ワールドエンド・ワールド
異世界転移ワールドシリーズ、トゥルーエンド版
「ふふふふ……。さぁ、私の能力に勝てるかしら!」
「くっ…。流石だな。だが俺も負けるわけにはいかない!」
「威勢だけはいいわね。それだけで私を倒せるとでも思ってるの、お笑いものね」
「……なに、お前ら楽しいの?」
教室で最終決戦らしきものを繰り広げる二人に突っ込みを入れたのは宮田征吾。
「え、お前もいつもやってんじゃんか。どう、今の設定!」
「氷系能力を使う魔王に立ち向かう勇者。その勇者は剣だけで魔王に立ち向かっているのよ」
その突っ込みに決戦を一時中断して答える俺、七城光輝と芹亜美。
「お前ら次から次へとよく浮かぶな…」
「征吾はいつも設定に凝り過ぎなんだよ」
「設定というのはとても大切なんだ。場所ひとつ変えるだけでその場所にあった能力、性格など…」
「うっせ。長い」
「……」
「奈子、描けた?」
俺たちの言い合いに興味はないらしい亜美はもう一人に話しかけた。
「…うん、大体こんな感じかな」
返事をした女子、藤原奈子は亜美にその紙を見せる。俺達も言い争いを中断しその紙を覗きこんだ。
「おぉ…相変わらず上手いな」
「俺の鎧、イメージ以上だわ…」
その紙に書かれているのは、鎧や武器など。
そう、ここまででわかる通り俺達四人は俗に言う中二病なのだ。
~・~・~・~・~・~・~・
「奈子の絵のおかげで一気にイメージ湧くよな!」
俺は自分の席に座りながら奈子に話しかける。
「私はみんなが言った通りに書いてるだけだよー」
「奈子、私の衣装にいろいろと盛ってるわね」
「亜美のはシンプルすぎなんだよ。絶対似合うって、レース!」
「にしても、あの俺の下書きからここまで読みとるなんて本当すごいわ…」
感心している征吾。
「征吾の絵は…まぁ、何というか個性的よね」
「でも、雰囲気は伝わりましたし…」
容赦ない亜美の言葉にフォローになっているのか怪しいフォローを入れる奈子。
そんな様子を見ながら何気なく机に突っ込んだ手に何かが当たった。
「ん…?なんだこれ」
取り出してみると、それは黒い封筒だった。
「なんだソレ。ラブレター…は普通そこまで黒い封筒には入れないか」
「帰る準備した時には入ってなかったはずなのにな…」
開けてみると、そこには
「招待状?……っ」
目の前が急に真っ暗になった。
~・~・~・~・~・~・~・
気がついた時、目に飛び込んできたのは青い空だった。
「…は?俺教室にいたはずじゃ」
いつの間にか地面に寝転がっているらしい。起きあがって周囲を見てみると俺以外の3人も地面に倒れていた。問題はその格好。
俺は白を基調とした何か軽めの素材で作られている鎧。腰には銀色に輝く剣。
征吾は寒色系の鎧。胸には蔦の紋章が刻まれた金色のバッチ(?)。
腰には日本刀に近い刀。
奈子はパステルカラーのワンピースのような軽装。水色のマントが付いている。
恰好からして前線に出て戦う格好ではないのに腰にはの青の石のはまった白い小ぶりの剣。
亜美は黒と紫の多いワンピース。一言でいえばゴスロリ服だ。頭には紫色の石のはまった髪留めをつけている。剣などの武器は身につけていない。
「何で俺ら、奈子のイラストの装束なんだ…?」
俺のつぶやきが聞こえたのか3人も目を覚ます。
「どうしたんですか、光輝君…」
「うぉっ、なんだこれ」
「何処…ここ…」
三者三様のリアクションだ。
[ようこそ、みなさん。ワールドエンド・ワールドへ!]
