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無手の本懐  作者: 酒井冬芽
第一部
27/111

第27話 決意

「待っておったよ、武藤君。さぁ、遠慮せずに」

長身を廊下に折りたたみ、頭を垂れたままの武藤に対し、丸顔に真ん丸の眼で、どこか愛嬌のある顔立ちの宇垣が差し招く。

階級は同じく中将であり、歳は1868年生まれの55歳同士。

武藤が参謀次長という顕職であるに対し、宇垣は前・陸軍次官ではあるものの現在は待命状態という浪人の身。

武藤が九州閥の後継者と目されるならば、宇垣は長州閥の次期首領。

……と、ここまでは互角か、やや武藤優位なのだが、宇垣が陸士1期であるのに対し、武藤は陸士3期の卒であるが故に心情的にはやはり武藤が一歩、謙ってしまう。


「……はい」

実のところ、武藤は困惑していた。

「旧交を温めよう」

などという呼び出し理由を鵜呑みにするほど愚か者ではないし、かといって自分一人を呼び出して、それほど宇垣に益する事があるとは思えない。

「さて、何事か?」

と思わぬ方が不思議である。

“切れ者”として評判の高い武藤は、日本陸軍におけるロシア・ソビエト研究に関する第一人者であると同時に、日本陸軍諜報機関の開祖である故・明石元二郎大将の薫陶を受け、特務機関の長を繰り返し務めあげた諜報戦の専門家だ。

その質、緻密にして豪胆。

何しろ日露戦争中には単身、同国に潜入して情報収集活動を行った事さえあるのだ。


「そう、畏まらなくてもいいじゃないか、武藤君」

宇垣がにこやかに言う。

武藤は軽く頭を下げ、無言で用意された座に着くと、隣に陣取った鈴木が、まるでせかす様に立て続けに酒を勧め、酌をする。

関東州と台湾という言わば“外地”に駐箚する白川と鈴木が、現地の様子を面白おかしく話して聞かせ、しばらくは埒もない雑談に花が咲く。


「内密の話だが……遠からず、田中参議官が退役するそうだよ」

座に流れた一瞬の沈黙。

その隙を突き、発せられた宇垣の言葉に、武藤は何気なく汗を拭う振りをして面体を伏せると、その言葉の意味を反芻する。


(おいおい、その様な情報を俺に与えて、この狸はいったい、何が言いたいのだ……?)


そして、あるひとつの結論に達したが、迂闊に口を割る訳にはいかない。


武藤の沈黙に焦れた鈴木が地鳴りな様な声を上げる。

「おい、武藤。分るか? 俺たちの出番なんだよ、これからは」

武藤よりも3歳年長の、見るからに武断派的な印象を受ける鈴木は、既に大分、酩酊していると見えて、言葉が荒い。

 鈴木はシベリア出兵に際して第五師団長として従軍、全軍の先陣を切ってチタにまで進出した軍歴を持ち、現在、現役の陸軍将官中、用兵家としての声望は日露戦争の遼陽会戦における勇戦ぶりで全軍に名を知らしめた白川と並んで双璧といっても良いだろう。

 白川は、後に軍神として尊敬を集めた橘周太中佐と共に大隊長として遼陽会戦中、最大の激戦となった「首山堡高地」の争奪戦に参加、同会戦を勝利に導いた立役者となった経歴を持つ。

この争奪戦で生き残ったのは、大隊長・白川以下、たったの5人という凄惨な戦いであり、しかも、白川は戦場において常に大隊の先頭で突撃していたにも関わらず、生き残ったのだから、これはもう強運としか言いようがない。

 共に肩を並べて突撃し、戦死した橘周太中佐の遺した士官心得に

『兵、汗を拭わざれば拭うべからず。

 兵、休まざれば休むべからず。

 兵、食わざれば食うべからず。

 兵、と艱苦を同じゅうし、

 労逸を等しゅうする時は、

 兵も死を致すものなり。

 信用は求むるものに非ず、得るものなり』

とあり、これが後の日本陸軍・指揮官率先の玉条とされたが、白川もその行動においてこれを実践したのだった。


 身長が足りずに陸軍士官学校を不合格となったが、学業が抜群だったので合格させてもらったらしい……という噂が流れるほどに小柄な体躯である白川は「今牛若」とも揶揄されるが、粘り強い性格そのままに食いついたら離れない、執拗な攻勢を得意としているのに対し、「今弁慶」の異称そのままに異相の用兵巧者として知られる鈴木は「敵の弱きを討ち、強きを避く」に敏な、戦場勘の効く典型的な騎兵科出身の将である。

