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自己陶酔者の性格修正  作者: 偏差値2
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1話

私はプロゲーマーになる男だ。中学生以来、その事を信じ続け、大学生になった今も信じている。

私はなによりもゲームが上手く、周りの人間にゲームで負けた事は一度たりともなかった。ゲームが私の全てであった。

そのため、高校受験のときも大学受験のときも受験勉強をまともにやらず、交友関係を断ち切り、青春という青春の全てをゲームに注ぎ込んだ。

その結果、あまり良い大学に入ることはできず、友人もいないが、私は後悔をしていない。

プロゲーマーになる人間に、学歴や交流など不要である。


―――


友人がいない私であるが、恋愛に無関心というわけではない。

実は私には恋人がいるのである。

恋人いない歴=年齢の読者諸君は、こんな惚気話はききたくないかもしれないが、恥を忍んで語らせていただこう。


―――


それは、大学帰りの私が現実逃避を目的として、公園に立ち寄った時のことであった。

午後6時頃の公園というのは、昼の無邪気な子供と浮浪者のような老人が入り混じる混沌とした場所とは違い、静寂と公衆トイレしかない、と思えるような淋しげな場所であった。

しかし、そこで私は天使を見つけた。いや、天使にしか見えない乙女を見つけた。

彼女はベンチに座って、本を開き、文学の世界に入り込んでいたので、私はそれとなく彼女にアピールしようと考えた。

とりあえず公園の周りを3周ほど走り、息が切れてきたところで彼女に少し近づき、「20周が限界か……」と呟いた。

これで、きっと彼女の中の私のイメージが爽やかなスポーツマンになったに違いない。

その日、本を読み終わった彼女は、私に何も言わずに帰ってしまったが、無言のやりとりの中にかなりの好感触を感じた。

次の日、何となく同じ時間帯に公園に向かうと、またあの天使に会うことができた。そして、私はあることを確信した。おそらく、彼女は毎日この時間帯に、公園で本を読んでいるのである。

その次の日、予想が的中していたことがわかり、私は毎日彼女にアプローチをかけた。

ある時は彼女の隣のベンチで本を読み、文学青年であることをアピールし、またある時は友達と電話をするフリをして、悩みに乗ってあげる好漢であることをアピールした。

彼女と話したことは一度もなかったが、彼女の好感度はうなぎのぼりであったであろう。

こうして、彼女と私の関係はどんどん親密なものになっていった。


―――


もしかしたら、正確にはまだ恋人ではなかったかもしれない。だが、将来的に交際することは確定的であるため、嘘はついていない。

とはいえ、いくら彼女が私に惚れ込んでいるとしても、言葉を介さずに交際するのは、至難の技と言えるだろう。

そこで私は、彼女と会話するために、完璧な計画を立てた。


―――


実は近々、人気ゲームの大型大会が開かれる。

私は、この大会の優勝賞品の金メダルに見て、作戦を思いついた。

それでは、計画の全貌を説明しよう。

まず、大会で優勝して、金メダルを手に入れる。

次に、そのメダルを着用して、いつものように公園に行き、彼女の周りをうろつく。そうすると、私と彼女が恋仲になる、ということだ。

おっと、少し話が飛躍してしまった。

詳細に言うと、私が金メダルをつけて彼女の周りをうろつけば、奥手な彼女も私のことが気になり、「そのメダル、どうされたんですか?」とか「優勝したんですか!?」とか「ずっと前から好きでした!結婚してください!」とか声をかけてくれるに決まっている。

そこで私は「あの大規模ゲーム大会で優勝した」と余裕そうな表情でかっこよく返す。

こうして彼女は私にますます惹かれ、二人の仲はこれまで以上に急接近し、恋仲に発展する、ということだ。

読者諸君の疑問符が解消されたところで、ゲームについての話をしよう。


―――


今回の大会で使用されるゲームは、「スプラガン・オンライン」という2対2で戦うサードパーソン・シューティングゲームだ。

このゲームは私が最も得意とするゲームの1つであり、プレイ人口500万人の大人気ゲームであるのにも関わらず、世界ランキングの上位5%に食い込むほどの実力を有していた。

