のほほん姫のお友達
のほほん姫は、ちょっぴりふくよか。お菓子が好きなのんびり屋さん。
本当はガーネット・マグナと言う王女様だ。バタカップランドのマグナ王室に特徴的なくるくるの紅い髪に、まんまるな焦茶の瞳が愛らしい。背が高いので、友達よりも遠くまで見えるのが自慢だ。
最近できたお友達の侯爵令嬢サファイアは、料理上手なしっかりもので、のほほん姫にお菓子をくれる。波打つ金髪にコバルトブルーの瞳をした、華奢で小さな美人さんだ。モテモテの人気者だが、婚約者の公爵様に一途な想いを捧げている。
公爵様は、柔らかな栗色の髪に優しい新緑の眼。太目で小柄な青年だ。とにかく人柄が良いけれど、公爵なので抜け目も無い。二人並ぶとお人形さんのようだわ、とのほほん姫は思っていた。
幼馴染みの伯爵令嬢ジェットは破天荒。堅い黒髪に夜空のような藍色の瞳が神秘的な賢者様だ。体格は中肉中背で、特筆すべきことはない。
彼女は名探偵をしたり、大冒険に出掛けたりと忙しい。この間なんて、隣国の王子様の危機を救って連れ帰って来てしまった。王子様は、青緑色の不思議な髪に琥珀色した素敵な瞳の筋肉巨人さんである。
ジェットの王子様は快活で健康なんだけど、ちょっぴり単純過ぎるので、狡猾な弟妹達に無実の罪を着せられたのだ。王様になるならば、豪快で賢いお妃様が必用だ。ちょうど伯爵令嬢ジェットのような。
仲良しのお友達は2人とも、大好きな人を見つけて恋をした。けれども、のほほん姫に恋はまだ来ない。平和な国の末っ子のお姫様なので、嫁ぎ先はのんびり決める。
「そろそろ好きな人でも出来たかな」
「恥ずかしがらずにおっしゃいな」
ある日、お父様の国王様とお母様のお妃様がニコニコ笑顔で聞いてきた。のほほん姫も16才。お輿入れ先探しが始まるようである。
のほほん姫の仲良しのお友達には、もう婚約者がいる。特に仲良しのサファイアとジェットの婚約者様のお友達と、仲良くなっているかも知れない、と王様とお妃様は思ったのだ。
けれどものほほん姫様は、そんな気の利いた事など無縁であった。
「嫌だわ、お父様、お母様。良い人見つけてくださるのでしょ」
てっきりどこかの国の王子様を紹介されるのだろうと思って、のほほんと縁談を待っていたのだ。
「うむ。候補はおるよ」
「ねえ、面白いことどうかしら?」
王妃様のお薦めは、幾人かいる候補の中でもちょっと変わった王子様だった。
「竜園国の第三王子マーブル様よ」
「竜園国のお見合いは、竜の卵を渡されるんだ」
「無事に孵れば婚約ね」
「やってみるわ」
のほほん姫は、釣書も見ずに即決した。決断したと言うよりも、面白そうね、と思ったからだ。
婚約の打診をお受けするとの返信をすると、卵はすぐに魔法配達装置で送られてきた。
「まあ、なんて綺麗な卵なの」
卵は、背も高くちょっぴりふくよかなガーネット姫の腕に、一抱えする位の大きさだった。銀色の殻には、金色と美しい夜明けの紫が彩りを添えている。
「とても暖かな魔力だわ」
のほほん姫はご機嫌で、可愛らしい緑の籠に、繊細な刺繍の羽布団を敷いて卵を入れた。それから一日中、お菓子を食べるときもお勉強の間も、卵を側に置いていた。夜寝るときには、ベッドの隣に卵の入った籠を置く専用のテーブルを用意した。
その晩のほほん姫は、水晶のような泉の畔で竪琴を弾く青年の夢を見た。のほほん姫は夢の中で、竪琴に合わせて伸びやかに歌っていた。聞いたことのない歌だったが、とても懐かしく幸せな気持ちになった。
翌朝早く、のほほん姫は目を覚ますと歌を歌った。夢の中で姫が歌っていた幸せなあの歌を。
すると、卵が輝き出した。金と銀と、夜明けの紫が綺麗な縞模様になって卵を包む。
「まあ、素敵」
のほほん姫が頬を染めながら卵を眺めていると、やがて卵の殻は光の縞に溶けてしまった。
