第九話
深夜、遠乃は目を覚ました。
どうしてこんな時間に目を覚ましたのか、自分でもわからなかった。傍らに置いた腕時計を確認すると時刻は午前二時を示している。
――誰か、いる?
遠乃は反射的にベッドサイドテーブルに置いたSCARを手にとった。樹脂、冷たい感覚。
何者かが、いる気がした。グロックをショートパンツの後ろに差し込む。
SCARを構えた。照準するのは唯一の出入り口であるドア。
――抑制した、足音。数人分のそれは階下をゆっくりと歩きまわっている。
どっと嫌な汗が吹き出した。
――まだ、上がってこない。
遠乃はおろしたままだった髪をさっとまとめた。近接戦になる気がした。
一階の階段近くに、気配を感じた。飛び出すべきか、待つべきか、一瞬迷った。
「っ!」」
遠乃は思わず小さく舌打ちした。初歩的なミス、というより実戦経験が足らない事によるミス。武器を作ることに執着しすぎて、予備の弾倉を用意するのを忘れていた。
いまから『出力』して間に合うだろうか?否、『出力』中は無防備になる。今ある分だけでなんとかするしかない。
階段を、上がってくる。遠乃はSCARのグリップを強く握りしめた。
殺さなければいけない。
ここで生きていくためには、殺さなければいけない。
親指でセレクターを弾いた。安全装置から、オートマチックへ。引き金を絞れば、引き金を引いている間中、弾丸が出続ける。
ドアノブが回った。ドアが数センチ開いた瞬間に、遠乃は引き金を絞った。
銃口から閃光が弾けた。耳をつんざく発砲音。伸びるマズルブラストが、月明かりだけが照らす部屋を彩った。
男の悲鳴。そして反撃の銃撃が飛んできた。遠乃は片膝を立てた姿勢で短連射を数撃見舞った。
気配が後退したのを見て、遠乃は強烈な前蹴りを穴だらけのドアに叩き込んだ。弾かれるように一瞬退き、SCARを構える。死んだばかりの男が血だらけでドアの前に倒れていた。
侵入者は負傷したらしく、血が廊下を挟んだ反対側に続いていた。
銃を構えたまますばやく移動すると、足を負傷した男が別の部屋に逃げ込むところだった。遠乃はなんのためらいもなく引き金を引いた。
これで、二人、足音を聞いた限りでは、もう一人くらいはいてもおかしくない。
その瞬間、銃撃が飛んできた。大口径。散弾銃らしき銃声に遠乃は飛び退いた。
廊下に向かって、めちゃくちゃに撃っていた。蝶番に命中したらしく、ドアが半分外れた。
五発、六発。遠乃は自然と発射された弾丸の数をカウントしていた。自分でもどうしてそんなことをしているのかわからなかった。
八発。銃撃が、止んだ。遠乃の身体は自然に動いた。
半分外れたドアを蹴破り、室内に侵入した。大柄な男が、弾切れの半自動式の散弾銃を構えたまま立っていた。
「クソ、テメエ――」
言いかけた男の胴体に、銃撃。SCARに残った四発の弾丸が、男の腹部に吸い込まれた。
男はたたらを踏んで後退したが、まだ立っていた。――防弾ベスト。レベル三以上の、セラミックプレートを内蔵。
男がわめきながら半自動式の散弾銃――イズマッシュ・サイガ一二だ――を棍棒のように振り回した。
――ただの大ぶりだ。遠乃は自分でも驚くほど冷静だった。
打撃が通り過ぎた瞬間に、遠乃は飛び込んでいった。SCARの銃床を振り上げる。
乾いた音とともに、樹脂製の銃床が男の顎を跳ね上げた。男の膝が笑った。散弾銃が男の手を離れる。
男はそれでもなお闘おうと拳を構えた。格闘技経験者らしいジャブの連打。
遠乃はそれをパディング――掌で打撃を逸らすボクシングの技術――でいなし、前腕部で受け、ダッキングで躱した。お返しとばかりに右ストレートをがら空きの腹部に捻じ込む。
男が腹を殴られて動きを止めたところで、右足を上げた――回し蹴りの予備動作だ。それに反応して、男がガードを固めようとする。
フェイントだ。遠乃は足をおろし、ショートパンツに挟んだままのグロック一九を抜いて、撃った。
防弾ベストのない、腿に。前腕部に。ひざまずくような姿勢になったところで、眉間に照準した。
「――あなたの仲間は?」
自分でも驚くくらい冷たい声だった。
「ふ、二人だけだ」
激痛に脂汗を流す男が呻いた。
「どうしてここがわかった?」
「電気が、電気がついてるのが見えたんだ。だから誰かいるだろうと……金が奪えると思ったんだ」
「そう」
遠乃は引き金を引いた。九ミリの弾丸が男の頭蓋骨を破壊した。黄土色の脳梁が露出する。
酷い臭いだった。遠乃はSCARを拾い上げ、弾倉を交換した。同じようにグロック一九拳銃にも新しい弾倉を『出力』して、取り替えておく。こんな騒動を起こしてしまった家にはいられない。遠乃は暗い街へ歩き出した。