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無手の本懐  作者: 酒井冬芽
第一部
35/111

第35話 王手

大西洋・カリブ海

パナマ運河 沖合 みかさ丸



 蒸し風呂にいる様な熱気は海上に出ると共に去った。

東郷は1人、船尾から遠ざかる陸地を眺めている。

たった今、みかさ丸はパナマ運河を通り抜け、大西洋へと乗り出したところだ。

10年という歳月と3億1千5百万ドルという巨費をかけて完成した総延長50マイルに達する同運河が開通して10年という歳月が経っていたが、東郷がここを通るのは初めての経験であった。

突然、背後から声が掛けられる。

「閣下、船長と話を致しましたところ、1日早く、ニューヨークに到着する事になる、との事であります」

声の主は前年まで欧米各国に出張し、そちらの情勢に明るいという経験を買われて財部海相より随員を命ぜられた海軍経理学校教官・山本五十六海軍大佐だった。

「米国が運河の通過に大分、便宜をはかってくれた様であります」

東郷は、安全索に肘を預け、振り返りもせず、36歳年下の海軍士官に話しかける。

「のぉ、山本大佐……。戯れじゃが、もし、君がこのパナマ運河を破壊するとしたら、どうするかな?」

「はっ…。破壊でありますか……」

将来を嘱望される少壮の士官は、大先輩にあたる人物の言葉の裏を読み取ろうと、しばしの間、その小さな背を見つめ続け

「潜水艦……でしょうか?」

と教官の採点結果発表を待つ学生の気分を味わいながら答える。

「ふむ。潜水艦をどう使う?」

まさか、使用方法まで聞かれるとは思っていなかった山本大佐は、若干、焦りながらも答える。

「爆破訓練を受けた工兵を夜陰に乗じて上陸させ、隠密裏に爆破するか…或いは」

「或いは?」

「はい、潜水艦から爆装させた偵察機を飛ばします」

「ほぉ」

東郷は相変わらず、水平線の彼方に沈みつつある陸地に目をやったまま、感心した様な声を出す。


(褒めて頂けるだろうか…?)


 山本は、不安に苛まれる。

軍隊という官僚組織内で、実力者に認められるか、そうでないか、というのはその後の出世に大きく関わる問題なのだ。

出世に固執する訳ではないが、自分の思い通りに才覚や手腕を試すのには、上であれば上に行くほど便利なのは事実だ。

もし、ここで東郷から何らかの評価を得られれば、今後の人生設計に光明が増すだろう…山本は内心、そう思う。

老教官の沈黙が続き、ついに居た堪れなくなった生徒は、己の評価を尋ねてしまう。

「お聞きしてよろしいでしょうか?閣下」

頭上を待っていた海鳥たちが陸地へと去り、それと共に周囲を騒がしていた羽虫達の姿も消える。

聞えるは、波を切り裂く舳先の音と海上を走り抜ける風の音。

香るは、艫が蹴立てた潮の粒。

「何かね?」

東郷は山本の存在を忘れてしまっていたかの様に、随分と間を開けて答えた。

「閣下ならば、どうされるのでありますか?」

「そうだな……」

東郷はようやく振り返り、山本を正面から見据える。

「機雷を満載した貨物船に中立国旗を掲げて閘門にぶつけるかな」

「それは、また…」


(卑怯な…)


