールを見ながら停留所のところに行くと、原田と知香と司の3人が見送りに来ていた。智也は3人を見た瞬間、少し苦笑いになっていた。
司「頑張れよ」
智也「ああ〜!」
智也は司との友情を感じながら、司の励ましがどこか人ごとのように感じてしまった。
原田「じゃあ、頼んだぞ!」
知香「桜井君!困った時にはいつでも連絡ちょうだい。」
智也「あ、ありがとうございます。」
智也は、上司の期待を改めて感じた。そして、梅雨が明ける前の東京のこの蒸し暑さも感じていた。それから、智也は乗り気でない気持ちを抑えながらバスに乗った。
智也「え〜と、9のA…」
チケットを見ながら自分の座席を探して、座った。席は窓際だった。座席に腰かけた瞬間、今日初めて、落ち着いたような気持ちだった。そして窓の外を見るとまだ3人は智也を見送っていた。智也は内心、相変わらずの苦笑いだったがそれを隠して笑顔を見せた。その瞬間、智也は落ち着いたのは錯覚だったと感じた。そして、麻衣子にメールの返信をしようと思い携帯を取り出したところ
「あ!智也?」
智也は突然、名前を呼ばれて顔を上げるとそこには、一人のスレンダーな感じの女性がいた。
智也「あっ!」
智也はほんのわずか間を置いたが、突然驚きに変わった。
智也「遥?」
その女性は、大学時代に付き合っていた元カノである。彼女は西嶋遥、年齢は智也と同じ28歳である。
遥「やっぱり!久しぶりだね!」
智也「久しぶりだな〜!」
智也にとって、それは信じられない元カノとの再開だった。智也と遥は、別れたはずの恋人同士であるにもかかわらず、久しぶりに会えたという事で、お互いに満面の笑みで今の偶然を喜んで受け入れていた。そして、遥は智也の隣の座席に、通路を挟んで座った。それを見た智也は
智也「そこ?」
遥「そう!偶然にも智也の隣!」
遥は少しはにかみながら言った。通路を挟んでいるとは言え、隣に元カノである遥がいる事に智也は少し、不思議な感じだった。遥は座席に腰掛けると智也を見て
遥「なんか智也、すっかり大人になったね?」
智也「大人?そんな事言っても、お互いに同い年じゃないか!でも、遥は学生時代の頃とあまり変わらないような…」
遥「そう?でも、同い年でしょう?さっき自分で言ったじゃない!」
智也「ハハハ、そうだったな!」
智也は、遥のオウム返しのような返答に思わず笑ってしまった。しかし、智也には遥が学生の頃とは変わらないままで綺麗になっているように見えた。遥は学生の頃から美人であったが、今の服装、化粧やその雰囲気からは智也の知っている遥とは想像もできないくらいにいい女になっていた。極端に言えば同い年の28歳には見えずに20歳の頃に付き合っていた遥がそのまま、大人っぽくなり綺麗になっているように見えた。そして、智也は無意識に遥に見とれてしまっていた。すると遥は
遥「どうしたの?」
智也「え?ああ〜、いや別に…ハハハ!」
遥「変なの!ハハハ」
遥は智也に微笑みながら言った。智也は、うまくごまかしたが内心は遥の変貌したような美しさが気になっていた。そんな会話を交わしているうちにバスは新宿を出発した。智也は隣にいる遥を意識してしまっていて少し落ち着かなかった。すると遥が
遥「そう言えば、松山には旅行?」
智也「単身赴任だよ!」
智也は、がっかりした様子で言った。
遥「単身赴任?」
智也「そう!今、新聞記者をやってるんだ。なんか、野鳥の取材で突然、辞令が出て、愛媛に単身赴任だよ!」
遥「そうなんだ?そう言えば、愛媛は智也の実家じゃない?実家に寄ったりできるんじゃない?」
智也「ああ、そうだな!でも、着いたら松山の支社に挨拶に行かないといけないから…」
智也は、ふと昨日の麻衣子と同じ会話を交わしたように感じた。すると遥は
遥「ついでに、今の彼女との付き合いの報告もしたり?」
智也「え?」
智也は一瞬、会話が繰り返されてるような気がした。麻衣子は元カノの事を…!遥は今カノの事を…!二人はお互いを知っている訳でないにもかかわらず、何か繋がっていて牽制しあっているように感じた。そして智也は
