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サロン・ド・メロ  作者: ロッシ
5/15

第五話 サロン・ド・メロ

「いった!いた!いっ!!?ちょっと!もっと優しく、てか、痛すぎるわ!」


「うるっさいなぁーもぉー。優しくもなにも、顔に針刺してんだからどーあっても痛いに決まってんでしょぉ。自宅で傷口縫うとか、まともじゃないって分かってないのぉ?」


 膝の上に乗せた頭を、膝と肘で挟むように押さえつけ、更に体はディアナにしっかりと掴まえて貰いながら、ルチルはヴィッキーのこめかみに針を突き刺す。

その度にヴィッキーの体が小さく震えていた。


「医者には行かない!」


「なんでそんな意固地かなぁー。てか、木に叩かれた。って、なにその理由。マジわけわかめ。」


ルチルは針を引き抜くと糸を切り、薬草を磨り潰した軟膏を丁寧に塗り付け、ガーゼを被せた。


「しょーがないでしょうが。本当なんだから。」


「ぶっ叩く木って、なに?魔物?こんな街中で魔物出たらそりゃ逆に案件なんですけどぉ。むしろ警備隊に言わないと逮捕なんですけどぉ。」


「大丈夫よ。無害な木だから。」


「叩かれてるべ!」


「うるさいわねだべ!」


ルチルの膝から体を起こしながら、ヴィッキーはテーブルの上のグラスに手を伸ばした。


「それよりもよ。」


水を飲み干すと、ヴィッキーは部屋を見渡した。


「なによこれ!?」



納屋であるヴィッキーの部屋はとても広い。

大体、50人くらいが座れるレストラン程度の広さがある、長方形の部屋だった。

その部屋の真ん中にポツンと置かれた4人掛けのソファセットとテーブル。

入り口から見て右手側の部屋の隅に設置された釜戸と水溜め桶はほぼ使われている様子はない。

その近くにある扉を開けると小さなユニットバス。

また更にその隣の梯子を上がったロフトには膨大な数の衣装達がハンガーラックに吊るされてひしめき合っていた。

それ以外の広大なスペースには、無数のトルソーが転々と置かれているだけ。

壁にはいくつもの木の棚が打ち付けられており、そこには裁縫道具だけが綺麗に整頓されてしまわれている。

それがゴミを取り除き終えた後に現れた、ヴィッキーの部屋の全容だった。

およそ人が生活しているとは思えない、異常空間と言えた。


それが今はどうだ?


まず、お勝手のある辺りを境に部屋の半分を大きな燕脂色のカーテンで仕切った。

それから元々のソファとテーブルは奥側に移し、更に一番突き当たりの壁際にベッドを3つ置いた。

それぞれ等間隔に離し、その隙間にもカーテンで仕切りを作って簡単な部屋をこしらえた。

そして手前半分に、裁縫道具やトルソーを集めて、新しい作業机を置いた。

仕事場も居住も入り乱れた混沌とした広い部屋を、生活スペースと仕事スペースとに分けたのだ。


「この左端の白いカーテンがオラの部屋。右の水色がルチルの。そんで黒い真ん中がヴィッキーの部屋だべ。」


ソファに腰掛けたディアナが得意気に説明を買って出た。


「あんだけ勝手に触るなって言ったのに。」


間仕切りのカーテンが開け放たれた部屋を眺めながらぶつくさと文句を言うヴィッキーだったが、その声色からは内容とは違って不満は感じられなかった。


「を?意外とご満悦ぅ?」


「別にそんなんじゃないわよ。」


ヴィッキーの視線はトルソーに向かっていた。

文句を言いつつも怒っていない理由がそれだった。


このトルソー。

全てが何かしらの服を纏っているのだが、その全てが製作途中の作りかけだ。

しかし、この服達が完成を迎えることは永遠にない。




ふたりが掃除をしている時だった。


「これ、きっと、ヴィッキーの練習用の服だべ。すっげぇなぁー。とっても綺麗だべ。こんな繊細な仕事、オラにはできないべ。」


そう言ったディアナが、トルソーを並べ直した。

まるで順番があるかのように、知っているかのように、綺麗に並べていく。


「えー?なぁに?なんか法則でもあんのぉ?」


「ヴィッキーが練習したい素材や部位ごとに並べてあげた方がやり易いかなぁ?と思って。」


「・・・・へぇー。」


その気遣いにルチルが心中で舌を巻いたのは言うまでもない。




(悔しいくらいね。)