唐突に後方から声がかけられた。
「誰だ!」
[私ですよ。ほら、ここです]
その声のする方を見てみると、羽根の生えた猫が宙に浮いていた。
[案内人を務めさせていただくミィと申します]
猫が空に浮いていること。人語をしゃべること。案内を務めると言い出したこと。
完全に状況が飲み込めない俺達。
「人…?人じゃないだろ」
「案内…猫?まず猫なのかすら怪しいわね」
混乱したのか、猫が飛んでいることよりも細かい点を気にしだす征吾と亜美。
「二人とも…とりあえず、猫ということにしておきましょうよ」
「てか、一番どうでもいいところじゃね・・・?」
[話を進めていいですか・・・]
俺たちのどうでもいい話に奇妙な猫が呆れたような声をかける。
「「どうぞ」」
[……。ここはエンドワールドといいます。みなさんをこの世界にお呼びしたのは、今この世界に危機が迫っているからです]
案内猫の話をまとめると、このエンドワールドで魔王が復活を遂げそうになっているらしく、それを俺たちに止めてほしい、ということらしい。
「それ、なんで私たちなの?この世界のことなんて関係ないじゃない」
亜美がもっともな意見を口にした。案内猫は首を振った。
[この世界の終焉はあなた方の世界の終焉を意味します]
「「はぁ?!」」
重大な情報に驚く俺たち。
[二つの世界はリンクしています。この世界が魔王に滅ぼされると、あなた方の世界ではある国がかの国を挑発し、世界大戦となり、地球ごと滅びます]
「リアルなのかリアルじゃないのかよくわからない話だな…」
「とりあえず、魔王復活を防ぐか魔王を倒せばいいのよね?」
[そうです]
「あっちの世界の俺らはどうなってんの?」
[あちらの世界の時間は止めています。成功した場合は自動で戻れるようになっています。万が一失敗した場合も、わたくし達が責任をもってあちらの世界に送ります]
「どうしますか、光輝君?」
「なんか、やるしかないんじゃないか?」
「正直かったるい」
「そうだな、面白いしやってもいいか。亜美、本音が前に出すぎだ」
[ありがとうございます!手がかりもないですけど!!]
「「……え?」」
突然の手がかりなし宣言。
[頑張ってくださいね!]
「…これ引き受けたの、失敗じゃないか?」
「まぁ、頑張ろうぜ…」
正直に言うと、俺はわくわくしていた。それは他の3人も一緒だろう。
現実ではないかもにしろ、自分たちがあこがれていた、物語の主人公になれるのだから。
この考えがどれだけ甘かったのか、俺達はまだ知らない。
~・~・~・~・~・~・~・~・~
「てゃああああああああああ!!!!!」
チャララリーン
「ふぅ…」
この世界で何回月が上っただろうか。俺たちは手がかりを探す旅を続けていた。
「この辺の敵はあらかた倒したかしら」
「町まであとどれだけあるんだよ…」
なんとなく戦い方もわかってきた俺たちはいろんなスキルを手に入れたりしていた。
「つーかさ、スキルとかも自分たちが考えてた内容と一緒なんだよなぁ」
「光輝君はやっぱり光系でしたね。もう少しで雷系も使えそうです」
戦いで消費したHPを呪文で回復させながら奈子が話しかけてきた。
「奈子はヒール系の呪文多いよな。てか、魔法系なのになぜに剣が…?」
「私の設定画にもなかったはずなんですが…」
最初に思った疑問を口にしてみたが、本人にもよくわかっていないらしい。
「まぁ、いいじゃない。直接と間接が両立できるなんてめったにないし」
そんな俺達の疑問を一言で片づける亜美。
「征吾は水系魔法多いよな!てっきり闇系とかそんなの来るかと思ってたけど」
「闇だったら私となんとなくかぶるわね」
「亜美のは…まぁ予想通りだよな」
「毒系なんて似合いすぎだろ」
「あんたら、そんなに攻撃を食らいたいのかしら…?」