智也「遥の方は?松山に旅行か?」
遥の事が気になって聞いた。
遥「傷心旅行かな!」
微笑みながら言った。
智也「傷心旅行?そ、そうか〜!」
智也には遥の微笑みが意味深に見えた。また、傷心の詳細についても聞きたかったが、遥の気持ちを考えて敢えてそれ以上は触れなかった。しかし、智也は学生時代に遥に振られた身であった事から、遥を振った男性とはどんな人物なのかと心の中で思った。また、今の遥が学生時代よりも綺麗になっている事から、恋愛で女性は綺麗になるのだろうと、自分に言い聞かせた。そして、車内放送が流れて、夜10時には消灯になった。その後、お互いに会話もなく眠りについた。バスはただ、松山を目指し走り続けていた。消灯時間を過ぎて、智也は目をつぶりながらも、全く眠れなかった。車内は静かだった。他の乗客はもちろん、眠りに落ちていた。智也は、通路を挟んで隣にいる遥を見た。遥も他の客と同様に深い眠りに落ちていた。智也は遥の寝顔を見つめながらも、付き合っていた頃よりも綺麗になっているその姿に、自分の知っている学生時代の遥の姿を重ね合わせていた。智也はカ−テンの隙間から静かに窓の外を見た。窓の外はどこを走っているかわからない夜景が広がっていた。時計は深夜3時を過ぎたところだった。そして、パノラマのように変わる夜景を見ながら智也はやっと眠気を感じて、眠りに落ちた。
それから朝8時過ぎにはバスは松山の市駅前に着いた。車内放送が流れてバスが到着したという事を伝えた。乗客はその放送に起こされるような感じで目を覚ましていた。智也はカ−テンを開け、窓の外を眺めた。平日の朝だけあって、辺りはス−ツ姿のサラリーマンで溢れていた。しかし、東京の朝のようなざわめきは感じられなかった。そして、智也は窓とは反対に、隣にいる遥の座席に目をやった。
智也「あれ、いない!」
遥はいなかった。既に、降りていた。再会もつかの間、智也は少し寂しさを感じてた。遥の座席をしばらく見つめていた。まるで、幻を見ていたようだった。昨日の会話は夢だったのかと思ってしまう程だった。それから、荷物をまとめてバスを降りた。バスを降りた瞬間、智也はわずかな望みを残していたかのように、近くに遥がいないか辺りを見渡して、探した。もちろん、辺りにはそれらしき人物はなく通勤、通学のサラリーマンや学生が行き交っているだけだった。智也は、どこか切ない気持ちに襲われていた。
智也「遥!」
智也は一人、小さくつぶやいた。すっかり、忘れていた昔の彼女の事を思い出していた。そして、学生時代に過ごした松山は遥と恋に落ちた街であった事から、智也の思い出はより一層、切なさを増していた。その時、智也の携帯が鳴った。相手は知香からだった。
知香「おはよう!着いた?」
まるで、この時間を待っていたかのような知香からの電話だった。もちろん、智也は知香からの電話を待っている訳ではなかった。
智也「おはようございます。たった今、無事に松山に着きました。今から、支社の方に挨拶に行きます。」
知香「じゃあ、頑張ってね!風下村に着いたらまた連絡ちょうだい。」
智也「はい!了解です。」
そして、電話は切れた。智也は、どこか監視されているように感じていた。
智也「じゃあ、行くかな〜」
智也は、重い足取りで地図を見ながら支社に向かった。支社の地図を見ながらも智也にとっては学生時代に過ごした街であったため、地図を見た瞬間にだいたいの場所はわかった。そして、歩いて数分程で支社の入っているビルに着いた。ビルの最上階に松山支社はあった。智也は、エレベーターに乗り最上階で降りた。最上階のフロアには東京の本社のような慌ただしさはなく、どこか落ち着いた雰囲気で、少ない人数で業務が行われていた。そして、入口の受付のようなところで
智也「すみません!東京から風下村の赴任で来た、桜井ですが…」
とりあえず誰か案内してくれる人を呼ぶつもりで言った。すると一人の中年の男性がやって来た。
