錚錚(そうそう)
朝の通勤電車内。すし詰めという程ではないが、ある程度混み合った車内。
女子高生が四人、ドア付近にグループで乗っており、話をしている。
話の途中で電車が駅に近付き、アナウンスが入る。
女子高生A「危ないよ、ドア」
女子高生B「あ、うん」もたれていたドアから身を起こし、再び話始める。
電車が駅に着き、ドアが開く。
と、突然ドアの外から手が伸びてBの髪を掴み、外に引きずり降ろす。
Bの悲鳴。後の女子高生達、口々にBの名前を呼び、悲鳴。
そのままドアが閉まり、電車は何事も無かったかのように動き出す。
女子高生、お互いに抱き合いながらその場にへたり込み、すすり泣く。
三人を除き、シンと静まり返る車内。
次の駅のアナウンス。
程なく電車が駅に着き、ドアが開く。何人かの乗客が降りる。
降りた乗客のふくらはぎから下位のアップ。足の向こうから、ホームに横ひじを付いて寝そべる若い男の姿が見える。
乗客は無言で男の前を通り過ぎる。(腰から下のみの画像)
男、そのままの姿勢で首だけを曲げ、客を見送る。
客が階段にたどり着いた所で男が起き上がり、四つん這いのままのっそりとそちらに動き出す。
我先にと階段を駆け上がる乱れた足音。
男は四つん這いのまま、そちらに走り出す。
かなりの速さで男の姿が階段へと消え、先程降りたとおぼしき女性の悲鳴が響く。
電車の中で耳を塞ぐ乗客。
そこへ時間調整のため暫く電車が止まっているというアナウンス。
50代位のサラリーマンが怒鳴り出す。
男「何言ってんだよ!今の見ただろ⁉早くドア閉めろよ!動けって、この・・・ギャッ⁉」
悲鳴を上げ、まさかという顔で恐る恐る自分の足元を見る。
足首に、美人OL風の女が喰らい付いている。
周りの乗客がザッと後ずさり、周囲に空間が出来る。
男「嘘だろ⁉ちょっと待てよ、早く・・・!」
男、首を巡らせ車外から出ようとするが、その時ドアが閉まり、電車が動き出す。
男「待てよ!待ってくれ!誰か!誰か助けて!誰か・・・!」
悲鳴を上げ続ける声に混じり、ガリガリ、ピチャピチャという音。
ドサッと何かが崩れる音。
目を閉じ、石のように固まる乗客。
窓の外で次々と景色が流れていく。
場面転換
朝の住宅街。学校へと向かう小学生が10名程、集団登校している。
小学生、楽しそうに昨日見たTVの話などをしている。
集団が四つ角に差し掛かる。角には40代位の女性が旗を持って立っており、それを見た子供が口々に「あ、先生だ」「おはようございます」などと声を掛ける。
先生「はい、おはようございます。皆、遅刻しないようにね」少し腰をかがめ、にっこりと挨拶する。
そこへ30代位の女性が現れる。
先生「はい?何か・・・ぐっ!」
女性が先生の頬の辺りに噛り付いている。小学生、悲鳴を上げる。
その声を聴いて近くの家から出て来た人々、同じように悲鳴を上げる。
先生「・・・だ・・・大丈夫・・・よ。この人は・・・あなた達の事・・・は・・・、襲わない・・・から・・・。」
顔をバリバリ齧られながら、生徒に向かって話し続ける。
「大丈夫・・・大・・・丈夫・・・だい・・・じょ・・・ぶ・・・」
傷の付いたレコードのように同じ言葉を繰り返す先生。次第に体がずり落ちていく。
生徒の中には走って逃げだす者もおり、その場で失禁・あるいは嘔吐する者もいる。
鳴き声や悲鳴、バリバリという音の中、少しずつ弱まりながらも大丈夫という声が続いている。
場面転換
日中の町中。交通量・人通り、共に多い通り。
通りにある喫茶店。
喫茶店の中。窓際の席にスーツ姿の男性が二人、座っている。
主人公の稲木戒斗とその同僚、岡田裕士。
二人の前にはPCやプリントアウトされた資料、数冊の本が広げられている。
裕士「出来た___!」背を丸め、何かを書き付けていたレポート用紙から顔を上げるとシャープペンシルを放り出す。
戒斗「どれ?見せて」読んでいた資料から顔を上げ、裕士のレポート用紙を取り上げる。
「うわ。何これ呪文?」
裕士「うるさい。それが今の俺の限界なんだよ。文句言わないで心の目で読め」
戒斗「読めったってなあ・・・」口では文句を言いつつ、目はずっと文字を追っている。
「あれ?この注釈に差し込む文献は?」
裕士「え、どれ?」
戒斗、机の上にレポートを置いて指差す。裕士、覗き込む。
裕士「ああ、これね。どれだっけ、えーと・・・」手元の資料を繰って
「ああ、これだ」戒斗に渡す。
戒斗、受け取って目を通すと付箋に何か書き付け、資料に貼る。そのまま暫くチェック作業。
戒斗「よーし、おしまい!これであとは総まとめ」
裕士「じゃ、後は宜しく。読みは手伝うからさ」
戒斗「OK。出来るだけ早く仕上げるよ」
裕士「あー、疲れた。なんか、頭ン中に綿が詰まってるみてえ」
目の前のコーラに挿したストローを抜いて直接グラスに口をつけると一気飲みし、更に氷を口に入れるとバリバリと噛み砕く。そのまま何気なく窓の外を眺めるとスッと表情を硬くして
「おい、見てみ。窓の外」
戒斗「窓?」
裕士「ああ、あの信号の所。今、植え込みに腰を降ろした・・・分かる?」
戒斗「あの、黒いTシャツとジャケット着た男?」
裕士「あいつ・・・キシミだ」
戒斗「え⁉」裕士の顔を見る。
裕士「二か月位前、この先の公園であいつが人を襲ってんのを見た。・・・間違いない」
しゃべりながらも、目はじっと男を睨み付けている。
戒斗「二か月前、って・・・。あ、じゃあ、あの時のやつ⁉大学生がキシミに襲われた、って・・・!」
裕士「多分、この辺りが縄張りなんだよ。畜生、でけえ顔してうろつきやがって。化け物が・・・!」