第50話 焦りのもたらすもの
当節、世界的流行の兆しを見せつつあるファシズム。その創造主たるベニート・ムッソリーニの出現と共に具現化されたこの思想、今や急速に欧州を、そして世界を席巻し始めている。
先の欧州大戦が引き起こした四大帝国の崩壊を受け、支配民族、被支配民族双方の心底に芽生えた、激しくも暗い民族主義を背景として、共産革命におびえる資本主義世界の行きついた、少々、歪んだ思想であった事は言うまでもない。
戦争が終われば邪魔者扱いされる軍人達の不平、銃後においても窮乏生活を余儀なくされる総力戦と、その終結後も何ら得る物のなかった国民の不満、国家への奉仕をお題目として薄給にて酷使された労働者の怒り、戦争特需で肥え太った財閥達の革命に対する恐怖、軍需物資に生産重心が割り振られた事による生活物資の不足と、それがもたらした凄まじいインフレーション、巷に溢れる失業者の群れ……。
様々な材料全てを一つの鍋にぶち込んで、『民族の団結』という蓋をしてしまえば、見栄えは威勢が良くて大変よろしいが、いずれ吹きこぼれる事になるのは必定だったし、そんな事は、当事者にして創始者たるファシスタ党統領ベニート・ムッソリーニという教養に満ち溢れた不世出の指導者にしてみれば、他の誰よりも理解していた筈だ。
鍋が吹きこぼれる前に沸騰し始めた諸問題に対し、与えられた強権を発動して一気に解決するか? 暴力を頼んで鍋の蓋を抑え続けるか? 高まる内部圧力を外部に逃がして時間を稼ぐか? いずれにしろ将来、厳しい三択を余儀なくされる事になるのは、その宿命だったともいえる。
王国を蝕む経済危機に何ら有効なる手を打ちえない民主主義の迷走と、ロシアにおいて遂に実体化した共産革命に対する恐怖心……。
国王ヴィットリオ・エマヌエーレ三世の議会制民主主義に対する失望と、亡命してきた義兄・ロシア大公ニコライ(皇帝ニコライ二世の叔父)から吹聴された革命への恐怖心を利用し、『ローマ進軍』という大博打に勝って2年。
ドゥーチェの推進した政策の数々は、この時点において、失業者対策にも、インフレ対策にも、それなりの成果を上げつつある。
数十万人単位で動員される大規模ストライキの続発により生産効率が絶望的に悪化していた同国の経済は低空飛行ながらも回復の兆しを見せつつあり、当初は、その眉唾な理論に疑わしげな視線を送っていた国内外の傍観者達からでさえ、ファシズムは徐々にではあるが評価を得始めている。
共産革命を忌避する国々において、右派左派の区別なく広まり始めた、その評価により
「ファシズムは内政上の諸問題を解決する上で有効な手段である」
という認識が現状に不満を抱く者達の間で、定説として流布されていってしまったのは言うまでもない。
大正十三年二月二十日
(1924年2月20日)
東京・台東区 上野精養軒
2月24日に予定される総選挙投票日の僅か4日前であるこの日、名門西洋料理店『上野精養軒』を震源地として、日本政界を揺るがす大激震が発生した。
記者会見場となった、この上野精養軒は摂政宮御成婚を記念し、近々、帝国臣民に下賜される予定となっている上野の森に位置しており、“天皇の料理番”として親しまれた秋山大蔵氏が料理長を務めた日本初の西洋料理店『築地精養軒』の分店にあたる店だが、本店の方が関東大震災の際に焼失してしまったので、今はこちらが本店となっている。
岩倉具視、西園寺公望、井上馨ら名だたる元勲達が、その社交場として好んで用いた格式高い名店だけあって、明治時代、この店の卓上において、どれほど多くの密議が繰り広げられ、重要国策が決定されていったのかは、想像に難くない。
そしてこの日、政官財界に身を置く多くの輩達でさえ、寝耳に水の如き一大事件『政・憲合同』―――即ち、政友会・憲政会の合併による新党『民政党』の結党発表は、センセーショナルな出来事を好む新聞各紙に好餌の極みとして受け止められ、与党側劣勢と伝えられる選挙戦において起死回生の大技と喧伝された。
この二大政党の大合同、事の起こりは数日前に遡る。
興津・坐漁荘に西園寺老を尋ねた政友会幹事・横田千之助に対し、その老師が授けた秘策がこれだったのだ。
政友会第二代総裁にして最高顧問に名を連ねる西園寺の唐突とも言える示唆に、当初、横田は驚き以外の反応を示す事が出来なかった。