「どうだね、武藤君」

小兵の白川が盃を置き、居住まいを正す。

「もう、やめようじゃないか。長州だ、薩摩だ、なんていうつまらん意地の張り合いは……」

「……」


(なるほど……な)

武藤は筋書きが読めてきた。

秋山に心酔している白川は別にして、宇垣と鈴木は長州閥に属している。

山県、田中に目をかけられてきた岡山県出身の宇垣と違い、新潟県出身の鈴木は、偏執狂的な長州至上主義者だった寺内正毅時代には、どちらかと言うと冷遇されており、長州閥に属している理由は、ただ単に

「宇垣がいるから…」

というだけに過ぎない。

当然、彼の中で長州閥に対する忠誠心など、これぽっちもない。

「わしはな、腹の中には何も残らん男だ。お互い過去にはいろいろ、あったかも知れんが、田中参議官が身を引けば、否が応でも長州閥は勿論、九州閥の大将連だって軒並み道連れ、予備役編入だろ? そうしたら、九州閥で目端の効く将官といえば石光君と君の二人だけだ。わしらの世代に長州閥も九州閥も無かろう」

 昨今、長州閥に対する若い尉佐官クラスの将校達の視線は厳しい。

徹底した現実主義者である宇垣は、その新しい潮流の匂いを素早く嗅ぎとり、田中の引退によって長州閥を禅譲されるよりも、むしろ距離をおいて己個人は九州閥との対立を解消し、新たに台頭しつつある青年将校達の支持を集めた方が益がある……と判断したのだろう。


(田中大将も気の毒な人だ……)


 武藤は、腹の底から笑い出しそうになった。

引退を表明した途端に、宇垣の様に手の平を返す人物が現れる。

なるほど、宇垣が言う通り九州閥の先輩諸氏……福田、町田、河合大将らは軒並み引退を余儀なくされるだろう。

だが、武藤の目から見れば彼ら諸先輩が大将という階級を得、顕職に身を浴した事の方が異常だったのだ。

身贔屓を差し引かなくとも、彼らはその器の人物達ではない。

長州閥の全盛期、どんなに冷や飯を喰わされようが、寄り道をさせられようが、上原に忠節をつくした結果、得た地位なのだから、云わばこれは名誉と言う名の褒美なのだ。

今更、退役させられるからと言って、結束を誇る九州閥に此度の長州閥の様な綻びが起きるとは思えない。

 それが山県という巨大権力に吸い寄せられ、その庇護を求める為に擦り寄った者達と、上原の反骨ぶりに魅かれ、吾身の将来を賭けた者達の差なのだ、と……。


 武藤は心中で素早く計算する。

田中大将と、その人身御供でごっそり、現役の大将達の大部分が予備役に編入されれば、残された目ぼしい将官は……

一期の

宇垣一成中将(長州閥)、

白川義則中将(中立)、

鈴木壮六中将(長州閥)、

石光真臣中将(九州閥)、

二期の

菅野尚一中将(長州閥)、

森岡守成中将(長州閥)、

鈴木孝雄中将(中立)

そして自分をはじめとした三期も、遠からずして大将へと昇進するだろう。

 古株となる市ヶ谷十一期の中では、朝鮮軍司令官を務める菊池慎之助大将がいるが、中央での昇進はもう望めまい。恐らくは現職で勇退する事になるだろうし、同じく十一期で摂政宮殿下の侍従武官を務める奈良武次中将は殿下の信任厚く、昇進はあったとしても当面、現職からの異動はない。