「お早う、ガーネット」
光が収まったとき、高く澄んだ細い声がのほほん姫に話しかけてきた。見れば、小さな金色の竜が可愛らしい緑の籠に座っていた。短い二本の脚を折り曲げて、胸の前には小さな二本の手を組んでいる。
背中の翼も金色だ。まだとても小さな翼で、きっと飛ぶことは出来ない。瞳はくりくりとした紫だ。悪戯そうにのほほんガーネット姫を見詰めている。
「お早う、ちび竜さん」
「やだなあ、名前をつけておくれよ」
のほほん姫の小さな金色のお友達は、生まれたばかりで名前が無いのだ。
「あら、そうね」
言われて気づくと、のほほん姫は辺りを見回しながら竜の名前を考えた。
「クロバラさんは、どうかしら?」
刺繍の額を見て言うと、金色の竜は嫌々をする。
「ヒラヒラさんは、どうかしら?」
のほほん姫の天蓋から下がるカーテンを見て提案すれば、
「えー、嫌だよ」
と不満そう。
「フワフワさんは、どうかしら?」
素敵なソファのクッションを見て勧めると、
「僕はフワフワしてないよ」
と、しかめ面。
「そうねえ、何がいいかしら」
のほほん姫はのんびりと小さな金色の竜を眺める。
お城の3階にあるのほほん姫のお部屋には、見晴らしの良いバルコニーがあった。その日は良いお天気だったので、バルコニーへのガラス戸は開け放たれていた。
吹き込む風は涼やかで心地よく、カーテンをさらさらと鳴らす。朝焼けのわずかに残る空には、薄紫の雲が風に千切れて流れて行く。
「流れにしない?」
のほほん姫が微笑むと、金色の竜は小さな体をほんのりと金色に光らせる。
「うん、それがいい。ありがとう」
そうして、のほほん姫の新しいお友達は、フローと呼ばれることになった。
名付けが終わって朝御飯を済ませると、のほほん姫ガーネットと金色の竜フローは、魔法通信装置に向かう。
大きな扉の向こうの虹色のお部屋には、天井まで届く四角い鏡が置かれている。フローを抱えたのほほん姫は、鏡の前に立つ。王様とお妃様も、その後ろに並んで立った。
王様が魔法の鏡を操作すると、鏡の表がぼうっと光る。しばらく点滅していたが、やがて透き通った鏡の向こうに青い部屋が見えてきた。
壁も天井も青いその部屋には、3人の人が立っていた。銀髪の堂々とした王様と、緑の巻き毛をふんわりまとめたお妃様、そして銀色の髪をきちんと撫で付けた青年がいる。
青年の眼は、朝焼けの紫。青地に銀の縫い取りがある天鵞絨の上下を真面目に着こんだ、長身痩躯の王子様だ。その腕には、銀色の小さな竜が抱かれている。竜の瞳は栗色だ。お転婆な様子を見せる銀色の竜は、女の子らしい。
「初めまして、ガーネット姫。竜園国のマーブル王子です」
「初めまして、マーブル王子。バタカップランドのガーネットです」
2人は子竜を抱えたまま、優雅にお辞儀を交わす。
「やあ、美しい竜が生まれましたね」
「はい。フローと名付けました」
「こちらは、ムーンドロップです」
互いの竜を紹介すると、竜達も嬉しそうに挨拶をした。
「よろしく、ムーンドロップ」
「よろしく、フロー」
2人の後ろに控えるそれぞれの両親も、穏やかな微笑みを浮かべて見守っている。
「ガーネット姫、竜園国の砂糖菓子をご用意致しました」
鏡の前にある銀色の台を操作して、マーブル王子がお菓子をこちらに送ってくれる。
「では、バタカップランドの美味しいお茶をどうぞ」
お返しに、のほほん姫は銀のポットに入った熱々のお茶を、鏡の前の金色の台に乗せて送った。
部屋の隅に控えていたお茶係の侍女達が、それぞれの国でお茶のテーブルを整える。大きな四角い鏡を挟んで、2つの国の親子が向き合う。
「まあ、なんて儚いお菓子」
竜園国の砂糖菓子は、薔薇の形で薄茶色だった。そっとつまんで口に入れると、すうっと消えてしまう。
「なんと香り高く爽やかなお茶でしょう」