何しろ、東郷政権が成立した僅か2ヶ月前まで、両党は政界を二分する勢力として激しく対立する関係にあり、銅臭交じりの引き抜き合戦や足の引っ張り合い、心ある者が見れば眉をひそめる様な醜聞の暴き合い……。
連立与党として手を取り合ったのが不思議なほどに低劣な争いを演じてきた関係にも関わらず、それが連立を飛び越えて「合併し新党を結成せよ」と言うのだから、横田が驚くのも無理は無かろう。
しかし、さすがに若くして西園寺、原という両巨頭に後継者と見定められた男だけあって横田は、流れを読むに機敏であるだけでなく、流れを力づくで変えてしまう剛腕さえも有している。
その明晰な頭脳で、老師の意を汲むと、その足で総裁・高橋是清の私邸に赴き、これを説得。
元々、政友会の外様であり、党務を煩わしいとしか考えない高橋は「肩の荷がおりる」とばかりに快諾し、横田に自由な裁量を与え、全てを任せてしまう。
名目上の総裁とはいえ高橋の了承を得て、筋を通した横田は、電光石火、翌朝には政友会の最高意志決定機関・総務会を秘密会として招集すると、各派に西園寺の意向を伝える。
横田の見るところ、政友会の衰勢は如何ともしがたい。
もし、今、このタイミングで加藤・憲政会側から「合併話」など持ち出されたら、目も当てられない、それこそ政友会の意志も伝統も霧散し、憲政会に文字通り「呑み込まれて」しまう。
だが、合併話を政友会側から持ちかけると話しは別になる。衆議院第一党の地位を喉から手が出るほど欲しがっている加藤高明は、まず、間違いなくのってくる。
もし、憲政会側から申し出たのであれば加藤のその発想は「政友会と合併した方が、利がある」というものだろうが、政友会側から申し出られれば、その発想は「今、合併しなければ大損だ」となる。つまり、政友会側から話を持っていく事によって、憲政会側の譲歩を勝ち取れ、政友会は、その議席数以上に高い『値段』で売れるだろう……。
そう言って、横田は、政友会に残留した岡崎邦輔、野田卯太郎といった各派の領袖達を説得、これに対し政友会結党以来の古参として「政友会の元勲」的存在の領袖達は
「憲政会に吸収合併されるのではなく、あくまでも対等な形で新党を結成というのであれば賛同しよう……」
という線で納得し、最終判断を横田に一任したのだった。
問題は、合同相手の加藤高明率いる憲政会だったが、こちらの方は、説得する相手さえ間違えなければ、むしろ与しやすい。
憲政会の政治的なリーダーというよりも、オーナーという表現の方が適している加藤総裁に、その合同の利を説けば良く、そして加藤はその利に易々とのった。
憲政会と政友会の現有議席を合わせれば248議席。
第二党・政友本党170議席。
選挙結果がどう転ぼうが、犬養・革新倶楽部を含めた連立与党が過半数を制していようがいまいが、『民政党』対『政友本党』という政党単位で見た場合、78議席の差をひっくり返すのは容易ではない。
現有130議席の憲政会は、総選挙を好機ととらえ、様々な手段を用いて多数派工作にまっしぐらであったが、それでも単独では如何様に奮戦しようとも至難と言っても良かった第一党の座が、この合同劇により難なく、手に入れられるのだ。
必然的に、東郷の後継首班は憲政の常道に則り、衆議院第一党の首領に大命降下が降りるはず……。
そして、その第一党の首領は……。
無論、加藤だった。
政友会総裁・高橋でもなく、政友会幹事・横田でもなく、無論のこと憲政会副総裁・若槻でも、憲政会院内総務・浜口でもない。
加藤高明にとって、新党『民政党』総裁の座は、誰にも渡さない玉座に等しい。
この日、発表された新党・民政党の党役員の布陣、総裁には旧憲政会総裁・加藤高明を戴き、旧政友会幹事の横田千之助が、副総裁と党務を握る幹事長を兼職し、新党ナンバー2の地位を固める。
幹事には浜口雄幸、三木武吉、小泉又次郎、片山直温、町田忠治、奥繁三郎、大岡育造の7名が就任し、総務には若槻禮次郎以下、斎藤隆夫、幣原喜重郎、江木翼、安達謙蔵、粕谷義三等々……。
最高顧問には高橋是清、岡崎邦輔、野田卯太郎といった旧政友会の重鎮や首相経験者が就任する事となった。
