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統合失調症の彼女の異世界  作者: 古川葵
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第一六話

 群衆を殺戮したおかげで『悪意』の記録は捗った。大量の『悪意』を討伐した事もあって傭兵部隊は帰路についた。


 帰りは戦闘はしないので、全員アチザリットに乗り込んでいる。徒歩で移動した行きよりも帰りは本当に楽だった。


 アチザリットに揺られながら遠乃は考えた。『悪意』のこと。矢口が言っていたこと。


 自殺は本当に知性から行うものなのだろうか?


 自殺とはつまるところ逃げではないのか。


 自殺とは人間がどうしても足りないものがあるからするのではないのか。



 自殺をする自分に、欠陥があるのではないか。



「小桜さん?」


 顔をあげると矢口が不安げにこちらを見ていた。


「あー、なんだ、その、変なこと言ったからいろいろ考えてるかもしれねえけど」


 矢口が不安げに頭をかいた。


「これから学校に戻ったら休めないから、寝て帰ったほうがいいぞ」


 そんなことを言われてもこんな座り心地の悪い車両に乗っていて寝られるとは思えなかった。


「周りを見てみろって」


 そう言われて遠乃は反対側の隣をみると器用に座ったまま寝入っていた。


「こんなに揺れるのに……よく寝ていられますね」


「ああ、まあ、それはそうなんだけど……」


「ひょっとして、戻ったらなにかあるんですか?」




「それでは、今回の派兵と成功を祝って」


 段取り役の藤崎が缶ビールを掲げる。


「乾杯」


 少年少女の歓声が続いた。


 校庭で巨大なキャンプファイヤーを囲んだ少年少女たちが各々のアルコールを呷る。ここには注意する教員も大人もいない。


 遠乃もそれに応じて缶チューハイを一口のんだ。ダイヤモンドのような装飾のついた「氷結」の缶。柑橘の皮のような味わいが喉を焼く。


 思えば現世では優等生というわけでもなくても真面目にやっていた遠乃はアルコールはこれが初めてだった。鼻に来る酔気。


「よう」


 矢口が背後から声を掛けてきた。手に持っているのは焼酎ハイボールの缶だ。


「毎回こうして遠征から戻ってくると祝勝会をやるわけさ。みんなこれに備えて帰りはどんなに寝心地が悪くても寝ちまうわけさ」


「そういうことでしたか」


「こういうのは苦手か?」


「いえ、そういうわけではないんですけど」


 遠乃はちらりと視線を巡らせた。酒が入って大声で話す少女。歌い出す男子学生。


「あんまり、慣れなくて」


「はは、そうか」


 矢口は笑ってハイボールを飲み干した。


「ここにいる奴らはお前みたいなやつばっかりさ」


 空になった缶を持ったまま、矢口はタバコを取り出した。アメリカン・スピリットの六ミリ。


「いつの日の社会も、九割の持つ者と一割の持たざる者で出来ている。わかりやすく言うなら」


 矢口は白い煙を吐き出した。。


「クラスの打ち上げに呼ばれるやつ、呼ばれないやつ。友達がいるやつ、いないやつ。人の輪に入れるやつ、入れないやつ」


「……私は、持たざる者ですね」


 百人に一人のハズレくじ。それが統合失調症。


「……俺は持たざるものでも生きていていい……いや、生きていてよかったんだと思っている」


「……」


「死んじまった今となってはどうしようもないことがけどな」






 遠乃もタバコを取り出した。どうにも酒は合わない。古臭いマイルドセブン。


「ずいぶん変わった好みだな」


「前に泊まった家から勝手に持ってきたんです」


「そうか、どうだ、うまかったか?」


「いえ、あんまり……」


 遠乃がそう言うと、矢口は別のポケットから煙草の箱を取り出した。マルボロ・メンソール。


「これを吸ってみろ。気に入ったら交易所に買いに行くといい」


「美味しいんですか?」


「俺のおすすめだ。いろんな煙草を吸うやつがいるが、一番好き嫌いが少ない」


 遠乃はタバコの先に火をつけて煙を吸い込んだ。


「それだと口の中に入れてるだけだ。肺まで入れるんだよ」


 矢口はゆっくり煙を吸い込んで見せる。その後タバコから口を離して空気を取り入れる。


「喉で煙と空気を混ぜるんだ」


 言われたとおりにやってみる。吸い込んだ煙が喉を刺激する。メンソールのガムを喉まで放り込んだらこんな感じだろうか。


「……すごいスースーします」


「そういうもんだ」


 遠乃はタバコに惹かれつつあった。ヤニとニコチンの愉悦。現世では政府が税金を釣り上げて庶民から奪った楽しみがここには息づいている。


「でも、好きかもしれません」


「そりゃよかった。でも気をつけろよ小桜サン」


 矢口はタバコの先の灰を空き缶に落とした。


「頼れるものが沢山あることを自立してるっていうんだ。タバコだけに頼っていちゃ、それはただの依存症だ」

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