という言葉を危うく口から出しそうになり、慌てて山本は言葉を呑み込む。

だが、完全には呑み込み切れなかったらしく、東郷はこの後輩の気遣いを察するとニヤリと笑い、

「卑怯、だと思うのかね?」

と問いただす。

山本が返答に窮し、やや困惑した表情を示すと、東郷は顔を皺くちゃにして笑い

「戦争に卑怯も卑劣もあるまい。君は英雄にでもなりたいのかね?」

「英雄……でありますか?いえ、決して、その様に考えてはおりませんが」

「ふむ。だがね、米国人にだけはしてはいけないよ、卑怯な真似は……彼らを本気にさせてしまうからね」

容赦ない陽光に辟易したのか、東郷は船室に戻る為、甲板上を歩き始める。そして山本と擦れ違いざま、呟いた。

「米国と、もし、戦う事になったら……」

「戦う事になりましたら?」

「正々堂々、果たし状でも送る事だね。勝っても負けても、その一戦で片がつく」





1924年2月13日

山東半島・威海衛



 山東半島の先端、黄海に面した北岸にその港はある。

日本国民にとって、この地は日清戦争における忘れえぬ激戦の地として記憶されていた。

現在の威海衛は、1898年の英支協定により日本軍撤退と入れ替わる様に25年間という期限付き租借権を獲得した英国の海外根拠地の一つとなっている。

 碌な調査もせずに、旅順大連を租借したロシアへの対抗上、日本政府と密談して同地を半ば強引に租借した英国は、同港が清国北洋艦隊の根拠地であった事から勝手に『良港』だと勘違いしていたのであったが、実際に租借してみて気がついた。

湾中央部に浮かぶ“劉公島”という東西2キロ、南北1キロ程の島には標高が100メートル程の山があり、その山頂に監視所でも配置すれば、湾の出入りを管制するのに非常に適しているとは言うものの、最狭部でも北水道が1キロ幅、南水道が3キロ幅に達する威海衛は、艦隊根拠地としては、湾口が広い割には奥行きが小さく、非常に防御しづらい地形を有しており、泊地としての適性がすこぶる低かったのだ。

軍事根拠地としての適性が低いならば、せめて商業港としての活用を……と考えてはみたものの人口15万余の地方都市では市場としての価値が低く、その上、租借条件として呑んだ鉄道の敷設禁止条項を含んだ英支協定により、内陸部への交通の便がひどく悪く、商業港としても利用価値は絶望的に低い。

 それでも一応は、ポート・エドワードという英名を冠しており、英国植民地省の管轄下において行政長官が派遣され、英国植民地の体裁が整えられてはいるものの、言うなれば

「見捨てられた海外領土」

の一つに過ぎない。

警察力を兼ねた守備兵力として、軽インド歩兵1個大隊が駐屯してはいるものの、現時点において英国にとって失っても痛くも痒くもない領土と思われていた。

 しかしながら、さすが世界帝国の経営者・英国人は一味も二味も違う。

そんな利用価値のない租借地であっても、北京政府との交渉道具の一つとして徹底して利用し、租借期限がとっくに切れた今となっても、

「返還交渉の遅延」

を理由に、未だ返還には応じていない。


 日英同盟解消後の日本にとって、その本土に最も至近な英国根拠地であり、目と鼻の先には旅順大連を始め、朝鮮半島が存在する要衝である以上、もっと神経を尖らせてもいいようなものであったが、何故かこの威海衛の存在について日本海軍は至極、鷹揚で無関心だった。

その最大の理由は、欧州大戦後に英国自身が、この威海衛の返還を真っ先に表明していた事に在る。

 当時、山東半島の南側・青島を占領中であった日本は、既得権益である、として同地の租借を強引に推し進めていたが、英国が威海衛の中国への返還を表明した事により、中国国民のナショナリズム運動の鉾先が自らに向く事を怖れ、青島のドイツ軍を駆逐した事への戦功主張もほどほどにして、さっさと手を引いてしまったのだ。

当然、英国も租借期限の切れる1923年には返還を行うのだ…と信じて。


 この日、この泊地の入り口に突然、香港を策源地とする英国海軍・中国戦隊に所属するバーミンガム級植民地警備巡洋艦バーミンガム、ローストフトの2隻が現れた。

二隻は本国からの行動許可が下りるよりも早くに香港を出航、中国戦隊主力の先遣部隊として威海衛に到着したのだ。

両艦は南水道の入り口で左右に分かれると、微速前進しつつ艦尾から係留機雷を次々と投下する。

係留機雷には位置を示すオレンジ色のブイが付いており、味方には危険を教え、敵には脅威を教えている。

先に作業を終えたのは戦隊旗艦であるバーミンガムの方だった。

基準排水量は5500トンに達し、兵装も15.2センチ砲単装9門と強力だが、最高速力は25ノットに過ぎない旧式艦であるバーミンガムは、僚艦の作業が終わるのをしばらくの間、待った。

