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第一話

第一話「旅の道中」


 「はい、おまちどぉ!」

 森の中だった。天気は快晴で、木々に生い茂った葉の隙間から、光が差し込んでいて幻想的な雰囲気を醸し出している。その木々の下で、一台のトラックが停っていた。荷台が変形して、キッチンにカウンターテーブルが併設されていて、いわゆる食事の屋台のようだった。屋根の上には煙突が伸びていて、煙が立ち昇ってる。

 キッチンには二人の人間がいた。正確には一人と一体である。

“一人”は、無精髭を蓄えた中年の男で、黒いTシャツを着て、下はカーキのズボン、黒い野外活動用のブーツを履いて、腰には白のエプロンを巻いている。“一体”は金髪の少年で、年齢は十代半ば程、白いシャツに、黒い皮のズボンに中年の男と同じデザインのブーツ、そして同じエプロンを巻いて、額に白の手拭いを巻いている。そしてスボンを突き破って、後ろから尻尾が生えていた。金色の鱗が生えている尻尾で、少年の背丈程もある長さの尻尾だった。

少年はいわゆる「竜人」であった。竜人は、見た目はほぼ人間と変わらないが、尖った耳、爪、牙をもつ、尻尾や翼が生えているなど、各所で竜の意匠を持っているのが特徴の種族である。

この二人がいるキッチンの向こうのカウンターでは客が三人座っていた。いずれも野外作業に適した格好をした農夫といった風貌で、トラックから少し離れた位置には、この客のと思われる牛や馬などの家畜が木に繋がれていた。

中年の男が客の一人に料理を出した。魚を丸々一匹と、野草を一緒に煮込んだ料理だった。振ってある香辛料が食欲掻き立てる。

 客が手を合わせて、

 「いただきます!」

 と言うと、箸を使って料理を食べ始めた。一口食べて、客の顔から笑顔が溢れる。

 「くぅー…やっぱりテンザンの旦那の料理は最高だな!」

 「おう、ありがとよ!」

 感想を言ってきた客に、テンザンと呼ばれた中年の男は笑顔で返す。

 「旦那の魚料理は街の料亭に勝るとも劣らないよなぁ。」

 「ばか野郎、旦那は魚料理だけじゃねえぜ、このエルゾ鹿のステーキの味からもわかるように、肉料理だって一級品だぜ。」

 「まあどの料理も最高ってこったな。…だが、それが食えるのも今日までかと思うと、寂しいよな…。」

 客達が口々に感想を言い合う。テンザンは調理器具の後片付けをしながら、その会話を聞く。

 「ありがとうございます。そう言っていただけると料理人冥利に尽きますよ。ま、また近く寄ったら、自慢の腕、振るわせていただきます。」

 テンザンが客達に言う。

 「おいおい、そりゃいつのことになるんだよ。」

 「ははは。」

 客の言葉にテンザンが笑う。その会話を聞いていた、皿洗いをしていた竜人の少年が、

 「…ふん…魚がうめーわけねーだろ…。」

 と、ポツリと呟いた。テンザンが少年の背後に近づき、少年の頭を拳で殴りつけた。ゴスッと鈍い音が鳴る。

 「いってえ!何しやがるこのオッサン!」

 「ぼやいてねぇでさっさと洗い物を済ませってんだよショット!」

 ショットと呼ばれた少年は渋々洗い物に戻る。その様子を見て、客達も笑った。



客達が皆、料理を食べ終えた後、一人が、同じカウンターに座って一服していたテンザンに言う。

「しかしよテンザンの旦那、この国を離れて、次はどこに向かうんだい?北の国か?それとも西の村か。」

聞かれたテンザンは、タバコの煙吐きながら、

「西の村だな。あそこの特産の食材が欲しいんだ。」

客の質問に答える。それを聞いた他の客の一人が顔を引きつらせた。

「おいおい、あそこの村は、今はやめたほうがいいぜ。」

「…どうしてだい?」

 その客の言葉に、テンザンが怪訝そうな顔をする。テンザンが訳を聞くと、客が真剣な顔で答える。

 「あそこの村にゃ近頃、化物が出たって噂だぜ。なんでも集落を襲って、さらに特産品の「ツヨキタケノコ」の畑を食い荒らしているらしいぜ。その化物があまりにも強くて誰にも手がつけられないそうだ。」

 「その化物って、どんな奴かわかるか?」

 テンザンと客達の会話に、牛や馬に水をあげていたショットが急に割り込む。ショットもまた真剣な、若干切迫した表情だった。客は、少し驚いたが、ショットの質問に答える。

 「その化物は、白い鱗に覆われた、3メートルはある巨体で、鋭い爪と牙で暴れまくってるそうだ。…だが、これ以上詳しいことはわからねえよ

、おれも噂で聞いただけだからよ…。」

 それを聞いたショットは、何かを考えこむように俯く。それを見たテンザンが、またもショットの頭を拳で叩く。

 「いってえ!なんでまた叩くんだよ!」

 「サボってんじゃねえよ!いいから牛達のとこ戻れっての。」

 頭を摩りながら牛達のところに戻るショット。

 「…。」

 その背中を、テンザンはタバコを蒸しながら見る。テンザンに客が聞く。

 「あの坊主、急にどうしたんだい…。それよりも旦那、本当にいくのかい?危険だぜ。」

 タバコの火を消しながら、テンザンが言う。

 「なあに、旅に危険なんて付きものですよ。それに、ウチには用心棒がいるからな。」

 そう言うと、テンザンが再びショットに目をやる。客達もそれに釣られてショットを見る。少し驚いて、

 「…まさか、あの坊主が?竜人族のようだが…まだ子供じゃないか。」

 テンザンに心配そうな声で言う。しかし、テンザンは微笑みながら言う。

 「…なあに、あいつはああ見えて、結構やりやがるんですよ。心配はいりませんよ。」

 その言葉に客達が互いに目を合わせる。そしてショットを見ながら言う。

 「…あんた達も色々あるみてえだな…まぁ、無事を祈ってるぜ。」



客達はテンザンとの別れを惜しみつつ、帰っていった。

日はもう落ちつつあり空は暗くなってきていた。テンザンは店仕舞いの準備をする。カウンターテーブルの下には、フックが複数付いていて、椅子の脚を引っ掛けられるようになっていた。テンザンは全ての椅子を引っ掛けた後、カウンターテーブルの側面と運転席の間にあるレバーを体重を乗せて降ろす。すると、ガコン、という音と共に、カウンターテーブルはキッチンの方に折り畳まり収納された。そして側に置いてあった、「移動式レストラン・ミケランジェロ」と書かれた立看板を運転席の裏にしまった。