不気味な笑いを浮かべる亜美におびえる俺と征吾。
「あっ、町が見えてきましたよ!あと毒消草はもうないですからね!」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
ついたのはナストゥールという町だった。
「ほっはー、町っていうか、街?広いな」
「色々と手がかりがありそうなところがあるな…」
征吾が入口で受け取った地図を広げる。
博物館、図書館、市役所…?などといろんな施設があるようだ。
「んー、手分けっすか」
この量を全員でまわっていたら時間がかかり過ぎてしまう。
「じゃあ、私と亜美は図書館に行ってみますね」
「この世界にはどんな本があるのかしら…」
「完全に私欲じゃねーか。俺は博物館とその辺ウロウロするわ」
「じゃあ俺は人に聞き込みするわ!じゃ、昼頃に集合で」
3人と別れて街をぶらぶらとする。商店街の氷菓がおいしそうだ。
数人に聞いてわかったことは、7年くらい前から魔王が姿を消しているということ。どうしていなくなったのかはよくわからないらしい。
途中、猫耳の獣人に出合った。オスだった。
獣人なんて珍しかったので話を聞いてみたところ、人型の獣人は少ないらしい。人型のほうが魔力が強いらしい。魔力という概念があることが分かった。
魔力がある獣は羽が生えているらしいが、その魔力は微量らしい…。
何かが引っかかる気がした。
結局買った氷菓を食べながら噴水通りあたりを歩いていて気が付いた。
集合場所決めてない。
~・~・~・~・~・~・~・~
「7年前、魔王が消えたのはとある魔導士が封印をしたから。ちなみに魔導士は女。魔王の性別は書いてなかった。そのあと、魔王も魔導士も行方不明。封印できるのはその魔導士だけではないかといわれているわ。そっちをさきにさがさないとなのかしら」
「でもどこにいるかもわからないんですよね…」
「俺のほうも大体そんな感じの情報しか集まらなかった。光輝は?」
昼になったので先に征吾を見つけて図書館へ向かったところ、二人はまだ調べ物をしていた。
亜美は三冊同時に読むという芸当を繰り広げ、周りに人だかりができていた。
「あ、俺?んー、あ、魔力って概念がこの世界にあるってことかなー。獣人は魔力あるけど羽獣の魔力は微量なんだってさー」
「どうでもいいな」
「酷い」
「そういや、あの案内猫はどこ行ったんだ?」
俺の情報を一蹴して征吾は周りを見渡しながら言った。
「案内してくれてないわよね」
「じゃああの猫さんって魔力あんまりないんですかね」
「んー、そこがなんか引っかかるんだよなぁ」
結局引っかかっているものはわからないまま、俺たちは宿に向かった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
「ねぇ、羽獣のことだけど」
その晩、征吾は亜美に呼び出されていた。
星の見える屋上。この世界にも星座ってあるのかなどと考えていたら亜美が話を満ってきた。
「なんだよ」
「あんた、あの猫の言ったこと覚えてるでしょ?」
「あぁ。どの部分だ?」
「成功したら―のところから、ちょっと聞かせて」
征吾は言われた通り、案内猫の言っていたことを諳んじる。
「『成功した場合は自動で戻れるようになっています。万が一失敗した場合も、わたくし達が責任をもってあちらの世界に送ります』だっけか?…ん?」
「わたくし達が責任をもって。ということは、私たちを呼び出したのもあの猫の可能性が高いわよね。…もう分かるでしょ。アンタなら」
亜美に問いかけられ、征吾は答える。
「案内猫の正体とは、か」