 ようやくにして全ての機雷を展開せしめたローストロフが発光信号により、バーミンガムに作業終了の報告を行うと、二隻は揃って自らが完全に封鎖した南水道を避けると幅の狭い北水道から湾内へと姿を消していった。




大英帝国・ロンドン

ダウニング街10番地 首相官邸


 前日夜半にロンドンに到着した山本特使団は、マクドナルド首相との会談に臨むべく、長旅に疲れた肉体を騙しつつ、ここ首相官邸を訪れていた。

しかしながら、折りからの雪の為、若干、会談時間に遅刻した彼ら三人を迎えたマクドナルドは日本側が当惑するほどに至極、上機嫌な様子であり、老齢な山本に対しては自ら侍従の如く振る舞い、椅子を引いて勧めるほどであった。

型通りの挨拶を済ませた両者であったが、本論に入ったと同時に、口火を切ったのは英国側であった。


「貴国と我が国の新たなる同盟関係を築き上げる条約の締結に関して、この様な会談の席を設けられたのは、私にとって無上の喜びとするところであります。山本伯爵閣下」


ラムゼイ・マクドナルドの発した言葉の意味を理解するのに三人は、とてつもなく長い数秒間を必要とした。

山本と伊集院、それに芦田も英語には堪能であり、いくらマクドナルドの話す英語が強いスコットランド訛りであろうとも通訳を必要としない。

だが、この数秒間の間、三人は等しく同じ事を考えていた。

即ち、

(つ、通訳を呼んでくれ……)と。

彼ら三人は、突然、自分の英会話能力に自信が持てなくなってしまったのだ。

それほどにマクドナルドの発言は、三人にとって理解しがたい言葉であり、本心から意味が分らなかった。

「首相閣下、大変、嬉しいお言葉ではありますが……」

伊集院が三人を代表して語りかける。

「私共は満州鉄道の株式、並びに附帯諸権利の売却についての交渉を行うべく貴国に参上いたしました。

それ以外の交渉について、一切の権限職責を有しておりません」

相手の発言が英国人一流のユーモアによるものなのかどうか判断しかね、困惑の表情を隠せぬままに若い芦田が続けてマクドナルドに翻意を促す。

「首相閣下、大変申し訳ありませんが、アメリカ、フランスを交えて締結いたしました“四カ国条約”において貴国と我が国の同盟関係は終了する事が規定されておりますのを、お忘れでは……?」


(何と、日本人とは、つまらぬ返答をする連中なのだろう……)


 マクドナルドは軽く失望すると、これ以上、ウィットに富んだ会話を楽しむ事を諦めた。

やはり、日本人がユーモアを解するのは難しいらしい。

マクドナルドは首を軽く左右に振りつつ、小さくため息を吐き出すと、先日の閣議の席上、披露された一通の電文……送信元は中華民国駐箚英国公使を務めるロートン公アンドリュー・マクミラン男爵……を、机の上におくと滑らせる様にして山本全権の前に押しやる。

「御読み下さい、伯爵閣下」

山本は手元のその電文を手に取ると、目線で文面を追う。

そこには、

“中華民国政府大総統・曹昆は威海衛の租借期限を25年間延長する事を受諾。

加えて、英支協定第8条1項の見直しを行い、威海衛・烟台間の鉄道敷設権を英国に付与する為の交渉に入る用意がある事を表明した”

と綴られていた。


(や、やられた……)


 電文を読み終えた山本は自らの顔面から血流が消えうせるのを感じ、目の前で幕が音を立てて降りた事を知った。

烟台は山東半島中部北岸の港湾都市で、華北の重要都市・斉南と鉄道により繋がっている。その斉南を起点として、北は北京、天津、南は上海、南京といった主要都市への鉄道が敷設されているのだ。