ヴィッキーは静かにトルソーの群れを眺めるだけだった。


「あの、ごめんなさいです。だべ。」


その雰囲気に、ディアナが気まずそうな声を絞り出した。


「・・・・・逆よ。ありがとう。」


「え?」


「あんた、敬語やめなさいよ。」


「え?」


「あたし達はもう仕事仲間よ。しかも対等のね。敬語はやめなさい。そこのデカ女みたいにテキトーに話して。」


「縫合して下さった恩人様に申し上げる言いぐさとは思えませんねぇー。」


ヴィッキーはグラスを置くとソファから立ち上がった。


「どこ行くのぉ?」


「お腹が減ったのよ。朝だって食べてないし。お昼を作るわ。」


「え!?」

「え!?」


「なによ。こんな傷なんて大した事ないわ。料理くらい作れるわよ。」


「いや、そーじゃなくて、」

「ヴィッキー、料理なんかできるだか?」


「そっち!?失礼ね。これでも独り暮らし歴は長いのよ。」


「マジでぇー。すんげぇ不安しかないんですけどぉー。」


「じゃあ聞くけど、あんた達は料理できんの?」


「まぁねぇ。酒場やってるし。」


「へぇ、そうなんだ。どこで?」


「水の都。」


「んじゃ腕は確かでしょうね。ディアナは?」


「オラは・・・お母さんの手伝い程度で・・・。」


「あそ。じゃあまともに食事作れるのは今のところふたりってわけね。あんたも覚えなさいよ。毎日持ち回りで家事は分担するわよ。」


「っえ!?オラも作らないとダメだか?」


「当たり前でしょ。働かざる者食うべからず。全員が仕事するんだから当然、家事だって全員でやるの。」


「うーん、オラ、頑張るべぇー。」


「はいその意気。掃除と洗濯と炊事は毎日交代でやってくから。」


「なぁんかさぁー、一番やってなさそうだった人に言われるとウケるんですけどぉー。」


「共同生活すんのよ?最低限のルールは作らないとね。あとはそうね、お互いのカーテンの中には無断で入らないとか?」


「疑問形な時点でそのルール必要ぉ?」


「プライバシーよ。あ、あと、これ重要ね。」


「おならする時は先に言う!だべか?」


「責任持って全部吸い込むことも付け加えてやろうか?そうじゃなくて、今後は男を連れ込むのは禁止。でも本気の相手ができた時は必ず皆に教えること。いいわね?」


「えー?それこそ必要ぉー?」


「ええ。ってかね、そういうのって仕事に出るのよ。あたしの経験上ね。そっから読み取ってあげてもいいんだけど、やっぱ口で言って欲しいじゃない?」


「オ、オラ、頑張るべ!」


「ぶはは!そうね!あんたは一番頑張りなさい!それに、あんたが一番そーゆーの出るから。あんたの仕事、って言うか、あんたの才能ってそういうところが直結するものだから。」