 「よし…」

 そしてテンザンは、キッチン側に周り、冷蔵庫を開けた。しばらく見て、ショットを呼ぶ。

 「おーいショット、それが終わったらこっちに来てくれ。明日の仕込みだ。」

 ショットは、少し離れたところで、スコップで土を掘っていた。その傍らには、野菜のヘタや、魚の鱗などの、生ゴミが袋に纏められて置いてあった。この袋は、「アール草」という植物で出来ており、土に埋めると、中に入れた有機物と共に時間を掛けて分解され、土と同じ成分になる優れ物である。ショットは掘った穴に袋を入れ、再び土を掛けて穴を埋めた。

 「終わったぜ。」

 作業を終えたショットがトラックに戻ると、キッチンには「ラビットスナッパー」と呼ばれる魚が大量に並んでいた。淡いピンク色の体色の魚達を見て、ショットは顔を痙攣らせる。

 「うげ…この間漁港で仕入れていたやつか…気持ち悪い見た目だぜ…。」「馬鹿野郎、こいつは日持ちする上に味も上等と来ている。旅をしながらにはもってこいの良い魚なんだ。」

  テンザンがは、引き出しから出刃包丁を二丁取り出し、一つをショットに渡した。

 「こいつらを切り身にしてくから、お前は鱗を剥がして俺に渡してくれ。」

 「まじかよ…俺は魚が嫌いだって何回もいってんだろーがよー。この海臭いのがマジにたまんねーぜ。」

 「やかましい、俺と一緒にいる以上働けクソボウズ。それに、今日の晩飯はこの魚だからな。」

 「おい!ふざけんなよ。」

 「真面目だ、さっさとやれ。」

 反発するショットを尻目に、テンザンは仕込み作業に入る。ショットも嫌々作業を始めた。途中でショットは鼻に限界を感じ、鼻と口元を厚手のタオルで覆って作業を進めた。一時時間程掛けて、ようやく全ての仕込み作業が終わった。

 「…ほらよ、終わったぜ。」

 ショットが最後のラビットスナッパーと包丁をテンザンに渡す。テンザンはそれを、お疲れさん、と言いながら受け取る。タオルを外したショットは、大きめのポリタンクを二つ両手で持って、森の奥の方へ向かった。

 「どこ行くんだ?」

 テンザンが聞くと、ショットが疲れた顔で振り向く。

 「鼻が馬鹿になっちまったから、顔と手を洗ってくんだよ。ついでに水も汲んできてやらぁ。」

 そう言うと、ショットは森の奥に入っていった。



 森の奥の川にやってきたショットは、まず顔をと手を洗った。タオルで拭いた後、ポリタンクに水を汲んでいく。汲み終わると、それらを側に置き、その場に座った。水面を見る。清流の中を川魚が泳いでいるのが見えた。

 「川は平気だけどな…海のやつはどうも苦手だぜ。」

 そう独言して、またしばらく川を見つめる。水面には、ショットの顔が映っていた。その顔の額には、傷痕があった。何か鋭いもので引っ掻かれたような、痛ましい傷だった。ショットはその傷を右手で触る。

 「さっきの噂の化物…「アイツ」なのか…?」

 ショットが呟いた。険しい表情でさらに続ける。

 「もし「アイツ」なら…俺が必ず…。」



 ショットがトラックに戻ると、テンザンが焚火を起こしていた。小さな折り畳み椅子に座って、枝をくべていた。テンザンがショットに気づく。

 「おう、戻ってきたか。飯出来てるぜ。」

 テンザンが脇から底が少し深い丸皿とフォークをショットに渡した。中には炊いた米の上に炒めた野菜、更にその上に、先ほど仕込んでいたラビットスナッパーの切り身を焼いたものが乗っていた。その上に様々な香辛料が混ざったふりかけが、かけられていた。

湯気が立ち上っているそれを、怪訝そうな表情で見つめるショット。

「…はぁ…やっぱり気持ち悪いぜ…。」

「やかましい、味も見た目も最高なんだから、さっさと食え。いただきます。」

テンザンは手を合わせ、自分の分を食べ始めた。

 「…いただきます…。」

 ショットもそう言うと、フォークで切り身をすくう。恐る恐る一口を口に運ぶ。

 「―!…。」

 一口食べたショットは一瞬目を見開き、料理を一気に食べ始めた。それを見たテンザンは、ふっと微笑んで、それから自分の分を黙々と食べる。



「ごちそうさま。」

 「…ごちそうさま。」

 二人が料理を食べ終えた。皿とフォークを側に置く。満足そうな顔をしているショットに、テンザンが話しかける。

 「美味かったろ。」

 ショットが、その言葉を聞いてドキッとした表情を作る。テンザンを見て、

 「…まあな。」

 ぼそっとそう言った。テンザンはため息をつく。

 「しかしお前な…何回か俺の魚料理食ってんだからよ、いい加減慣れろよ。俺の味付けは海魚嫌いの竜人でも食えるようになってんだからよ。」

 テンザンがそう言うと、おもむろにタバコを取り出した。咥えると、その辺に落ちていた小さな枝を焚火にくべ、枝の先端に火を付けた。その火でタバコに火を付ける。枝は焚火に放った。タバコを吸って旨そうに煙を吐き出すテンザン。

