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無手の本懐  作者: 酒井冬芽
第一部
25/111

第25話 天秤

1924年1月20日

広東省・広州市。


 張作霖が東京に着いたこの日、後に中国全土を巻き込むこととなる激震の序曲が、ここ広州市において幕を開けた。

中国国民党・第1回全国代表大会において

『連ソ・容共・扶助工農』

即ち、ソ連と結び、共産主義を受け入れ、労働者・農民を保護する…。

という活動方針を採択したのだ。

 これまでも民族主義・民権主義・民生主義の『三民主義』を標榜し、富の再分配を党綱領とし、共産主義に対して一定の理解を示してきた孫文であったが、丁度、1年程前に行われた上海会談以来、培われてきたソ連との友好関係を、先々、一挙に強化すべく大きく舵を切った瞬間だった。

共産主義に対して警戒の念を持つ英米日仏の四大列強との関係悪化を恐れて、国民党・広州政府側はソ連との関係に関して、従来、あくまでも友好的な交流レベルであるとし、表立って言動を行った事はない。

しかし、列強諸国は支那大陸内における既得権益を着々と拡大しつつあり、その利権拡大の交渉相手として与し易い北京政府を、あくまでも中華民国の唯一正当な政権である…として承認し続ける態度に一向に変化が無く、昨今、体調の著しい衰えを感じていた孫文をして、この一種、冒険的な活動方針採択へと走らせたのだ。

 無論、党内部においても、共産主義者との妥協を快く思わない者も多数、存在した。

右派の領袖・蒋介石など、その筆頭だったし、党重鎮で孫文の盟友である汪兆銘も苦々しげな態度を隠そうともしなかった。


しかし、

「このままでは、中華は列強の植民地と化す。もはや待てぬ」

と病み衰えた孫文が鬼気迫る迫力をもって訴えると、大会に参集していた国民党員の多くが同調、ここに正式に国民党と共産党の提携、所謂

『国共合作』

の発表となったのだ。


 これまでも、孫文・国民党は列強の支持を取り付けようと躍起になって活動してきた。

それは、一部、確かに成功はした。

孫文と犬養毅の様に、個人的に信用信頼関係を築き上げ、親友と互いに呼び合う程に親しくなったケースさえある。

だが、国家レベルで考えた場合、孫文という個人の影響力は、確かに大きいけれども、所詮は未だ実力不足の“一革命家”に過ぎず、この革命家の理想や執念に対し共感はしえても、自国の権益をドブに捨てる決断が出来る国家など存在しなかった。


 これに対し、ソ連が国民党との提携に踏み込んだのは、一重にこの国に対し既得権益と呼べるほどの物を有していなかった……という一点に尽きる。

 ロシア帝国時代に結ばれた不平等条約『北京議定書』によって保証された諸権利を継承せず、破棄していたことから、ソ連が中国国内に有している利権と呼べる程のものは『満州里――ハルピン――綏芬河』の満州中央部を東西に貫く“中東鉄道”と『ハルピン――長春間』を結ぶその支線という二つの鉄道路線のみ。

 シベリア鉄道のショートカット路線として帝政ロシア時代に開通されたこの路線であったが、社会主義体制への移行以後は、個人経済活動が制限されている為、人々の自由な往来が途絶えがちとなっており、必然的に現在では年間2百万から3百万円の欠損を経常する赤字路線に転落していたのだった。

満州域内において最大の輸出品目である大豆を中心に1日平均5万トンの貨物を輸送し、旅順・大連という有力な積み出し港への路線を擁している南満州鉄道に比べて、その価値は相対的にかなり低いものであり、失って痛いものではない。

言うなれば、列強各国が、一度得た権益を守るのに汲々とする中、ソ連は逆に持たざる者の強みを生かして「広州政府を承認する」という奇手に打って出た外交政策だったとも言える。

 この日、発表された『国共合作』成立以降、ソ連は広州政府に対して、兵器類や軍需物資の提供を公然と行うようになり、同時に多数の政治顧問、軍事顧問を派遣、『国民革命軍』と命名された国民党正規軍の大規模な錬成に協力を開始する事となる。

