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サロン・ド・メロ  作者: ロッシ
11/15

第八話 月の恋②

それから3日が経った。

慣れない雨に打たれたから、理由はそれだけではないが、とにかくヴィッキーは高熱を出し、ずっと寝込んだままだった。

幸いにも、次々回のコレクションのサンプルは既にできあがっており、今行っているのはまた更にその先のコレクションの準備。

ようやくディアナがデザインを仕上げ終え、ヴィッキーが徐々にパターンを起こし始める。そんなタイミングだった。


「余裕があるのはいいけど、手持ち無沙汰だべなぁ。」


言葉通りだった。

ヴィッキーの世話はもちろん忙しいが、眠っている間は特にやることもない。

ディアナもルチルも交代で看病を行い、交代で仕事をするのだが、逆に仕事が少ない状況が彼女にそう思わせていた。

それが特に強いのがディアナだ。

彼女の場合、単純にデザインを描き殴ればいいというわけではない。

今のこの状況下にあり、彼女の世界は広がることはないのだ。

描こうと思っても描けない。

こんな時は放っておくに限る。

それを自覚しているからこその、ディアナの言葉だった。


「そうだねぇ。」


ソファに腰掛けるディアナの側で黒いレザージャケットを羽織りながら、ルチルは気のない返事をするだけだった。

ディアナと違い、ルチルにはやることは山程ある。

それはふたりの立場の違いがそうさせるものであり、ディアナの言葉を否定する理由にはならない。


「ごめんなさいだべ。」


とは言え、ルチルの語気に自らの失言を自覚したディアナは素直に謝った。


「いいんだよぉ。ディアナだってお店に出てくれてるじゃん。」


「もっと色々なことでお手伝いしたいべ。」


「しゃーないよぉー。たまには休憩だと思って、なんも考えずにいなって。」


「・・・・うん。」


「さて、んじゃー私は、ちょっとギルドに行ってくるからねぇ。」


「仕立て屋ギルドだべか?」


「ううん。狩人ギルド。次の秋冬のデザインは革が多いから、ちょっと革をストックしないといかんと思いましてぇ。」


「舞台衣裳の時も思ったんだべが、そんなギルドともパイプがあるなんて、ルチルってすごいだべなぁ。」


「んー。そっちはそっちでお小遣い稼ぎに役立つんだよねぇー。実際私がやってる酒場ってさ、勇者マッチングって特殊な役割のものだからさぁ、基本的な収益ってほぼ無いんだよねぇ。一応は公的機関扱いなんで運営費は提供してもらえるけど、それ以上の資金ってなると個人的に調達しないといけないからさぁ。」


「そう言えば、お店の方は大丈夫なんだべか?」


言われてみればそうだ。

この街に渡ってから数ヶ月。

その間、ルチルは1度も水の都に帰っていないのだ。


「大丈夫じゃーん?どーせあってもなくても変わらないような店だし。どぅへへ。」


「笑うところだか?まぁ、ルチルが良いなら良いんだべが。」


「ま、その内は帰らないとねぇー。」


ジャケットの裾をピンと伸ばし、ルチルが出口に向かって歩き始めた。

ソファの上からディアナはその背中を見送った。

いつも思う。

美しい歩き姿だった。




「これと、これと、この魔物を3体ずつ狩ってきて下さぁーい。報酬は1体当たり、1000Gでぇーっす。」


狩人のギルドも街の中心にあるギルド本部内一角に居を構えているが、他の市場のようなギルドと違ってとても小さな部屋だ。

それもそのはずで、狩人達は基本的には狩りに出ている。

このギルドは、狩人と依頼主の窓口でしかない、ただの事務所といった立ち位置でしかないのだ。

向かって右側の棟。

1階の奥に向かってルチルは歩いた。

廊下の最果てにある小さな入り口を潜ると、数名が座れる程度のカウンターがあり、その奥には職員の机が並べられた事務スペース。

壁の本棚には無数の帳簿が並べられているだけの、小さな不動産屋と言われたら納得してしまうような、非常に味気ない景観だ。


「また難易度の高い依頼だこと。」


依頼書に目を落としながら、受付の女が呟いた。


「そぉ?」


「A級の仕事よ。これがこなせる狩人はちょっと出払ってるの。少しお時間もらっても?」


「急ぎじゃないからいいよぉー。」


「ねぇ、少し聞いてもいい?」


その日の狩人のギルドは閑古鳥が鳴いており、依頼者の姿はルチル以外に見当たらなかった。


「なにをー?」


「さっきも同じ魔物を狩る依頼を受けたのよ。この魔物を狩ってどうするの?」


大概の場合、魔物退治の依頼は治安維持であったり、獣害対策として行われるのが一般的だ。

故に一度きりの依頼がほとんど。

ルチルのように頻繁に依頼をしてくる客はほぼ皆無と言っていいし、よほどの理由がないのなら何度も依頼をすることはない。


「だから出払ってるのかぁー。それは企業秘密でぇす。」


「いや別に、何かあるならおこぼれに預かろうとか、それを真似しようとか、変な意図はないのよ。ただ単に気になっただけで。多分ね、さっきの依頼者はどこかのメゾンの人なのよ。」


