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統合失調症の彼女の異世界  作者: 古川葵
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第一五話

 戦闘が収まって、学生たちは意気揚々と殺した死体に歩み寄った。ボールペンのような記録装置を使って、死体を記録していく。


 戦闘で、自分がまだ興奮しているのがわかった。とにかく、戦闘に備えなければ行けない気がした。まだ半分以上残っている弾倉を捨て、新しいものと取り替える。


「……殲滅したんですか」


「だいたいはな。残ったものは敗走した」


 藤崎が答えた。


「さっきから矢口さんの姿が見えないのですが……」


「大丈夫だ」


 藤崎は自信満々に答えた。


「あいつがそんな簡単に死ぬわけがない」


 ちょうどそう言ったとき、汎用機関銃をもった矢口が顔を出した。


「あれっもう終わったんですか」


「遅いぞ、何やってた」


「援護するために、機関銃を『出力』してました」


 矢口は舌を出した。


「しかし、小桜は強いですね、あれだけの敵に囲まれてなかなか冷静で居られるものっじゃない」


 遠乃自身それが不思議だった。殺し合いどころかまともな喧嘩すらしたことがない。そんな遠乃がどうしてここまで立ち回れるのか。


「ひょっとしてなにか変なもの『入力』されなかった?」


「ええと……わからないです」


「まあいい、そんなことは後で確認すればいい。そんなことより小桜は早く自分の戦果を記録したほうがいい」


 遠乃はそう言われて記録装置を片手に歩き出した。


 死体。ついさっき自分が撃ち殺したばかりの、死体。哀れにも弾丸を腹にうけて内臓が破壊されている。


 この人は、どうしてこの世界にいるのだろうか?


 なにか悪いことをして、ここにいるのだろうか?


「……やめとけ、小桜サン」


 いつの間にか後ろに立っていた矢口が言った。


「こいつらは『悪意』。俺たちの敵で、人間じゃない」


「でも」


「お前はたまたま目があっただけで相手を撃ち殺そうとするか?


 こいつらに知性はない。あるのは攻撃性と、本能と、悪意だけだ。だからこいつらは『悪意』なんだよ」


「……」


 矢口は手をひらひら振って背を向けた。これ以上の議論は無駄だというように。


 遠乃はそれに従った。そうする他なかった。


 さっきまで動いていたはずの死体に次々記録装置を押し当て、討伐した『悪意』を記録していった。




「状況は怪我人三、死傷者はなし」


 戦果の登録を終えた学生たちに藤代が状況の整理を行う。


「別働隊を小桜が押し留めたおかげで被害は最小限に留められた。ここまでの相手に対してこれはかなり優秀な働きだ」


 数人の学生が口笛を吹いた。


「まだ時間に余裕はある。掃討を続けるぞ。怪我人はアチザリットの中に、気を引き締めろ」




 かなりの銃撃を受けたにもかかわらずアチザリットはほとんど無傷だった。さすがは装甲車といったところだろう。それに寄り添うように道を進んでいく。


「……止まれ」


 藤崎がゆっくりとした口調で言う。


「……?」


 遠乃が耳をすますと、かすかな人の気配を感じる。だが、殺意とはなにか違う気がした。


「……!」


 男、女、それに子供のような叫び声が、アチザリットと沿って進む学生たちを取り囲んだ。


「待ち伏せだ!」


 遠乃が伏せるとすぐ近くに石が飛んでくる。もっとも人間の武器の中で眼視的な武器――投石だ。


「敵の装備は貧弱だ!落ち着いて狙え!」


 その言葉通り、遠乃は冷静に照準を合わせ、撃った。こちらに手当たり次第近くにあるものを投げつける中年の女に四発食らわせる。


「矢口さん!こいつら――こいつら武器は持ってません!」


「構うな!撃て!武器を持っていようが持っていまいが、こいつらはお前を殺しに来るぞ!」


 遠乃は投石をしてくる男、女、子供に区別をつけずに撃ちまくった。めちゃくちゃだった。


 なたや火掻き棒、包丁で武装した一般市民にしか見えない男達の集団に、フル・オート射撃を食らわせる。


 まるで人の波だ。それを遠乃や学生の銃撃がなぎ倒していく。


 遠乃は銃撃を躊躇った。それでも周りの学生たちはなんの戸惑いもなく撃ちまくっている。


 狂気だ。


 遠乃は狂気を感じた。初めての『悪意』――クリケット・バットを持っていた一人の男とは違う。たった一人の異常さではない。集団が、殺意をもって襲い来るという、狂気。まともな武器を持っていないにもかかわらず、人を殺すという目的に駆られた、狂気。


 わからない。なぜ、こんなにも貧弱な武装にもかかわらず自分たちに襲いかかってくるのか、分からない。


 アチザリットからの銃撃も重なって、まるで虐殺のように流れ出る人々を撃ち殺していった。




 どれだけの弾丸を撃ったのか、分からない。


 タクティカルベストに挿した弾倉はとっくに使い切り、撃つたびに『出力』し直していた。地獄のような戦場だった。


 空薬莢が地面に転がって、きらきら光を反射していた。


「戦闘は終わりだ。どうした?記録しないのか?」


「こいつらは、一体何だったんですか?」


「ただの『悪意』だよ」


 矢口が鼻を鳴らした


「それ以上でも、それ以下でもない」


「ただの人間が、どうしてこんな殺意を持って殺しに来るんですか?」


「……オーケー、これは俺の仮説だ。これでお前が満足するかはわからないし、間違っているかもしれない。それでもいいか?」


 遠乃は黙って頷いた。


「『悪意』は、現世で人を殺した存在だ。おそらくな」


 矢口は地面に転がった空薬莢を拾い上げて手で弄んだ。


「転生者は、自殺した存在。『悪意』は人を殺した存在だ。転生者は知性をもって異世界で地獄を味わい、人を殺した存在は『悪意』となってこの世界をさまようんだ」


「どうして、ですか?」


「自殺という行為は知性の塊なんだよ」


 矢口が空薬莢を指で弾いた。


「自殺という行為は動物的な本能とは対極なんだ。知性がないとできない行為。それに対して殺害という行為は本能そのものだ。人間の知性が抑えるべきものを開放した、動物的な行為だ」


「この人達は、現世で人を殺めたんですか」


「多分な。これも俺の仮説だ。だが、そう考えると合点がいくんだよ


 お前も調べてみるといい。世界の歴史を紐解けば民族の違い話している言葉の違い、なんだっていい、どんなクソみたいな理由付けでも民間人同士で殺し合った記録なんて出てくる。そういう虐殺の――」


 矢口は言葉を区切った。


「加害者であり、被害者なんだろうな。きっと。だれだって好き好んで人を傷つけようなんてしないものだ」

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