「そう。昼に光輝が聞いた話では羽獣の魔力は微量。私たちをこちらの世界に呼びだしたのがあの猫だとすると、アレは魔力を相当持っていることになる。異世界からの召喚に魔力が必要ないなら、ただの案内猫だろうけど」
「……。解らないことが多すぎるな」
「その辺も含めて、明日からの行動にあたらないとね」
話を切り上げて部屋に帰ろうとする亜美を征吾が呼びとめる。
「なぁ、何でそれを光輝と奈子には話さないんだ?」
「そうね…。二人とも何か引っかかってはいたようだけど。…理由は自分で考えなさい」
そう言い再び歩き出しだが、途中で立ち止まり振り返った。
「ヒント。招待状が入っていた机の主は?みんなほぼ設定画通りの装備なのに、大きく何かが追加されていたのは?…これは全て私の想像だから、話す気はないわ」
「はあ?」
どこか悲しげな表情で告げた亜美だったが、次に口を開いたときにはその欠片もなく、いつも通りの表情になっていた。
「アンタも早く部屋に戻りなさいよ。明日も早いはずよ。私が寝坊しなければ」
「そこは努力しろよ…。おやすみ」
「はーい。おやすみ」
そうして征吾と亜美は部屋に戻った。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
「あ、亜美。おかえり」
亜美が部屋に帰ると、奈子が待っていた。
「どうしたの?先に寝ててよかったのに」
「亜美こそ、何してたの?征吾に逢ってたとか?」
「まぁ、大体は合ってる」
「例えば、仲が進展したりーとか…うん、ごめん」
亜美が思いっきり顔をしかめたので、奈子は途中で言葉を切った。
「あ、奈子。剣、見せてもらっていい?」
「え、うん。いいよ」
いつも通りの表情に戻った亜美からの唐突の申し入れに少々驚きながらも剣を渡す。
「……。この柄の青い石ってなんなのかしらね」
「よくある飾りだと思うよ?」
「…そうね。ありがと、寝ましょうか」
「もういいの?そうだね、寝よっか」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・
「お、お帰り」
俺がベッドの上でごろごろしていると征吾が帰ってきた。
「お前何でいるの?」
「えっ、相部屋じゃん」
「知ってる」
「うぜぇ」
征吾もベッドに座ったところで俺は質問を投げかけてみた。
「なに、亜美とでも逢ってたの?」
にやにやしながら聞いた俺に、露骨にいやな顔を返す征吾。
「会ってたっていうか、呼びだされたって言ってから出てったろ、俺」
「知ってる。わざと」
「すげぇうざい」
「さっきの仕返し」
深いため息をつく征吾。
「寝るか。眠いし」
「おー、そうだな!恋バナでもしながら…」
「ひとりでやってろ」
「征吾ひでぇー」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
チャララリーン
「っと。なんかレベルが上がった気がする」
牛のような敵を倒した俺にそんな感覚が訪れた。
「そう…ですね」
「ねぇ、奈子。朝から調子悪そうだけど大丈夫なの?まだあの街にいてもよかったのに」
そう、朝から奈子の調子が本当に悪そうなのだ。まるで何かの呪文を喰らっているかのように。
「先に進むにつれて悪くなってるような気がする。やっぱり戻ったほうがいいんじゃないのか?」
「いえ、私は大丈夫ですから…」
「自分で大丈夫っていうやつほど大体大丈夫じゃないのよ。特にあんたは頑張りすぎるんだから…」
亜美が奈子を心配している姿をみて、征吾が何か考えているようだった。
「征吾、何考えてんの?」
「何だその問い方。まるで俺の頭がおかしいみたいじゃないか」
「事実ではある」
奈子の歩く助けをしながら話に入ってくる亜美。
しばらく歩いていると、突然案内猫があらわれた。
[こんにちは、みなさん。旅の調子はいかがですか?]
