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天国の入口

作者: jun

【それはとても寂しいけれど、生きていればどんな者にも訪れる。やがて天国へ旅立つ時が……。


 でも泣かないで、ずっとずっと近くで見守っているから。そしていつかまた逢えるから】


「……おしまい。さぁ、もう寝なさい」

 母猫はゆっくりと絵本を閉じて、仔猫の頭を撫でました。


「この絵本は初めてだ。なんだか悲しいお話だったね」

 仔猫はそう言ってまぶたを閉じました。


「そうね。でも泣いちゃだめよ、大きくなれば分かる時がくるわ」

 母猫は仔猫が眠りにつくまで、ギュッと抱きしめました。



 翌朝……。仔猫が目を覚ますと、甘いミルクの香りが鼻をくすぐりました。


「ママ、おはよう」 と言ってみましたが、母猫の姿は見当たりませんでした。小さな部屋には、キッチンとテーブルにベッドしかありません。


 仔猫はベッドからはい出ると、ミルクの香りのする方へ歩きます。テーブルの上には、まだほのかに温かいカップが一つ乗っています。


 仔猫は椅子に腰掛け、カップを手に取りミルクを一口飲みました。


「ママ、どこに行ったのかな……」

 ボーッとミルクを味わっていると、テーブルの上に、あの絵本が置いてある事に気づきました。


 なんとなく絵本を手に取ると、紙が一枚ヒラヒラと床に落ちていきます。カップをテーブルに置き紙切れを拾うと、母猫からの手紙でした。


【私のかわいい坊や。ママも天国へ旅立つ時が来ました。出発は誰にも話してはいけない昔からの決まりなので、黙って行くけど泣かないで。ママは坊やを強い子に育てたつもりです。あいさつの仕方、ご飯の捕り方覚えてますね? 歯磨きと爪磨ぎも忘れちゃだめよ。元気に育ってくれると信じています。ママより】


「そっか、ママは天国に行ったのか……」

 仔猫は手紙をテーブルに置くと、再びカップを手に取りミルクを飲み干しました。


「よし、僕も天国へ行こう! まだミルクは温かかったし、ママに追いつけるかもしれない!」


 仔猫は急いでねまきを脱ぎ、いつもの短パンとYシャツに着替えました。忘れていけないのは蝶ネクタイ。1番大切にしている、水玉模様の蝶ネクタイを着けて急いで家を出ました。


 急いで出たのはいいけれど、天国への行き方が分かりません。右の道はいつもママと一緒にご飯を捕った原っぱ。左の道は、少し行くとアリクイさんとタヌキさんのお家があって、そこから先には行った事がありません。


「アリクイさんなら、天国の場所を知ってるかもしれない!」

 仔猫は迷わず左の道へ進む事にしました。


 しばらく行くと、アリクイさんの家が見えてきました。アリクイのおじさんが、家の前でお花に水をあげています。


「アリクイのおじさん、おはよう!」

 仔猫は元気よくあいさつしました。ママにあいさつは元気よくするのよって、いつも言われていたからです。


「やあ、おはよう。ずいぶんと早起きだな。1人でどこへ行くんだい?」


 仔猫は、ママが天国へ旅立った事を話して聞かせました。


「そうか、私も実際に行った事はないが、とても良い所みたいだよ。ん? 場所か……私も知らないな。死期が近づくと天国から手紙が届いて、詳しい場所を教えてくれるみたいだよ」

 そう言って花壇のお花を一本、仔猫の胸ポケットに入れてくれました。


「そっか、ありがとうアリクイのおじさん! この先のタヌキさんに聞いてみるよ」

 死期の意味はよく分かりませんでしたが、仔猫は元気よく歩き出します。仔猫は、このお花をお母さんにあげようと思いました。


 少し歩くと、タヌキのおばさんが向こうからやってくるのが見えました。


「タヌキのおばさん、こんにちは!」

 仔猫は元気よくあいさつしました。


「あら、仔猫の坊や。おはよう。1人でお出かけできるようになったの?」


 仔猫の坊やはいつも、母猫の後ろについて行くだけだったので、初めて1人で外を歩いているのです。すごい冒険をしているみたいでワクワクしていました。


 仔猫はママが天国へ旅立った事を、タヌキのおばさんに話して聞かせました。


「……そう。もうそんな時期になったのね。困った事があったらおばさんに言ってね。え? 天国の行き方? ごめんね、おばさんも知らないのよ。そうだ、この先に住んでいる、ゾウガメのおじいさんなら知っているかもしれないわ」