これほどの実力があれば、優勝は確実であろう。

しかし、ここで問題となるのが、2対2で戦う、というところだ。

ご存知の通り、私には友達がいない。いや、不要であるからつくっていないだけだが、こういう不測の事態が起きると、非常に困る。

そこで、私はメッセージ投稿型SNS「トゥイッター」で共に大会に出てくれる仲間を募集することにした。


―――


「トゥイッター」を始めるにあたり、私はハンドルネームを決める必要があった。

強い味方が来てくれるように、強そうな名前がいいと思い、私はハンドルネームを「デーモン・キング」に決めた。

強いものを考えた時に最初に浮かんだ単語が、英語で悪魔を意味する「デーモン」であり、さらにその後ろには、頂点に君臨するもの、すなわち王を意味する「キング」をつけた。

直訳しても、悪魔の王、となり、そこはかとなく残虐な強さを感じる。最高で最強のハンドルネームである。

私は思わず、自分のネーミングセンスの良さに震えた。

その後、他のプロフィールも適当に設定し、早速募集メッセージを投稿した。

すぐに返信は来なかったが、明日までに1つくらいは来るだろう。

そう思いながら、私は床に就いた。


―――


気がつくと、私は暗闇の中に立っていた。

辺りを見回すと、遠くに小さな光が見える方角があり、その反対側の方向にも光が見えた。

とりあえず、そのうちの一つの方向に歩き出そうとした時、後ろから軽く肩を叩かれた。

何だと思って振り返ると 、私は失禁しそうになる程驚き、尻餅をついた。

ギョロっとした目に大きな口、鋭い牙を生やした人型の化け物がそこに居たのだ。コイツは私を食べにきた妖怪だと一目でわかった。

私が震えながら逃げようとしていると、さらに驚いたことに、その化け物は間抜けな声で話しかけてきた。

「落ち着いてください。僕はあなたを食べにきたわけじゃありません」

「は……?」

無視して逃げようとも思ったが、嘘は言ってないように見えたので、私は話を聞いてやることにした。決して、腰が抜けて動けなかったわけではない。

「そんな見た目で言われても信用できるか」

「容姿差別はやめてください。僕はあなたのエネルギーを使って生まれた魔人、ワロターと申します」

「私のエネルギーを使った?寝てる間に吸い取ったとでもいうのか?」

「いえいえ、あなたが普段浪費しているエネルギーを再利用させてもらっただけですよ。人間は無駄なことをすればするほど、周りにエネルギーを漏らしますからね」

「私がいつ無駄なことをしたと言うのだ。いつ何時でも有意義な行動をしている」

「これはまた面白いことをおっしゃる。公園でストーカーまがいのことをやってるのも、ダサいハンドルネームを考えてるのも、バイトもせず一日中家でゲームしてるのも、全部無駄な行為じゃないですか」

「何を言っている………………少なくとも、公園で恋愛をするのは普通のことであろう」

「アレが恋愛だと本気で思ってるんですか?あんなの、あなたが勝手に空回りして、変態行動を起こしてるだけですよ」

「私と彼女の高度な関係は、一般人には理解できんのだ」

私は、初対面の人間に失礼なことを言うコイツのような奴が何よりも嫌いだ。

怒りに身を任せ、殴りそうになったが、グッと拳をこらえた。

「まぁなんでもいいですがね。そんなことより、あなたは今道に迷ってるんでしょう?」

「とりあえず、アッチの光ってる方に向かうつもりだ」

「よくわかってないようなので、簡単に説明しましょう」

そう言うと、魔人は光の方向を指差し、説明を始めた。

「こちらは陽の道といい、積極的で明るい者が進むべき道です。反対側は陽に対する性質をもつ者が進むべき道、すなわち陰の道です。こちらの道には、陽とのバランスを保ち、秩序を形成する非常に重要な役割があります」

「なるほど。ところで、プロゲーマーになるためにはどっちの道を進めばいいんだ?」

「どんな道を進んだとしても、なれる人はなれるし、なれない人はなれません。ただ、あなたがその職業を目指すのは、やめといたほうがいいと思います」

「は?」

「プロゲーマーのような特別な職業は、努力では埋められない才能の壁が存在します。今までの生活を見ていたところ、あなたは頭があまり良くなく、強固な精神も持っていない。おそらく、プロゲーマーになれる才能も持ち合わせていないでしょう」