「ををー。なぁんか先輩って感じぃー。」


「あんたはさっきから茶化してばっかね。逆に一番心配なのはあんたなんだから本気で気を付けなさいよ?」


「平気だってぇー。」


「いや、マジで。あんたみたいな緩そうな奴はマジで狙われるかんね。」


「そん時はヴィッキーが潰してくれんでしょぉー?」


「なんであたしが守んなきゃなんないのよ。自分で潰しなさいよ。」


「でへへー。」


話しながらお勝手に移動すると、ヴィッキーは壁際の前の小さな食料貯蔵庫を開け、中を覗き込んだ。


「なんも入ってないべ。」


「よく見なさいよ。ちゃんと入ってるでしょ。」


「もやしとチーズだけだべ。」


「こんだけありゃ十分よ。」


ヴィッキーは貯蔵庫からそれらを取り出すと、ディアナに手渡した。


「桶に水張って、それ、洗って。ルチルはチーズを削っといて。グレーターがその辺の棚に置いてあるはずだから。」


それから立ち上がると、調味料の並んだ棚を漁り始めた。


「コショウと塩と、あとこの辺のスパイスかけとけば美味しくなんでしょ?」


「すんげー雑なんですけどぉー。」


「ちゃんとしたソース作って絡めたらもっと美味しいと思うけど、材料も無いしね。」


ディアナが水桶の中でもやしを洗い、ルチルがチーズを削っている脇で、ヴィッキーは釜戸に火を入れる。

なるほど。

口だけではなく、きちんとした手付きだ。

事情さえ無ければ家事を行っていると言うのは嘘ではないらしい。

すっかり火が成長しきった釜戸の上にフライパンを乗せると、今度は棚から取り出したオリーブオイルを垂らす。


「ふぇー。それ、油だか?すげぇー。お金持ちみたいだべ。」


「一応これでも世界一のメゾンのチーフパタンナーよ?それなりに貰ってたわよ。」


「ふぇー。ふぇー。」


「変な声出してないでそのもやし、入れてよ。熱いから気を付けるのよ。火傷しないよーにね。」


「あ。はいだべ。」


なんとも言えない心地よい音が耳を刺激し、それと同時に実に芳ばしい香りが立ち登ってくる。


「ルチル。コショウとスパイス振ってよ。」


しんなりとしたもやしにミルから削り出したコショウを振り、嗅ぎ慣れない香りのするスパイスをかけると、あら不思議。

途端に3人のお腹の虫が騒ぎ始めた。


「んで、ここにチーズを振りかけてー、もやしの水分と絡めてあげて、とろみが出たら、はい出来上がりー。どれどれ。あら、良い味出してんじゃない。絶妙なスパイス加減ね。」


ルチルの用意した大きめの皿に、もやしのチーズ炒めを盛り付ける。


「ただのもやしなのに、なんかめっちゃ美味しそうだねぇ。」


「でしょ?見直した?あんたの味付けが効いてるから普通に美味しいわよ。」


「うん。見直したぁー。」


「そっちの戸棚に昨日の朝買ったパンがあるから、ちょっと火で炙ってよ。ディアナはこのもやしをテーブルに運んで、フォークと受け皿用意しといて。あたしは新しい水汲んでくるから。」


「はーい。」

「はーい。」


面白い。

ルチルは思っていた。

気が強いだけじゃない。

統率力、指導力、気配り、自信、どれも優れている。

リーダーとしての資質は十分。


(これなら私はボケ役に徹せられるねぇ。)


戸棚のパンを軽く釜戸で炙り柔らかくなったところを、ギザギザとしたナイフで輪切りにしていった。



 テーブルに並んだのは、もやしのチーズ炒めとパンと水のみ。

しかし、それはとても豪華なご馳走に見えた。

空腹がそうさせたのだろうか?

きっとそうじゃない。

そうじゃなくて、初めて3人でテーブルを囲むこの、今と言う時間がそう見せたのだろう。

誰かがそう口にすることはなかった。

けど、誰もがそう思っていたに違いない。


「いっただっきまぁーっす!」


ディアナが受け皿に取ったもやしを口に運ぶ。


「うんまぁーい!」


口に入れて2秒。

頬を押さえながら声を上げた。


「どれどれぇー?」


ルチルもフォークですくったもやしを食し、


「わぁー、本当だぁー。見た目だけじゃなくてめっちゃ美味しいぃー。」


表情を華やかせた。

ふたりの顔を満足げに見比べ、ヴィッキーももやしを取ると、輪切りのパンに乗せて口に運んだ。


「わぁ!それ旨そうだぁー!」


「美味しいわよ?」


「私も真似しちゃおーっと。」


元々それほど多くもなかったご馳走は、あっという間に3人の胃袋に収められ、残されたのは空になった皿だけだった。



「そう言えばさ、まだ聞いてなかったわね。あんた達ってどっから来たの?ルチルは水の都って言ってたわよね。あんたも?」


 口の端についたチーズを拭いながら、ヴィッキーが問い掛けた。


「うんにゃ。オラは密林の国だべ。」


「え?いつ出てきたの?」


「えっと、半年ちょっと前だべ。」


「マジ?」


「はいだべ。」


「そう。そうなの。そうなのね。だって、半年前って言ったら、あんた。」


「トマシュ国王がご即位なさってから、オラの故郷は少し変わってしまったべな・・・。」


「家族は?一緒に出てきたのよね?」


「うんにゃ。オラひとりだべ。そん時はオラよく分からねかったんだけど、お父さんは、前の国王様が崩御なさった頃、オラに夢を叶えてこいって、そう言って送り出してくれたんだべ。始めは、オラもウキウキしてたんだけど、それからこっちで新聞とかで国が変わったって読んで、それで、それで、オラ・・・・。」


