75 小話『下手くそのうた』
白が好きだ。
何も描かれていない、誰のものでもない、でも全て受け止めてくれる、受け入れてくれる、そんな白が好きだ。
だから、今日も私は真っ白の画用紙を見つめる。本当は白いキャンパスなんて―― 格好つけてみたいが、絵心もない自分が手にして良いものか、そんなことを知りもしない周りの目が気になり買えずにいる。
でも、画用紙だって負けちゃいないだろう? ほら、ざらざらとした手触りが馴染んで、懐かしい…… 幼いときからクレヨンで、クーピーで、絵の具で。ずっと描いてきたんだから。
あの時は楽しかったなと思う。迷いもせず、次ぎはこの色あの色。
―― いつからだろうか。私はその素直な手を動かせなくなった。いや、病気や事故ではなく、ただ、真っ白を見つめるだけになった。
正直に言えば、こわいのだ。汚すことが? 上手く描けないかもしれないことが?
違う。違うよ。
むしろ白い世界の方が楽しい。
世界は、本当はただの白じゃない。色が浮かんでくるんだよ。最初からそこにあったんだ。時に凪いだ海を、時に光と緑を、あの屋上からの景色、花火を忘れた蟻とりんご飴。
…… 弱虫、と言われるかもしれない。結局は、描けないだけの下手くそだと。
それでも―― 私は白を見つめるのが好きだ。何十通りにも、何百通りにも、それ以上にも、思いのままに描ける白が好きなんだ。




