表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無手の本懐  作者: 酒井冬芽
第二部
82/111

第27話 渤海炎上 (13)

合衆国 ワシントンDC

ペンシルバニア通り1600番地

ホワイトハウス 


 世界は腰を抜かした。

昨秋から世界の耳目を集めていた中国問題が、まさかこの様な形で終わりを遂げようとは、これを画策した英国紳士達を除いて世界中の誰もが思わなかったに違いない。

 そんな腰を抜かした者の一人に無論、合衆国大統領カルビン・クーリッジも含まれる。そしてクーリッジの愛する道化者エドウィン・デンビ海軍長官でさえ、内心、悲鳴を抑えるのがやっとだった。

――――中華連邦を建国し、中華民国そのものを滅ぼす。

そのシナリオを書いた脚本家デンビにとって、張作霖の裏切りなどというアドリブは無論、台本の中に含まれていない。クーリッジにとっても、デンビにとっても、張作霖は舞台俳優の一人に過ぎなかったはずなのに、その俳優が自分勝手に動き出し、予想外のアドリブをかますなどという事は全く想像の埒外の話なのだ。

 だが、現実に張作霖は合衆国を見限り、大英帝国の書いたシナリオに沿って演ずる道を選んだ。張作霖が欲しがる物全てを与え、手なずけたつもりでいた合衆国政府の誤算、それはとにもかくにも「君達を利用する」という態度を露骨に見せてしまった事だ。たとえ利用される事が分り切っていたとしても、相手の自尊心を傷つけるべきではなかった。

 合衆国のあからさまで傲慢な態度に対し、大英帝国はあくまでも控えめに、あくまでも紳士的に結ぶべき相手の面子を立て、欲しい物をこっそり、そして根こそぎ奪い取る。

より巧妙に……。

 『棍棒外交』で中南米に覇をとなえた合衆国政府は「外交」と「脅迫」の境目がつかなくなっていたのかもしれない。


 この日、閣議を行うべく参集したクーリッジ、そして閣僚陣のデンビに対する態度は豹変していた。彼らは自らの不明の全てをデンビ一人に押し付ける事を決して、この席に臨んで来ていたのだ。それで報われる事など何一つないのだが、そうせずにはいられなかったし、それだけが唯一、己の精神の均衡を保てる手段の様に思えたのだ。

 閣僚陣は口汚くデンビを罵る。事は、外交上の大失態であり、本来であればケロッグ国務長官、或いは現地最高責任者のフーヴァーが批難されるべきであり、発案者とはいうものの海軍長官に過ぎないデンビが職責上、批難される筋合いなど、まるでない筈だ。

だが、彼らはデンビを責めたてる。公的には一切、責任を問う訳にはいかないデンビを、憤懣に任せ、この場限りの罵詈雑言を浴びせる。

エドウィン・デンビ海軍長官、事実上の失脚。

その場にいる誰もが、そう思い、その考えにとり憑かれていた。


「それで?」

閣僚陣の批難の集中豪雨を、まるでシャワーを浴びるかの様に楽しんだデンビはまるで応えていないかの様に平然と問い返す。その態度には、さすがの閣僚陣も言葉を失う。

彼らは、まだ何も学んでいない。

日頃の不満全てを批難する事で解消しようとした結果、デンビという人間に「時間を与えて」しまったのだ。彼らの毒舌はデンビの心に届かず、デンビの心はハーフインチも傷ついていない。