 つまり、烟台と威海衛が鉄道によって結ばれる……という事は、威海衛の存在が旅順大連と同等になる、という意味に他ならない。

遼東半島先端部の金州半島にある旅順大連から北京への距離と、山東半島先端部の威海衛から北京への距離では実のところ大差は無い。

だが、旅順大連からの沿線都市と、威海衛からの沿線都市では、その人口差は数倍に達し、それこそ市場規模がまるで違う。

更に華北から華中へと、その後の市場進出・展開も見据えられるのだ。

満州全域の人口は全てあわせても三千万人に満たない。

だが、華北華中ならば軽く見積もっても二億人は超えるだろう。

満州鉄道に商品価値があったのは、華北華中への鉄道アクセスが可能な租借地という唯一無二の利点故にだったのだが、英国の打ったこの一手により満州鉄道はその利点を失ってしまう。

自然、その商品価値は半減し、このまま米国に売却したとしても、買い叩かれるのがオチである。

この瞬間、日本政府の資金調達計画は、事実上、完全に破綻したと言ってよい。

日本人が血の出る想いを胸に秘めて決意した、この窮余の策を、いとも簡単に無価値な物へと変化させてしまった。

英国は、英国人らしいやり方で、実にさりげなく、外交交渉で英米両国に対し二股を掛けるという日本人のしでかした愚かな振る舞いに対し、相応の報いをもって償わせたのだった。


(……王手詰み)


 英国市民の全てより“希代の善人”と評価されるラムゼイ・マクドナルド首相は日本人が顔面を蒼白にし、怒りと失望に震える姿を内心、楽しみつつ小さく呟いた。




(マクドナルドめ、呉佩孚将軍が断れぬほどにたっぷり、金を積みおったな……)


山本の脳裏に、直隷軍閥の主である人物の名前が浮かぶ。

親日派の国務総理・段祺瑞を追放し、自らは中華民国陸軍参謀総長に収まった親英米派の巨頭。

事実上、曹昆を傀儡として北京政府を取り仕切っている呉の地盤・直隷省。

威海衛、青島、烟台が属する山東省は、その直隷省の東隣に位置しており、彼の勢力範囲であるはずだ。

その山東省に英国を引き込む事によって、昨今、急速に勢力を伸張せしめてきた広州政府の北上に対抗しようという事なのだろう。

呉は形式上、張作霖の様な各地の軍閥達の頂点に位置する人物で、日本政府としては、これで前回の段祺瑞追放の一件に引き続いて、今回の英支協定見直し表明によって、一度ならず二度までも煮え湯を飲まされた、という事になる。


「お待ち下さい、首相閣下。それでは、九カ国条約で定められた中国市場における機会均等の精神に反するのでは、ありませんか?」

茫然として黙り込んでいた日本側特使団の1人、芦田次官が反撃を開始した。

さすがは若干37歳にして外務次官に抜擢されるだけあって、各種条約の内容に精通しており、それを根拠として理論的な反論を行おうというのだ。

舌鋒鋭く英国側の行いに対し、理路整然と詰め寄るが、マクドナルドも既にこの様な反論が為される事は百も承知だったのだろう。

「威海衛の租借は既得権益です。大英帝国は既得権益の期限を延長したに過ぎず、新たに租借地を中国側に要求した訳ではありません」

そこで一息つくと、先程以上にその顔に嘲笑の笑みを浮かべつつ

「それにですな…

貴国が今は亡きロシアより継承した租借権の終了期限も、我が国の威海衛租借と同じ期限であったはず。

もし、租借延長が条約に違反するというのであれば、貴国も我らと同様に金州半島及び満鉄付属地の租借を返上されよ、即刻な!」

国際的批判を浴びた“対華21カ条の要求”という日本側の弱みにつけ込み、英国はかさに掛かって揺さ振りを仕掛けてくる。

「ですが……ならば、ワシントン軍縮条約第1章第19条第2項により、貴国は東経110度以東に海外軍事拠点の保有は禁止されているはずであります」

これならどうだ…そういった顔で芦田が再び反撃すると、マクドナルドは鼻を軽く鳴らすと、そんなことか…といった調子で軽々とかわす。

「何か、誤解されている様ですが…」

マクドナルドはテーブルに肘をつき、これ見よがしに頬杖をつき、仕立ての良いパイプを口に咥えた。

「威海衛は軍事拠点ではありません。純粋な商港です。仮に、仮に軍事的な観点から見るとすれば威海衛は……そう、言うなれば将兵の避暑地ですかな」

「ひ、避暑地…!?」

「馬鹿な!」

「その様な詭弁が…」

疑いようもない詭弁を堂々と、主張する。


(これが、本物の外交というものなのか……。我々は国際舞台に出てくるのが五十年、いや百年、遅かったわ)