 ショットが煙を手で払う。

 「…確かに、あんたの料理なら、俺は何故か大嫌いな海魚が食える。そういう意味じゃあんたは昼間の客の言ってた通りすげーと思うけど…それでもやっぱり嫌なもんは嫌なんだよ。反射的にびびっちまうんだよ。竜人の本能ってやつだ。…それから、俺はタバコの匂いも大嫌いだぜ。」

 「それもいい加減慣れろ。竜人も大変だな。俺には嫌いな食い物も無いしタバコも好きだからその辺の気持ちは全然わからねえや。ま、とにかく食い終わった食器洗っとけよ。俺は寝る準備する。」

 テンザンは煙を吐き出すと、タバコを焚き火の中に放って、立ち上がりトラックへ歩いていった。

 チッと舌打ちするショット、二人分の皿をフォークを持ってキッチンへ持って行き、そこで食器を洗う。

 その後、就寝準備を終えた二人は、焚き火の側で寝袋に包まり、やがて眠りについた。




 傷だらけのショットの目の前には、凄惨な光景が広がっていた。

 家屋は倒壊し、地面や木、畑は全て荒らされていた。そして、そこら中に、夥しい数の人間の死体が転がっていた。殆んどの死体が鋭い爪で切り刻まれ、大きな牙で食いちぎられている。

 ショットはそこにいた「それ」に視線を送る。

 「それ」は足元にいる倒れている一人の少女を見ていた。少女は体中血だらけで、怯え切った表情で「それ」を見上げていた。

 少女は、ショットに気付いた。必死に体を這ってショットの方に向かおうとした。

 「ショット−」

 少女がショットの名前を叫んだ瞬間、「それ」が少女に腕を振り下ろし、その爪で少女の身体を貫いた。少女は動かなくなった。

 最後の一人を殺した「それ」はこの光景を茫然と眺めるショットに近づく。


 ショット


 声が聞こえた。「それ」の声だ。ショットの名を呼びながら、「それ」はショットに近づく。


 ショット


 ショットは身体が震えてその場から動けない。「それ」をただ見つめる。

 

ショット


 「それ」はショットの目の前に立ち、血で染まった、白色だった腕を振り下ろした。




 「ショット!」

 テンザンの声でショットは目を覚ました。

 「――――!!!」

 ショットは身体をガバッと勢いよく起こし、周りを見回した。朝日が差し込んでいる、静かで長閑な森だった。早朝なので、小鳥のさえずる声が聴こえてくる。

 「…またあの夢を見たのか?」

 テンザンがショットの顔を覗き込んで言う。ショットの顔には、脂汗がびっしょりと浮かんでいた。息も荒い。

 ショットが呼吸を整えて言う。

 「ああ…。くそっ…。」

 「…。」

 何かを吐き捨てるように言うショットを、テンザンはジッと見た。

 「とりあえず、水を汲んできてやる。それを飲んで落ち着いたらメシを食え。それから出発の準備だ。」

 「…あぁ…すまねぇ。」

 テンザンの言葉にショットが力のない声で応える。テンザンがトラックの方へ歩いていく。




 テンザンは、トラックのエンジンをかける。ドルンッとエンジンが動き出した音がして、やがて車体が揺れた。テンザンがギアを操作し、アクセルレバーを踏む。車体はゆっくりと前進していく。ここは森の中なので、トラックはそれほどスピードが出せない。人が走るような速度でゆっくり進んでいく。

 「こんなのんびりで大丈夫なのか?」

 助手席に座っているショットが、運転席のテンザンに聞く。テンザンはタバコを取り出し、火をつけて吸い始める。

 「大丈夫だ、後もう少しで大きい道に出るから。そこからスピード出せば一時間で着くさ。…ま、確かにお前が寝坊したから、予定より遅れ気味だがな。」

 テンザンがそう言って、煙を吐き出す。車内に煙が充満する。ショットが咳込みながら、窓を全開にする。

 「あーくっせ……悪かったなそりゃ。」

 ショットが進行方向を見ながら言う。その視界の遠くには、大きくて広い道が見えていた。

 テンザンが、慎重に車を操作しながら、

 「…ショット…その、…例の化物のことだがよ…そいつが“そいつ”でも、まずは話し合いでいけよ。」

 少し言い澱みながらショットに言う。ショットはしばらく考え、

 「……話し合い、出来ればな。あいつの前に立っちまったら、俺は俺でなくなっちまうかもしれねぇ。」

 険しい表情で言った。テンザンは煙をふーっと長く吐き出した。しばらくして、トラックは森を抜けた。テンザン達の目の前には、道が広がっている。テンザンがアクセルレバーを踏みこみ、スピードを出し始めた。

 「…とりあえず、まぁ、俺の目的のこともあるからな。急ぐぞ。」




 森を抜けて一時間後、テンザン達は目的の村付近に辿り着いた。道の周りには畑が広がっていて、所々荒らされた跡と、何か、獣のような大きな足跡があるのがわかる。そしてその痕跡は、村の方へと続いていた。

 「こりゃひでえな…。」

 「…。」

 テンザンがその跡を見ながら運転席で呟く。ショットは無言で下唇を噛んだ。

 二人は村の集落の前に到着した。木で造られた、簡素な門が

建っていて、その周りを木の柵で覆っている。その手前でトラックはエンジンを停止した。

 二人はトラックを降りた。テンザンは運転席の隙間に入れてあった、一丁の巨大なトランクケースを取り出して持っていた。素材はどうやら鉄製で、色は銀一色、全長がテンザンの上半身程もあって、表面に妙な丸い出っ張りがそれぞれの辺に計四つ付いている。側面には、小さなハンドルも付いていた。ダイヤル式の錠が付いていて、それを解除しなければ開閉はできないようになっている。テンザンがそれを片手でもつ。