「うるさい、初対面のお前に何がわかると言うのだ」

「まぁまぁ落ち着いて。とりあえず、あなたは陰の道に進むことをオススメします」

私の怒りが頂点に達しかけていた。

なぜこんな化け物に、自分の生活や夢を否定されなければならないのだ。コイツのいいなりになってたまるものか。

そう思った私は、光がない方向へ全速力で走り出した。

「ちょっと、そっちは鬼門の方角ですよ!」

「うるさい!どんな道を進んでも、なれる奴はプロゲーマーになれるんだろ!」

「とにかくその道は危険です!下手すると死にますよ!」

「私は陰の者でも陽の者でもない!いうなれば、その狭間に位置する陰陽師である!」

そう言った矢先に、私は暗闇で足を踏み外し、奈落の底へと落ちていった。

「うわあああああああああああ」

ああ、なんと愚かなことをしたのだろう。こんなことなら、素直に光のある方へ進むべきであった。

自責の念を感じながら、私は深い闇の中に沈んだ。


―――


次の日、携帯の通知音で私は悪夢の世界から引きずり出された。

普段は、ゲーム大会で優勝する夢や彼女とデートする夢など、近々実現するものしか見ないものだから、あそこまで不快な夢を見るとは思わなかった。

気を取り直して携帯を確認すると、昨日の募集に、ユラギと名乗る男から参加希望のメッセージが届いていた。

その男は私と同程度の実力を持っていそうだったので、私は申請を受け入れ、彼と共に大会に出ることになった。


―――


『ユラギです。よろしくお願いします』

「デーモンキングだ。よろしく頼む」

私たちはゲーム内のボイスチャットで連絡を取っていた。音質はあまり良くないが、話ができれば問題ない。

『じゃあ、適当に練習しますか』

「うむ」

会話を終えると、実力確認の目的も兼ねて、ランダムマッチ機能を使い、我々は練習試合を始めた。

この男が本当に私と同じくらいの実力を持っているなら、ランダムマッチ程度では負けないはずだ。


―――


「1人倒した。もう1人もダメージを与えている」

『ナイスー、裏から回りますね』

「よし、もう1人も倒したぞ」

『グッドゲームです』

「うむ。もう夜も遅いし、今日はこの辺で終わりにするか」

『了解です。続きはまた明日やりましょう』

今日の試合は連戦連勝であった。

しかし、油断はできない。このゲームは、勝てば勝つほど強い敵とマッチングする仕様になっているからだ。

ここまでは、私1人で戦っても余裕で勝てる相手だったが、明日からはユラギの実力も大きく関わってくるだろう。


―――


さて、話は変わるが、明日は大学のレポート発表の日である。レポートと聞くと、一般的な大学生は憂鬱な気分になり、アレルギー反応を起こすことも少なくない。

しかし、私は違う。実はゲームだけでなく、勉学もかなり出来る方なのだ。

このテクニカルタームを多用したハイクオリティなレポートを聞けば、きっと教授は目からウロコを落としながら、私に秀の評価を与えるに違いない。

そう考えて、私は心地よい眠りについた。


―――


翌日、満を持して発表したものの、私のレポートの評価は、散々なものであった。

教授からは「専門用語が多すぎて、分かりづらい」と評され、周りの生徒は、ほぼ全員興味なさそうに携帯をいじっていた。

しかし、勘違いして欲しくないのだが、決して私のレポートの出来が悪かったわけではない。

周りの人間の知能が低すぎるのだ。猿に毛が生えた程度の阿呆どもに、私のレポートが理解できないのは、仕方のない事である。

そもそも、私は他の大学生とは違うルートを行く者だ。就活も大学院進学もする気はない。プロゲーマーになるのだから、教授からの評価などどうでも良い。

今は大会に向けて、ゲームの練習に全力を尽くすとしよう。


―――


「クソっ、やられてしまった。でも、かなりダメージを与えたぞ」

『うわっ、1対2は流石にキツいですよ!無理無理無理!』

「負けか……」

あれから3日ほど練習をしたが、我々の勝率は右肩下がりであった。

敵が強くなっているということもあるが、ユラギが私に立ち回りを合わせてくれないことが最大の敗因であった。

これを改善しない限り、この低迷を抜け出すことは難しいだろう。

「ユラギ、お前もう少し早くカバーに入れないか?」

『デーモンさんが前に出すぎてて、入りにくいんですよ。もう少し後ろに下がってもらえませんか?』

一瞬私は自分の耳を疑った。

