1-1『異世界』
美醜逆転世界を書こうとしたら、これが書けた。
あ、美醜逆転世界ではないです。
どこにでもあるコンビニエンスストアにある、トイレの個室で、佐々木誠は、鏡越しに見える、死んだ目をした自分を見る。げっそりとやつれている、原因は分かりきっている、プロジェクトリーダーを任されたことによるものだ、26という若い歳で任された、最初は実力が認められたのだと喜んだのだが、やることの多さ、わからなさといったらもうといった具合で、初めて一月にもなると、ごらんの有様だ。
「はぁ~」
長い長いため息を付いて、蛇口を捻る。シャーという音を響かせながら、水が流れ出し、排水溝へと消えていく。今の自分なら、これを眺めるだけで半日は過ごせる。
しかし現実は甘くない、もうやめて欲しいけど、追撃を仕掛ける。今は外回りで、外にいるが、帰れば仕事が残っている、日付を跨ぐのは確実だ。超会社辞めたい。
数分、そこで止まっていたが、意を決したように手を洗い、ポケットからハンカチを取り出し、濡れた手を拭く。トイレから出て、出口へと歩くと、ふと冷蔵の棚が見えた。栄養ドリンク、今の自分には必要なものだ。
買おうか、そう思って棚へと近づくと、横の出入り口の自動ドアが開き、聞きなれた電子音が響いた。
思わずそちらへと視線を向けると、エナメルのバックを肩に担いだ少年が見える。
中々に顔立ちが整っていた。そんな少年は店内奥へと歩いていき、棚に隠れて見えなくなった。
――俺も、十年前はあぁだったのかね、と考えてすぐに中断する、虚しくなるのがわかっていたからだ。
さっさと選んで外に出てしまおう、そう考えて、適当に選び、レジへと向かう。かなり込んでいるようだ、五人ほどの列ができていて、その最後尾へと向かう。
ボケッとしていると、すぐに順番は回ってきた、栄養ドリンクを差し出し、財布から丁度の値段を取り出して差し出す。「レシートいりません」とさっくりと告げて、外に出て、出入り口の横に設置されたゴミ箱付近で、煽るように栄養ドリンクのビンを傾け、一気に飲み干す。
舌に焼けるような甘み、昔はこれが好きだったが、今はどうにも好きになれない。
専用の場所に捨てて、会社へと向かうために、車へと乗り込もうとすると、電子音が聞こえた、見ると、さきほどの高校生が、ビニール袋を引っさげて、横を通り過ぎていた。
そのときだった、ガシャッという鈍い金属音が聞こえ、そちらへと視線を向ける。
すると、黒い皮製の財布が見えた。高校生のものだということはすぐにわかった。
思わず拾い、高校生へと視線を向ける。既に自転車にのり、走り出していた。
追いかけよう、そう考えて小走りで向かう。
――これが、運命の分かれ道だった。
上手いこと赤信号に引っかかり、高校生は赤信号を無視する性格ではないのか、車の来ない道路を渡らず、待っているようだ。
「おい、財布落としたぞ!」
そう誠が叫ぶと、少年はポケットの上をポンポンと叩き、自分のだと理解して振り向いた。
そのときだった、誠の目の前に、黒い塊が発生する。そしてそれは、誠を飲み込んでいった――。
アステル大陸は、人の住む人界、亜人の住む魔界の二つに分かれており、諍いが耐えなかった。そして近年、魔界の民が力をつけた、それは魔王と呼ばれる、ベルゼアードが現れてからで、それはその魔王によるものだということは火を見るよりも明らかだった。
人界の国々が、どう手を打ったものか、そう手を拱いていると、自称・予言者である、占い師ヨルダが予言を言い放った。
――異界の勇者を召還せよ、そのものは大陸に大いなる幸福の花を咲かせるだろう
というものだ。胡散臭さ抜群だったが、でてきたら良い程度の感覚で、各国は召還することを決定。
特に金もかからない、必要なものは人件費ぐらいなものだ。異世界へと干渉する魔法<異界接続>は、成功確立の低いもので、成功してもたいしたものは出てこない。
魔法使いが面白半分でやっているという記録はある、あわせれば数十万はやっているだろうか、そして巨大なものがでてきたのは一軒のみ、あとは何も入ってない、やわらかい材質の水入れぐらいなものだ。
成功したのも、粗暴な異世界人が、よくわからない鳥のような形をしたものに乗って現れた、そのセントウキというものは、既に壊れかけで、何故動いてるのかもよく分からない代物だった。
その前例も、千年以上前のものだ。
そのために、各国はさして難しく考えることも無く、魔法使いを集めて、<異界接続>を行った。