「守秘義務とかないのぉー?」


「あるけど、あなたはお得意様だし、いい人だから別にいいかな?と思って。」


「どぅへへ。いつの間にやら気に入られてた?メゾンってどこのぉー?」


「私がそう思っただけで、本当にそうなのかは分からないわ。教えてくれないし。でもあなたもメゾンの人でしょ?」


「んー、中々の審美眼ですねぇ。なら隠すだけ無駄かぁ。その通りでぇす。私は魔物を狩ってもらって、そっから洋服の素材を採取してるんでぇす。」


「やっぱり。じゃあさっきの人も同じかもね。面白いわね。あなた以外にそんなこと考える人がいるなんて。」


「ふぅーん、そっか。教えてくれないメゾンってことはメンフィスかなぁ?」


「でしょうね。あなたは教えてくれるところ?」


「うちはサロン・ド・メロ。今度お買い物来てねぇ。」


「あはは!あなたって面白い!」


「えー?」


「このカーディガン、お宅のよ。」


「どぅへへ!マジかぁー!ごめん!」




 ギルドを出ると、真っ直ぐに家を目指した。

店に寄ろうかだとか、工房を見ようかだとか、それなりには考えたが、やはり心配なのはヴィッキーだった。

足は迷うことなく家路についていた。

気が付けば足早に家に戻ると、作業机に腰掛けていたのは見知った顔だった。


「あ、お邪魔してまぁーっす。」


明るい黄緑色の髪。

丸くて大きな目に尖った鼻。

細く美しい肢体をショッキングピンクの大きなパーカーと黒い革のスカートと赤と黒のボーダー柄のタイツで包んだ、奇抜な女。


「を、ミサミサじゃん。久しぶりー。」


ディアナと向かい合わせに座るミサミサに手を振りながら、ルチルはふたりに近付いていった。


「お店でヴィッキーが病気だって聞いてさ。」


「これ、お見舞いにフルーツもらったべ。」


「わおー。高級メローン。ありがとねー。」


机の上に置かれた大きなメロンを撫でながら、ルチルもディアナの隣に腰を落ち着けた。

それを見送ったミサミサが、待ちわびていたように口を開いた。


「あのね、お見舞いもそうなんだけど、皆に聞いて欲しい話があってさ。」


「どしたー?」


「あのね、うちの一座ってね、この街では一番大きな劇団なのね。」


「うん。」


「でもね、他の街にも大きな劇団はあるでしょ?」


「うん。」


「水の都にも、あるでしょ?」


「あるねぇ。そこそこ大きなの。ミサミサのとことは比べ物にならんけどねぇ。」


「と、思ってたの。うちってね、一応は他の街にも出張公演とかもしたりするのよ。例えば、孤島の国とかは芝居熱が高い国だから、割りと行くの。」


「うん。」


「でね、やっぱり大きな収入源になったりするわけ。」


「うん。」


「で、孤島の国だと御前公演に選ばれたりすれば大きな収入になるから、うちとしては何としても毎回やりたいとこなのよ。」


「うん。」


「でもね、この間、その孤島の国の御前公演を、水の都の劇団に獲られちゃったの。」


「ありゃ、そりゃー残念だねぇ。」


「なんでだと思う?」


「んー。看板女優の頭が変な色だから?」


「それも一理ある。って、舞台ではカツラ被ってるから!違う!その劇団の舞台衣裳がね、なんとね・・・。」


「スカーレット・デ・センデロスらしいんだべ。」


「へぇー。」


「へぇー。じゃないの!センデロス、うちの舞台衣裳を断って、そっちの衣裳を受けてたらしいの。それで、それが話題になって、孤島の国で御前公演をやるに至ったらしいの。」