二人が門の前で足を止める。

 「村人が見えねえな。」

 テンザンが門の隙間から村の様子を見て言う。村には、見える範囲で人影は無かった。

 「ま、大方家に隠れてるってとこか。」

 テンザンがそう言いながら、門を開いて村の中へと入る。ショットも後ろに続いた。

 「おーい、旅のもんだが、誰かいねえのか!」

 テンザンが大きな声で呼びかける。反応が無い。

 「まいったなこりゃ…。」

 テンザンが頭をかきながら言う。二人が、もう少し奥に行ってみようとした、その時、

 「やあああああああ!!」

 二人の背後から、何者かの叫び声が聴こえた。すかさず振り返ると、少女が竹槍を構えながらこちらに突っ込んできていた。

 「バケモノめええぇ!」

 少女がショット目掛けて竹槍を突き出す。ショットはそれをすんでのところで躱し、竹槍を片手で受け止めた。

 「危ねぇな!てめえ何しやがる!」

 ショットが竹槍を掴んだまま少女に怒鳴る。少女が、手を振りほどこうとする。

 「…っ…このっ…離せ!」

 「離せじゃねえ!このやろ…」

 「お待ちくだされ!」

 ショットが少女に掴みかかろうとした瞬間、男の声が聴こえてきた。ショットの腕がピタッと止まる。

 一つの家屋から、壮年の男が出てきた。壮年の男は、身体の至る所に包帯を巻いている、痛々しい格好をしている。男はショットに走り寄り、膝を地面につき頭を下げた。

 「突然娘が失礼いたしました旅のお方!どうか、娘を殺さないでください!」

 必死に自分に懇願する壮年の男を見て、少し困惑するショット。

 「…いや、別に殺しゃしねーけどよ…。」

 そう言うと、ショットは取り敢えず竹槍を少女から奪った。少女は、依然ショットを睨み続ける。

 テンザンが、必死に頭を下げている男に、近づいて言う。

 「頭を上げてください、俺達は旅をしながらレストランをやっています。一体この村で何があったんですか。他の人達は?」

 「あぁ…、みんな!“あの”化物ではない、出てくるんだ!旅のお方だ!」

 壮年の男が、村全体に呼びかけると、他の家屋からも、村人達がちらほら出始めた。その中の男達も、皆身体中に治療の跡がある。壮年の男が二人に言う。

 「事情を説明いたします。とりあえず、こちらへご案内します。私の家です。」

 そう言うと、男は今出てきた家へと歩いていく。テンザンとショットもそれに続いた。

 「マイ!お前も来なさい。」

 壮年の男は、ショットに槍を向けた少女に向かって言った。しかし、少女は、ショットを睨んだまま動かない。

 「…。」

 ショットがその少女に向かって、竹槍を放り投げた。少女は一瞬慌てて、その竹槍を掴む。

 「もう襲いかかるなよ。」

 ショットは少女にそう言うと、再び壮年の男に着いて行く。

 「……。」

 少女は、ショットを睨みながら、竹槍を体の前で握りしめ、三人の後ろを着いていった。




 案内された壮年の男の家は、木と麻で造られたものだった。この地方では一年中暑く、通気性を第一の作りをしている。この村の他の家も同様である。テンザンとショット、壮年の男が床に向かい合って座る。壮年の男の後ろで少女が正座で座っている。その側には、竹槍が置いてあった。

 「それで、一体何があったのですか?」

 テンザンが壮年の男に話を切り出した。壮年の男が、苦悶の表情を浮かべる。

 「…今、この村はこれまでにない危機に瀕しています。数日前に一体の化物が私達の村を襲ってきたのです。その化物は恐ろしく強く、凶暴で、村の男達は全員返り討ちに遭ってしまいました。その後、化物は畑を荒らしまわっています。私達の村で育てている、「ツヨキタケノコ」の畑です。」

 「魔物は一体ですか?それとも群れで?」

 「一体です。何度か奴を退治しようと我々も色々と試みたのですが、ツヨキタケノコを食べた奴は更に凶暴になってしまいました。もう手のつけようがないのです。」

 「ツヨキタケノコの作用か…」

 「今、村の者数人でここから一番近い大きな国の自警団に救援を募りに向かっている最中ですが…それまでに畑の作物が全てもつかどうか…そして、作物を全て食い尽くした後、あの化物がどういった行動に出るか…村そのものが崩壊する前に皆で避難しようとも考えていますが、怪我人も多いうえに食料も殆ど無いのでそれも難しく…。」

 悲惨な現状を語った男は、そのまま力なくうなだれてしまった。テンザンは何かを考えた後、壮年の男に言った。

 「その化物は今、どこにいますか?」





 テンザン達は、壮年の男と少女に連れられて、村の近くの丘にやって来た。そこから見下ろすと、下にある畑の様子がよくわかった。

 畑は酷い有様だった。土が広範囲に渡って散々にに掘り起こされていて、無数のツヨキタケノコを食い散らかした跡がそこかしこに散乱していた。

 「こいつは…ひでぇな…。」

 「…」

 その様子を見て驚くテンザンとショット。

 男が悲しそうな表情で言う。

 「たったの数日でこの有様です。奴は今、この奥にある森の向こう側の畑に居ると思います。」

 そう言うと、男が力のない足取りで再び歩き始めたのでテンザンとショット、そして少女もそれに続く。四人は丘を降って森の奥へと向かう。途中、少女が道に落ちていたツヨキタケノコの残骸をしゃがんで拾った。三人が足を止めて少女を見る。少女がツヨキタケノコを見てポツリと呟く。

「…ここまで育つのに…すごく、時間がかかるのに…うっ…。」

 すると突然、少女が泣き出してしまった。男が駆け寄り、少女を抱きしめる。

 その二人を見てから、辺りを見ながらテンザンが言う。

 「…「ツヨキタケノコ」は、通常五年程掛けて地中から芽が出てくる。そこからは一年で休息に食用まで成長するが…それには土のコンディションの、繊細な加減が重要だ。この村は長年その技術を守り抜いてきたと聞いています。」