全ては「世界革命」即ち「革命の連鎖」を狙うレフ・トロツキーの赤い理想の一端であるにも関わらず……。

 

 この日、支那大陸は、再統一に向け、新たなる戦乱の始まりを感じさせたのだった。




大正十三年一月二十日

(1924年1月20日)

静岡県・興津市 坐漁荘


 愛弟子・横田千之助との会食と歓談を終えた西園寺公望は、玄関先で横田を見送り終えると女中達に

「疲れた。少し按摩せよ」

と伝え、早々に女中の一人と自室に籠った。

彼の元には、常にいくつもの知らせが、好意悪意様々な濾紙を通して伝えられる。

しかし、横田からのそれは、いつも天真爛漫なその性格を反映してか、色眼鏡が無く、清い。

今日、横田から聞いた知らせに、西園寺は驚いた。

東郷が間もなく、渡米するという。

いくら、盤石の東郷政権とは言え、総選挙中の渡米。

それを耳にした時、その大胆さに西園寺は思わず、乾いた笑い声を上げてしまった。


(何とも、素人の考えとは恐ろしい事よ)



自室に敷かれた長座布団にうつ伏せに寝そべり、高枕を顎の下に敷いた西園寺は、女中に背から腰、臀部から脹脛に至るまで丹念に揉ませた。

骨に直接、皮のついた様なその体躯であったが、僅かばかりついた肉に疲労を感じる事もあるのだ。

煙管から吸い込まれた紫煙は、肺に達する事も無く西園寺の口端より吐き出される。


(つまらぬの……田中め。もう少し、骨のある奴だと思っておったが……)


(床次に目をつけたまでは、よかったがのう……)


(もう一押し、せねば長閥は動かぬか……)


(あぁ、つまらぬ、つまらぬ……)


頭の中を過るのは、先に逝った往年の盟友達の顔、顔、顔……。


……陸奥宗光。

長閥の専横に憤り、一度は明治政府に反旗を翻そうとさえしたその気骨。

叛意を疑われ、極寒の山形刑務所に収監、その才を惜しんだ者達が日参し、翻意を促したにも関わらず、己が意地を貫き、刑期満了まで出所しなかった一徹さ。

若くして死するその日まで、山県長州閥に反抗し続けた日々。


……星亨。

「傍によれば金の匂いがする」

と陰口を叩かれ、財閥政商の類より多額の献金を集め、政友会創成期を支えた裏方。

どんなに他者に悪し様に罵られようとも、己が節を曲げず、自ら同志達の悪名全てを背負い続けた金権政治家。

数百万円もの献金を集めながらも、死して残した財産は個人名義一万円の借財のみ……。


(予一人だけが、いつも良い思いをし続けてきた…陸奥も星も、そう思っておるのか……)


(すまぬ、すまぬ。あと少し辛抱してくれ……)