「それで……だと?」

デンビの言葉に呻く様に反応したのは、公的には批判の矢面に立たざるを得ない立場に追い込まれたケロッグ国務長官だった。

「だから、何だって言うんです? お歴々」

目を細め、肥満した体躯の前で傲然と腕組みをしたデンビは薄ら笑いを浮かべ、一同に問い返す。

「デンビ長官、君はいったい……」

事の重大さが分っているのか、という言葉を投げかけようとしたケロッグ国務長官の言葉が終わらぬうちに、この政権に神が使わした道化者は喋りはじめる。

「中華民国・第七代大総統に中華連邦・臨時大総統の張作霖氏が就任する……ただ、それだけの事でしょう?」

平然と、そして傲然とデンビは言い放つ。その自信に満ちた口調、態度はその場にいる全員を自然と引き込む。

「我々が犯した最大のミス、それは張作霖という一人の人物を国家の中心に据えたことです」

「その通りだ。そして我々は張作霖氏に裏切られた……だが、その張氏を推薦したのは、他ならぬ君じゃないか」

苦々しげな表情を浮かべデンビを睨むクーリッジに代わり、若いドーズ副大統領が責任を追及する。

「そうです、張作霖氏を推薦したのは確かに私です。ですが、それは他に人物の選択がなかったからの話で、私は個人的に氏を知っている訳でもありません。ですが、問題はそんなことではありません」

「今更、責任逃れかね? 見苦しいぞ、デンビ長官」

昨年夏、ドイツの賠償金問題の折衝担当者として解決に向け、一つの道筋をつける事に成功して以来、ドーズ副大統領は政権ナンバー2としての自信に満ちている。自然とその声音は厳しいものだ。

「とんでもありません、副大統領閣下。我々は、ただ、一人の人物……言いかえれば、人間という不確定な存在に国家の未来を託してしまった事が最大のミスだった、と言っているのです。いいですか? 中華連邦という杯に注がれた酒は、まんまと英国紳士どもに飲み干されてしまいましたが、器自体を壊された訳ではないでしょう? 我々が企図した、一つの国家を人造的に作り上げるという、この壮大な物語……このストーリーを執筆するにあたり、我々は大切な事を書き忘れていたようです」

「いったい、何かね?」

脚本家の言葉に“うっかり”興味をそそられたクーリッジが問い返してしまう。

「大統領閣下、それは思想イデオロギーです」

アドリブばかりで意に沿わぬ舞台俳優に愛想を尽かした脚本家は、シナリオを書き変え、代役を指名する事にしたようだ。

デンビにとって、ショーは始まったばかりだったらしい。



 ―――――二ヶ月後。



中華連邦 奉天

奉天中央駅


 季節は初夏を迎えていた。

この日、馮玉祥軍により灰燼に帰した北京では、ようやくにして張作霖の民国第七代大総統への就任式が外国からの多数の国賓を招いて行われようとしていた。盛大な式が終われば、張作霖は大英帝国との約定に従い、遅くとも明日には虚構の人造国家「中華連邦」の解散を宣言し、虚像は消滅する筈だ。

 クーデターを起こした馮玉祥が大総統・曹昆と、その二人の兄弟を殺害した所謂『北京事変』より、この大総統就任式が二カ月もの時を要してしまったのには理由がある。呉佩孚に後事を託された白堅武が、北京市内に展開していた馮玉祥の陝西軍の殲滅に失敗した結果、馮玉祥が支配していた勢力圏下では落ち延びた生き残りの『十三太保』による大規模な反乱が発生、この鎮圧に予想外の時間を要してしまったのだ。

 しかしながら、就任式を後回しにしてまでも、この反乱鎮圧に時間を割いたのは結果的には最良の効果をもたらした。領袖同士が手を結んだとは言え、昨日まで反目し、血を流し合っていた奉天軍と直隷軍が共に肩を並べて軍事行動に移ったことにより、両軍は新たなる中華民国の正規軍としての意識が芽生え、同時に戦友としての連帯感を持つ事となったのだ。

 問題となったのは張作霖と共に決起し、民国を離脱した孫伝芳、段祺瑞の両者だ。その生涯に渡って、呉佩孚と反目し続けてきた段祺瑞にしてみれば、今更な話ではあったが、孫伝芳は呉佩孚を裏切って間もない。しかも、張作霖は民国大総統への就任に際して、両者に何ら事前の通告をしていない。