 少女を宥めながら、男が言う。

 「ええ…この村の男達も、戦士として長年、この村を外敵から守ってきましたが、あんなに凶暴な化物は初めてです。…私の勝手な推測ですが…この地方に何かよからぬことが起きているのではないかと不安でなりません。」




 四人は森の奥の畑へと辿り着いた。ここに来るまで、辺りは静かだったが、目的地に近づくにつれ、獣の声が段々と大きくなりながら聴こえてきていた。

 「いました、奴です。」

 男が言う。四人は茂みに隠れて“そいつ”の様子を窺った。“そいつ”は四人の視線の先の畑にいた。

 「ゔゔ…ゔが…。」

 “そいつ”は、全長白い鱗に覆われた、3メートルはある巨体で、鋭い爪と牙を持った化物だった。頭はウサギのようで、長い二つの耳が生えているが、その様相は飢えた獣のように凶悪。眼が真っ赤に充血している。全身に白い鱗を帯びているが、所々に毛が生えていて、どちらかというと、体毛の上から、白い鎧を着ているようだった。畑の中央に座り、両手でツヨキタケノコをを持って貪るように食べている。辺りには食べ散らかしが広がっていた。

 「ショット…あいつか?」

 その化物に視線を向けながら、テンザンがショットに問いかけた。

 「いや、違う。」

 ショットが首を横に振る。

 「だよな…ありゃ「アサルトラビット」って種族だ。気性が荒く、群れを嫌い一から三体の少数で行動することを好む。そしてあいつらは…。」

 「いやあああああああああ!!!」

 テンザンの説明の途中で、少女が突然、雄叫びを上げて、竹槍を構え飛び出していってしまった。

 「な!?リント!」

 男が叫ぶ。リントと呼ばれた少女が、アサルトラビットに向かって一心不乱に突撃していく。竹槍の矛先がアサルトラビットに襲いかかる。

 「!があ!!」

 しかし、それに気がついたアサルトラビットは、あっさりと竹槍を片手で掴み、それを宙に持ち上げる。

 「きゃあ!」

 リントは、その遠心力で吹っ飛んでしまった。畑の土の上に叩きつけられた。

 アサルトラビットは竹槍をその辺に投げ捨て、リントにズンズンと近づく。片腕に力が入る。

 「ああ…リントぉ!」

 男が悲痛な叫びを上げる。

 アサルトラビットが倒れているリントの前に立つ。リントは目を閉じグッと身構えた。ラビットが片腕を振り下ろす。

 「っっっ!!!がああああああ。」

 瞬間、アサルトラビットが吹っ飛んだ。森の奥に姿を消す。

 「…?」

 リントがおそるおそる目蓋を開いた。その目の前には、竜がいた。

 「なにやってんだよ…バカかお前。」

 正確には竜ではなく竜人だ。その声はショットの声だった。ショットが竜人族としての力を解放した姿で、頭部や両腕、両脚が完全に竜の形に変形しており、全身が肥大化して着ていた衣服が張り詰めて破けそうだった。。竜の鱗が全身を覆っている。そしてその鱗の色は、白銀に輝いていた。木々の隙間から漏れている日光が反射して一層輝いている。

 「美しい…って、ええ!?」

 その姿に見惚れいた壮年の男が、ショットがいないことに気付き、驚く。

 「もしかしてあの竜…ショット君ですか?」

 男が隣にいたテンザンに聞く。テンザンはにやりと笑みを浮かべて答える。

 「ええ…あれがあいつの本当の姿です。竜人族の変化を見るのは初めてですか?」

 「ええ…竜人族はこの辺りでは珍しいですから…。」

 男の視線の先では、先程ショットによって吹き飛ばされたアサルトラビットが体勢を立て直そうとしていた。ショットはリントと会話をしている。

 「だ、誰が馬鹿だ!この畑は私や村の友達とみんなで耕した畑だ!ここに生えてたツヨキタケノコは私達が育てたんだ!…それをこんなにされて黙っていられるか!」

 リントがショットに食って掛かる。その表情は悔しさと悲しさが入り混じっている。両目から大粒の涙が溢れている。肥大化したショットがリントを見下ろして言う。

 「…それで死んだら意味ねーだろうがよ。」

 それだけ言うと、踵を返し、アサルトラビットの方に視線を戻す。アサルトラビットは唸りながら、ショットを睨みながらゆっくり向かってきていた。

 ショットはアサルトラビットに視線を向けたまま、背後にいるリントに言う。

 「力がなきゃ、何も守れねえんだ。畑も…村も。」

 それだけ言うと、ショットは脚に力を込める。太腿の筋肉が盛り上がる。そしてその脚で地面を蹴り付けた。反動を使った猛烈なダッシュでアサルトラビットに向かって行った。物凄い勢いで、あっという間にアサルトラビットの眼前に迫る。