それに何より、先任として上位を占める、この菊池、奈良の両名は二人揃って派閥争いとは無縁の人物だ。

 ざっと次世代の陸軍将官全体を見渡した場合、依然として長州閥の勢力は侮りがたいものがあるが、九州閥には“生涯現役”の御旗を持つ上原元帥、そしてそれに近いと思われる秋山元帥も控えている。

存命中の6人の元帥の中で最先任である奥保鞏元帥は、壮健だが齢80近い高齢で、浮世離れした隠者同然の人物だし、故・寺内正毅元帥の盟友で、長州閥の後見人的立場にある長谷川好道元帥は今現在、危篤だという。

 田中大将に在郷軍人会会長に祭り上げられた川村景明元帥も、ここのところは病床に伏せっているという話しだし、閑院宮載仁親王殿下は皇族故に派閥とは無縁だ。

つまり、両勢力は拮抗し、このままでは泥試合と化す。


(この狸め……。腹の中では、親父との和解は、あくまでも藩閥解消を主導したっていう、ガキ共に対するポーズってところだろう)


(まぁ、蹴るのはいつでも出来るし、ここで宇垣に“貸し”をつくっておいても、親父には怒られまい)


ひとつの結論に達した武藤は、諜報戦で“鍛えた”満面の笑みを浮かべると、下戸の宇垣の手付かずの杯に徳利を傾けるのだった。




同日・夕刻

陸軍省・陸軍大臣公室


「参議官・上原、参る」

上原は、いつもの様に、ノックもせずに大臣公室の出入り口扉を開けた。

ふと目をやると、秋山が珍しく机に座り、何やら熱心に書き物をしている。

辺り一面には書き散らかした半紙が散らかり、足の踏み場もないほどだ。

「なんだ、秋山。執務中だったのか?」

「なんだとはなんだ。俺だって仕事ぐらいするぞ」

秋山がムキになって応える。

上原は秋山の抗議を無視して、足元に舞い落ちた1枚の半紙を拾い上げ、目にする。

そこには、等高線らしきものが書かれ、その上に矢印が伸びた四角と多数の小さな丸が描かれていた。

「なんだ、この子供の書いた様な絵図は?」

「だから、なんだとはなんだ。一言、余計だぞ貴様は」

「まぁ、いいから酒をだせ」

「何しに来とるんだ?お前は」

秋山は嬉しそうに机の下から一升瓶を取り出すと、引き出しから湯呑を二つ取り出し、来客用のソファに腰掛ける。

「この絵はなんだ?」

「あ? あぁ……戦車の使い方を考えていたんだ」

「ふーん。そんなこと教育総監部に任せておけばよいだろうに」

上原はさも詰まらぬそうに、その半紙を机に返す。

教育総監部は陸軍に属する各種学校の統括組織であり、当然ながら、各種の戦術研究も所掌している。

「いや、俺は自分で考えたいんだよ。せっかく貴様の助力もあって騎兵科が主体となって戦車を所掌できるのだからな」

秋山の手にする一升瓶から淡い琥珀色の液体が湯呑へと流れ落ち、周囲に甘い香りが放たれる。

上原は軍服のポケットから、酒の肴に、と持参した瓶詰の鯛塩辛を取り出し、封を開ける。

「ふん。まぁ、好きにするがいいさ……で、どう使う気なんだ? そういえば最近、フランスより取り寄せた書物によると、米国は戦車を“陸上艦隊”の様に考えているらしいぞ。何でも二百輌、三百輌もの戦車を並べて、大砲を乱射しながら敵陣に突進する……なんて事を構想しているそうだ。さすがに考える事がでかいな、あの国は」

