第六話
「ええと、その、つまり」
遠乃は一瞬考えて言った。
「この世界は、地獄か……天国のようなものなんでしょうか?」
「そういう考えもできるかもしれませんね」
葛城がにこやかに言った。
「もっとも、地獄と言うには自由ですし、天国と言うには厳しい環境ですが」
「……」
「説明に戻りましょう」
葛城がスライドを進めた。デフォルトされた人のイラストが写っていた。
「研究班の検証の結果、この世界には現世の残渣ともいえるようなものが「流れ着く」事がわかっています」
ふと、遠乃は自分が見たものを思い出した。二〇一一年のカレンダー、一九〇〇年代の家々。
「ここに来るまでに見たかもしれませんが、歴史上存在した物体が、この世界に自動生成されることがわかっています。かつて存在した建物、森、様々なものが自動生成され、その殆どが廃墟になって存在しています」
スライドが進む。おおざっぱな地図が表示される。
「今私達がいるのが、ここ、第五区ですね。この異世界には人の支配が及ぶ地区が第一区から第三〇区まで番号が振られています」
葛城がスライドを指す。ちらりと視線をやると、吉田は険しい顔で座ったままだった。
「第一区には中枢施設となる総司令部があり、数が大きくなるに従って辺縁になり、治安当局の支配は薄くなっていきます。可能であれば生活は第一〇区以内で完結させることが望ましいでしょう」
思い出す。遠乃を襲った武装集団のこと。つまりああいう連中がうろついているということだ。
「この世界には『恒常性』とも言える不思議な力があります。こちらの映像を御覧ください」
葛城がPCを操作すると動画ファイルが再生された。
「ちょっとショッキングな映像が流れます。でもさっきの話を聞いた限りでは小桜さんなら大丈夫だと思います」
映像には二人の男が写っていた。一人が椅子に座り、もうひとりがカメラを操作していた。
映像の中で、一人の男が拳銃を抜いた。それを見て、椅子に座った男が静かに目を閉じた。
一瞬だった。
抜いた拳銃をもうひとりの胴体に照準し、引き金を引いた。
弾丸が男の身体を貫いた。赤黒い血が椅子に滴り、脱力したように椅子に凭れた。
遠乃は思わず目を背けた。
「大丈夫ですよ、見ててください」
葛城がそう言うと、動画が早送りになった。血だまりがだんだん広がっていく。
ふと、血溜まりの中の男がびくんと震えた。遠乃が目を凝らすと男の身体にじわじわと力が戻っているのに気づいた。しばらくすると男は椅子から立ち上がり屈伸を始めた。
「おわかりでしょう。この世界では、死んでも死ぬことはできない。どんな死に方をしても、再生してしまうのです」
次に葛城は別の動画ファイルを再生した。二人の兵士が、何やら機械を操作している。機械からは複数のコードが伸び、コードの先には遠乃が見たような家があった。
兵士が機械を持って、距離を取り、耳をふさぐ。もうひとりが機械を操作する。
家屋が、内側から爆発した。家屋の中に仕掛けたComposition四プラスチック爆薬が、信管を通した電気刺激で起爆したのだ。
家屋はあっという間に崩れ、瓦礫の山になった。そこでまた動画が早送りになる。
まるで、逆回しになっているように、家屋がゆっくりと再生する。失われた破片は残った部分が伸長するようにして、隙間を埋めていく。
「見てのとおりです。この世界は壊すことも殺すこともできない。いうならばモノと人の最期の終着点なのです」
葛城は今度は資料を取り出した。分厚い紙の束から、付箋の貼ってあるページを開く。
「それでは、新規転生者案内要綱に従って説明を行います。
新規転生者は例外なく八桁の数字とアルファベットからなる個人番号が割り振られます。これは異世界での生活において重要なもので、忘れることなく暗記、あるいは控えを保持してください」
葛城は印刷されたA4の紙を遠乃に手渡した。遠乃がそれを確認すると「個人番号97911008G」と印字され、近隣の地図が記載されていた。
「それでは新規転生者の手続きとして転生者登録を行います。こちらに名前、転生前の職業を入力してください」
遠乃は葛城に手渡されたタブレットPCに言われるままに入力していった。
「はい、新規転生者登録は以上になります。それでは次に、新規転生者のための『入力』という作業に入ります」
「『入力』?」
「ここに来るまでに、銃器で武装した市民は見てきたと思います。ここでは、そういった銃器を現世から呼び出す……さっきの自己再生や、家屋の再生のように、物品を生み出す技術、『出力』が研究班の尽力によって体系化されています。『入力』によって物品などのデータを脳内に直接脳内に焼き込むわけです」
脳内にデータを焼き込む。物品を生み出す。非科学的にも思えるが、人が死んでも生き返るような世界だ、何があっても異常ではないような気がした。
「実演したほうが早いでしょう」
葛城はそう言うと手を眼の前にかざした。
細い、女性の指だ。それが徐々に液体化し、伸長してゆく。
十数秒かけて、ゆっくりの手の一部だった液体が、増殖し、一本のナイフを形作っていった。
遠乃は穴が空くように呆然とそれを見ていた。超常現象を目の当たりにしている気がした。
「それでは、ここから必要なものを選んでください。新規転生者には新規転生者支援預金より五万円が支給されています。購入可能な範囲で必要なものを選んでください」
「ええっと……」
手渡されたタブレットPCの画面を見て、遠乃は途方に暮れてしまった。この先に何が必要かなんていきなり言われても見当もつかない。そもそも自分にあんな超能力が使いこなせるのだろうか?
「なお、異世界の鉄則は『自己責任』です。あなたの選択に私は手出しできません」
アドバイスを求めようとしたら、先回りするように言われてしまった。遠乃は困りながらもタブレットPCを操作し、必要なものを考える。
ふと、吉田の角ばった指が伸びてきてタブレットPCをを操作した。『武器』の項目から適当なものを選択していく。
「……吉田さん。私達の介入は認められていません」
「何を言ってる。右も左もわからないのに放って置く事はできないだろう。
だいたい何だ。自己責任自己責任って。個人が負わなきゃいけない責任があるように、社会が負わなきゃいけない責任もあるだろう」
吉田に操作されるままに、武器の項目が選択し終わったときには、ディスプレイに表示された残り金額は三万円を切っていた。
「ほらよ、武器のたぐいは選んでおいた。あとは自分が必要だと思う日用雑貨や食料なんかを入れておけ。すぐにまた何か必要になるから、残高が一万円は残るようにしておけ」
「ありがとうございます」
異世界に来て、ようやくまともな人に会えた気がした。遠乃は早速最低限の化粧品や生理用品の類を入れていった。
「終わりましたら今度は『入力』の作業に入ります。こちらへ」
葛城に連れられて部屋を移動すると二階へ上がった。『入力室A』と看板のかかった部屋に入るとMRIに似た巨大な機械が設置されていた。
「それではここに横になってください」
葛城に言われたとおりに機械の硬いベッドに横になるとベッドが動き、円筒状に機械が頭の上部に移動してきた。
「全身麻酔をかけますので、意識は一瞬飛びますよ」
「え?」
聞き返そうとしたところで、遠乃の意識は一瞬でブラックアウトした。