 当然ながら、両者の憤りは凄まじい。

しかしながら、今や奉天軍・直隷軍という精強な北方の大軍、その事如くを掌中に収めた張作霖の威に背くには余りに彼らの地盤は脆弱であり、兵は少ない。

「一切の責は問わない」

という通告を張作霖より直々に受け、共に民国に合流せよ、とは言われたものの、奉天・直隷軍の執拗かつ徹底した陝西軍に対する殲滅作戦を見れば、内心、臆したくなるのも無理はない。

 北京に行くも、行かぬも、彼らに先は無いだろう。

ならば、行って国務総理・呉佩孚に対して愛想笑いの一つもした方がまだ可能性はある。二階に上がった所で梯子を外された形の孫伝芳、段祺瑞両者は、深いため息と共にごく少数の部下と共に大総統就任式に出席する為、北京へと向かった。

 鬱々たる両者に対し、局外中立を守り、独自の立ち位置を確固たるものにしていた山西軍閥の閻錫山、そして西南軍閥の唐継尭の二人は既に自立して久しい。彼ら両名は、それぞれの自主独立を侵されない限り、誰が北京を支配しようと構わないと本心から考えていた。己の勢力圏に手を出さない限り、彼らの側から手を出す事はない、好きにするが良い……彼らの態度は露骨にそうだった。

 英国の全面支援下、広州政府と激しい戦闘を繰り広げている広西軍閥の陸栄廷、広東軍閥の陳炯明らは当然ながらスポンサーである英国の意向に従い、手離しに張作霖の大総統就任に祝辞と賛辞を惜しまなかった。無論、彼らの自治や地方における特権を認める限りにおいては、の話ではあったが……。

逆に言えば、それに触れぬ限り、彼らが態度を豹変させる事はないだろう。

 英国の描いたシナリオ通り、張作霖の下、中華民国はほぼ統一を回復する……かに誰もが考えていた。



 内陸都市である奉天の初夏は朝、太陽が顔を出すといきなり、身を焼かれる様に暑い。晴れた日では尚更だ。そんな日の早朝、二両の機関車に連結された五十輌編成の列車が奉天駅へと滑り込む。

「はて?」

予定外の列車に当惑した駅員の一人が先頭車両に乗る機関士に事情を尋ねようと近付く。

駅員も、機関士も共に満鉄社員であり、見知らぬ仲ではない。駅員は機関士に近付きながら、その緊張した顔色から、この列車に何らかの異変が起きている事を悟る。

 五十両編成の長蛇、奉天駅が如何に巨大な駅であろうと、その全長がホームに収まりきることはない。ガチャガチャという耳障りな金属音と共に、連結されていた貨車の黒い鉄扉が次々とスライドし、中から人の群れを吐き出し始める。

 青灰色の軍服を纏っている者もいれば、褐色の軍服の者もおり、中には明らかに私服をそれらしく装飾しているだけの者もいる。服装は様々だが、左袖に白い腕章を身につけている点だけが共通している。貨車が吐き出す男達は、いずれも手には銃剣のついた小銃を持ち、腰ベルトには手榴弾や予備の弾薬で膨れ上がった弾薬嚢を吊るしている。

 その物騒な男達の様子から、瞬時に状況を理解した駅員は無言で観察を続ける。そして、男達には白い腕章以外に、もう一つの共通点があることに気が付く。

彼らはロシア語を話していたのだ。


 ロシア白軍――――敗北に敗北を重ね、気のみ気のまま、この地に逃れてきた敗残者の群れ。

財産を失い、家を失い、家族さえも失った、失う物の無い男達。

男達は飢えていた。

勝利に。


 米国製の武器を手にしたロシア白軍は、その雑多な服装からは想像もできない程、規律のとれた動きで、素早く駅構内を無血で制圧すると、瞬く間に駅正面改札を抜け、奉天市街地へと雪崩れ込む。

 欧州大戦東部戦線の地獄を経験し、赤軍との血で血を洗う激戦を繰り広げた彼らロシア白軍将兵にとって、戦争らしい戦争を未経験で、しかも主力が不在の奉天軍など、敵ですらないだろう。