この男は自分が敗因であることに気づいていないどころか、私に立ち回りを変えるように命令してきたのである。

私は強く言い返しそうになったが、グッとこらえて、出来るだけ穏便に返答をした。

「……わかった。努力はしよう」

『ありがとうございます。もっと連携が取れれば、勝てるようになるはずなので、お互い頑張りましょう』

いや、ユラギよ。頑張るのはお前だけでいいのだ。

私は完璧な立ち回りをしているのだから、後はお前が合わせるだけだ。私は断じて立ち回りを変える気はない。

そう言いたかったが、雰囲気を悪くしないために、口に出さなかった。

大会まであと1週間ある。その間ずっと練習していれば、きっと彼も自分の過ちに気付くだろう。

「ところで、明日は何時から練習する予定だ?」

『あー、すみません。明日は練習出来ないです』

「明日は日曜だろう。何か予定でもあるのか?」

『いやー、日曜は毎週彼女とデートしてるんですよ』

「……わかった」

大会があるのに、恋人とデートなど腑抜けた奴だ。この調子だと、コイツが立ち回りを変えることはないかもしれない。

まぁいい、どうせ私1人いれば優勝できるだろうから、関係ないことだ。

コイツはただの人数合わせとして、認識しておこう。


―――


結局、あの後何も改善されないまま、大会当日となった。

私にとって、今日は初めての大会である。それと同時に、ユラギに初めてオフで会う日でもある。

優勝賞品も楽しみだが、彼がどんな馬鹿面をしているかも非常に楽しみだ。きっと、隣に立っているだけで、私を色男に仕立て上げてくれることだろう。

私はお気に入りの黒いコートを羽織り、会場へ向かった。


―――


私がユラギとの待ち合わせ場所の公園に着き、携帯をいじっていると、突然、爽やかな男から声をかけられた。

「もしかして、デーモンさんですか?」

「あ、あぁ、デーモン・キングだ」

「ユラギです。初めまして、今日はよろしくお願いします」

「よ、よろしく頼む」

私の前に現れたのは、私に負けず劣らずの色男であった。

髪を金に染めて、耳にピアスをしているにも関わらず、清潔感のある爽やかな男で、私の想像するユラギとは正反対の男であった。

「それじゃ、受付に行きましょうか」

「う、うむ。ところでユラギよ。お前はボイスチャットとは随分違う印象を受けるな」

「ははは、よく言われます。デーモンさんも、リアルでは意外と地味な感じなんですね」

「そ、そうか……?」

この前、陽と陰の狭間に位置する存在と自称したものの、私は割と陽寄りの人間なのだが、初対面のユラギにはわからなかったようだ。

まぁ、この男のことなどどうでも良い。私の興味があるのは、この大会で優勝することだけだ。

そう心に誓うと、私とユラギは受付へ向かった。


―――


受付で参加賞のバンダナをもらうと、我々は控え室に連れていかれた。

試合が始まるまで、この控え室で待っていればいいようだ。

しばらく待っていると、天井のモニターが点き、会場の様子が映し出された。

どうやら、大会が始まったらしく、スピーカーから実況の音声が流れてきた。

『さぁ始まりました!「スプラガン・オンライン」全国大会!一体どのチームが優勝を手にするんでしょうか!』

会場はかなり盛り上がっているようだ。

この中で活躍すれば、デーモン・キングの名が広く知れ渡ることだろう。

『ルールは簡単!レッドチームとブルーチームに分かれて戦い、先に相手を全滅させた方の勝利!』

特に大会固有のルールなどはなく、スタンダードなルールで戦うようだ。

『それでは、早速第1試合を始めて行きましょう!まずはレッドチーム!ワインケーキ選手&タイタイ選手!』

実況が名前を読み上げると共に、選手が入場し、用意されていたゲーミングチェアに座った。

『続いてブルーチーム!もっちー選手&チーター選手!』

次の選手も同じように入場し、着席した。

スタッフがコントローラーをチェックし終えたら、すぐに試合が始まるようだ。

『両チーム準備が出来たそうです!それでは、試合開始!』

私は第1試合を集中して観察していた。

なぜなら、私が勝ち上がったとき、戦うことになるかもしれないからだ。

しかし、身構えて観戦したものの、実力差があるようで、試合はすぐに一方的な展開になってしまった。

『あーっと!先にワインケーキ選手がガードを固めた!ブルーチーム、なかなかこの守りを崩すことができない!その間に、背後に回ったタイタイ選手がダブルヘッドショット!何という神業!勝者、レッドチーム!!!』