「ねぇ、あんたのお父さんって・・。」


「・・・オラのお父さんとお母さんは、貴族だべ。」


「そう。だからなのね。時流が読めてたから、あんたを・・・・。」


世界三大大国のひとつである密林の国は国王の交代を機に圧政を敷くように変わった。

貴族や富豪は財産を没収され、国王以外の全ての民は平民となり、高い税を課された。

すなわち、ディアナの両親も今はただの平民。

ディアナはそれを新聞で知ったのだ。

そしてこの国で起こる悲劇。

それはまた別の話。


「・・・オラ全然知らなかったべ。オラ、始めはただ単に、ヴィッキーに会って、オラのお洋服を作って貰いたかっただけで、それを皆に着て貰いたかっただけだったけど、けど、オラ、オラ・・・・。」


「いいわ。言って。」


「オラ!オラの夢を叶えて、皆にお洒落して貰って、そんでもって、お父さんとお母さんとこの街で一緒に暮らしたいんだべ!」


「そうよね。そうよ。いいわ。やりましょ。必ず、お父さんとお母さん、来て貰うわよ。」


「はいだべ。」


ヴィッキーがテーブルの上の食器を片付け始めた。


「さぁ、仕事の話よ。」


3人で食器を水桶に入れると、部屋の前方部。

作業机を囲んだ。





「まずは、そうね。これからの起業計画と、その前に話さないとならないのは、資本のことね。」


四角いテーブルの三方に3人が腰を下ろすと、ヴィッキーが口を開いた。


「気になるのは、この調度品、誰のお金で買ったの?」


指差したのは3人が囲む、裁断用の大きな机。

そして背後のカーテン。

無論、そこには奥のベッドも含まれているだろう。


「私ぃー。」


「でしょうね。いくらかかったのよ?」


「ん?んーと、このくらい。」


笑いながらルチルが指を立てた。


「その顔を見る限りその倍ってところかしらね。」


「ありゃー。」


にべもなく言い切ったヴィッキーの言葉に、ルチルの笑みは更に膨れ上がった。


「この調度品からして、これはあたし達3人の備品って扱いになるわ。んで、それを個人の財布から負担するのは無し。これは分かるわね?」


「うん。」

「はいだべ。」


「んでね、資本をどうするって、出し合うならあたし達3人がきっちり等分して出すのが筋なわけよ。だから、この調度品のお金もちゃんと折半しないとダメ。」


「だけど、オラ、お金無いべ。」


「それは分かってるわ。だからね、必要経費がいくらなのか計算すべきなのよ。それには起業計画が必要になるから、次はそこね。」


「おっけぇー。」

「はいだべ。」


「じゃ、いくわよ。」


言いながら、机の上に一冊のノートを広げた。


「まずは形態からね。それはもちろん、店で販売する。でいいわね?」


「はいだべ。」


「次は、誰に何を売るか、ね。」


「えっと、色々な歳の人に、色々なお洋服を着て貰いたいべ。」


「てことは、紳士、婦人、子供服でいいわね?」


「はいだべ。」


「そうすると、かなりの坪数が必要になるわね。特に老若男女ってなると、年代毎に売り場も分けないといけないから、一般的な店舗を年代数だけ足してくイメージよ。」


「んー。そんな広い賃貸物件、あるぅー?」


「街中は難しいわね。郊外か、街の外ね。」


「え、そうなんだべか?」


「そうね。ちょっと現実味は薄いわね。」


「なら、まずは婦人服だけでいいですだべ。」


「始めはその方が妥当だと思うわ。軌道に乗ってから広げる方向でどう?」


「分かったべ!」


「で、次はコレクションのスパンね。」


「それはもちろん春夏秋冬だべ。」


「そうよね。てことはおよそ3ヶ月計画よね。じゃ3ヶ月でいったい何着販売するのか、価格帯をいくらくらいで考えるのか。それによって初期作成する服の数が変わるわ。」


