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28 『聖域(仮)』 その2かな?

 街に軍人はいなかった。

 ランクチュアは外門を潜り、少し歩を緩めて夕暮れに染まった街並みと人々を眺めた。壊れた家はない。薄汚れてはいるが普通に建ち、何よりも人の顔に笑みが浮かんでいる。飯がちゃんと支給されている証拠だろう。皆、大事そうに籠を抱え、ランクチュアの前を横切った少年は、香ばしい匂いの道を作っていった。

 何と羨ましいことか。ランクチュアはギュウっと鳴いた腹を押さえ、振り切るように早足で人混みを抜けた。


   ∞


 世界が竜を手に入れてから五十年が経ったころ、激化した領土争いは竜の減少と疲弊により停戦となった。勿論、停戦すぐ後も国境にていざこざはあったが、そこから広がることはなかった。空には小さな鳥だけが飛び、驚かされることもあったが一応の終わりを迎えたことに誰もが涙し、夢を見、幼かったランクチュアもとび跳ねて喜んだものだった。

 しかし、アチュア帝国の王セアは黙ってはいなかった。


 竜の繁殖に成功――


 その知らせが届いたときのこと、ランクチュアは皆の顔を死ぬまできっと忘れはしない。これから全てが始まり出すのだと思っていたところへの絶望感。誰が今さら竜に乗りたがるものか。

 国民は怒りに拳を掲げた。けれど、所詮人間に過ぎず、一つの街が竜に消えたのを見せられて口をつぐんだ。そして王だけが声高らかに叫び、国民を奈落へと突き落としたのだった。


「性別関係なく、年頃の男女は竜乗りに志願すべし」


 徴兵ではないその王命に闇色の未来しか見えない。志願といっても無理矢理と変わらなかった。だが、そのときランクチュアは十五歳であったが、粗末な食生活に身体は小さく痩せ細っていたため軍人の目にはとまらず、ついでに幼い顔つきも相まってか今年二十歳の今の今まで見過ごされ続けてきた。

 見つかったのは、あまりの腹の痛さに耐えきれず神の社を訪れたときのことだ。初潮―― 真っ赤な色がランクチュアを裏切った。

 もう逃げも隠れも出来ない。それに、自分の歳を正直に話せば、厳しい罰を受けるかもしれない。

 ランクチュアは小刻みに震えながら、軍人の問いに答えた。


「十五であります」

「そうか。初めて見る顔だが…」

「食料を、食料を探して転々としてたので」

「ああ、やはり孤児か。それなら竜乗りはいいぞ、腹一杯飯が食える」

「腹一杯……」

「ああ、そうだ。竜乗りは特別だからな。俺もなれることなら、なりたかったよ」

 

 軍人はニヤリと笑い、ランクチュアの喉はゴクリと鳴った。腹一杯の飯、それだけがランクチュアの頭の中を駆けめぐる。すると、次第に怯えは消え去り、代わりに違うものが背を押した。


「なります! 竜乗りになります!」


 こうしてランクチュアは、軍人に連れられて街までやって来たのだった。


うん。性格が変わってしまった。

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