全般的に憲政会系の中堅・若手が実務を司り、政友会系の古老がこれを後見する、といった編成であり、党活動の基本となる党綱領には「国際協調主義」「議会中心主義」「人権尊重・人種間平等主義」を据えた訳だが、この綱領は、ほぼ政友会の党綱領を受け継ぐ形となっており、正しく横田の言う「高く売りつけた」形となったのだ。
無論、「大正政変」に際して、時の総裁・西園寺が軍部に受けた屈辱を忘れない政友会の面々が、その金科玉条としている「帷幄上奏廃止」「参謀本部廃止」「軍部大臣文官制導入」「大規模軍縮」などの政策綱領も引き継がれたが、この決定に関しては三菱財閥という軍需産業界の雄に関与している加藤自身は難色を示したものの、横田以下、政友会系古参議員達の頑に主張した事により、最終的には押し切られる格好となってしまった。
こうして、東郷内閣の与党である新党『民政党』は、ほぼ政友会の基本政策を継承しつつ、ここに軍部の有する数々の特権に対して、より鮮明に、より断固たる対決姿勢を打ち出したのだった。
「随分と粗末に扱われちまったなぁ、木堂さんよ」
結党記念パーティーに招待され、その一角に据えられた円卓に腰を落ち着けた尾崎が傍らに座る犬養に小声でぼやく。
「ちっ、まったくだぜ。横田の野郎も同じ連立与党である俺達に、一言ぐらい、あってもいいだろうよ」
贅を尽くした精養軒の料理を赤ワインで胃の腑に流し込みつつ、犬養が返す。
「……に、してもよ、この合併話し、どこのどいつが仕組んだ事か知らねえが……いい間合いで仕掛けてきやがったな、ドンピシャリだ」
苦りきった顔の犬養は「どこのどいつ」の正体を知りつつ、無表情なボウイがグラスに注ぐ赤ワインを眺めやる。
「おうよ、まさにドンピシャリだ。有権者の皆様から、さぞかし御祝儀が集まるだろうよ」
絶妙な塩加減の生ハムを頬張りながら、拗ねた様な口調で尾崎の言った「御祝儀」とは、無論、票の事だ。
おそらく、この衝撃的な合同劇に有権者の期待は否応なく高まる。
新しい物好きで、民主主義というものに馴れていない日本人は、お祭りに浮かれやすく、冷めやすい。
床次、元田以下の新党「政友本党」の結党記者会見に熱狂した国民が、今度は「民政党」の結党に対して、やはり、同様に興奮し、熱狂するだろう。
「ふん、ちげえねぇ」
憮然とした表情で、犬養はぼやく。
中道右派・リベラル的な思想を持ち、軍部との対決姿勢を明確にし、その支持層を都市部中間層、そして財界においた民政党。
これに対し、『権力の亡者』などと陰口を叩かれながらも、その実、鉄道職員の労働運動に理解を示し、その生活向上に半生を奉げてきた床次竹次郎の様な左派リベラル的な思想の持ち主から、右派リベラルの鳩山一郎、更には国粋主義者の小川平吉の様な人物まで網羅し、主義思想的なまとまりには欠けるが、何より地方の富裕層、地主層を中心とした強固な地盤を持つ議員を揃えた政友本党。
政友本党は好むと好まざるとに拘らず、この先、民政党が軍縮を指向する以上、親軍的な立場をとらざるを得ない。
背景には、無論、300万会員を擁する在郷軍人会を有力な支持母体としている事もあるが、何より、その地盤を農村部においているからだ。
都市人口よりも農村人口の方が圧倒的に多いこの時代、幼い頃から厳しい農作業で身体を鍛え、因習の残る山間部で厳しい上下関係や、団体行動に馴れ親しんだ農村青年は、軍隊にとって、この上もなく上質な兵士を生み出してくれる極上の孵籃器。
その孵籃器を支持母体に組み込む以上、その主張がこの先、次第に地方、そして軍部の代弁者化していくのは間違いないだろう。
反対に犬養、尾崎の革新倶楽部はこれといった支持母体、団体というものを持たない。
あくまでも議員一人一人が、己の弁舌と筆先を頼んで個々の支持者と主義主張信条を共有しているだけの非常に不安定な存在だ。
有権者の絶対数が少ない現在の制限選挙であれば、支持者一人の一票は重いが、有権者数が天文学的に増える普通選挙となれば、その選挙費用は莫大な金額となり、碌な支持団体を持たず、選挙資金調達の見通しがつかない犬養らは窮地に追い込まれる。
自らが信条とし、その主義主張の最大にして至高のものとして推進してきた普通選挙法は、同時に犬養らにとって諸刃の剣なのだ。
だからこそ、彼らは選挙後の国会において通過が確実視される同法に彼らは一計を案じ、細工を施した。