「えっと、えっと。えっと。」


「まぁそうよね。難しいわよね。あんたのイメージでは、少し節約したら買えるくらいの価格帯だったわね。この街の平均的な年収は大体30000Gから50000Gだったはずよ。月収で言えば2500Gから4000G程度ね。生活費として例えばその7割使うとして、まぁ1000G、多くて1500G程度が貯蓄や娯楽費に回るとしましょう。となると仮によ、1000Gのうち、嗜好品としての衣服に使うお金はどのくらいかしら?」


「うーん。うーん。500Gくらいだべか?」


「いいえ。多分150Gくらいでしょうね。」


「そんな少ないべか!?」


「恐らくね。そこまで余裕は無いはずよ。」


「ってことはぁ、気楽に買えるお値段ってなると、1着あたり50から200Gくらいかなぁ?」


「でしょうね。少し奮発して、最大でそのくらいでしょうね。」


「はぁー。そうなんだべなぁ。」


「んで、ここからが重要よ。例えば平均100Gの服が3ヶ月で何着売れるか。それを読んで数を決めて発注を掛けるの。できれば過剰な在庫は持ちたくないわ。限りなく売り切れに近付け、尚且つ次のコレクションまでに店舗が空にならない程度の数。」


「え?え?え?ヴィッキーが作るんでないべか?」


「あんたね、いくらあたしでも薄利多売のプレタポルタをひとりで何百着も作れるわけないでしょう!馬車馬か!?あたしは!」


「でも、ヴィッキーに作って貰いたいべ。」


「現実見なさい!あたしができるのはサンプル作成と、工房の監督まで。ちょっと話を戻すわよ!

その目測を立てて初期商品を準備しないといけないわ。そして、3ヶ月後に新コレクションを出すのならば、まさかたった3ヶ月で準備するわけにはいかないから、最低でも次のコレクションまでは商品を準備しておくべきね。そしてオープンと同時にふたつ先のコレクションの準備もしながら営業する。」


「え?え?え?」


「で、ここで考えなくてはならないのが、1着あたり一体いくらの利益を上げるか。ね。」


「一般的なお洋服の原価率はぁー?」


「プレタポルタなら30%ってところね。だから、今の想定なら1枚あたり15から60Gが原価になるわ。」


「なるほどねぇ。じゃあ分かりやすく具体的に数字を当てはめるとぉ、1日10枚、それが単純に30日間として、月に300枚売れるとしまぁす。そんで、1枚あたり平均70Gが利益になるとして月間で21000Gが粗利になりますねぇ。」


「わぉ!すげぇべ!」


「まぁ待ちなさいよ。これは粗利よ?ってことは、ここから家賃や諸経費、人件費を差し引くの。」


「ざっくりとお家賃が2000G、諸経費で1000G、私達3人の取り分を仮に2000Gとして、この時点で10000Gが出てくからぁ、残りは12000Gですねぇ。」


「は、半分になってまった・・・。」


「じゃ、次の月の300着を作るのにいくら掛かる?」


「平均原価で30Gとして、9000G掛かるねぇ。」


「てことは、残るのは3000Gよ。」


「え!?」


「そうよ。え!?よ。しかも売上ぴったりの在庫量で計算してるから、実際はもっと掛かる。なんなら赤字よ。」


「じゃあ今度はぁ、単純にその2倍。月に600着売れれば粗利は42000G。諸経費は変わらずだから残り32000G。次の原価が18000Gだから、残りは14000Gでぇす。」


「そのくらいまで行ければギリギリ黒字ね。」


「ひゃあー、600着!?」


「言っとくけど、かなぁりざっくりした計算だからね。仮の数字を当てはめてるし、正確で現実的な数字じゃないわよ。でもね、分かる?プレタポルタで利益を出すのってそれだけ大変なのよ。」


