表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

夢か現か幻か

作者: 美村 羽奏

7月某日明け方、まだ薄暗く普段であれば熟睡している時間だ。


その異変は突然起きた。南向きの窓、掃き出し窓の方からゴソゴソと音がし始めた。何かが動く音だ。アシダカグモのような大きなクモが動いているのかと訝しんでいるとカーテンの動く気配がする。その上、暴れるようなガサゴソと音がした。何かがおかしい。クモならば害がないし、襲ってくることもないので放っておいても良いけれど……。


何となくいつもと様子が違う雰囲気を感じて、ヘッドボードのライトをつけた。するとその途端、何かが飛び出した。黒い物だ。得体のしれないものが飛んでいる。堪らず、手元にあるリモコンでシーリングライトを点けた。すると、それはグルグルと室内を旋回する。始めは大きな蛾が飛んでいるのかと思った。しかしそれにしては大き過ぎる。よく見るとそれは燕ほどの大きさの黒っぽい鳥だった。それは何度も何度も旋回する。その昔、睡眠中にゴキブリの飛来を顔面に受けた衝撃より飛んで向かってくる類のものが怖くなった私には、それは、唯々恐怖以外の何物でもなかった。止めようにも止まらない悲鳴を上げながら、身を庇う方法を必死に考えた。まずは、タオルケットで直接それがぶつかることを避けることにした。手元にタオルケットを手繰り寄せながらも、恐怖による悲鳴は出続ける。そして、それも未だ旋回を続けている。そういえばライトは飛ぶものの方向感覚を狂わせるということを、某放送局の番組でやっていたなと思うが照明を消したら、こちらに突進してくるかもしれないと恐怖に苛まれながらも頭の片隅で冷静に分析している自分がいた。

とはいえ、このままでは恐怖で竦んだ身をどうすることも出来ない。途方に暮れながら、震えながらも黒い鳥を睨みつけていると部屋の出入り口の開け放たれていた、扉の方に去って行った。

途端、強張っていた体から力が抜け、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。鼓動は早く、息は切れている。ドクドクと激しい動悸を感じながら、息を整えるためにフゥーと息を吐く。体の震えが段々と落ち着いてくる。さっきの鳥が戻ってくるかもしれないと入り口の扉を閉めに何とか立ち上がりゆっくりと閉めて、安堵のため息が漏れた。これでとりあえずの安全は確保されたはずだ。

落ち着きを取り戻そうとシーリングライトを落とし、ヘッドボードに身を預けた。何が起こったのだろう、今起こったことが理解しきれず、ただ茫然とし、しばらく動けなかった。


少し冷静さが取り戻せたことを感じ、同じことがまた起こっては堪らないので、掃き出し窓を確かめた。鍵がしっかりとかけられている。防音窓のしっかりと大きな鍵だ。掃き出し窓の上のらんま窓は網戸にしてあるが、隙間はない。両端はしっかりと閉まっている。普段から蚊に刺されると大きく腫れるので注意して、隙間が空いていないか確かめるようにしている。ここも大丈夫だ。では、先ほどの鳥はどこから侵入したのだろう。侵入口が見当たらない。とにかく、窓が開いてはいないことを確かめ幾分落ち着いてきたので、ヘッドボードに寄りかかりながら、恐怖の為に覚醒しきった頭を少しでも沈静化させるために枕元に置いている本を手に取り読み始めた。落ち着くには思考を切り替える本が私には効果がある。活字に没頭できれば、まだ少しは眠れるかもしれない。起きるには早すぎる。


1時間ほど本を読んでも全く眠れそうにない。でもこのまま起きていては、に日中動くことが出来ないので少しでも休みたい。横になって目を閉じることにした。浅い眠りでも休まないよりはましな筈だから。ウトウトと微睡んでぼんやりと目が覚めた。目覚めはいつも良い方ではない。すっきり起きられることはほとんどない。目覚めるには少しずつ手や足をゆっくりと動かして起こしていくしかない。毎日の日課だ。


朝食を摂りながら明け方の鳥の話を家族にした。しかし、その鳥を誰も見ていない。家の中にはいなかった。どこかから外に出たのか、それとも、そんなものはいなかったのか。考えてみても、旋回する鳥に恐怖を覚えたのも、カーテンが動いているのも見たのも私には現実としか思えなかった。夢だというには記憶の中の辻褄が合い過ぎる。しかし、現実というには侵入経路と脱出経路が見つからない。どんなに考えを巡らせても理論的に納得のいく答えが見つからない。段々、自分の記憶に自信が持てなくなってきた。その鳥の姿も、羽の一枚も、現実のものだと示す証拠となるものは残っていない。誰に話してもきっと冗談や作り話としか思われないだろう。しかし、私にとって、この話は現実に起こったことなのだ。どんなに自分の記憶に自信が持てなくなったとしても。




夢か(うつつ)か幻か、それは誰にも分からない。

お読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