「もう、良い。原田を呼べ」

「あい」

額に汗を噴き出させながら按摩に精をだしていた女中が下がり、秘書・原田が代わって参上する。

「お召しにございますか」

「手紙を書きたい」

原田は無言で、頭を垂れると、墨を磨り、便箋を用意する。

「誰が良いと思う」

西園寺は、唐突に原田に問うた。

「何をするのに」とも「何をさせるのに」とも言っていない。

無論、西園寺の腹の中では、次なる一手は決めてある。

原田に問うたのは、己が秘書に対する、言わば座興であり、峻烈な試験である。

横田が帰り、西園寺が手紙を書く。

これだけで、その内容を当てよ、という訳だ。

「伊東様、が宜しきかと」

「ほう……」

西園寺は、意外だった。


 「枢密院の首領」と呼ばれる伊東巳代治は、この時、67歳。

天皇直隷の諮問機関である枢密院は、本来、純粋な意味での顧問組織で、主として憲法改正、条約内容の審議、そして各種勅令に関する内容を審議し、上奏するのが職務だ。

しかしながら、政党政治の伸長に伴い、官僚が時の政権与党に媚態を送るの良しとしなかった政党嫌いの山県有朋の手により、官僚組織の『総本山』へと枢密院は変質した。

この変質は、この国の政治を「政党」によって動かすべきだと考え、明治大帝に抗してまでそれを断行しつつも、志半ばで凶弾に倒れた伊藤博文と、民衆に迎合する政党を毛嫌いし「官僚」による統治こそ是として、天寿を全うした山県有朋、この両者の生命力の差によるものだったとも言える。

もし両者の寿命そのものが逆であったならば、この国の政治は予想もつかない方向に動いたのに…と西園寺は嘆かずにはいられなかった。

 ……とは言うものの、かく言う元老・西園寺自身も、表向きの職務は枢密院の一顧問官なのである。


 伊東巳代治は、明治大帝の従弟という血統の良さもさることながら、若い頃は、かの伊藤博文の片腕として第二次伊藤内閣において入閣、同じく親伊藤・反山県の立場から政友会を結党した西園寺・陸奥・星・原らとは親しい間柄であった。

それがいつしか、山県有朋と気脈を通じ、山県閥の勢力を背景として自身は一介の顧問官の身分でありながら、議長・副議長以上の発言力を有する存在となり、枢密院に君臨し続けている。

枢密院など、世が世であれば、単なる諮問機関に過ぎない。

その議決に、何ら拘束力や具体的な権限と言うものを有していない筈……なのであったのだが、病弱な今上天皇陛下と、若い摂政宮殿下という取り合わせが、彼ら枢密院の増長を招いていた。


「何故、伊東なのだね?」

西園寺は、軽く咳込みながら原田に問う。

「はい。枢密院は条約の審議にもたずさわります上に、伊東様は、対外強硬路線を標榜されております故……」

「伊東を嗾けて、田中の与党とするか……」

「いずれにしろ、満鉄売却となれば、協定調印の是非が問われる事となります故……その際、扇の要は枢密院が握る事となりましょう」

「良い」

便箋に筆を走らせ始めた西園寺が発した存外の褒め言葉に、原田は両手を膝前に揃え、無言で頭を垂れる。

その姿はまるで、獲物に狙いをさだめる猟師の足元において、ただじっと伏せる猟犬の様であった。




大正十三年一月二十日

(1924年1月20日)