「はぁー。」


「最低でも半年先の在庫を用意して、店舗を理想の店として構えられるように改装して、初めてオープン。すぐに利益を出せる保証がないから、少なくとも1年くらいは家賃と諸経費を賄えるくらいの体力も必要だわ。となると、初期費用は?」


「んじゃあこっからはマジで計算するかんねぇー。」


「お願い。一応これがあたしの目算で出した販売計画よ。」


ヴィッキーがノートに何やらメモを書き、ルチルがそれに目を落とす。


「おっけぇー。」


言うや否や、ルチルはノートに計算を書き始めた。

早い。

ひたすら早く、ほぼ暗算で数字を紡ぎあげていく。

ものの数分でのことだった。

ルチルが大きな数字をノートに書き記した。


「はいっ。つーわけでぇ、初期費用のお見積りは150000Gでぇーっす。」


「ひゃぁー!?」


その金額を目にしたディアナは悲鳴を上げた。


「そ、そんな大金が必要なんだべか!?それを3人で折半って50000Gだべか!?オラ、オラ、無理だべ!」


「私はいけるよぉー。」


「あたしも。」


「ひゃぁー!!終わりだぁー!!オラの夢は終わりだぁー!!」


真顔で言い放つふたりを前に、ディアナは机に突っ伏した。


「まぁ待ちなさいよ。流石にあんたがそれをポンって出せるとは思ってないわ。」


「え?」


目にいっぱいの涙を溜め、ディアナは顔を上げた。


「まずは初期費用を稼ぐのよ。しかも短期間でね。」


「を?なになに?どんな方法ぉ?男に貢がせるぅ?」


「できなくもないけどね!仕事する時間削ればね!いい?あたしは誰よ?」


「ヴィッキーだべ。」


「そうよ。んで、ディアナ。あんたの特技は?」


「え?鼻にベロを付けることだべか?」


「違ぇーわ!そんなん初耳だわ!そうじゃなくて!あんたの特技はデザインでしょ!?」


「いや、特技と言うか、なんと言うか分からないべが・・・・。」


「自慢じゃないけどあたしは今朝までセンデロスのチーフパタンナーだった人間よ。もちろん、顧客はセンデロスの服を欲しがるから注文してくる。」


「それは・・・・そうだべ。でも、ヴィッキーが作るからセンデロスはセンデロスなんだべ!」


「そう思ってくれる人は、実はあんただけじゃないってことよ。」


「どういうことだべ?」


「あたしの仕立てた服であればデザインは何でもいいって言ってくれる顧客、何人かは心当たりがある。そういう人に、あんたがデザインしてあたしが仕立てた服を買って貰うのよ。あたしが仕立てた時点で50000は固いわ。あんたのデザインが気に入られれば上乗せも見込めるし、こっから先の付き合いも期待できる。」


「おー。なぁるほどねぇー♪お金持ちからふんだくるってことだねぇー♪でもさぁ、それってセンデロスの顧客でしょぉー?手ぇ出して揉めない?」


「ま、言い方悪いけど、そういうことね。そこの辺りは平気よ。スカーレットと話しはついてるから。」


「いやだべ!オラ、そーゆーのいやだべ!オートクチュールは作らないべ!」


「いい?ディアナ。さっきも説明したけど、50000Gってこの街の人達が一年中、一生懸命に働いて初めて手にできる額よ。しかも、一銭も使わずにして。普通に生活しながら貯めるとして何年かかるか分かる?」


「でも、でも、でも!」


「そう、あんたのポリシーなのね。なら無理強いはできないわね。他の方法を考えましょう。」


「うん、うん!」


「ただね、これだけは言っておくわ。」


「なんだべ?」


「オートクチュールを着るのも、人よ。」



ディアナに理由は無い。

なぜ、オートクチュールを嫌い、プレタポルタに拘るのか。

そこに明確な理由は無い。

彼女の生い立ちに関係があるのだろうか?

