3・青藍の魔女は再会を望む
微かな風に揺られ、湖面に細かい光が揺れる。
背もたれにしている樹の木漏れ日が、本にまだら模様の影を落としている。青藍の魔女の異名を持つシャルルは、頬に風が触れるのを感じながらページを捲った。
「いいなぁ……」
本を読み進めるシャルルは、深いため息を吐いた。
シャルルが読んでいるのは、彼女の暮す土地を預かる領主であるリチャードがお土産にくれたものだ。
リチャードは、暇を見付けてはシャルルたちの様子を見に来るが、その際必ず手土産に本を持ってきてくれる。持ってくる本の内容は、シャルルの成長に合わせて変化してきて、最近は恋愛小説が多くなってきた。
初めの頃は恋愛小説が嫌いだった。誰も死なず、強大な敵も現れず、騎士も魔法使いも活躍しない物語のどこが面白いのかわからなかった。
でも最近は不思議なことに、恋愛小説が面白くてしょうがない。
運命の出会い、身分違いの恋、恋のライバルとの対立……。そういった恋の障害を乗り越えて、真実の愛を確かめ合う二人の姿に胸がときめく。
「……っ!」
本を読み進めていたシャルルは、鳥の声に顔を上げた。
顔を上げると、シャオと呼ばれる小さな鳥が群れを成して森へと帰って来るのが見えた。シャオには、日の出と共に巣を離れ、夕暮れに合わせて巣に戻ってくる習性がある。
本に没頭していたシャルルは、シャオの群れを見上げて、名残惜しそうに本を閉じた。
閉じた瞬間、前髪を揺らす風圧にも愛おしさを感じるほど、面白い物語だ。
「さて……帰らないと」
本当はこのまま本を読み進めたいけれど、今日のような軽装備のまま外で夕暮れを迎えるのは危険だ。
ジン相手なら勝てる自信はあるが、霊獣相手には今日の装備では心もとない。
もちろん領地内には魔術師によって霊獣除けの結界が張られているが、それでも夜は、夜行性の霊獣に分がある。しかも時には、霊獣に手を貸すジンもいるので警戒するに越したことはない。
自宅なら、より強い霊獣除けの結界に守られている。
立ち上がりスカートの裾を払うシャルルは、霊獣除けのマントを頭から被り、本を胸に抱えて走り出した。
走りながらも、頭の中では、さっきの物語について考えてしまう。
いつか自分も、物語のような恋をする日が来るのだろうか?
だとすれば、その相手は……。
――竜騎士……ヘイスティン・ネイバル。
まだ幼かった頃、一度だけ会ったことのある彼の名が、自然と脳裏をかすめる。
――彼は、私のことを覚えているかな?
――もし会えたら……。
その先を考えると、胸がドキドキして、上手く考えをまとめられない。
シャルルは、はやる気持ちを抑えるように、走る速度を速めて家路を急いだ。