 「うわっ!」

 後方に拡がった風圧で、リントが堪らず尻餅をつく。

 「!うがああああ!」

 虚を突かれたアサルトラビットだったが、瞬間で対応し、二体の巨体が組みつく。がっぷりよつの体勢になった。

 「「ううううううう」」

 二体が、互いに力を込める。全身の筋肉が軋む音がする。

 「うう…があああ!!!!」

 「ぐあ!?」

 アサルトラビットが左にショットを投げる。体勢を崩したショットに向けてラビットが右腕を振り下ろす。

 「あぶね!」

 咄嗟にそれを両手で受け止めるショット、しかしその一撃が想像以上に重く、ショットにのし掛かる。必死に堪えるショット。

 「(ぐ…こいつ、めちゃくちゃ強え…。)」

 ショットが心中で言う。




 「ま、まずいです…あの化物は、無数のツヨキタケノコを摂取したことで、筋力がかなり増しているようです…!」

 壮年の男が二体の戦いの様子を見て焦った様子で言う。

 いつの間にかショットは防戦一方になっていた。素早い身のこなしでなんとかアサルトラビットの攻撃を躱してはいるが、力では完全に負けている様子であった。

 戦いの様子を観ていたテンザンは、視線を壮年の男に向けた。

 「心配ありません、あいつが“本気”を出せば、あんな奴に負けはしませんよ。それより、よかったら私と取引しませんか?」

 テンザンの突飛な提案に、男が目を丸くする。

 「取引?」

 「あいつ…ショットがあの化物を倒す代わりに、まだ無事なツヨキタケノコをいくつか頂きたいのです。元々我々はツヨキタケノコを仕入れる為に立ち寄ったので。」

 テンザンの言葉に少し動揺する男だが、戦うショットを見て、言う。

 「…どのみち、我らにはもう時間が残されていなかった…」

 そして、テンザンに向き直り、しっかりと見据える。

 「それに、あの子は、私の娘を助けてくれました。その恩に報いねばいかないでしょう。」

 男の強い気持ちが込められて言葉に、

 「交渉成立ですね…よし。」

 テンザンが微笑み、手に持っていたトランクを体の前に、四つの突起が付いている側を下にして置いた。

トランクの側面に付いているハンドルを回す。すると、表面についていた丸い四つの突起が垂直に伸び始めた。先に行くにつれて細くなっていく。蛇腹式に収納されていた棒だった。それらが地面に固定されトランクを直立させ支える。まるでテーブルのような形になったトランクに付いていたダイヤル錠を、番号を入れて外し、トランクを開いた。

 トランクの中には、包丁、まな板、箸、フライパン、小鍋、蓋、ボウル、泡立て器、小型のガスボンベ、バーナー等、様々な調理器具がところ狭しにぎっしりと敷き詰めらていた。さらに、調味料なのか、様々な粉や液体が入った小瓶も数種類あった。そしてお弁当箱のようなサイズのアルミのケースもいくつか敷き詰められている。

 トランクの、荷物が入っていない方の外蓋は通常のトランクより分厚く作られていた。それがさらに両側左右と手前側にスライド、三方向に展開できるようになっていて、それらを開く。展開した右側には、コンロになっていて、裏側にボンベを取り付けられるようになっていた。巨大なトランクケースは、あっという間に、小さな調理スペースのようになってしまった。

 「な…なんですかそれは…」

 男が呆気にとられている。

 「ある国で作られた最新の小型のキッチンです。キャンプなどの野外活動にはピッタリな逸品ですよ。」

 テンザンが説明する。男は、「はぁ…キッチン…」と半ば感心、半ば呆れたような表情で呟くが、それからすぐに、

 「い、いや、急にどうしたんです?料理なんかしてる場合じゃ…!」

 と、慌ててテンザンに言う。

 「ふふ…まあ見ててください。これが俺達の切り札なんです。」

 そう言うとテンザンは、まずスプレーを取り出した。それを自分の左右の手に吹きかけた。両手全体に拡がるよう揉み込む。

 「こいつは強力な消毒液なんです。今までで一番性能がいい。料理をする時は、清潔にしなければね。」

小型の鍋を取り出し、複数ある小瓶の中の液体を鍋に入れる。液体はただの水のようだ。ガスボンベをコンロにセットし、つまみを捻って点火、鍋を火の上に置きお湯を沸かす。

 テンザンは辺りを軽く見渡し、食い荒らされたツヨキタケノコの残骸から、比較的原型を留めているものをいくつか拾い、瓶からの水をボウルに張り、ツヨキタケノコを洗う。洗ったそれらを包丁を駆使し、まだ食べられそうな綺麗な部分に分けた。切り分けたそれを細かく微塵切りし、鍋に入れる。煮沸されたツヨキタケノコの微塵切りはあっという間に柔らかく食べやすい固さになった、それをザルにあげお湯を切る。

 一つのアルミ箱を取り出し、中を開ける。中身は炊かれた白米だった。白米が入った器に小瓶の調味料を数種類振りかける。それにツヨキタケノコを加え、ヘラを取り出し混ぜ込んだ。

