永久世界
多分某夏に繰り返す歌に感化されたやつ
6月27日。
本格的に梅雨が始まり、窓の外は今日も大雨だ。
教室で机に肘をつき外をぼんやり眺めていた。
「今日、雨降らないっていってたのにね」
僕に話しかけてきた少女。
このクラスの中で一番優しい少女。
彼女の名前は羽水真珠。
「……そうだね」
僕は窓に目を向けたまま返事を返す。
窓ガラスに映る彼女はちょっと困ったような顔で笑っていた。
「谺君、傘持ってきてる?私忘れちゃって」
「真珠ー?帰るよー」
「あ、ごめんね。じゃあ谺君また明日」
僕が返事をする前に友人に呼ばれた彼女は手を振って去って行った。
僕はしばらくして、帰るために席を立った。
他の生徒は突然の雨に早々と帰宅したようだ。
傘立てには二本の傘。
昨日僕が置いて帰ってしまった傘と、今日持ってきた傘。
「……貸せば良かったのに」
誰に聞かせるでもなく、つぶやいた。
救急車やパトカーのサイレンが聞こえる。
いつも通る道に人だかりができていた。
そこには、何人かのクラスメイトの姿も見えた。
人だかりから聞こえる声。
「事故だって?」「雨で車がスリップしたらしいよ」
「女の子が巻き込まれてんの?うっわ」
嫌な予感がした。
「何処の子?」「そこの学校の――」
『羽水真珠って子だって。』
目の前が真っ暗になった。
~・~・~・~・~・~・~・~・
飛び起きるとそこは自分の部屋だった。
朝。まぶしい朝日が部屋に差し込んでくる。
気を失ってどれくらいの時間がたったのか、急いでデジタル時計を確認する。
表示されていたのは〈6月27日〉の文字だった。
~・~・~・~・~・~・~・~
「谺君、傘持ってきてる?私忘れちゃって」
「真珠ー?帰るよー」
「あ、ごめんね。じゃあ谺君また明日」
同じ会話。
同じ展開。
何度繰り返しただろう。
そう、あの時から僕は6月27日を繰り返していた。
~・~・~・~・~・~・~
数百回繰り返した後、僕は目の前が暗くなるとこの空間に来るようになっていた。
周りには《今日》の映像がいくつも流されている。
そのほかには、黒い道だけしか見えない。
その先には扉があって、そこを抜けると同じ《今日》の繰り返し。
数千回繰り返した後もそれは変わらなかった。
だが今回は、少し変わっているようだ。
「…誰、君」
そこには椅子に座って鼻歌をうたっている道化師がいた。
『あれ、気付いた?僕が誰かわからないかなぁ』
「………」
『うーん、君そっくりだと思うんだけど。なんせ君だし』
そう、道化師の格好をしているもののそいつは僕だとしか思えないほど僕に似ていたのだ。
『まぁ、最初から居たんだけど。あ、最初って本当の《最初》だからね』
「繰り返し始めてから、ずっと?」
『そう、君が僕に気づかなかっただけ。ずっといたよ?』
笑いながら、おどけながら言う。
「……そう」
どうでもよくなった僕は歩きだした。
《今日》を繰り返すために。
『いつまで、同じことを繰り返すの?』
背中にかけられた声。
「何が言いたいの?」
僕は走り出した。
~・~・~・~・~・~・~
『おっかえりー』
この空間に戻ってくる僕に、彼は毎回軽い口調で話しかける。
『で、終わらせる覚悟はできた?』
軽い口調のまま、そんなことを言う。
「終わらせるって…そんなことできるわけ、」
『どうして同じことを繰り返すの?選択肢を変えるチャンスが何百回もあるのに。
なぜ、少しでも変えようとしないの?それで結果が違ってくるかもしれないのに』
「…変えて、よくなるとは限らない」
『じゃあ、このまま、ずっと彼女が死ぬ世界を繰り返す?もう何千回彼女が死んだ?』
「どうしたらいいかわかんないんだよ」