次第に熱を帯び、ミサミサは身を乗り出して話すようになっていた。


「ふぅーん。まぁ、センデロスとうちとじゃ、まだ知名度は雲泥の差だもんねぇ。しゃーないよ。そのうち抜くけどぉー。」


しかし、そんなミサミサとはまるで対照的に、ルチルは椅子を傾かせ、グラグラと遊びながらそれを聞いていた。


「んで、本題はここからなんだべ。」


「ん?本題?」


「そう。それでね、水の都の国王様がそれを聞いて、お妃様の式典用のドレスを、この街のメゾンに依頼することに決めたらしいの。」


「あー、そういやぁもうじき建国記念日だったっけぇ。」


「そう。その式典のドレス。」


「うちの国、地味に貧乏だからなぁ。お妃様のドレスったって多分昔からのお下がりを少しいじってるだけで、オートクチュールなんて手が出せないっしょぉー。」


ルチルが笑った。


「そういう話はたまに聞くよね。でもね、そこを押し通すくらい気に入ったってことらしいの。」


「で、センデロスがやるのぉ?高くて無理なんじゃん?」


「それが違うの。なんとね、色々なメゾンから公募するらしいの!」


「公募?」


「そう!公募!コンテストやるってこと!」


「ふぅーん。そっか、そっかぁ。」


ルチルが椅子を元の位置に戻した。


「話が見えてきたって顔だね。」


「なるほどねぇ。んで、ミサミサは、センデロスを見返すために、そのコンテストにうちも応募したら?って言いたいんだ?」


「そのとーり!!地元の劇団であるうちの話を蹴って他の劇団の衣裳を手掛けて、尚且つそのせいでうちは御前公演も獲られて。うちはプライドも収入もズタボロ!」


「半分は自分のせいですけどねぇー。」


「違うの!うちが皆に衣裳を作ってもらった後に、センデロスはあっちを引き受けたの!きっと、うちの衣裳を見て羨ましかったんだよ!」


「そもそもセンデロスは応募してるんだべか?」


まずはそこだ。

ミサミサの意図からすれば、センデロスが出ていなくては何の意味もないコンテストなのだ。


「それは、知らないけど。」


通常であれば総ツッコミを受けるようなミサミサのとぼけた返答。

しかし、この時は違った。

ルチルが口を開いた。


「いや。多分出るねぇ。出るよ。出ると思うなぁ。」


先程、狩人のギルドで聞いた依頼者の情報が、ルチルの頭をよぎった。

ルチルの依頼した魔物のうちの1種。

最上級の天蚕と同等、いやそれ以上の絹糸を吐く、蝶の魔物の幼体。

ルチルのリストにはそれが含まれていたのだ。

そんなものを依頼する理由は多分ひとつ。


「コンテストかぁー。ディアナは出たい?」


まずはディアナに顔を向けた。


「んっと、オラは、正直どっちでもいいんだべ。センデロスと競うなんておこがましいくらいだし。」


最近覚えたらしい、小憎らしい冷ややかな視線でディアナが呟いた。


「そう!ディアナちゃん、消極的なんだもん!だからルチルが帰ってくるのを待ってたの。」


いつものディアナなら、もろ手を挙げて飛び付いただろうこの話。

しかし、何故渋ったのか。

それは多分、病床に伏すヴィッキーを想ってのことだろう。

ルチルは話していた。

ディアナには知る権利がある。

もはやディアナにとってのヴィッキーは、恋い焦がれる崇拝の対象ではない。

そして前にも述べたかもしれないが、ディアナの根底は優しさ。

それが、自らを抑えてまで他人を思いやる、この決断に繋がっていたのは言うまでもない。

しかし、ルチルは違う。


「んー。そっか。そっか。」


ルチルが顎に指を当てた。

この話、チャンスだ。

店を広げるに当たり、これ程までに名を売る機会は滅多にないだろう。

ルチルには強さと逞しさがある。

それはディアナにまだ足りない、辿り着くべき領域。

ルチルのそれに、ディアナは何度も助けられてきた。

いつからディアナも得なければならない領域。

然もすれば、それは残酷にも捉えられる。

しかし、ルチルの持つものはそれだけではないことも、また知らなければならない。


(センデロスと競う。もしセンデロスに勝てたら。もし、センデロスに勝ったとしたら。)


