・竜騎士は青藍の魔女を望まない
「人払いを」
浴場にヘイスティンが入ると、彼に続くレイドが、控えていた侍女に退室を命じる。
侍女たちが一礼を残して浴場を離れるのを確認すると、ヘイスティンは、仮面を外した。
竜の呪いに掛けられているヘイスティンの素顔を見ることは、腹心の家来であるレイドにしか許されていない。
鎧を脱ぐ拭手伝いをするレイドは、仮面を外したヘイスティンの左目に悲痛な表情を浮かべる。
「気味が悪いか?」
レイドが、首を横に振る。
「いえ。…………ですが心配です。いつかそれが、ヘイスティン様の体に害を与えるのではないかと」
「十年間なにもなかったのだから、大丈夫だろう」
「そんな楽観的な……。十年なにもなかったからと言って、十一年目もなにもないと言う保証はないのですよ」
真剣な表情で訴えるレイドを、ヘイスティンは「大丈夫だろう」と、宥める。
「青藍の魔女も、この目がもとで死ぬことはないと言っていた。……ただ苦労することになるとは、予言していたが」
ヘイスティンの言葉にレイドは「青藍の魔女は、何故そのような呪いをヘイスティン様に掛けたのでしょうか」と、眉を寄せる。
「さあな。……だがオレには、青藍の魔女に悪意があってのことだとは思えないんだ」
――正しくは、自分の意思で呪いを掛けるだけの力が、青藍の魔女にはないだろう……。
ヘイスティンはずっと、この瞳に掛けられた呪いは、青藍の魔女の意図するものではなかったのだろうと推測している。
だが命を救われたあの日は、ヘイスティンとレイドは別行動を取っており、青藍の魔女の姿を見たのはヘイスティン一人なので、その推測は想像の域を出ない。
幾つか説明のつかない点もあるし、明確な証拠もない状況で、命の恩人である青藍の魔女のことをあれこれ推測することもはばかれる気がする。だから、自分の推測をレイドにも話したことはない。
「もう一度、青藍の魔女に会い、その呪いを解いてもらうよう頼んではどうでしょうか?」
レイドの意見に、ヘイスティンは「必要ない」と、首を横に振る。
「欲張り過ぎは身を滅ぼす。シュールベイル公が擁護する魔女を無暗に利用すれば、どんな代償を払うことになるか……」
苦笑いを浮かべるヘイスティンに、レイドが「しかし」と食い下がる。
「王家より預かる『城住まいの魔術師』とは違い、領地の片隅に住まう青藍の魔女になら、シュールベイル公に気付かれることなく接触することも出来るのでは?」
ヘイスティンの城に住まうドロー同様、貴族の城には、王より預かりし『城住まいの魔法使い』がおり、城と領地を守る要の訳を果たしている。
確かに城住まいの魔法使いとは違い、青藍の魔女は森に住んでいるので、接触はしやすいのだろう。だがヘイスティンは首を横に振る。
「駄目だ」
「……」
レイドは、諦めたように口を閉じた。
だが忠誠心の強いレイドとしては、主であるヘイスティンの将来を憂い、現状を打開する術を模索していた。