第七話
「俺はこういうやり方は好かん。年端もいかない子供が殺し合わなきゃいけない世の中なんて間違ってる」
「あなたがどう思おうが勝手ですが、これは異世界統一軍総司令部の意向です。すべての転生者は最低限度の武装と実力を保持しなければならない」
薄い意識の中で、男女の会話を聞いているようだった。濁った意識の中で聞いている会話の内容はなかなか頭に入ってこなかった。
「それじゃまるでただの駒じゃないか」
「そのとおりです。どんな世界でも個々の人間は代替可能な社会の部品です。その人にしかできない仕事など存在しない」
「それじゃ俺たちを自殺に追い込んだ現世の社会と何も変わらないだろう」
「あなたは何を期待しているんです?人間の社会なんてこれが限界ですよ」
「……ぁあ」
それが自分の声であると理解するのに数秒の時間を有した。喉がカラカラに乾いていた。全身麻酔の後特有の痺れるような感覚、身体が綿の塊になったような気怠さが残っていた。
「あ、目を覚ましましたか」
一オクターブ高い葛城の声がした。葛城は横になった遠乃に視線を合わせて屈み込んでいた。
「新規転生者の方には必要な処置ですが、はじめは身体への負担が大きく、全身麻酔が必要になるのです。説明が遅れて申し訳ありません」
「あ……いえ大丈夫です」
遠乃はゆっくり周りを見渡した。
「あの……私はどれくらい眠っていたんでしょうか」
「ほんの二時間弱程度ですね」
葛城は壁にかかった時計を指さした。時計は午後三時半を示していた。
遠乃はゆっくりと起き上がって乱れた髪を整えた。
「眠っている間に脳の方に強化措置を行わせていただきました」
葛城が言う。
「脳にさっき購入した武器データを『入力』――焼き込み、ついでに身体能力の向上――筋肉への電気刺激により全体的な筋力の向上と運動ニューロンの接続による運動神経の向上を行いました」
「……」
「勝手に弄ったような形になって申し訳ありません、でもこれはこの危険な異世界で生きていくのに必要なことなのです」
「危険なんですか?」
「ええ、とても」
葛城に促されて遠乃は立ち上がった。多少ふらつくが手を借りなくても立っていることができた。
「しかし転生者の技術により自衛能力は十二分に蓄えられています。これからその説明をしましょう」
遠乃の麻酔が抜けるのを待って、三人は模擬戦闘訓練施設――実際はただの体育館へ移動した。
「異世界最高峰の技術によって強化されたあなたはもう無力な少女ではありません。ここでその使い方をレクチャーしましょう」
ここでようやくずっと黙っていた吉田が動き出した。軽く柔軟運動をして、遠乃の前に立つ。
「『出力』の練習だ。必要なデータはもうお前の中に『入力』されている。それを引き出すだけでいい」
吉田は手の前に手をかざした。ささくれだった男の手だ。それが流動的な液体へと変わり、すぐに一丁のライフルにその形を変えた。
「やってみろ」
「ええっと……」
やってみろ、と言われてもまず何をすればいいのかわからない。途方に暮れていると吉田は数枚のA4の資料を手渡した。
「お前に『入力』した武器の基本資料だ」
A4の紙にはFN SCAR Lと銘打った銃器の詳細が書かれていた。
「……?」
不思議だった。その銃器を見て、なぜか遠乃は「懐かしく」感じていた。現世では銃などとは縁遠い生活を送っていたのにかかわらずだ。
遠乃はその「懐かしい」という感覚が何となく重要な気がした。葛城や吉田がやっていたように、右手を目の前にかざした。
一瞬、脳内を不思議な情景を駆け抜けた。
砂漠の、荒廃した街だった。軍用の分厚いグローブをはめた自分の指先が見えた。抱えているのはまごうことなき、FN SCAR L自動小銃だった。
「どうされました?」
「いえ……なんでもありません」
遠乃は声をかけられてハッとした。一体今の記憶は何だったのか。
手をかざし、意識を集中する。
指先が、溶けた。徐々にその液体は増殖し、一丁の自動小銃が形作られていく。
ほとんど、放心状態だった。集中とはまた違う。何らかのトランス状態のようでもあった。
はっと意識が戻ったときには、遠乃の腕には合成樹脂のフレームのアサルトライフルを握られていた――ベルギーのFN社製のSCAR-Lアサルトライフルだ。
「十分な適性はあるようだな」
吉田は険しい表情のまま言った。
「新規転生者の中では筋が良いですね」
葛城がにっこり笑って遠乃を褒めた。
他人に褒められたのはいつぶりだろうか。遠乃は思わず照れくさくなって頭をかいた。
「これから何度も必要になるから、「出力」にはなれておいたほうがいいですね」
葛城は遠乃のライフルを撫でた。
「あの、この世界の人達はそんなに……危険なんでしょうか?」
「というより、危険なのは転生者人類ではないのです」
葛城は言った。
「この世界には現世からいろいろなものが流れ着きます。その中には、悪意を持った生命体も存在します。そう言ったものから身を守るためにも銃器が必要になるのです」
「そう……ですか」
「ええ。私達はそれを『悪意』と呼んでいます。この世界にはそういったものを討伐して報酬金を稼いでいる人々も存在します」
そこまで言ったところで、吉田が露骨に眉間に皺を寄せた。
「……葛城」
「小桜さんにはそういった職業に就く必要があるかもしれませんね」
「えっと……どういうことでしょうか?」
葛城はわずかに微笑んだまま、言った。
「いるんですよ、あなたみたいに現世でろくな経験も積まないで自殺しちゃう人。
専門知識も経験もないくせに自意識だけ過剰で、一人で辛くなって自殺して、結果異世界に来ても居場所がない。そういう人には『悪意』討伐の日雇いの傭兵なんかがおすすめですね」