「旅の調子も何も、お前案内する気あるの?」
[一応ありますよ?でも、その必要ももうすぐなくなると思いますけど]
「どういう意味?」
奈子を支えながら問いかける亜美。その質問に案内猫は答えずに空中でクルリと一回転した。
その瞬間、奈子の体が崩れ落ちる
「奈子っ!」
「おいっ、大丈夫なのか!?」
駆け寄る征吾と俺。だがたどり着く前に奈子の体が光に包まれた。
その光は一瞬で消えたが、奈子に変化をもたらしていった。
パステルカラーだったワンピースがビビットカラーになっている。
そして奈子の目には、それ以上の大きな変化があった。
日本人らしい黒かった目が、水のような透明感のある青に変わっていたのだ。
右目にはまるで星のような紋章が浮かび上がっていた。
「奈子…?」
「……」
呼びかけた亜美に奈子は立ち上がるだけで返事をしなかった。
[ふふっ。ふふふふっ!このときを待っていたのよ!]
そう言い放った案内猫の姿も一瞬にして変わった。
人間の姿になったのだ。
胸元の大きく開いたミニのワンピース。猫耳と尻尾はそのままだ。
「このくそ魔導師がぁ!!このミィさまを猫の姿にしやがって!!!」
「うるさいわね、発情期なのかしら」
喚く変化した案内猫。それに言葉を返したのは奈子だった。
いつものやさしい雰囲気はなく、冷たく突き刺さるような声だった。
「…ちょっと待って、展開についていけない」
「大丈夫、俺もついていけていない」
流れがまったく読めない俺たち。
「簡単だろう。私が復活したということは私の魔術が解けることに等しい」
「はぁ・・・」
「つまり、この世界に魔が復活したということだ。わかったか低脳共」
「言われ様が酷い」
奈子が毒舌を吐いていることに、すでに混乱をきたした俺の頭は彼女の発した言葉の一部しか理解できなかった。つまり低脳とはこういうことか。
「…はっ、もう笑うしかねぇな。何が本当なのかもわからなくなってきた」
「本当にこの世界から帰ることができるのかしらね、長い夢だったーとかいう夢落ちだったら良いのに」
薄ら笑いを浮かべながらつぶやく征吾にため息をつく亜美。
「……。ねぇ!ミィ様のことは無視なわけ!?」
復活したにもかかわらず放って置かれたミィが再度喚きだす。
「いいわ、四天王である私の力を思い知らせてあげるんだから!」
そういったミィの右手が輝きだす。
「えっ、どうすんのどうしたらいいの俺わかんない誰か助けて」
「魔導師様って何かできないんですか、封印したんでしょ」
完全に混乱する俺をよそに、なぜか冷静な亜美が魔導師(元:奈子)に問いかける。
その魔導師はというと
「無理」
即答だった。
「はぁ!?封印したんじゃなかったんですか」
「封印したのは私だが、あれは仲間が追い込んでくれたからだ」
「でもそんなことは書いてなかったはず・・・」
「あいつが嫌がったからだ。極端に目立つのを嫌っていたからな。というわけでお前、速くあいつを倒して来い」
俺を指差す魔導師。
「この剣を使え。あいつが使っていた剣だ」
そういって差し出されたのは、奈子の装備にあった小ぶりの剣。
その剣が光を放ちながら大振りの剣に姿を変えた。
「おぉ…」
感嘆する征吾。
「普通の剣じゃあいつらは倒せないからな。わかったらさっさといけ」
話は終わったとばかりにその場に座る魔導師。その頭上を黒い毬藻のような玉がかすめる。
「喋ってないで全員さっさと私の攻撃の餌食になりなさい!」
それを皮切りに何十と黒い毬藻(仮)がこちらに飛んでくる。
「うわっ、どうすんの!わかんないんだけど、斬ればいいの?!」
「うっさいわね、斬りたいなら斬りなさいよ騒がずに!」
騒ぐ俺に一括した亜美はそのまま魔法を使うための詠唱を始める。
「汝、我の道を遮る全てを消滅させよ!」
紫の霧が現れ、黒い毬藻(仮)を包み込んで消滅させる。
