第五話
まるで悪趣味なオブジェだ、と一番近くで男の頭が弾けるのをみた遠乃は思った。
五〇メートルの短距離狙撃によって撃ち込まれた5.56x45NATO弾は男の頭蓋骨を打ち砕き、そのままくも膜、内膜を貫通、脳梁をかき回しながら反対側の頭蓋骨に到達し、貫通し、抜けていった。
弾丸は男の頭の上半分を破壊し、残った顎が重量に従って垂れ下がった。視神経でぶらさがった眼球には、さっきまでの獣の眼光はもはや残っていなかった。
男たちは一斉に動いた。あるものは銃を外に向け、あるものは遮蔽物を求めて姿勢を低くした。
窓から弾丸が連続的に撃ち込まれる。ガラスが砕ける。
男たちは狙いも定めずに引き金を絞った。狭い室内に、激しい発砲音が反響する。思わず遠乃は頭を抱えてその場に蹲った。
遠乃数メートル先を、超音速の弾丸が飛び交っていた。男たちはまるで抵抗もできないまま、撃ち倒されていく。
凄まじい打撃音と足音とともに、何者かが家屋内に侵入してきた。真っ黒い野戦服に身を包んだ彼らは短機関銃や自動小銃で武装し、無法者を銃殺した。
男の一人が、遠乃に手を伸ばした。結んだポニーテールを掴み、無理やり立たせる。遠乃は悲鳴を上げた。
野戦服の男が短機関銃を照準しようとしたところで遠乃を盾のように前に引きずり出した。
短機関銃の照準が一瞬、躊躇したのがわかった。
この場に、お荷物になるわけにはいかない――遠乃はソックスに挟んだままのフォークを一瞬で引き抜いた。
ポニーテールを掴んだ手の甲に、フォークの切っ先を思い切り叩きつけた。男が鋭い痛みに一瞬たじろいた。
遠乃はブレザーのポケットに差し込んだ。
木材と金属の、冷たい感触。
遠乃のもつ最後の武器。
遠乃は十徳ナイフを掴み、片手だけで刃を展開した。振り向きざまに、逆手に持ったナイフを振り下ろす。
十徳ナイフの刃は、寸分違わず男の眼窩に突き刺さった。血の涙を流しながら男は絶叫する。
照準が、ずれた。野戦服の男たちはその一瞬に遠乃の背後の男を蜂の巣にした。
「新規転生者を確保した」
先頭の野戦服の男が、スロートマイクを通して連絡した。遠乃は困ったような表情で先頭の男をみる。
「あの……わたし」
「状況は把握している。我々は異世界統一軍総司令部所属の部隊だ。新規転生者の身柄確保と護送の命を受けている」
隊長格の男はさも軍人のような口調でいった。どうやら、さっきの連中とは雰囲気が違うようだ。
「とにかく、この周辺は丸腰の君では危険だ。早急に撤退する」
家屋を出ると黒く塗装されたランドクルーザーが二台横付けされていた。隊長格の男に促されるまま、後部座席に乗り込む。
乗り込むとすぐにランドクルーザーは発進した。すぐにもう一台のランドクルーザーと合流し、合計三台の車列になった。
遠乃は隣りに座っている兵士が女性であることに気づいた。なんとなく安心感を覚え、なにか質問してみることにした。
「あの……ここはどこなんですか?」
「ここは異世界。でも現世で持っていたような異世界のイメージとは違うかもね。あなたみたいな人には、この世界は優しくない」
車列は大通りを凄まじい速さで進んでいった。車窓から見える景色も、だんだん死んだ街から人々が住んでいることがわかるような生活感がわかるようになっていった。道行く人々も増え、中には女や子供も交じるようになっていった。ただ、どんな風体であろうと、すべての人々は何らかの銃器で武装していた。
ランドクルーザーは建物群――私立大学の領内に乗り入れていった。大学の見た目をしているものの、歩いている人々や道をゆく車両は軍用や、軍服のような服装の人間が多く出入りしていた。
第一教務棟と看板のかかった建物の前で、遠乃は車から降ろされた。出迎えたのは優しそうな笑みを浮かべた三〇代前半くらいの女性に、五〇代近いであろう男性だった。
「はじめまして、私は新規転生者受け入れかかりの葛城と申します。あなたの担当として異世界移住のお手伝いをさせていただきます」
三〇代の女性――葛城がにこやかに言った。その後ろで仏頂面の中年男性がついで言った。
「吉田だ。よろしく」
遠乃は慌てて頭を下げた。
「えっと……私は小桜遠乃です。よろしくお願いします」
遠乃が頭を下げたのを見て吉田と名乗った男が舌打ちをした。
「まだ若いのに……やるせない話だ」
「はい?」
「いや……なんでもない。それより会議室へ行こう」
吉田と葛城に連れられ、遠乃は建物の中に入った。大学に入ったことのない遠乃はきょろきょろ見渡しながらついていく。
会議室の板がかかった部屋に入り、葛城は備え付けのノートパソコンをプロジェクターに接続した。パワーポイントで作成されたスライドが、投影される。
「いきなりこの世界に来て、びっくりしましたよね」
緊張をほぐそうとしてか、葛城が言った。
「武装班の方から襲われいていたと聞きました。大丈夫でしたか?」
「あ……はい」
そこまで言って、自分がしでかしたことを思い出して恐ろしくなった――人を殺したのだ。
「あの……私」
おずおずと遠乃が言った。
「私……人を」
「正当防衛が認められています」
葛城が断言した。
「そもそもこの世界には厳格な殺人罪は存在しないのですが……まあそれはおいおい」
投影されたスライドを指さして、葛城が言った。スライドにはポップな書体で「異世界にようこそ!」と投影されている。
「えー、それではこの異世界に関する説明をさせていただきます」
こほんと咳払いをしてから、葛城が言う。遠乃は思わず姿勢を正した。
「まず、この世界に来るにあたって、自殺されたことは私達も知っています。この世界の人々の殆どは自殺によって絶命し、ここへやってくるのです」