紐付きになる事を嫌い、自分専用の支持団体(集票機械)を持たない彼らが考え出した奇策は、他者の集票機械を無力化…とまでは言わないが、相対的にその力を削ぎ落す、という方法だった。
簡単にいえば『分母(有権者)を倍増させる』という方法であり、分母が増えれば浮動票が増え、必然的に集票機械が産み出す固定票の比率は相対的に弱まる。
発案者は尾崎行雄。その方法は
『25歳以上の男“女”全てに対して選挙権を与える』
というものだった。
日本の寓話や童話を数多く英訳し、国際的な評価、名声を得ている英国出身のテオドラ夫人を伴侶とする尾崎ならではの自由自在な発想であり、平塚らいてうをはじめとした多くの女性人権運動家達との間に強力な人脈を持つ、この男にしか出てこない発想だっただろう。
浮動票に期待する他は無い犬養、尾崎一党は、普通選挙法の制定に際して、この条件受け入れを絶対のものとして主張し、連立相手である旧政友会、旧憲政会を説得し続けてきており、既にその内諾を得ていた。
「先程、ちょいと浜口さんと話したんですけどね……」
異常な程の興奮に包まれた宴席、その喧騒の中で犬養と尾崎にそう話し掛けてきたのは、同席している犬養子飼いの議員、植原悦二郎だった。
植原が、浜口から聞いた話によると、今回の合同話しは政友会側から持ちかけた話であり、憲政会側は加藤総裁が党執行部に諮ることもなく強引に決めてしまった事だという。
「だろうよ。若槻や浜口が、よくもまぁ大人しく、言う事を聞いたもんだがね。それにしても、横田はよく踊りやがるな。よっぽど師匠の弾く三味線のバチ捌きが巧いんだろうよ」
「加藤さんの跡目は若槻君。これが憲政会の不文律だっただろうが、横田君が割り込んだ形になるからなぁ……。若槻君や、その後を禅譲されるつもりでいた浜口君はさぞかし腐っているだろう」
「横田が退く時に、素直に若槻あたりに引き継げば問題はないだろうが……そうは問屋が卸すまい。おそらくやっこさん達、でかく揉めるぜ」
「横田君が焦っている加藤さんに、うまくつけ込んだって事だろう? まぁ、西園寺公に嫌われ苦節十年、万年野党で冷や飯を喰わされ続ければ、あったけえ飯が恋しくなるのも無理はねぇな」
自他共に認める『冷や飯専門』の犬養と尾崎が、合併話しを事後承諾同然に聞かされたであろう若槻、浜口の苦虫を噛み潰したような顔を思い浮かべながら、それぞれ感想という名の悪態をつき続ける。
「ですが……」
そう言って遠慮がちに会話に割って入ってきたのは、革新倶楽部内では最右派に位置する中野正剛だ。
頭山満、犬養毅というアジア主義の両巨頭に育てられた新聞記者上りの生粋のアジア主義者で、政界入りした後は犬養と行動を共にしている。
「どうして、こうなるって分っていたのですか? 犬養総裁」
折り目正しい性格の中野は、同志的結合により結ばれた無頼の自由主義者集団という顔を持つ革新倶楽部内では一種、奇異に感じるほど犬養を崇拝している。
元々、自由民権運動上りで一匹狼の様な犬養や、喧嘩早くて、あちこちの党を飛び出しては出戻る、を繰り返す尾崎の様な自由人が集まった政党、総裁とは言っても犬養に大した権力は無い。
「どうしてって……言われてもなぁ。お前さんも、そのうち分る様になるさ」
真っすぐな性格だが、政界のロハも知らぬ一回生議員である中野の問いにベテラン犬養は苦笑し、尾崎に目線をやる。
「匂い、匂いだよ、中野君、これは、この世界の匂いっていう奴だ。でかい仕事をやるには、でかい所に居なくちゃならない…って発想を捨てられない連中は、とにかく、でっかくまとまりたがるものなんだ。これは自然な流れさ」
犬養は、政友会が分裂した際に「いずれ、憲政会と政友会は一本になる」とこの日が来る事を予測し、それに備え、既に独自の路線を模索していた。
その路線にようやく目鼻が立ち、昨今、所属議員を集めて手の内を披露、一同の了承を得たばかりだ。
「横田のガキも、加藤さんも、さぞかし得意の絶頂だろうよ。その後ろで、こっそり糸を引いてやがる、気色悪い興津の爺さんも……」
犬養は手にした赤ワインを一気に飲み干しつつ、西園寺の企みを看破し、酒臭い吐息に生臭さを織り交ぜながら、誰にも聞こえぬように小さく呟く。
「……ったく、いつまでもてめえの思い通りに事が運ぶと思ったら、大間違いだぜ」
大正十三年二月二十日
(1924年2月20日)
東京・牛込区 神楽坂