芦田も、山本も、伊集院も皆一様に絶句し、その瞬間、それを悟った。


「首相閣下。もう一度、もう一度、御考え直し頂けませんか?」

山本権兵衛は絞り出す様に、その屈辱的な言葉を口にした。

「もし、その様な事実が露見すれば、我が帝国の臣民は子々孫々に至るまで、閣下と大英帝国を恨みと思いましょう」

恥も外聞もなく、山本は縋る様な想いで、交渉相手に翻意を促した。


(おいおい、このど素人共はまったく……。泣き落としかと思えば、愚にもつかぬ脅しとはな、ヤマモト伯爵……)


微かな驚きと児戯に等しい抗弁に、失望の念を抱きつつ、その言葉を受け止めたマクドナルドであったが、予定通り、用意した次なる一手をここで打つ事にした。

「では、こうしましょう……」

すっかり冷めきった紅茶を秘書官に淹れなおす様に命じ、絶妙な間を持って山本達一行の気持ちを落ち着けさせる為の時間をとる。

「露見するのが嫌ならば、貴方がたは何も知らなかった事になさい。

貴方がた日本政府は、我が英国の動きに関して一切、何も知らなかった事にして米国に満州鉄道利権の売却をしてしまえばよい。

我が国は、貴国と米国の交渉が締結され、金員の授受が終わる迄の間、威海衛・煙台間に鉄道敷設が為される事を一切、公表しない事を御約束します。但し……」

「お待ち下さい!そ、それでは、我が国は米国政府を騙す事に……」

伊集院が、ほとんど絶叫に近い声でマクドナルドの言を遮る。

「ですから、貴国は知らなかったのです。

我が国も貴国と米国間で、どの様な交渉がされていたのか、何も知らなかった。

まさか、貴国が我が国と、米国に同じ商談を持ち込んでいるなどという事、想像も出来なかった……。

それで、良いではありませんか?」

山本特使団側の表情に、露骨すぎるほどの焦燥と不快感、そしてそれを上回る諦念とした表情が貼り付く。

完全に英国の術中に嵌まり、道化師同然の醜態を晒す自分達の不様さ加減に嫌気が差すと共に、世界帝国を築き上げた英国の外交能力に圧倒されてしまったのだ。

英国は軍事力のみによって世界を制した訳ではない…その事に、改めて気付かされた思いに満たされてしまっている。

恐らくは過去、数百年間に渡って、これと同様の交渉が世界各地でなされ、その度に、英国は利益を享受し、国土を広げていったのだろう。

手も足も、もぎ取られたも同然の日本側に、大英帝国の新たなる権力者は、今度こそ支配者の如く最後の一手を繰り出す。


「それでは、話を元に戻しましょう。

我が大英帝国は、貴国との間に同盟協約を結ぶ用意があります。条件としては……」

最早、山本達に反論する気力は残っていない。

鬱蒼と茂る密林の中、道に迷い、方向を見失ったかのような気分だ。

とてつもない虚無感に覆われたその会議室内では、マクドナルドの読み上げる条件提示の声が、得体の知れぬ猛獣の歓喜の雄叫びにも似て、ただただ鳴り響くばかりであった。


史実の威海衛は1923年より返還交渉が開始され、実際に返還されたのは1931年になってからでした。

しかも、その際の返還条件が

「向こう10年間の英国軍艦寄港を可とする」

と言うものであり、これだけでも英国外交官の交渉能力の高さを物語っています。


 作中にもある通り、英支協定により、鉄道の敷設が禁止されていた為、発展はしませんでしたが、もし英国が本腰を入れて交渉したら協定は覆っていたかもしれない…という観点から本話を書き進めてみました。


2009年12月19日 サブタイトルに話数を追加

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