否、むしろ彼女は貴族の出自。

彼女の両親はオートクチュールの顧客のひとりでもある。

それは一重に、彼女が持って生まれてきた性格に由来する以外の何物でもない。

彼女の根底にあるのは、優しさ。

何故、金持ちとそうでない人達がいるのか。

何故、人は平等ではないのか。

彼女は幼い頃からその疑問を胸に生きてきた。

だからこそ、誰もが平等に好きなものを好きな時に好きな場所で着られる世界を望む。

そこに崇高で大いなる野心は、無い。

確固たる意志も、無い。

漠然と望んだ世界。

だからこそ、その意志が揺らがぬよう、崩れ落ちぬよう、自らで武装するのだ。

凝り固まった、己の考えのみで。



「ひと?」


「そうよ。人よ。生きている、人。

考えてもみて。私の仕立てだから好きって言ってくれる人がいるのよ。それって、」


「オラと同じだべ。」


「そんな人達が、あなたのデザインした洋服を着て、どんな顔をすると思う?」


「きっと、きっと喜んでくれる、と思う・・・・。」


「私もそう思うわ。ねぇ、ディアナ。誰かを喜ばす為に、喜んでくれた人の力を貸してもらうのって、悪いことなのかしら?」


「でへへ。私の言い方が悪かったねぇ。ごめんねぇ。」


「ううん。オラが、ちょっとその、頭固すぎたべ。」


「いいの。逆に、説得しちゃったみたいでごめん。」


「ふたりとも。ありがとだべ。」


「ねぇ、ルチル。ひょっとしてあんた、お金周りなもんが得意だったりするの?」


「んー、まぁ、ボチボチかなぁー。酒場もやってるしぃー。」


「そうよね。ね、ディアナ。あたし達は正直、そのへんの経営的なものまで手を回すのは難しいわ。ルチルに任せていいわよね?」


「はいだべ!ルチルになら全部任せられるべ!」


「全部って、あんたねぇ。

だ、そうよ。ルチル、あんた持ち逃げとかやめてね。」


「そー言われるとやりたくなっちゃうじゃぁーん。」


「じゃあどんどんやんなさい。」


「どぅへへ!おっけぇー、んじゃ真面目に頑張りまぁーっす。」


「お願いね。頼りにしてるわ。」


「んじゃーさ、最後に、あれ、決めますかぁー?」


「そうね。」


「え?なんだべ?」


「決まってるわ。」

「私達のブランドの名前だよぉー。」


ふたりがディアナの顔を見た。

ディアナの顔が輝くのが分かった。


「それならもう決めてるべ。」


「聞かせてちょうだい。」


「サロン・ド・ルヴデ!」


「えー?メゾンじゃないんー?」


「そーだべ。オラ、オラ達のお店に皆が集まって楽しくお話しするような、そんな場所にしたいんだべ。」


「なるほどね。」


「あとね、オラ達のお洋服がいっぱいお店に並ぶだべ?んだからね、色んなお洋服を見て楽しんで貰うって意味も込めて!」


「【社交場】と【展覧会】の両方の意味を持つ【サロン】ってことね。いいじゃない。」


「んじゃールヴデの方は?」


「ルチルと、ヴィッキーと、ディアナの頭文字だぁ!」


「はい、却下。」


「っえー!!??」


「あんたね、それじゃ誰のブランドなのか分からないじゃない。」


「いいんだべ!皆のブランドだべ!オラひとりの力じゃ立ち上げられないべ!」


「ダメよ。名前は、【サロン・ド・メロ】。これ以外は認めないわ。」


「なんでだべ!?」


「そりゃあさぁ、ディアナぁ。ルヴデじゃーさぁ、分からないでしょぉ?ディアナのパパとママが、ディアナの作ったブランドだって、分からないでしょぉ?」


「っえ?」


「あんたのお父さんとお母さんに、あんたが立派に夢を叶えたって、教えてあげないとね。例えどんなに離れていたとしても。」


「・・・・・ふ、ふ、ふ、ふたりともぉー・・・・。」


「なによ。あんた泣いてんの?」


「泣いてないべぇー、泣いて、泣いて、泣いてなんかないべぇー!!うええぇぇーん!!」


ディアナは勢いよく立ち上がると、ルチルとヴィッキーの間に回り込み、ふたりをギュッと抱きしめた。

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、笑顔でふたりをギュッと強く、強く抱きしめた。

ルチルはディアナの背を擦り、ヴィッキーはディアナの鼻にハンカチをあてがう。

ふたりもディアナを抱きしめた。


3人の旅の始まりだった。




つづく。

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