そして、ハンリカ王国も例に漏れてはおらず、王城から少し離れた塔の地下室にて、中心に魔方陣を描き、それを取り囲むように、顔が隠れるほどに深くローブを被った魔法使いが立ち、そしてそれを眺めるように、ハンリカ王国国王である、エンリブが椅子に座っていた。
「―――」
<異界接続>を行うために、魔法使いたちは歌のような詠唱を行う。
詠唱に答えるように、魔方陣が白い光を放ち、地下なために、四方に置かれたランプに照らされる程度の薄暗い部屋は、真昼の太陽光が差し込んでいる部屋のような、明るさに変わった。
「―――」
そして詠唱が終盤へと差し掛かり、発光がピークを迎える。
そして終わった瞬間に、ぶわりと熱風が舞ったかと思うと、一瞬のうちに発光は終わり、風にランプの光が消され、部屋が闇に包まれた。
「明かりをつけろ」
部屋にエンリブの低い声が響き渡る。
その瞬間、ポッと炎が現れる、それは魔法使いの手のひらから、燃料も何も無く、燃え盛っていた。
そして、炎は四つに分かれると、四方にあるランプへと向かい、着火した。
部屋は完全な闇から、再び薄暗い程度に変わる。
そしてそれは、魔方陣の上に横たわる、二人の男を映し出した。
「どちらが勇者だ」
「そ、それは、わかりません、恐らく、予言者しか」
一人ならば、こいつだといえる、しかし二人だと分からない。
「使えないな」
冷たい、突き刺すような低い声だった。
魔法使いたちは、ビクリと肩を揺らした。
現ハンリカ王は、冷酷なことで有名だった。役に立つか、立たないか、立てば優遇するが、立たなければ捨てられるか、殺されるかだ。
魔法使い達は焦った、どうにかして勇者を選ばなければ。
「じょ、情報石を使いましょう」
魔法使いの一人が、そういった。他の魔法使いも、小さく頷いた。
情報石は、相手の情報を数値化するものだ。力や魔力の量などを見ることができる。
魔法使いたちは、持っているはずの一人へと注目する。注目された人物は、焦ったように体をまさぐり、一つのまん丸な水晶を取り出した。
「で、では使います」
高い声が響き渡った。水晶を握り締めて、小走りで、魔方陣の上で寝ている男へと近づくと、二人のうち、若い方の手を最初にとって、水晶へと近づけた。
そして、水晶へと顔を近づける。
数秒固まったあとに、はじかれるように立ち上がり、すぐさまもう一方へと手を取り、そして触れる。
そして同じように覗き込む。
「……魔力が、こちらのほうが」
そういって、若い方を指差した。
「勇者といえば、大陸を幸福にするもの、つまり魔王を倒すものですね、では、こちらが勇者でしょう」
魔法使いの一人が、断言するように、そう言い放った。
「では、目覚め次第、片方には金でも渡して放り出せ、もう片方は教育しよう」
魔法使い達は同時に「ははっ!」と言い放つ、それを聞いた後に、エンリブは歩き出し、部屋の外へと向かった。それを追うように数人の魔法使いも外へと出て行く。
取り残されたのは、水晶を持った一人と、4人の魔法使い。
「……では、塔の上に部屋があるので」
「えぇ、運びましょう」
水晶を持った一人は、顔を隠していたローブを脱ぎ捨てる、隠れていた金髪と、青い宝石のような瞳があらわとなった。「ふぅ」とため息を付いて、伸びをする。
「あぁ、疲れたぁ」
そういって、倒れる二人のうち、一人を見る、若い方ではない、老いているというほどではないが、少なくとも年齢が高いであろうほうだ。
どちらも黒い、奇妙な服装だ。しかし上等なものだと、触らずとも分かった。
「マニラ、さっさと運ぶわよ」
「はいはい」
マニラは、人差し指を二人に向けると、重力を無視して、ふわりと浮き上がる。
それを見届け、歩き始めると、その速度と同じ速さで、浮いている二人も追ってくる。
軽い身のこなしで二段飛ばしをしながら、塔を駆け上り、三階部分へと到着する。
使われていない部屋があり、そこには二つのベッドが並べられていた。
一人ずつ寝かせると、部屋についている窓へと近づき、鍵を開ける、そして乱暴に叩き開ける。
外は、太陽がてっぺんにあった、お昼時だ。マニラのお腹も空腹を訴える音を鳴らす、おなかをだくように抱えて、ちらりとベッドに眠る二人を見る。
起きてないことを確認し、二人へと近づく。
どちらも、顔立ちはここらでみないが、整った容姿だった。
「まぁったく、同情するわ」
そこまで感情のこもって居ない声で、そう言い放つ。実際人事なので、どうでもいいのだろう。
「ま、どうでもいいけど……ごはんたべよーっと」
そういってパタパタと走っていき、再び乱暴に、バンッと大きな音を立てて扉を閉めて出て行った。
その音によるものか、一之瀬大和――若い少年のほうがうめき声をあげながら、起き上がった。