47 小話『羽化』~ 三人称を頑張った結果~
一馬にはじいちゃんから頼まれている仕事があった。しかし、仕事といっても大層なことでもなく、小学二年生の一馬にも出来る『モンシロチョウ捕り』であった。
「いいか、一馬。チョウば見つけたら、網で捕って、逃げないように網の口を折り返してだな…」と、毎度じいちゃんの家に来るたび聞かされる説明に、一馬は「わかってるって、ちゃんと生け捕りにするわ。だから数ごまかさないでよ?」と、じいちゃんの手から虫取網を奪うようにして、キャベツ畑へと走った。
キャベツ畑はそんなに広さはないが、じいちゃんが作るキャベツは美味いのか、沢山のモンシロチョウがひらひらひらひら飛んでいた。
「おお! 小遣いがたんまりだ!」
一馬は目を輝かせて、畑の端から端へと縫うように網を動かして、歩いた。
一匹、二匹、三匹、四匹… もう十匹越えたあたりから数えるのはやめ、小遣いで何を買おうか顔を緩ませた。そして、「よし、飛んでるのはいないな」とじいちゃんの元へと帰ったのだった。
「ずいぶんいたなぁ」
じいちゃんは、網の中でもがく白い塊を見て笑った。
「こんなに卵産み付けられたらたまらん。一馬、よくやったな」
「まあね。でも、ちゃんと数えてよ? 一匹二十円!」
一馬は網に手を入れたじいちゃんに、拳を握って言った。『モンシロチョウ捕り』は一馬の楽な小遣い稼ぎなのだ。
じいちゃんは笑った。
「わかってるさ、そんなに心配なら数え終わるまで見てればいいだろ」
「だって、気持ち悪いじゃん……」と一馬がじいちゃんの指で潰されていくチョウに顔を引きつらせたので、じいちゃんはいたずら心で声を潜めて話した。
「なぁ一馬、お前には黙ってたがな、チョウの命を馬鹿にすると呪われるんだぞ」
一馬は息をのんだ。
「う、うそ言うなよ、じいちゃん。……うそだよな?」
恐る恐る聞く一馬に、じいちゃんは「さあ?」と答え、小銭入れから四百円を取り出して一馬の手に乗せた。「気を付けな」
じいちゃんにおどかされて、うそだと思いながらも一馬の不安は残った。お菓子を買っても、家に帰っても、夕飯のロールキャベツには手が出ずに、風呂に入って早々に寝る。
「んなことあるかよ」
そう強気に笑うのが精一杯で、目を閉じた。
明くる日、一馬は身体の異変を感じて目が覚めた。
動かない――
何故か身体を揺らしても揺らしてもピクリともならず、あたりを見渡そうとしても頭が動かなかった。一体、何が起きたのか。もしや金縛りにでもあっているのか、昨日のじいちゃんの話を思い出して一馬は焦った。
すると、やたらと眩しい視界の中に聞き慣れた声が届いた。
「一馬は今日は来ないのかぁ、残念だなぁ、今日も沢山いたのに…… 」
一馬の耳の近くで、何かがぶちっと破裂した。