「ヴィッキーに聞こう。」


ルチルはゆっくりと席を立った。


「え?ヴィッキーさんは熱なんでしょ?」


ミサミサの言葉に軽く手を振るルチルの後にディアナも付き従った。

ルチルの意図は分かった。

もしかしたら、昔のディアナならルチルを咎めたかもしれない。

しかし、今なら分かる。

それがルチルの持つ優しさだということを。


後はヴィッキーの心次第。


長方形の広い部屋。

間仕切りのカーテンを潜り抜け、部屋の奥にある、黒いカーテンの前で足を止める。

ルチルは耳を澄ませた。

息づかいが聞こえる。

寝息ではない。

口を開こうとした、その時だった。


「聞こえた。」


カーテンの向こうから、ヴィッキーの声が届いた。

小さく、虚ろうような声が。


「ヴィッキー。」


ディアナがその名を呼んだ。


「無理はしなくていいんだべ?」


「・・・・・あたし・・・・・。」


しばらく間が空いたが、それでもディアナ達は耳を澄ませ、次の言葉を待った。

静寂が部屋を包み込んだ。

長い、果てしなく長い沈黙。

それでも、3人は待った。


「・・・・・怖い・・・・・。」


それがヴィッキーの答えだった。

ディアナが口を開いた。


「いいんだべ。いいん、」

「だけど。」


しかし、ディアナの言葉を遮り、ヴィッキーは続けた。


「皆が助けてくれるのなら、やりたい。」


はっきりとした声で、ヴィッキーは続けた。

小さく、消え入りそうだが、でもしかし、力のある、芯のある声で。

ヴィッキーにも分かっていた。


いつかは乗り越えなければならない。


乗り越えなければ、未来は掴めない。


自分が自分であるために。


乗り越えるのは、今だ。


「分かった。」


「はいだべ!」


「そうこなくっちゃ!」


ルチルが黒いカーテンを開けた。


「行こう。水の都へ。」





 船出の日。

港には、たくさんの人達が集まっていた。

ディアナを、ルチルを、ヴィッキーを見送りに、実に多くの人達が集まった。

ボールゲームを楽しんだ老人達。

出稼ぎの男達。

ままごと遊びをした子供とその母親達。

仕立て屋ギルドの馴染みの売り子。

食品ギルドの酒屋の老婆。

狩人ギルドの受付。

デパイのバーテン。

ジャクリーヌと劇団員達。

アシュリーを始め、サロン・ド・メロの仲間達。

皆が4人の船出を見送りに駆けつけていた。


「店に戻ったら、いつものやつを発送しとくよ。」


「あんがと。よく覚えてたねぇ。」


ルチルが老婆と言葉を交わしていた。


「ディアナさん!絶対にコンテスト、優勝して下さいね!」


「優勝って、どんなコンテストなのか形式すら分からないんだべが。」


アシュリーの台詞にディアナは苦笑いを浮かべた。


「ミサミサ。ちゃんとお役に立ってくるんですよ?私達の一座の面目はあなたの肩に掛かってるんですからね。もししくじったら、御前公演の損失はあなたのお手当てから引きますからね。」


「座長!それは酷いですって!私、何年タダ働きですか!」


ジャクリーヌの目は笑っていなかった。

やると言ったらやる。

あながち嘘ではないらしい。


「ミサミサも行くんだべか?」


3人と同じように旅支度を整え、共に並んだミサミサに、ディアナが声を掛けた。


「コンテストにはモデルが必要なんじゃないかと思いましてぇー。」


ルチルがいつものヘラヘラとした笑顔を浮かべていた。


「まぁ確かに。ミサミサのスタイルなら、モデルには申し分ないべ。」


「でしょでしょ?任せといて!」


「でもオラはルチルがモデルでもいいと思ったんだべが。」


「やだ絶対!そー言われるかと思いましてぇ!」


「モデルなら私が一番だよ!それに、ルチルはちょっとお尻が大きすぎだから。」


「人前でうるっせぇーなぁー。」


いつも通りの下らないやり取りに、見送りの人達が一斉に笑い声をあげた。

その人々の群れを、物憂げな表情でヴィッキーが見つめていた。


「ヴィッキー。」


そんな様子に気が付いたルチルが、ヴィッキーの側に歩み寄った。


「さぁ、いって。」


そして、その背中を押し出した。




「クローゼさん。」




群衆の奥。

人混みに隠れるようにして、クローゼが佇んでいた。

ただならぬ気配を悟った人々が、クローゼに通り道を作った。


「すみません。来てしまって。」


バツの悪そうな表情を浮かべ、クローゼがゆっくりと歩みを進めた。


「いえ。来てくれて、ありがとう。」


その言葉にクローゼの表情が少しだけ和らいだ。


「あの、ヴィクトリアさん。」


「はい。」


「その、ええと・・・・。」


「クローゼさん。」


言葉を詰まらせたクローゼに、表情を強張らせたヴィッキーが歩み寄った。


「この間はごめんなさい。」


「いえ。いいんです。」


クローゼの表情を見て、今度はヴィッキーの表情が和らいだ。


「あたしは今から、戦ってきます。何と戦うのかは、あたしにもよく分からないけど。」


「はい。」


「いつ戻るのかもよく分からないけど。」


「はい。」


「あたしが戻ったら、ちゃんと戻ってきたら・・・・。」


「はい。」


「迎えに行ってもいいですか?」


「・・・・。」


「だめ・・・・ですか?」


「・・・待ってます。あなたのこと、いつまでも、いつまでも。」





4人を乗せた定期船は、ゆっくりと港を離れていった。




つづく。

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