試合は、すぐにレッドチームが勝利して終わった。

大会はトーナメント形式で行われるため、勝利したチームは実況からインタビューを受けていたが、敗北したチームはトボトボと退場していった。

勝者は賞賛され、敗者は誰にも注目されない。まるで社会の縮図のようである。

それにしても、先ほどのブルーチームの負け方は無様なことこの上ない。

制限時間10分の試合であるにも関わらず、僅か3分で全滅して敗北。相手チームが強かったことを考慮しても、ここまで酷い負け方はそうそうないだろう。

あんな恥を晒したら、私は帰りの駅のホームで飛び込み自殺をするかもしれない。

だがしかし、私は違う。私はあんな負け犬ではない。必ずやこの大会で優勝し、栄光、賞品、恋人、全てを手に入れてみせる。

そうして、決意を固め直した私は、控え室で自分の名前が呼ばれるのを待った。


―――


『さぁどんどん参りましょう!それでは、次の試合の選手の登場です!』

ついに私が戦うときが来た。

入場幕の前で、張り裂けそうな心臓を手で押さえながら、入場の準備をする。

ユラギが「頑張りましょうね」と言っていたが、緊張していたので無視した。

『レッドチーム!ユラギ選手&デーモン・キング選手!』

そう言われると、私は堂々と腕を振りながら、大きな歩幅で入場した。

ユラギは観客席に手を振りながら、軽い足取りで歩いていた。こんな時まで、腑抜けた奴だ。

『ブルーチーム!いるま選手&ナンダモン選手!』

相手チームがどんな強者であろうと勝つ、と決意していた私は、相手の姿を見た瞬間、拍子抜けした。

入場幕から出てきたのは、痩せたメガネ男と身長160cmにも満たないチビであった。

おまけにハンドルネームも、三流が好みそうな変な名前である。

私は、この試合がほぼ消化試合であることを確信した。

「デーモンさん!席について下さい!」

ユラギの声でハッとした私は、急いで用意されていたゲーミングチェアにすわった。

言っておくが、私は相手チームの様子を確認するために敢えて立っていただけで、決して緊張で座ることを忘れていたわけではない。

スタッフがコントローラーの確認を終えると、実況の声が聞こえた。

『両チーム準備が出来たようです!』

この大会は私の人生を賭けたものと言っても過言ではない。絶対に負けることは許されない。

こんな雑魚相手に負けるわけはないだろうと思っていたが、私はこれまでにないほど集中していた。

『それでは、試合開始!』


―――


私の人生を賭けた大会は、3分で終わった。恥を晒すだけの3分であった。

試合開始1分で、私は勇敢に敵に突っ込んだものの、狙いが上手く定まらず、そのまま敵にやられてしまった。

その後、ユラギも敵にやられてしまい、あっけなく全滅した。

退場した私とユラギは、最初の待ち合わせ場所の公園で、呆然と突っ立っていた。

「勝てなかったですね……でも、俺は参加賞が貰えただけで満足ですよ」

ユラギが何か言っていたが、私は敗因を考えることに夢中で聞いていなかった。

一体何がいけなかったのだろうか。そのことを少し考えたら、すぐに答えがわかった。

「私は悪くない」

「……?」

ユラギはぽかんとした顔をしているが、これが結論である。確かに試合を振り返ってみると、私が悪いように思えるかもしれない。

しかし、考えてみてほしい。

もし、ユラギが私の動きに合わせて完璧に動いててくれれば、勝てたに決まっている。

そのことを伝えるため、私はもう一度強めに言った。

「悪いのはお前だ」

「え?」

「お前にもっと実力があれば、あの試合は勝てたに決まっている」

「何を言ってるんですか。esportsに、たらればは禁句ですよ」

「言い訳をするんじゃない」