『《今日》の結末を変えられたら、この世界は用済み。消えるよ』
「結末…?」
『まぁ、君がこのままの世界でいいって言うなら、逃げ道はあるよ?』
彼が道の反対側を指さす。
そこには、[出口]と書かれた札に、トンネル。
『あれも最初からあったんだけどなぁ…』
「あのトンネルを通ったら、」
『そう、君はもう繰り返さないで済む。あのドアを通れば、目覚めるのは6月28日。ループした世界は終わる。彼女を救うチャンスも無くなる。どうする?』
おどけた調子で言う彼。
『どうする?彼女がいない世界で生きていく?』
おどけた口調。
僕は、耐えきれなくなって叫んでいた。
「さっきから!彼女がいない世界?救うチャンス?僕に何ができるんだよ!」
ほとんど泣くように叫ぶ僕。
「僕だって、彼女が死ぬのは変えたかった!でも、どうしたらいいかわからないんだよ!チャンスだのなんだの言うなら、どうしたらいいか教えろよ!」
彼はそんな僕をほほ笑みながら見ていた。
『…普通、何万回と同じ日を繰り返したら、精神が崩壊すると思うんだけどね。』
僕は何も言わずに、ただ彼の話を聞く。
彼は、道化師らしくおどけた様子で言う。
『それに耐えられる、強い精神を持っているのに、なんで、自分の本心から逃げようとするんだろうね。僕は、なんて傷つくのが怖いんだろう』
傷つきたくない、傷つくなら余計なことはしないでいい。それは、僕の中に確かにある感情だった。
『でもね、恐れてちゃ始まらない。すべては行動を起こすことから始まるんだ。君が《今日》、やりたかったことは?それは、少しの勇気だけで叶えられることじゃないの?』
僕が、やりたかったこと。少しだけの勇気で、できること。
「僕は、…彼女に傘を貸してあげたかった」
『うん』
「ちゃんとした返事がしたかった。話したかった」
『そうだね。君には次があるんだから、そこで叶えればいい』
「でもっ!それだけで、変わるはず、ない」
『やってみなきゃ、わかんないでしょ。ほら』
彼はそう言って、僕の背中を押した。
僕は、そのまま、扉の向こうに、吸い込まれていった。
~・~・~・~・~・~・~・
「谺君、傘持ってきてる?私忘れちゃって」
「真珠ー?帰るよー」
「あ、ごめんね。じゃあ谺君また、」
「僕」
手を振ろうとあげられた彼女の手が止まった。
「傘、持ってるよ。2本。だから、」
僕は、正面から彼女を見る。
「よかったら、一本、使って」
彼女が少し目を大きく開いたのが分かった。窓越しでは解らなかっただろう、小さな変化だ。
「真珠―?」
「ごめん、晴香。先に帰ってて!」
彼女が友達に声をかける。
「りょーかーい。じゃねー!」
「え、いいの?」
「うん。えと、よかったら谺君と一緒に帰らせて、くれない、かな?」
僕が驚く番だった。
「だめ、かな」
「いやっ、全然、大丈夫だけどっ」
少々しどろもどろになった僕に、彼女が軽く吹き出した。
小さく笑いながら、彼女は言う。
「ありがと。ねぇ、慧君、って呼んでいい、かな?」
言った後に、彼女の顔が少し赤くなっているのを見て、僕も赤くなってしまった。
「っいいよ!」
これが、あいつの言っていた変化なのだろう。
結末を変えることができた証拠に、次の朝僕に訪れたのは6月28日だった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
『あー、この世界ももうすぐ終わりかぁ』
映像も、道も、何もなくなった真っ暗な空間で、一人色彩を放つ道化師は続ける。
『次からはもっと早く気付いてほしいものだよねぇ』
道化師らしくおどけた様子で。
『小さな勇気だけでも、未来は変わるのだから』
そう、少し悲しげにつぶやいた後、彼の姿も見えなくなった。