 ツヨキタケノコとスパイスの混ぜご飯が出来上がった。テンザンは一度手を洗うと、混ぜご飯をヘラですくい、水で湿らせた手に乗せた。両手で微妙な力加減で握る。

 「『ツヨキタケノコのおむすび』の完成だ!」

 テンザンは完成した料理を皿に盛り付け、高らかと言った。わずか1分程で完成した。かなりの早業だった。

 「おぉ…美味そうだ…いえ!だから今料理をしている場合では!」

 壮年の男が、一度料理に魅了されてから、テンザンに食い気味に言う。

 「心配しないでくださいお父さん…こうするんですよ!」

 するとテンザンは、とんでもない行動に出た。

 テンザン戦っているショットとラビットの方に向かって、その『おむすび』を思いっきり投げた。

 「ええ!?」

 壮年の男が驚きのあまり声をあげる。

 「おいショット!お待ちかねだぞ!」

 「!」

 ショットが自分らの方に飛んでくるツヨキタケノコのおむすびを視界に捕らえる。

 アサルトラビットが跳躍、ショットに両腕を振り下ろす。

 ショットがギリギリでそれをかわし、飛んできたおむすびを口でキャッチした。そして、そのまま食べてしまった。

 「え?」

 急に食事を始めたショットに、リントと壮年の男が唖然とする。ショットは咀嚼し、ゴクリ、やがて飲み込んだ。

 「ふぅ…美味かった…。」

 ショットが呟く。

 次の瞬間、ショットの身体が徐々に紅く変色していった。

 「!」

 テンザンとショット以外のその場の全員がその光景に驚く。

 ショットの身体以外にも、周りには変化が起こっていた。

 「あ、暑い…」

 ショットの身体紅く染まっていくのと同時に、ショットを中心に、この場の気温が上昇していることに周りが気づいた。身体から汗が噴き出す。

 「ぐぐ…ぐがあああぁ!」

 アサルトラビットが、突然の状況変化に動揺している様子を見せる。たまらずショットの背後に襲い掛かった。

 「…!」

 ショットが素早く反応し、身をかわした。そしてすれ違いざまに、アサルトラビットの顔面に左の拳を叩き込んだ。

 「ぐ!」

 アサルトラビットが吹き飛んだ。土の上に叩きつけられる。

 「ぐっがああああああああああああああああ!!」

 次の瞬間、アサルトラビットが殴られた部分を手で抑えながら叫び声をあげた。地面をゴロゴロとのたうち回る。

 「あ!」

 リントがアサルトラビットの様子を見て気づく。

 殴られた部分が、赤く燃えていた。苦しそうに踠いている。

 「い、一体何が…。」

 一変した戦いの状況に戸惑いを隠せない男に、テンザンが言う。

 「あいつ…ショットはね、「グリード」と呼ばれる種類の竜人族なんです。」

 「ぐ、グリード?」

 「グリードは、竜人族種の共有の「変化」の能力に加え、「ある」能力を持っています。」

 アサルトラビットがもちなおし、燃えた部分を抑えながら立ち上がる。その部分は、白い体毛が真っ黒に焦げてしまっていた。ショットに襲い掛かった。しかし、先程の状況とは打って変わって、アサルトラビットの素早い攻撃を、ショットは余裕を持ってかわしている。随所で隙を見てアサルトラビットに攻撃を当てていく。攻撃が当たる度に、当たった部分が発火していた。

 「グリードの連中は、「食べた食物によって様々な能力を発現・行使することが出来る」んです。」

 「…食べ物?」

 戦いの様子を見ているテンザンが説明し、男が聞き返す。

 「これまでの旅で、色々と試してみたんですが…あいつはどうやら「辛い物」を食べると炎の能力を使うことが出来るようです。更に、ツヨキタケノコに元々備わっている「興奮・強壮効果」を、この私の「料理の技術」で合わせることで、その効果を何倍に引き上げている…。」

 テンザンが、驚いている壮年の男にニヤリと笑う。

 「…というわけですよ!」

 ショットとアサルトラビットの力の差が完全に開いていた。ショットはラビットの攻撃を完全に見切り、圧倒していた。

 「ううう……うがあああああああ!」

 アサルトラビットが必死の形相でショットに飛び掛かる。力を振り絞った爪の攻撃をショットに見舞う。しかし、ショットはそれをあっさりと右手で手首を掴み止めた。そして、右手に力を込める。

 ボキッ!と嫌な音がした。アサルトラビットの手首が折れた。

 「うぎゃああああああああああああ!」

 アサルトラビットが折れた右手首を抑えながらその場にうずくまる。

 荒い呼吸をしながらショットを見上げる。

 「う……うぁ…。」

 アサルトラビットは完全に戦意を喪失していた。

 ショットがアサルトラビットを睨みつける。ショットが全身に力を込めた。

 「人の大事な物をぶち壊す奴は…俺がぶっ飛ばす。」

 ショットの身体が更に膨れ上がり、全身の鱗の隙間から炎が噴き出した。牙の隙間からも炎が漏れ出している。

ショットが口をガパッを開いた。物凄い勢いで、ショットの口腔から炎の塊がアサルトラビットに向かって発射された。

「ぐ…ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「ぶっとべ!!」

火炎弾がアサルトラビットに直撃した。火炎弾は地面を高熱で削り取りながらアサルトラビットを森の奥まで押し出していく。

森の奥まで吹っ飛んだアサルトラビットは、周りの木々を巻き込み共に激しく炎上した。森に炎が広がっていく。

「あ…森が…」

「あのバカ!」

その光景を見て、壮年の男が呆然とする。

テンザンが慌てて茂みを飛び出し、ショットに急いで近づいていった。

「お前、やりすぎた!さっさとこれを食え!」

テンザンがショットに取り出した物は、干した魚だった。干物ではあるが、その表面は、しっとり濡れているような光沢があった。

「う、えぇ~~………魚は苦手だっつってんだろぉ~…?」

「そんなこと言ってる場合か!火が広がる前に早く!」

ショットはその干物を、露骨に嫌そうな表情で、渋々口の中に放り込んだ。

すると、ショットの身体がみるみるうちに透き通った青色に変わっていく。

ショットが今食べた干物は、「シットリギョギョ」という魚の干物である。限られた地域の海にしか生息しない、水分を多量に含んでいる魚で、その水分量は体積の90パーセントを占めている。本来干物に加工するのが難しい魚なのだが、テンザンの技術により、水分を保ったまま干物になっている。まるで羊羹のような食感が特徴である。

「たく…貴重な干物を…。」

実にまずそうに食べるショットをテンザンが呆れ顔で見つめる。

食べ終えたショットは、一度息を大きく吸う。肺が倍以上に膨らむ。そして、燃え盛る森に向かって勢いよく顎を開いた。

大量の水が噴射された。まるで濁流のような勢いで、大量の水を広範囲に一気に、燃える森中にばら撒いた。

炎は瞬く間に消えた。森の木々が、若干焼失してしまったが、ほとんどは無事だった。

「…火炎に…今度は水を…彼は、一体…。」

壮年の男がショットを見て呆気にとられている。

「あいつは、「暴食グリード」と呼ばれる種の竜人族なんですよ。」

テンザンが男に言う。

「奴らは、摂取した物から様々な能力を引き出すことが出来るのが特徴です。例えば〈辛い物〉だったら炎を、〈水に関連〉するものだったら水を…みたいな感じにね。まあ、あそこまで強力に発揮できてるのは…。」