そういうと上原は注がれた酒を一口にあおり、瓶詰に指を突っ込み、塩辛を摘み出すと指ごとしゃぶる。

「陸上艦隊ねぇ……上原、ちょっと立て」

「こうか?」

秋山の言葉に従い、素直に上原は立ち上がる。

「お前、軍刀を抜いてみろ」

「あぁ……」

上原は秋山の正面に立ち、愛用の肥後同田貫の業物を抜き放つ。

「これでいいか?」

「おぅ」

問いに秋山は短く答えると、突然、出入り口扉の方に目線を向けた。

その目線の動きに、上原は(来客か?)と自らも右斜め後ろの出入り口扉に目をやる。

途端に、後頭部を軽く秋山に叩かれた。

ポンッと良い音が、室内に響く。

「……なんだ?」

訳が分らず、思わず秋山に問うてしまう。

「戦車ってのは、こう使うんだよ、上原」

「……何が、だ? 貴様、他人様の頭を叩いておいて、そんな舌足らずな説明しかせぬ気なのか? もうちょっと分る様に話せ」

二人はソファに座り直すと、話し始める。

「貴様ほどの剣の達人が抜刀し備えていても、虚を衝かれてしまえば簡単に倒される」

騎兵も戦車も、相手の不意をつき、予想もしない所から疾風長駈、相手の急所を一撃するべきものなのだ。

相手の備える陣に堂々、正面から仕掛ける、なんてのはおよそ騎兵らしからぬ戦術。

騎兵とは、その機動力を生かし、常に敵の弱きを抜き、その側背を撃つ事をもって第一義とする。

「似た様な話しを聞いた事があるな。確か『浸透戦術』とか言ったか……。欧州大戦の終盤に硬直した塹壕戦を打開する為に、と独国工兵が機関短銃と手榴弾を装備し、英仏軍塹壕線の間隙を狙い撃ちし、各所で突破に成功したというが……それを貴様、戦車でやろうと言うのか?」

上原は秋山の言葉に頷く。

「そうだ。だが、戦車だけではだめだ。側背を衝くには、おそらく道なき道を通り、橋なき河を渡らねばならん。貴様、俺の秋山支隊を覚えているか?」

「ん? あぁ」

「あれと一緒だ。騎兵を戦車に置き換えて、工兵や、機関銃、野砲を混成した小部隊を編制し……」

そう言うと、秋山は半紙を一枚、拾い上げ、そこに四角と丸を書き込む。

「この四角が戦車、丸が工兵や機関銃、野砲だ。今の甲型戦車の主砲は所詮三七ミリだからベトンに覆われた特火点トーチカの破壊には向かんし、これを制圧するにはどうしても、野砲や工兵の力が必要になる。つまり、この戦術を成す為には戦車と他の戦力が常に一体となって前進しなくてはならん。それにはどうすればいいのか……俺にはそれがまだ見えんのだ」


 秋山の言葉に、上原はしばらく沈思する。

何か…何かあった筈だ。

秋山のこの思い付きを戦術として昇華できる手立てが……。


(ルノーFTBS火力支援車……FT地雷処理車)


 上原の脳裏に10日ほど前に陸軍省で行われたフランス・ルノー社展示会の光景が勃然と思い浮かぶ。

短砲身榴弾砲を車体に直付けした火力支援車ならば、随伴野砲として秋山の構想にぴったりのはずだし、それにあの時、来場していた技術者は搬土板を装備した整地作業車も用意できる…と言っていた。

搬土板作業車が用意できるぐらいなのだから、他にも工夫させれば何か出てくるのではないか?

「戦車から砲を外して、代わりに工兵を乗せる…ってのはどうだ?」

「工兵用の戦車、って事か?」

「まぁ、砲を積んでいないから戦車とは呼べないだろうが。要は戦車と対になって行動できる工兵用の装軌式車両だよ。場合によっては牽引車や貨車としてもおおいに使えるだろう」

「うむ、面白い。その線で少し考えてみよう。しかし、また予算が必要だな。まぁ、今年度は無理だが、次年度予算を担保に少し遣り繰りさせてみよう、渡辺に」

秋山はそういって豪快に笑い声を上げた。



「予算……で思い出した。海軍のトップ連中がこの間、会合を開いたそうだが、何か聞いているか?」

「あぁ『将官会議』だろう? 財部海相から連絡が来たよ。海軍は陸軍との航空機材共用化に同意したそうだ」

「ほぉ…それは重畳」

上原は満足気に微笑むと、右腕を肘掛に預け、指先二本で頬を支える。

「秋山、分っているか? ここからが正念場だぞ?」

「何がだ? お前に云われた通り、陸海の共同研究開発、調達が実現するんだぞ? 予算が大分、浮くじゃないか」

上原は首をゆっくりと横に振る。

それは如何にも(仕方の無い奴め……)といった態である。

「いいか? 共同ってのは頭が二つって意味じゃない。頭は一つで十分なんだ」

「……」


(また上原め、訳のわからん事を)