 後続部隊も含めて、奉天に降り立ったロシア白軍は1万6千を数える。彼らは随分と長い間、味わっていない勝利の美酒に酔う為、デンビによって書き換えられたシナリオに迎えられたゲストなのだ。

 ――――全く無視されたままホームの隅で佇む駅員は、停止しかけた思考の片隅でぼんやり考える。これと同じ光景が今この時、満州鉄道沿線の各都市、各駅で起きているのだろう、と。


 男達が改札を抜けて小一時間と経たない間に、奉天市街西北にある張作霖邸の方角から激しい銃撃戦の音が風に乗って聞こえてくる。奉天に駐屯している奉天軍は今や一握り、銃撃戦は間もなく終わるだろう。

 ホームに林立する柱の前で警戒の為に銃を片手に侍立する無表情のロシア兵達を見つめながら、中国人である駅員の心は無力感に苛まれる。その双眸からは、いつしか涙があふれ出していた。





中華民国 広州政府

広州市 長洲鎮


 『広州政府』とも『中華民国南方政府』とも呼ばれる中華民国政府の分派は、ここ広州市に本拠を定めている。

 広州市は、この時代にあっても中華民国で五指に入る巨大都市であり、都市的人口は三百万人を数える。この数は北京、上海に次ぐ民国第三位であり、都市経済力のひとつの指標となる港湾荷揚量においては華北最大の港湾都市・天津さえも凌いでいる。

 巨大な人口と、巨大な経済力を持つ広州、しかし、その都市外観は前時代と少しも変わらず、どこか淫猥な雰囲気を漂わせている。

いくつもの川が市街地を流れ、河上には無数の小舟が行きかう。

外国船籍の貿易船の乗組員に土産物を売る舟、内国船の乗組員に蒸かし立ての点心を売る舟、賭場の引き込みや一夜の伽をカモに売りつけ様とする舟……。

清濁混合、良い意味でも、悪い意味でも実ににぎやかな港湾都市圏を形成しており、この活気こそが周囲を敵対勢力の重囲下におかれるという状況にありながらも、決して屈しようとしない広州政府の力の根源だったとも言える。

 そんな広州の市街地を流れる大河・墺江。

その河口程近い位置に長洲鎮と呼ばれる中州がある。この長洲鎮の北岸から、ちょうど河を挟んだ大陸側の市街地は黄埔区と呼ばれ、そこにはソビエトの支援によって開校された有名な『黄埔士官学校』がある。

「軍閥に頼らないで済む独自の軍事力を保有したい――――」という孫文が抱いた開校当初の志はともかくとして、昨今では、トロツキーの意を受けた赤軍将校が闊歩し、共産党籍を持つ国民党員が生徒の大半を占める様なコミュニストの魔窟……と一部の者達からは嫌悪の情を込めて手厳しく批難されている学校だ。

 

 夜陰、男達が長洲鎮から延びた桟橋の上より、次々と小舟に身を躍らせている。男達の多くは老齢であり、その動作は決して身軽さを感じさせる事はないが、それでも、その身のこなしから精神の軽やかさは十分に感じられる。

「林先生、今一度、ご再考を」

桟橋の上から、小舟に乗り込む一行の長らしい人物に切なげな声で問い掛ける中年男性がいる。

名を汪精衛といい、言わずと知れた“革命の父”孫文の盟友にして、その後継者であり、常務委員会主席として広州政府を率いる立場にある人物だ。

 その汪精衛から哀願口調で「林先生」と呼ばれた老人の名は林森。

国民党の前身、『中国同盟会』結党以来の最古参幹部であり、現在は党中央執行委員と広州非常国会議長を務める人物だ。かつては国民党米州総支部長として、南北アメリカ大陸に点在する華僑たちを取りまとめ、彼が集めた莫大な資金が無ければ、今日の国民党は無かったであろうと、言われる程の人物でもある。同時に林森は国民党右派の首領という立場にあり、孫文が推し進めた「聯ソ容共」路線に対しては、徹底して反対を表明してきた反共の闘士としても知られている。