東京・千代田区霞が関

海軍省第1会議室


 この日、通称『赤レンガ』と呼ばれる海軍省の一室において「海軍将官会議」が開かれていた。

出席したのは、慣例として在京将官の上席者である

軍令部長 山下源太郎大将

軍令部次長 堀内三郎中将

海軍大臣 財部豹大将

海軍次官 岡田啓介中将

連合艦隊司令長官 竹下勇四郎大将

連合艦隊参謀長 樺山可也少将

艦政本部長 安保清種中将

横須賀鎮守府司令長官 野間口兼雄中将

軍務局長 小林躋造少将

の以上9名。

「海軍将官会議」は事実上、平時における海軍の最高意志決定機関であり、故に上記の職務に就く9名を俗に「ビッグ・ナイン」と称し、海軍内部における顕職とされていた。


議長役は、今回の会議の招集者でもある財部海軍大臣が務める。

苦衷…というより、苦虫を噛み潰した……という表現がぴったりな顔つきで、彼は同僚達に先の閣議において東郷首相に「命令された件」について一同に諮った。

無論、その一件とは

「陸海軍の航空機材共用化」

についてである。

傍目に見ても、その口調は、恐る恐る……の態であり、その絶対に向けない視線の先にあるのが山下軍令部長である事は明らかだ。

「き、貴様ら、省部は一体、我らにどう戦えというのだっ!」

細面に不釣り合いなカイゼル髭が印象的な山下が怒号を上げる。

「先にはワシントン条約を盾にして八八艦隊を握りつぶし、その上、ようやく研究が実りつつある漸減邀撃作戦の肝である航空機をも我らから取り上げると言うのか!」

八八艦隊建設の推進者であった山下が、その次善の策として当時、軍令部次長であった安保清種と共に練り上げたのが航空機と潜水艦を用いた漸減邀撃作戦なのだ。

怒って当然……とも言える。

これに対して、財部が憮然とした表情で答える。

「取り上げるとは申しておりません。あくまでも技術的な部分において陸海軍機材の共用化を図るべし、という意味です」


(ひどいなぁ、東郷元帥。結局、山下部長に言わされるのは俺じゃないか……)


「たわけ!、同じだわ!」

憤慨した山下が財部をなじり、樫材製の大きな会議机を掌でバンと叩くと、まるで狙ったかのように財部の前におかれた湯呑がひっくり返り、茶が机の上にこぼれ出す。

書類が濡らされてはたまらぬ、と慌てて財部が書類の束を差し上げ、隣席の岡田次官が腰から手拭をはずして机を拭く。


 英国のセンピル航空教導団の招聘を主導し、自他共に認める海軍航空の第1人者である小林軍務局長が発言する。

彼の職掌する軍務局は、海軍省の根幹を成す部局であり、海軍省という巨大官僚組織自体が“大”軍務局に、他の“小”部局をくっつけて成立している様な存在であった事から、その局長の発言力は事実上、大臣補佐官という意味合いが強い海軍次官以上と考えられていた。

「それは、将来的な空母運用を諦める、という事でしょうか? 艦上機と陸上機では技術面における違いが大き過ぎます」

「どういう事だね?」

海軍将官というより、柔道家としての方が高名な竹下連合艦隊司令長官が、詰襟に猪首を半ば埋め、実に窮屈そうに尋ねる。

その顔には、露骨に

(つまらぬ会議だなぁ……)

という表情がありありと浮かんでいる。

 彼は今月27日、つまり5日後には連合艦隊司令長官を任期満了で退官するので、この将来の日本海軍航空隊の行く先を決する会議に対し、さほど興味もわかず、乗り気でないのは致し方ない。

「端的に言ってしまえば、艦上機は陸からも飛べますが、陸上機は空母から飛べません。複葉機であれば多分、可能ですが、将来的に航空機は恐らく全金属製単葉機へと流れていくと思われますので、そうなると離陸距離が短過ぎるのです」

「ほら、みろ」

そう言わんばかりに、山下が机をドンと拳で叩く。

今度は、偏屈で知られる野間口横鎮長官の湯呑がひっくり返り、手をつけられていない内容物が机上にこぼれ出し、これに対して野間口は至極、迷惑そうな顔をしつつも、海軍現役将官の第一人者である山下に文句を言う訳にもいかず、ため息交じりに黙って机を拭く。


「だったら、艦上機を陸軍に使わせればいいじゃないですか?」

その才覚故に将来の海軍大臣候補と見られている岡田次官が「これは名案」とばかりに一同に諮る。

「それは、どうでしょうか?」

小林が岡田に疑問を呈する。

「離陸時に滑走距離を気にしないで済む陸上機は翼の面積を抑え込む事が出来ます。翼の面積が減れば、それだけ抵抗が減って、同じ馬力の発動機を積んでいても速力が速くなります。反対に艦上機は短い滑走距離で一定以上の揚力を得なくては離陸できませんので、そう言う訳には行かないんですよ。艦上機は揚力を得る為に翼を大きくしなきゃいけないから、必然的に速度は劣ってしまうのです。たとえばですね、我が海軍の一〇式艦上戦闘機と陸軍の甲型四式戦闘機。同じ300馬力発動機を採用していますが、最高速力では10ノットぐらいの差があります」

「10ノットぐらい、どうでもいいんじゃないかね?」

野間口横鎮長官が口を挟む。

「今は300馬力同士でありますから……。将来、五年先か十年先か分りませんが、800馬力、1000馬力と発動機が強力になるにつれ、その差はもっと開いていくのではないかと……」