包みきれなかった毬藻(仮)は氷をまとわせた剣で征吾が斬り捨てる。
「わーすっげぇ連携」
「感動してないでお前は早くあの化け猫を倒しにいけよ馬鹿!」
突っ立って感動していたら征吾に怒鳴られた。
「あー、やっぱ魔っていったら闇属性で良いのか?じゃあ光の詠唱だから…」
そうつぶやき詠唱を開始する。
「精霊よ、力を貸したまえ。我は光の先導者、この剣に力を!」
白い剣が光を放つ。魔王を追い込んだ剣だけあって、精霊の力は最大限に発揮されているようだ。光り方のレベルが全く違う。
「っと、準備完了」
「ならさっさと行け馬鹿!」
「うっさいな馬鹿馬鹿言うな馬鹿!」
全速力で走りぬけそのままミィに突っ込む。
ミィは避けたが一瞬遅かった。学年一位の体力をなめるな。
剣はミィの左脇腹を切り裂いた。
「っ…。この程度じゃまだまだ私にはかなわないわね!」
傷口を押さえながらも次の攻撃の態勢に入っているようだ。右手から紫の光があふれる。
「っやばい!」
その光を見た亜美が突然新たな詠唱を始めた。
【我が命に従え。我は闇を支配するもの。無力化せよ!】
その詠唱は日本語でもなければ英語でもなかった。
そのため、近くにいた征吾は亜美の口から発されたものが何なのか理解できなかった。
ミィを囲み始めていた紫の光が突如姿を消す
「えっ、何で!?」
俺は戸惑っているミィの胸に飛び込み、光をまとわせた剣を心臓あたりに突き刺す。
魔族の心臓は人間の位置と一緒であるのかはわからないが、ミィが倒れる。
その時、ミィは光輝のほうではなく魔導師たちがいる方向を見ていた。
そして何かつぶやいて、倒れきる前に消滅した。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「案外あっけないものだったな…」
ミィが消えた後、四人で集まっての会話。
「一応あいつの剣があったからな。なかったら今頃お前たちのほうが影すら残らず消滅していたかもな」
「辛辣」
「この剣ってすごいんだな…」
「戦い終わったんだから返せ」
「うわぁ、辛辣」
ぎゃいぎゃいと騒ぐ俺達。
「あいつ倒しても私たちが帰れてないってことは、やっぱり魔王を倒さないとだめなの?」
そんな中、魔導士に話しかける亜美。
気になっていたことなので答えを聞きたい俺達2人は騒ぐのをやめてうなずく。
「そうだな、そうとしか考えられない。どうせ向こうの時間は止まってるーとか言う奴だろ。心行くまで魔王の手がかりを見つけて倒していくがいい」
「なんなの、この人。上から目線なの、何なの」
剣をしまいながら答える魔導士は俺の小言を振り向きもせず無視した。
「まぁ、いつまでもこの状態を維持するのは大変だ。さっさとこの体の持ち主の精神と融合するか」
「ちょっと待って、融合って。ちゃんと今までの奈子が帰ってくるの!?」
精神と融合、という言葉に反応して亜美が声を荒げる。
「あぁ、融合といっても私は表には出られないからな。こいつはこいつのままだ。私の知識がこいつの知識に追加される、ということくらいか」
亜美が胸をなでおろす。
魔導士が腰に収めた剣の石の部分に触れ、目を閉じるとそこから光が溢れだした。その光はすぐに消えて、次に目を開けた時その瞳の色は黒に戻っていた。
いや、完全に戻っているわけではないらしい。ダークブルーといったところか。
そのきれいな色に俺は一瞬見とれてしまった。
「えと、久しぶり、になるんですかね?」
頭をかきながら口を開いたその声は、まぎれもなく以前の奈子のままだった。
「奈子!」
亜美がこらえきれなかったのか奈子に飛びついて涙を流し始めた。
「心配掛けてごめんね。大丈夫だから」
亜美をなだめるような奈子の声色に、俺はもとに戻ったことを実感していた。
「んで、どうすんだ。一度町に戻るか?」
「そうですね、ぜひそうしたいです。いろいろと解ったこともありますので」