ユラギはウダウダ文句を言っているが、負け犬の遠吠えに興味はない。何を言おうと、お前が悪いことに変わりはない。

仮にお前がこのゲームで1番の実力者だったら、1人で2人の敵を倒し、私が何もしなくても勝てたはずなのだ。敗因はお前の実力不足以外の何者でもない。

「もっと強いやつと組むべきだった」

「元はと言えば、あなたが1人で突っ込んで、勝手にやられたのが悪いんでしょうが」

「いや、私は悪くない。仮に敵チームの1人とお前を交換して、再試合をしたら、私が勝つに決まっている」

「仮定法を使うなって言ってるでしょう。スポーツマンシップのカケラもありゃしない」

「私は、ただ事実を述べているだけだ」

「調子に乗らないでください。前々から思ってたけど、あんたの精神年齢は中学生と同じくらいですよ。いや、中学生未満かな。あんなダサいハンドルネーム、中学生でも思いつかないでしょうしね」

「お前、喧嘩売ってるのか」

「売ってきたのは、あんたが先でしょ」

その後、不毛な言い争いが続いたが、どうでもいい内容だったのでよく覚えていない。

とにかく、その日で私とユラギのチームは解散した。


―――


翌日、私はいつものように彼女にアプローチをかけるため、公園へ向かった。

昨日の大会で金メダルは取れなかったものの、参加賞のバンダナをもらえたので、代わりにこれを首に巻いて出かけた。

このバンダナに気づけば、きっと彼女は、私に何があったのか、聞いてくるに違いない。

そこで私が、決勝戦でギリギリ負けた体で、大会のことを話せば問題ない。一回戦で負けるのも決勝戦で負けるのも同じようなものだ。

負けてしまったとはいえ、そこまで勝ち上がったことを知れば、彼女は私に惚れることだろう。

しかしその日、いくら待っても彼女は現れなかった。時刻はすでに11時を回っていた。

今日は日曜日なのだが、何か予定が入ったのだろうか。

彼女に会えず、悶々とした私は、勇気を出して夜の歓楽街へ赴いた。


―――


歓楽街に来たものの、私は童貞であるが故に、ただウロウロすることしかできず、性的欲求が高まるばかりであった。

そこら中で売女が客引きをしているが、彼女らについて行くと、貞操を奪われた上、所持金全てを失うことが目に見えているので、聡明な私が釣られるわけがない。

一体何の目的があってここに来たのかわからなくなってきたところで、私は信じられない光景を目撃した。

大きなラブホテルの前に立っている、天使の姿があったのだ。

私は自分の目を疑った。絶対に違うと思いたくて10度見ほどしたが、その天使は間違いなく、私がいつも公園で会っている彼女だった。

しかし、彼女は純真無垢で汚れを知らない乙女であり、絶対盛り場で働くような女ではないはずだ。何かやむを得ない事情があるに違いない。

そう思った私は路地裏から彼女の様子を見守ることにした。

数分後、1人の男が彼女に会いに来た。

きっと奴が悪の権化である。一見、爽やかな色男であるが、心の奥底ではドス黒い欲望が渦巻いているはずだ。

しかし、遠くから確認しただけなのに、何故か私はその男に見覚えがあるような気がした。

そして、彼の顔をよく見ると、全てを思い出した。絶対に忘れることができない顔であった。生涯思い出したくないことまで全て思い出させてくれた。

彼女に会いに来た男は、私を敗北へと陥れた悪魔、ユラギであった。

私は目の前の光景を信じることができなかった。いや、絶対に信じたくなかった。

しかし、今日は日曜日だ。そうすると、ユラギのどうでもいいデート事情と彼女が今日公園に来なかった理由が繋がってしまうのだ。

考えただけで吐き気がすることだが、もしかしたら、今はデートがいい感じになってきていて、ユラギがコンビニで物資を調達し、ホテルでフィナーレを迎えるところではないだろうか。