バタカップランドの美味しいお茶は、後味もすっきりとして癖がない。
美味しいお菓子と香りの良いお茶の助けもあって、2人はすぐに打ち解けた。互いの暮らしを話したあとで、のほほん姫は聞いてみた。
「不思議な夢をみたのです。青年が竪琴を弾いていました」
のほほん姫が昨夜観た夢で竪琴を弾いていたのは、マーブル王子なのだろうか。
「私も貴女の夢をみました。水晶のような泉の畔でしたね」
竜の卵を通じて、2人は夢で逢ったのだ。
「あの歌は、竜園国の歌でしょうか」
「はい、婚姻の祝唄です」
2人が同時に観た夢は、お見合いの成功を告げるものであったのだ。
「次は是非、竜園国にいらして下さい。ガーネット姫の美しい髪のような、紅い葉の森へ行きましょう」
「まあ、なんて素敵なお誘いでしょうか」
「どうか、その時には、バタカップランドの歌を教えて下さい」
「ええ、その時には、どうか竪琴を弾いて下さいね」
「はい、貴女の為に弾きましょう」
それから程なく、バタカップランドで生まれたのほほん姫は、お友達のフローと一緒に竜園国へとお輿入れをした。
祝いの宴は、明るい陽射しの中で盛大に行われたのだった。
幼馴染みのジェットは、王様になった青緑色の髪をした旦那様と一緒に、遠い国のドライフルーツを持ってお祝いに駆けつけた。
2番目の仲良しサファイアは優しい公爵様と一緒に、公爵領特産である明るい色の絹織物を持ってお祝いに参列した。
お祝いの会場には、沢山の花と色とりどりのリボンが飾られていた。あちこちに置かれたテーブルには、お菓子と軽食がたっぷりと用意されている。
テーブルの間を巡るワゴンでは、バタカップランドと竜園国両方の美味しいお茶が運ばれる。
楽しい時間はあっという間に過ぎて行き、とうとうお別れの時間になった。
「皆様、今日は本当にありがとうございました」
新婚の2人が、会場中央のステージに現れる。花婿は銀色、花嫁は金色で竜の刺繍をした揃いの白いマントを着ていた。マントはすっぽり体を包む。
「ありがとうございました!!」
高く澄んだ2つの声と共に白いマントがひらりと大きく翻り、金と銀との光が溢れる。
のほほん姫の小さなお友達が、新郎新婦の着ているマントの中から飛び出したのだ。
生まれた日にはうんと小さくて、飛ぶ事が出来なかった竜達の翼は、今や小さいながらもしっかりと羽ばたくことが出来るようになっていた。
ステージの脇に用意されていた小さな竪琴を持ち上げたマーブル王子が、真剣な顔で調弦を始める。その間、金銀の竜達とガーネット姫が、ふふふんふんふんとハミングしながら、金と銀、そして紫と紅の光の粒を会場に振り撒いた。
降り注ぐ光のシャワーを浴びながら、王子の竪琴が祝唄を奏で出す。たゆまぬ練習を示す弦ダコのある指先が、魔法の弦を捉えて走る。
煌めく音の波に乗り、姫の優しく豊かなアルトが響き始めた。2人の音は時に寄り添い、または離れて、竜達の高い声と共に遠い空まで駆け昇る。
会場にいる人々も、いつの間にかハミングを合わせる。
輝く歌と、渦巻く光、そして咲き誇る花々の馥郁たる香りが、竜の結んだ不思議な婚姻を祝福しているようだ。
傾き始めた初秋の太陽が、2人の髪に照りはえて、銀と紅玉の美しい歌が生まれる。
いつか2人の子供達が夢の中で歌うのは、竜園国に伝わる祝唄だろうか。それとも、今日新しく生まれた、美しくものんびりとした銀と紅との歌であろうか。
流れる雲は、帰り始めた祝言のお客様達に、ゆるゆると影を落としていた。のほほん姫は金の竜、竪琴の王子は銀の竜をそれぞれ抱えて幸せそうに寄り添いながら、帰り行く人々を見送るのだった。
お読み下さりありがとうございました
R3/6/8の活動報告に、イメージイラストがあります。
イラスト応募者全員プレゼント企画で描いていただきました。