問いかけた征吾に奈子はほほ笑みながら答えた。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
「解ったこと、聞いていいかしら」
昨日の宿に戻ることには亜美も落ち着きを取り戻して奈子の話を聞く体制になっていた。
「はい。でもこれは魔導士さんの知識です。まぁ、魔導士さんは全然みんなに話をしてないとおもうんですよね…」
「そうだな」
「なんかいきなり戦うことになって勝った、みたいな感じだったもんな」
俺達二人の話に苦笑する奈子。こういうところを見ると、前の奈子より大人びたような気がする。
奈子が自分の腰の剣を俺たちに見せながら話す。
「まず、この剣です。前回魔王を封印するときにぎりぎりまでダメージを与えた剣らしいです。使っていたのは光輝君と同じ、光系の戦士さんです」
「成程」
だからあの時魔導士はすぐに俺を選んだのか。
「ですが殺すまではできず、封印することになったそうです。他の魔族だったら結構一撃で倒せるみたいですよ?そして魔王が今どこにいるかなのですが」
核心に迫る内容が始まることを察知した俺は早々に理解することを放棄した。考えるのは苦手だ。
「きっと、魔導士さんみたいに魂に入って転生しているか、何かに乗り移ってるかだと思うんです」
「ほとんど手掛かりはなし、ってことか」
そのあと、亜美が何か言おうと口を開いたのと、宿の娘が入ってくるのがほぼ同時だった。
「みなさーん?夕食の支度が整いましたよぉ~」
「了解です、すぐ行きます」
「今日の晩御飯はなんですかね?」
「じゃあ、食堂に移動するか」
俺達は話をやめ、食堂に向かうことにした。
「亜美、お前何を言おうとしてたんだ?」
「いや、大したことじゃないから。あ、征吾、今日の夜も、昨日と同じ場所に来てもらっていいかしら」
「?あぁ」
俺と奈子が一足先に部屋を出た時、後ろからそんな会話が聞こえた。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
ちなみに、その日の食堂のメニューは魚を煮付けたようなものと野菜の和え物、ご飯のような穀物、などなど日本料理に近かった。味も美味しく、俺は感心してしまった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
昨日と同じ時間、同じ屋上に征吾は来ていた。
その前に亜美は来ていたらしく、手すりに手をかけ、どこか悲しそうな顔で星を見上げていた。その雰囲気に声をかけることを躊躇った征吾だが、それに亜美が気づいたらしく征吾のほうを見た。
「遅かったじゃない」
「ちゃんと昨日と同じ時間だ。お前が早すぎるんだよ」
「そうかしら」
「……で、今日の話は?」
征吾が本題に入ろうと話を振ると、亜美の顔から表情が一瞬だけ消えた。次の瞬間には、真剣な顔つきになると
「私を殺して」
そう言った。
予想外の申し出と雰囲気に征吾は驚いてしまい何も返すことができなかった。
「まぁ、突然過ぎてびっくりするのは当然よね。理由、聞きたい?」
「そりゃ、聞きたいにきまってるだろ」
真剣な表情を崩した亜美に、征吾はやっと返事をすることができた。
「私は間違ってたの」
「なにを」
「装備が追加されていたのは、奈子だけじゃなかったのよ」
「……言っている意味がよくわからない」
「この髪飾り」
紫色の石のついた髪飾りをはずして征吾に見せる。その石は、まるで液体のように中身がうごめいていた。
「なんだ、これは」
「魔王の魂が封印されている石よ」
「なんでお前がこれを……」
「大体、解ってるでしょ。魔導士の生まれ変わりが奈子、戦士と同じスキルを持っていた光輝、そして、魔王の魂を受け継ぐのが私だった」
髪飾りをつけなおしながら亜美が言う。