「ああ〜!君が桜井君?待ってたよ〜!」
どこか、親しみのある明るいおじさんという感じの人が来た。彼は藤田武、49歳、松山支社の局長である。
藤田「どうも、どうも〜じゃあとりあえずあちらへ…わざわざ東京から大変だったね!それにしても暑いね〜!」
智也「は、はい〜!」
智也は藤田の明る過ぎるテンションに苦笑いをしていた。そして、奥の簡易的な応接室に案内された。
藤田「桜井君!コ−ヒ−でいい?」
藤田自らがコ−ヒ−を入れてくれる様子だった。
智也「ありがとうございます。」
藤田「ホットとアイスがあるけど…」
智也「え?」
智也は、その質問に少し戸惑った。真夏の暑い日にアイスに決まっているだろうと内心言いたかったが…。藤田がすぐに
藤田「やっぱり、夏はアイスだよなぁ〜!」
智也「は、はぁ〜!」
結局、藤田の自問自答だった。智也はまたも苦笑いだった。それから、二人は名刺を交換して、今回の長期に渡る取材について話し合った。
藤田「じゃあ、そういう事で大変だろうが…」
智也「はい、よろしくお願いします。毎週末には、こちらから本社に原稿を送らせて頂きますので!」
二人の取材に関する話しは淡々と進んだ。すると藤田が
藤田「あ、そうだ!今回の取材に関してこちらから、アシスタントを一人付けようと思って…えっと…」
そう言って藤田は応接室を出て、一人のさわやかな感じの男性を連れて来た。
藤田「中山君だ!」
「はじめまして!」
彼は中山賢吾、智也と同じ28歳である。
藤田「彼は、この松山支社で現場主任をやって貰っている。政治から経済、文化事業まで幅広く担当しているので、困った事などあれば、彼の方に、なんでも言ってくれ!何か力になれると思うから」
智也「ありがとうございます。」
そう言って智也は賢吾を見た。本社のようにたくさんの情報を扱う訳ではないのでたくさんの分野を兼任するのは地方記者ならではと智也は思った。しかし、事務所内を見渡して、人手不足なのかもとも思った。
賢吾「桜井さんよろしくお願いします。」
智也「こちらこそ、よろしくお願いします。」
智也は本社の平社員が、支社の主任をアシスタントとして使う事にどこか不思議な気持ちだった。もちろん、そんな気持ちを出す事なく智也は普通に挨拶をした。それから、智也は支社を出て、風下村行きのバスの停留所に向かった。支社での挨拶が思ったより長引いていたせいか時計は12時近くだった。その時、智也の腹が鳴った。
智也「そう言えば、朝着いてから何も食ってないな〜!」
そして、近くの定食屋でのんびりと昼食を済ました後、バスの停留所に着いた。すると、智也は停留所の時刻表を見るや否や
智也「え!マジで」
まだ、時計は昼過ぎだと言うのに今日の風下村行きのバスは朝の11時で終わっていた。
智也「嘘だろう?まだ、昼過ぎじゃねぇか〜!」
一人、不満気なつぶやいた。そして、智也はわかっていながらも近くの案内所に行き、
智也「すみません!風下村行きのバスは今日は出ないですよね?」
と聞いた。
「風下村行き?あれはもう終わったよ!」
と当たり前の答えが返って来た。智也は、その場に立ちすくんでかなり困った。そして、どうにもならないと思い、考え込んだ末に、支社からアシスタントとして紹介されたの中山に連絡をとろうと思い携帯をかばんから取りだした。すると智也は停留所の端に一台の小さなマイクロバスが停まっているのに気付いた。そして、そのバスには
智也「え?風下村行き?」
智也は一瞬、目を疑った。バスには「風下村行き」と表示されていた。
智也「なんだ!あるじゃねえか!」
ただ、そのバスは智也が乗る予定のバスではなかった。しかし、今日中に現地に入らないといけないとために、風下村に行くにはそのバスしかないと思った。
偶然の始まりは奇跡の始まりでしょうか?そんな時は、人は誰しも、もしかしたら夢なのかもと思ってしまう事があります。それは良い偶然だから、夢でなく現実であって欲しいという願いが込められています。