「じゃあ、艦上機ってのは、陸上機に比べて根本的に劣る、という事かね? 小林軍務局長」

山下同様に露骨に機材共用化に対し、反対の立場をとりそうな安保艦政本部長が疑問を呈する。

海軍航空部は、彼の艦政本部隷下の組織であり、その上、漸減邀撃作戦立案の立役者でもある彼自身が最も航空機に関して詳しく無ければならない筈なのだが、この時代の将官の例に漏れず、彼も航空機に関しては

「索敵に便利」

ぐらいの認識しかない。

「はい。まぁ、速力の面に関しての話ですが……。逆に同等の速力を得ようとするには、機体を軽量化するしかありません。帆布張りの機体ならどうとでもなりましょうが、金属製の機体を軽くするには、どうしたらいいのか、小官にはちょっと分りません」


 その後も、財部が説得し、山下が怒鳴り、小林が解説し、竹下が欠伸を噛み殺す会議が小一時間ほど続き、議論も出尽くした……と見えた頃合いになって山下が声を枯らしながら叫ぶ。

「決だ。決を採れ、財部」

共用化反対の最強硬論者は無論、山下軍令部長。

軍令部次長の堀内は、財部とは親しい間柄故に賛成したい気持ちもあるのだが、何しろ上司である山下の勢いが凄まじ過ぎ、完全に呑み込まれてしまい、これに追随。

職権を侵される事になる艦政本部長・安保も勿論反対。

技術的な面から、難しいと考える小林軍務局長も反対の立場であり、艦隊側の代表者である竹下、樺山、野間口の三人は実のところ興味なさげであり、何となく山下の意向に従いそうな雰囲気。

賛成は財部大臣と岡田次官の二人のみ。

明らかに省部の敗北だ。

この情勢では覆しようもなく、最早、全面的な敗北を覚悟した議長役の財部はやむを得ずに決を採る事とした。


「では……決を採ります」

財部がやや、投げやりな口調で議事を進行する。

「機材共用化に賛成の方の挙手を求めます」

岡田次官がスッと真っすぐに手を伸ばす。

議長である財部の一票は、両者同数の場合のみ有効であるからして、この時点でその投票権は消滅した。

賛成1票。

「……では、反対の方の挙手を求めます」

山下が、ブンと音がしそうな勢いで手を振り上げ、安保、堀内、小林らが続く。

艦隊の三人も、面倒臭げに手を挙げようとする。

その時、何気なく財部が呟く。


「東郷元帥に、何と言ってお詫びしたら良いやら……」


 その呟きに真っ先に反応したのは竹下だった。

半ば挙げかけていた手を下ろし、

「わしは何も知らん」

とばかりに目を瞑った。

野間口も素知らぬ顔で挙げかけた手を自らの後頭部に持っていき、頭を掻く振りをし、そのまま手を下ろす。

現場側最高責任者である両者の変節を見た樺山参謀長も慌てて手を下ろす。

自らの前途に大いなる希望を抱く野心家の小林も

(ここで元帥に睨まれたら、自分の将来は……)

とあっさり手を下ろし、安保は安保で、何事もなかったように右手に続いて左手も挙げ、ウーンと呻きつつ、背伸びをし終えると知らん顔で腕組みをした。

部下である堀内次長までもが保身に走り、手を下げると……

一人残ったのは山下部長。

山下は憤怒の形相で、財部を睨むと、挙げていた掌をまたもや机に叩きつける。

これには重い樫材の机が1センチばかり跳ね上がり、その勢いに負けた全員の湯呑がひっくり返ると、すっかり冷めたお茶が一面に流れ出し、机上は正しく惨状と化した。

「……反対、0票」

誰よりも唖然とした顔をした財部が票を数える。

「棄権、7票」

賛成1、反対0、棄権7。

海軍将官会議は、こうして

『陸海軍機材共用化』

を受け入れる事としたのだった。


2009年12月19日 サブタイトルに話数を追加

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