「あの猫娘が最後に見ていたのは自分を倒させた魔導士ではなく」
「そう、私だった」
亜美は言葉を続ける。
「魔導士が復活した今、私の中でも魔王の魂が復活しつつあるわ。今は、まだどうにか止められているけれど」
「石を壊す、だけじゃもう無理なのか?」
「もう、石から私の中に魂は移動しているみたい。私の自我が残っているうちに、殺されておくべきだと思うの」
「なんで、そんな」
「殺されるなら、私が好きだった相手に殺されたいわ」
「……え?」
「は?」
突然の告白めいた言葉に、征吾の思考は一時停止した。
「はあああ?!いや、まて、どういうことだ」
「どういうことも何も、あんたに殺されたいっていってんのよ!」
「つまり、お前は、俺が、えっと」
「そうよ、好きよ!悪い!?」
「いや、悪いとかそういうわけじゃなくて」
「……。時間がないの、殺して」
また、真剣な声色で、亜美が言う。
「でも、そうしたら、お前も」
「きっと一緒に消滅するでしょうね」
「なら!」
「世界と私の命は同じ天秤にかけられない!」
叫ぶ亜美。
「私だって、助かりたいと思うけど!仕方がないじゃない。だって、あんたには、3人には、生きてもらいたいんだから」
ほとんど涙声で、そう叫ぶ亜美に征吾はかける声が見つけられなかった。
その時、亜美の髪飾りが淡く光りだしだ。
「本当に時間がないみたい、早く」
亜美が征吾に言う。言われた当人は、動けない。
「早く!」
切羽詰まった声に、征吾は、腰の剣で亜美の心臓のあたりを、刺した。
倒れていく亜美の顔はうれしそうで、
「ありがとう」
最後にそう言って、猫娘と同じように、消えてしまった。
最後に残ったのは、髪飾り。その石の色は、鮮血のような深紅色に変っていた。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
「あれっ、なんか透けてね!?」
征吾がまた亜美に呼びだされたので、暇だった俺は奈子と駄弁っていた。
「魔王が倒されたのでしょうか」
俺たちがいる廊下に、向こう側から歩いてくる男の姿があった。
それは、ひどく疲れきって、今にも泣きそうな顔をしている征吾の姿だった。
「どうした、征吾?亜美は?」
「亜美は……」
答えを聞けないまま、俺達の姿は消えた。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
「ん……」
俺が目覚めたのは、自分の机の上。教室の中。
「戻ったのか…」
「うーん…。そのようですね」
奈子も遅れて目をさます。
「あれ、征吾?」
征吾はとっくの前に気が付いていたらしく、窓際に立っていた。
「お前が、魔王を倒したのか?」
「魔王は、亜美だった」
「何言ってんだ?」
俺は征吾が何を言っているのかよくわからなかった。
「亜美、って誰だ?」
俺たちはいつも3人だっただろう?
自分で言った言葉だが、違和感を感じた。
征吾が悲しんでいるような、怒っているような、どちらともとれる表情をした。
「ははっ、やっぱりか」
「やっぱり、ってなんですか?」
「そう、目が覚めたら3人しかいない。机も一つ減っている。名簿を確認してみたら、亜美の名前なんて何処にも乗ってなかったんだ」
顔を片手で覆いながら、震える声で征吾がつぶやく。
「いつもは…4人だったはずです」
奈子の言葉に俺も思い出していた。もう一人、勉強はできるが口が悪い少女が、ここにいたはずだ。
「だめだ、顔も名前も思い出せない」
「私もです…」
いたのだろうということは解っていた。だが、それすらも確かな記憶なのか分からなくなっていた。
征吾は、窓を見たままつらそうな表情を浮かべていた。外は、もう暗くなり始めていた。
そのうち、俺と奈子はもう一人いたということも完全に忘れてしまうのだろう。
その少女の存在は、きっと、その命を奪い、世界を救った、征吾にしか。