言葉の途中でテンザンは、足元に転がっているアサルトラビットが齧ったツヨキタケノコを拾った。男に見せる。

「この、強壮効果のあるツヨキタケノコのおかげですけどね。」

テンザンがにかっと笑う。それを見た壮年の男は呆けた顔をしたかと思うと、プッと笑った。

「おっさん同士でいちゃいちゃしてんじゃねーよ気持ち悪い。」

そこにショットがやってきた。ショットの姿は竜人の姿から徐々に元の姿に戻っていった。

「…おっさん、すまねぇな森をこんなにしちまって…。」

すっかり元の姿に戻ったショットが、申し訳なさそうな表情で男に言った。男は首を横に振った。

「気にしないでください。焼けた森は焼き畑として利用させてもらいます。」

「そうか。」

ショットは踵を返すと、離れた場所で立っていたリントへと歩いて行った。前に立つ。

「お、お前…。」

リントは、一部始終をひどく驚いた様子で見ていた。今も、ショットに対して動揺を隠せていない。ショットは、そんなリントをしっかり見据えて言う。

「お前の大事な畑、荒らしちまった。本当にすまない。」

「…!」

ショットのその言葉に、リントは思わず目から涙がこぼれた。一筋の涙が頬を伝う。

リントはそれをぐっとこらえた。泣き出しそうになるのを抑えた。服の袖で涙をぬぐう。そしてショットをしっかりと見つめて言った。

「こちらこそありがとう。…あいつをやっつけてくれて…。」

「…おう。」

ショットはニッと笑って言った。




「おい、お前、“白い鱗の竜”を知らないか?」

「!!!」

ショットが倒れているアサルトラビットに言う。その“白い鱗の竜”という言葉に、酷く動揺している様子だった。

ショットはその態度を見て、捲し立てるように言う。

「知っているんだな!?そいつは今どこにいる!言え!」

「あ…あが…あ…あ……。…。」

動揺しているアサルトラビットにしびれを切らしたショットは、ラビットの胸倉を両腕で掴む。

「てめえええ!寝ぼけてんじゃねえぞ!さっさと吐きやがれ!あいつは今!どこにいるんだ!」

ショットは怒鳴りながら、アサルトラビットの身体を激しく揺らした。ラビットは答えない。

「もうやめとけ!ショット。」

そこへテンザンが、ショットの肩を掴んで静止した。ショットが勢いよくテンザンの方を向く。

「もう、死んでる。」

テンザンが言うと、ショットはすっと冷静になった様子で、自分が掴んでいるものを見る。アサルトラビットは、既にこと切れていた。

ショットはそれを見て、一度深く深呼吸すると、静かに、アサルトラビットの亡骸を地面に横たわらせた。

ショットの険しい様子を見て、男とリントは驚きを隠せなかった。

「か、彼はいったいどうしたというのだ…?…彼が言う“白い鱗の竜”とは一体…私も聞いたことがないが…。」

男が言う。

「“白い鱗の竜”…それが、こいつが旅をする目的です。」




テンザンはトラックの運転席に、ショットは助手席に、それぞれ乗り込んでいた。

ショットは身体の至るところに包帯を巻いていた。着ていた服はボロボロになってしまっていたので、この村で着られている民族衣装を身にまとっていた。

運転席の周囲に村人達が集まっており、その先頭に壮年の男とリントが立っていた。

「本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません。」

男がそう言うと、二人に対して深々と頭を下げた。周りの村人達も一様に頭を下げた。

テンザンは首を横に振る。

「気にしないでくださいよ。我々も、貴重なツヨキタケノコを沢山いただいたんです。それにこいつの着替えも…逆に申し訳ないくらいですよ。」

テンザンはトラックの荷台を親指で指しながら言う。

トラックの荷台には、アサルトラビットの被害にあっていなかった畑のツヨキタケノコが、麻の袋に入って積んであった。数個で構わないと言ったテンザンであったが、「それでは気が済まない」とした村人らの厚意で 、大量に持たせてもらったのだった。

「本当なら、村の復興にも力を貸したいところでしたが…我々は先を急がねばなりません。「白い鱗の竜」を追わねば。」

テンザンの言葉に、今度は男が首を横に振る。

「あなた方には本当に助けられました。本来なら、ショット君の療養も兼ねて、お二人を労いたいところですが…。村の復興は我々の仕事です、お気になさらず。」

テンザンはトラックのキーを回す。エンジンが始動し、トラックが振動する。

「おい、…ショット!」

リントがショットに呼び掛けた。ショットがトラックの窓から顔を覗かせる。

「なんだ?」

ショットが聞き返す。リントは、少し黙って、それから言う。

「…元気でな。」

「…おう。」




村人達は、走り去るトラックを見送った後、やがて散り散りになり、村の復興を始める者、負傷者の看病に戻る者、それぞれの作業に戻った。

最後までその場に留まっていた壮年の男に、リントが聞く。

「お父さん。」

「なんだい?リント。」

男は、穏やかな表情で、リントを見つめる。

「あいつは…これからもああして戦い続けるのかな。あんなボロボロになりながら。」

リントのその問いに、男がリントから視線をトラックが去っていった方に向けて、言う。

「ショット君のあの時の切迫した様子、きっと、あの子はとても深い業を背負っている…。そんな気がするよ。彼が目的を果たすまでは…。」

それだけ言うと、男はリントの頭に手の平を乗せ、優しく撫でる。

「…私は…。」




トラックは、軽快に野道を駆けていく。山を抜け、やがて見晴らしのいい草原に出た。日は暮れ始めていて、空はオレンジ色に染まっていた。

「よかったのか、その傷、治していかなくて。」

テンザンが運転しながら、助手席のショットに聞いた。

ショットは、外の景色を見ながら答える。

「ああ、この程度の傷、すぐに治るさ。それより、“奴”がまだ近くにいるのかもしれない…早く次の街に行こう。」

「…おうよ。」

沈みかけの夕日に照らされながら、トラックは西へと駆けていく。


初めまして。ぼりょです。

小説、初めて書いてみました。ここまでこんなつたない文章を読んでくださった方へ、ありがとうございます。

誤字脱字等は、これから加筆・修正等加えていきます。見つけた方、よろしければご指摘お願いいたします。

働きながら書いていますので、非常に筆が遅いのですが、続きを期待していただけると嬉しいです。

短いですが、あとがきは以上です。それでは。

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