いやいやいや、絶対に違う。たまたま彼女がここにいて、たまたまユラギがここに来て、たまたま逢瀬を交わしているように見えるだけに決まっている。

そんな私の淡い妄想を、目の前ですぐに打ち壊された。

彼女とユラギはしばらく楽しそうに話した後、接吻をして、2人でホテルに入っていった。

その光景が全てを物語っていた。

私は体中の水分が無くなるほど泣いた。泣き喚いた。そして、意味もなく走り出した。怒り、悲しみ、苦しみ、全ての感情が抑えきれず、泣き叫びながら走った。

何故、何故、何故、彼女は私ではなくユラギを選んだ。あんな卑劣漢のどこに惹かれたのだ。私のいいところに気づかなかったのか。そもそも、私のいいところってなんだ。私にいいところはあったのか。公園で毎日彼女にアプローチをかけている?一言も話さずに何がアプローチだ。私がやっていたのは、ただの変態行動ではないか。プレイ人口500万人のゲームで上位5%に入っている?そんな人間、単純計算で25万人もいるではないか。一回戦負けして当然だ私のバカ。レポートが評価されないのは周りの知能が低いせい?わかりやすく書くのも実力の内だ私のバカ!バカ!バカ!バカ!大会で負けたのはユラギの所為ではなかっただろ!私が素直に彼の意見を受け入れていれば良かっただけだ!何で逆ギレしたんだ!何でも人のせいにするな!私のバカ!バカ!バカ!バカ!バカあああああああああああああああああああああああ!


―――


目の前に残酷な現実を突きつけられ、全てを悟った私は、自宅に戻り、諸悪の根源であるゲームという名の悪魔を片っ端から破壊した。

ゲームが入った大きな棚を蹴り倒し、ゲームディスクを金槌で叩き割り、携帯用ゲーム機を膝で折り曲げ、家庭用ゲーム機をハンマーで叩き壊した。

破壊行為をしても、何も解決しないことはわかっていた。しかし、私はこの悪魔どもを許すことはできなかった。

こんなものがあるから、私の人生は狂ってしまったのだ。もうじき大学四年生になるというのに、就活もせず、勉強もせず、プロゲーマーになるという無謀な夢に身を焦がし続けた。それが何よりもの過ちであった。

あぁ、大学に入学した頃に戻りたい。あの頃、真面目に勉強して、将来のことをしっかり考えていたなら、私の人生はもっとまともなものになっただろう。

そんなことを考えていると、背後から聞き覚えのある間抜けな声が聞こえてきた。

「あらあら、大分後悔してるようですね」

振り返って確認すると、そこには、ギョロッとした目に大きな口の、夢で見たのと全く同じ化け物がいた。

「お前は……」

「お久しぶりです。あなたの無駄なエネルギーから生まれた魔人、ワロターです」

「……これは幻覚か?」

「幻覚などではありません。現実ですよ現実」

「それじゃあ、私を食べにきたのか?」

「とんでもない。自業自得とはいえ、あなたがあまりにも可哀想に見えたので、救いの手を差し伸べに来たんですよ」

「救いの手?」

そして、その化け物は思いもよらない一言を放った。

「大学に入学した時まで、時間を戻してあげましょう」

本当にそんなことが出来るのか疑わしかったが、追い詰められていた私は、藁にもすがる思いで魔人に掴みかかった。

「本当にそんなことができるというのか!?」

「はい、できますよ。。ただし、代償として、あなたが1番大事にしてたものをもらいます」

「そんなものいくらでもくれてやる!戻せるならさっさと時間を戻してくれ!」

「相変わらずせっかちな人ですね。それじゃあ、戻しますよ。本当にいいんですね」

「いいから早くしろ!」

そういうと、魔人は意味不明な呪文を唱え始めた。

「わろろろわろけるわろたくさあ、わろろろわろたあおんおんおん、くさくさくさつのだいそうげん、くさくさくさったくさ……」

彼のふざけた言葉を聞いているうちに、私はどんどん意識が遠のいていき、目の前が真っ暗になった。

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