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 ・青藍の魔女は再会を望む

 本を読みふけっていた湖畔が見下ろせる高台にある自宅の扉を開けると、暖かなスープの匂いが鼻先をくすぐる。

「ただいま」

 シャルルが玄関を抜けてキッチンに顔を覗かせると、鍋を掻き回す女性が「おかえり」と、振り返った。

 その女性に向かってシャルルは「ただいま。ママ」と、もう一度挨拶をする。

 シャルルの母親であるエレノアは、シャルルが手にしている本に目を留めた。

「また本を読んでいたいの?」

「駄目?」

「駄目じゃないけれど、本当に本が好きね。……作家にでもなるつもり?」

「まさかっ! 私が作家になれるわけがないじゃない」

 シャルルが慌てて首を横に振ると、エレノアが楽しそうに笑う。

「あら、なりたければなればいいのよ。貴女は、何に縛られることも、何処かに属することなく、自由に生きることを許された身なのだから」

 エレノアは、からかうように指先をくるくると回すと、その指に合わせてシャルルが青藍の瞳を動かしてみせた。

「自由に生きることを許されているなら、とりあえず、好きなだけ本を読ませてもらうわ」

「どうぞご自由に」

 そう肩をすくめるエレノアが「でも……」と、付け足す。

「でも恋物語ばかり読んでいないで、たまには知識として役立つ本を読んでほしいけれど」

「はいはい」

 軽く受け流すシャルルは、心の中で「わかっていない」と、抗議する。

――恋物語も、人生における大事な教科書なのに……。

 運命の相手に巡り合い、その愛を深めるのに必要な方法を本は教えてくれているのに。

「なに?」

「お母様は、恋物語に興味はないの?」

 自分の両親が、身分違いの大恋愛の末に自分が生まれたことは知っている。

 そんな大恋愛をした母親も、若い頃は恋物語に胸をときめかせたのだろうか?

 エレノアは、そんな娘の好奇心を「興味ないわ」と、切り捨てる。

「恋は、読むものじゃなくて、体験するためにあるのよ」

 エレノアは、得意げにエメラルド色の瞳を揺らす。透明感のある深緑色の瞳は、闊達かったつで意志の強い彼女の性格を象徴している。

 自分の青藍の瞳が父親譲りであることを承知しているシャルルは、エレノアの瞳を興味深そうに見つめた。

 多くの秘密と重責を抱えた父親は、きっとこの意志の強い瞳に惹かれたのだろう。

 一人納得するシャルルに、エレノアが、こう付け足す。

「貴女も、もう少し大人になれば、私の言っていることがわかるわよ。……恋とは、本を読んで憧れるためのもじゃなく、全力で求めて生きている喜びを知るためにあるものなのよ」

「……」

 十八歳にもなって子供扱いされるのは面白くない。シャルルは、不満気に目を細めた。

「そうだ。暇なら、庭からマジョラムの葉を採ってきて」

「…………はい」

 しばらく抗議の視線を送っていたシャルルだったが、涼しげなエレノアの表情にため息を吐くと、側にあった椅子に羽織っていたマントと本を置くと、庭へと向かった。


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