と秋山は無言で塩辛の瓶に指を突っ込み、摘み取る。

「海軍省外局の艦政本部内の航空部が職掌しているんだよな? 海軍は」

秋山は頷き返す。

「陸軍は省隷下の航空部が職掌部署だろ? つまり、今は同格なんだよ」

「だから、何だ? 勿体ぶるな」

短気の秋山が焦れ、上原はさも面白そうに自論を披歴する。

「次の軍事参議院で陸軍省航空部を一気に航空兵総監部とする案を出せ。俺とお前、それにうちの河合総長と参議官の町田、福田、尾野……今の軍事参議院は俺達の意のままだ。大庭総監と奥元帥、それに残りの参議官は田中と山梨だが、別段、反対はせぬだろう。これで海軍を抑え込める」

「待てよ、航空兵総監部とする……って、つまり陛下直隷の親補職にするという事か? 三顕職に次ぐ地位を与えると?」

「そう言う事だ。海軍が後から慌てて海軍航空部を直隷機関に昇格させたとしても、なあに、先手を打ってしまえばこちらに利がある」

秋山は面前に座り、事も無げに話す上原を見て、呆れかえる。

さすがは権謀術数の限りを尽くして、ここまで這いあがってきただけの事はある、といったところか。


「初代総監は俺がやる。いいな? 本来ならば中将級が妥当だろうし、元帥が総監職如きを務めるなど前例の無い事だが、俺が前例となってやる」

上原が航空機に興味を持つのは一重に航空科を工兵科の支配下に置きたいからだ。

航空総監部を設立し、自ら初代総監となり組織の基礎を築く。

そしてその際、工兵科出身者を要職に登用し、以後の永続的な専権的支配体制を固めてしまう、という考えだ。

「ならば……戦車も総監部にしてもいいか?」

今度は秋山が上原の案に乗っかる。

「戦車兵総監部か? 悪くは無い。同意してやっても良いぞ。ただ、名前が悪いな。お前のさっきの考えだと、戦車だけでなく機動力を有する諸兵科の集成部隊の様な位置づけだろう? 戦車兵総監じゃ、如何にも狭い」

「では、かっこよく装甲騎兵総監部とかは?」

「武田の騎馬隊じゃないんだから、騎兵から離れろよ。他兵科に反発されるだけだぞ」

「ぐぅ、面倒臭いな。上原、お前が考えてくれ」

「よし…。じゃあ、機甲兵総監部。これでどうだ?」

「機甲兵総監部ねぇ……まぁ、それでいいだろう。初代総監は……しばらく俺が兼務してもよいが、馬乗りの鈴木にでもやらせるか」

「騎兵科の鈴木って、台湾軍司令官の鈴木壮六か? あいつは長州閥だぞ?」

上原が思わず身を乗り出す。

「だからどうした? 別に俺は騎兵科で仕切れれば、文句はないぞ」

秋山は上原へのあて付けではなく、本心から、そう思っているらしい。


(しょうのない奴め…)


 秋山の無頓着ぶりに呆れながらも、同時に自分達の思い描いた絵図通りになる陸軍体制に至極、満足する。

山県有朋の反対を押し切り、宿敵・田中義一と手を組んでまで断行したシベリア出兵。

その田中は自らが陸相に就任すると共に、突如として反対・早期撤退論に寝返りを打ち、主導した全ての責任を負わされる形となった上原は、一時期、四面楚歌の如き状態にまで追い込まれた。

 その際、一度は部内の求心力を失い、失脚しかけた上原だったが、山県の死により水面上に頭を再び出す事ができ、更に幸運にも馴染みの秋山が陸相に就任した事により、今や完全に息を吹き返す事が出来た。


(俺はまだまだやれる、これからが本番よ)


老人の決意は固い。


2009年12月19日 サブタイトルに話数を追加

2010年2月17日 文章推敲により訂正

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