「汪主席、貴君には本当に申し訳ない。しかし……」

小さな丸眼鏡越しに黒い豆粒の様な瞳を潤ませた林森は「分ってくれ」と言いたげに言葉を詰まらせる。

 

 孫文亡き後、国民党は共産主義への傾斜を一日、一日、強めている。

それはやむを得ない選択であった。

世界中、ただの一国も広州政府を承認していない中、唯一、支援を行ってくれるのがソ連という現状を前にしては、党内の現実主義者は理想主義者以上に共産主義への依存を強めざるを得ないのだ。

 しかしながら、この国民党の極端な左傾化の流れに対し、林森をはじめとした右派の有力人物達、即ち、常務委員の雛魯や居正、中央委員の胡漢民、中央監察委員の張継、政治委員で右派の理論的指導者である戴季陶らは一致結束して、共産主義者の党追放を提言し、主張し続けていた。孫文という巨大な重石が無くなった今、右派グループが「反共」で一致し、その旗幟を鮮明にした事により、トロツキストの支援を受ける左派グループとの権力闘争は日増しに武力闘争の色を帯び始めており、テロの応酬へと次第に変化を遂げつつあった。そして『力対力』の応酬となった時、何ら有力な後ろ盾を持たない右派グループの劣勢は火を見るよりも明らかだ。

「林先生、行かれるのでしたら……私は、あなた方を脱党者として断罪しなくてはなりません」

悲痛な表情で汪精衛は訴える。汪自身は左派に近い人物と思われているが、汪はあくまでも孫文の路線に忠実なのであって、容共主義者でも、ましてや共産主義者でも無い。その事をよく知る林森も、また目に涙を浮かべながら訴える。

「分っています、汪主席。しかし、我々も主席以下、広州に残る者達を背信者として断罪しなくてはなりません……国民党の最も純粋な精神を受け継ぐ者として」

 ――――容共聯ソ。

孫文が遺した革命の非常手段は、信じあう者同士を無残にも引き裂こうとしている。右派グループの離脱により、力の均衡は一気に破れ、遠からずして国民党は左派グループによる支配を受けることになるだろう。そして、ほぼ間違いなく近い将来、国民党は共産主義を党是とする無産政党として生まれ変わる事を宣言する筈だ。

 林森の言葉は汪精衛の胸を打つ。純粋な共産主義者ではない汪精衛は、このままでは党実権を掌握するであろう左派トロツキスト達によって反動として粛清される可能性が高い。それでも、孫文の後継者として彼は党に残る道を選択した。もし、ただ単に、わが身一身の安全をはかるのであれば、今、汪精衛自身も小舟へと跳躍し、乗り込むべきだろう。

だが、それは出来ない。孫文の呪縛が、汪精衛にそれを許さない。

 もはや、林森らに言うべき言葉は何もない。恐らくは今日が敬愛する老師達との永久の別れとなるだろう。黙りこくった汪精衛は、最後に小舟に乗り込もうとしている軍服姿の将校に握手を求め、その耳にだけ聞こえる声で一言だけ絞り出す様に言う。

「先生達を頼んだぞ、中正」

「中正」と呼ばれた男、黄埔士官学校校長・蒋介石は汪の目をじっと見、その手をしっかりと握り返すと、無言のまま小さく頷く。


 蒋介石自身の手によって黄埔士官学校から選りすぐられた生徒達は、校長と行動を共にする事を決心した教官達の指揮の下、息を合わせて小舟を漕ぎ出し、岸を静かに離れていく。その数は数十艘にも及び、右派に属するほとんどの人士とその家族が、この日、広州を後にした。

 彼らの向かう先は、沖合に停泊する合衆国が用意した同国籍の東洋定期航路客船『シアトル号』――――。

そして『シアトル号』の行き先は、新たなる人造国家・中華連邦。

エドウィン・デンビの手によって、新たに脚本へと書き加えられた『思想イデオロギー』という国家の理論武装を成し遂げる為、彼らは招かれた。

中華連邦の新たなる指導部となる為に……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