「女衒の街」として知られる、この牛込の一角に、一人の大陸浪人が居を構えている。
名を北輝次郎、通称、一輝。
その容貌から『片目の魔王』の異名をもって知られる男である。
中国の革命運動に参加、若くして国粋主義の理論家として頭角を現し、数年前に帰国。
大学教授・大川周明らと共に国粋主義団体を結成するに至るが、その後、対ソ問題に端を発した路線対立から先年、袂を分かっている。
北は自らの思想を『日本改造法案大綱』という書に著しているが、その論旨は天皇と国民の直結であり、その直結を阻む存在である財閥、華族、官僚、地主といったブルジョワ層の排撃を訴えると共に、内政面においては私有財産の上限を決め、上限を超えた富の国有化と再分配を国家管理の下に行うべきだとし、外交面においては、特に中国大陸からの英国排撃を主張している。
この『私有財産を制限する』という部分が、どこか共産主義を彷彿させたのか、或いは『軍部による蜂起』を肯定、扇動しているかのような暴力革命論的な持論展開が、当局の逆鱗に触れたものか、同書は出版に際して規制を受けている。
この日、その北の邸宅に、一人の客人が訪ねてきていた。
男の訪問は、これで3回目であったが、その仕立ての良い、高価そうな服装に身を包んだその男を最初に見た時、国粋主義団体の内部情報を提供する見返りに、盆暮れの付け届けに訪れる三井財閥からの使者かと思ったものだが、その態度が実に怪しい。
愛嬌はあるのに、どこか他人を見下した感のあるその客人は、この日、遂に北に依頼の内容を告げ、懐から分厚い封筒を取り出し、差しだすと、再三に渡る問いにも関わらず、一切、主の名を明かさず帰っていった。
「どうにもこうにも、大した人気ですな、北先生」
顔に自信に満ちた笑みを浮かべた坊主頭で中年の書生の一人が、客人と入れ替わる様に入室してきて、関東火鉢と茶箪笥以外、何もない質素な和室の下座に正座する。
北は答えず、溜め息交じりに渡された封筒を書生に投げ与える。
書生はそれを拾い上げ、手で重さを確かめる。
中身は、どう見ても札束、恐らく百円札が百枚、一万円は入っているだろう。
「どうにも、気に入らんな、今の男……」
北は、火鉢の炭を鉄箸の先でいじりながら呟く。
「ですが、お客人の言っていた事、確かに理がありました。先生のお考えにも相通ずるものがあったかと存じますが……」
「そうだろうか……? 私には、口先で論じ、嗾けているだけに思えたが」
「どっちでも構わないでしょう。我らが世に出る絶好の好機、日本を改造する第一歩となりましょう」
「…………」
北は書生の言葉に釈然としない物を感じつつも、小さく頷き、思い出したように尋ねる。
「そう言えば、もう一つの方は、どうなっている?」
その言葉に、次室に控えていたもう一人の若い書生が入室し、中年書生の隣に座ると
「そちらの方は甘粕大尉殿からのご紹介ですので、最優先にて算段は整えております。ご安心を」
と頬に凶悪な微笑みを浮かべ、師の問いに答える。
「……そうか。万事、頼んだぞ」
相次いで北のもとに舞い込んできた奇妙な二つの依頼……。
北自身は今一つ、納得できない部分もあった。
しかし、北が終生の宿敵とも考えるかつての盟友・大川周明、彼の説く『日本主義と西洋主義の全面対決』という威勢がよくて分りやすい論法は、巷間で大変な人気を博しており、彼と袂を分かって以降、北の活動家としての名望は相対的に下がりつつあり、その影響力の低下を実感する時もある。
また、野人・頭山満という自由民権運動上りの圧倒的カリスマの存在が、この狭い世界においてはあまりにも巨大故に、自身の存在が埋没しつつあるのも確かだ。
理論の大川、人物の頭山という先達の存在に対し、自分は「日本改造法案大綱」の執筆により、面前に座る書生たちの様な、熱狂的な支持者や賛同者を一部には得たものの、どうにもこうにも手詰まり感は否めず、ここは次の段階に進む為に、己の存在を示す好機である、とも言える。
(俺は理論家では無い、革命家だ……。革命家たるもの、行動あるのみ)
若き頃、中国の革命運動に身を投じた大陸浪人、というその来歴が衝動となり、彼を突き動かす。
「では、任せよう。手筈を整える様に……」
加藤の、西園寺の、そして北の焦りが奈落をせり上げ、最後の役者が舞台に揃う。