 タヌキのおばさんはそう言って、ポケットから飴を一つ出して、坊やに渡してくれました。


「タヌキのおばさん、ありがとう!」

 仔猫は、タヌキのおばさんにお礼を言って歩き出しました。


 道は川沿いの一本道で迷う事はなさそうです。仔猫はまだまだ元気いっぱいで、初めての景色に目を奪われながらも、ママに会うため休まず歩き続けました。


 しばらく歩いて行くと、河原に大きな石があるのが見えました。

「そうだ、爪を研がなきゃ!」

 母猫の手紙にも書いてありましたが、毎日爪を研ぐのよ、と言われていました。


 仔猫は河原の大きな石に近づくと、爪を出してカリカリと研ぎ始めました。


「……こらこら。ワシの甲羅で何をしておるんじゃ」

 大きな石がゆっくりと動きました。


 仔猫はビックリして、後ろにひっくり返ってしまいました。


 大きな石が、ゆっくりとこちらへ振り向くと、仔猫に話しかけてきました。


「ごめんなさい、大きな石と間違えて爪を研いじゃった」

 仔猫は素直に謝りました。


「ホッホッホッ、こんな所で日向ぼっこしていたワシが悪いんじゃ」

 おじいさんは優しく笑ってくれました。


 ゾウガメのおじいさんは、とても大きいからすぐに分かるわよ、とタヌキのおばさんが言ってました。


「そっか、石だと思ったのは、ゾウガメのおじいさんの背中だったのか。大きいな。ママより大きいや」

 仔猫は、天国の場所を知らないか聞いてみました。


「天国か。ワシはとても長生きじゃが、見ての通りゆっくりとしか動けん。そんなに遠くまでは行った事がないんじゃ。この先に住んでいる、キツネなら知っておるかもしれんな」


「ゾウガメのおじいさん、ありがとう!」

 仔猫は、ゾウガメのおじいさんにお礼を言って歩き出しました。


 しばらく歩いて行くと、枯れ草の上で寝転んでいるキツネを見つけました。


「こんにちわ、キツネのお兄さん!」

 仔猫は元気よくあいさつしました。


「やあ、君はこの先に住んでいる仔猫だね」


「僕を知っているの?」


「そりゃそうさ、俺は世界を旅したからね。知らない事なんかないさ」


「世界を旅したのか、キツネのお兄さんはすごいな」

 仔猫は、ママが天国へ旅立った事を話しました。


「……天国か。あそこはいい所だ。一年中春のように暖かいし、お腹も減らないしね」


 仔猫はようやく、天国の場所を知っている人に会えました。


「教えてあげたいけど、お腹がすいて動けないんだ」

 キツネはお腹をさすりました。


「タヌキのおばさんに貰った飴で良かったら食べて」

 仔猫は、キツネのお兄さんの口に飴玉を入れてあげました。


「ありがとう、少し元気になった。……でも明日、友達の誕生日なんだけど。お洒落な服がなくて困ってるんだ、一緒に探してくれるかい?」


 仔猫は迷いました。急がないとママに追いつけないかもしれません。


「そうだ、この蝶ネクタイをあげるよ!」

 仔猫は蝶ネクタイを外して、キツネの首につけてあげました。


「こんなお洒落なネクタイを貰ってもいいのかい?」


「うん、良かったね。これでお友達の誕生日会に行けるね。そうだ、このお花をプレゼントしたら、お友達はきっと喜ぶよ」

 仔猫は胸に刺さったお花をキツネにあげました。困っている人がいたら助けてあげなさいと、いつもママから言われていたからです。


「ありがとう、坊や。これで誕生日会に行っても恥ずかしくない。じゃあ、かわりにちょっと汚れているけどハンカチをあげるよ」

 キツネは立ち上がって、ポケットから薄汚れた布を出して、仔猫の首に結んでくれました。そして、丁寧に天国への行き方を教えてくれたのです。


「キツネのお兄さん、ありがとう! これでママにまた会えるんだね」

 仔猫は、キツネのお兄さんにお礼を言って歩き出しました。


 キツネに言われた通りまっすぐ進んで行くと、わかれ道が見えてきました。


 看板が立っていて左には天の川、右には熊籠り(くまごもりやま)と書いてありました。


「熊籠り山……読めないや。でも右に行けばいいんだよね」

 仔猫は看板の文字を読めませんでしたが、キツネに言われた通り、右へ進んで行きました。


 少し行ったところで、木の上から声が聞こえました。


「仔猫の坊や、こんな所で何してるの? この先は熊が住んでいるから危ないわよ」

 小さな小鳥が話しかけてきました。


「インコのお姉さん、こんにちわ!」

 木の上にいたのは、たまに仔猫のお家に木の実を届けてくれる、インコのお姉さんでした。


 インコのお姉さんに、ママが天国へ旅立った事。キツネのお兄さんが、天国の場所を教えてくれた事を話して聞かせました。


「枯れ草の所にいるキツネの事? あいつはウソつきで有名なのよ、信じちゃだめよ」


「そんな事ないよ。お兄さんは丁寧に、天国の行き方を教えてくれたし。僕の蝶ネクタイと、この大事なハンカチを交換してくれたんだよ」

 仔猫は誇らしげに、首のハンカチを見せてあげました。


「そんなのきっと何処かで拾ったやつよ。それに蝶ネクタイって、あの水玉の蝶ネクタイじゃないわよね?」


「そうだよ、あの蝶ネクタイと交換したんだ」


 仔猫はインコのお姉さんに、誕生日会の事を話してあげました。


「騙されたのよ。そんなのウソに決まってるじゃないの! あの蝶ネクタイは、あなたが産まれた時に、お母さんがくれた大切な物なんでしょ」


「そうだよ。僕の持っている中で、1番おしゃれで大事な物なんだ。だからお友達もきっと褒めてくれるよ。それからキツネのお兄さんは、ウソつきじゃないってば」


「もう好きにすればいいわ。でも、もうじき暗くなるから出直した方がいいわよ」

 インコのお姉さんは鳥目なので、暗くなると見えなくなってしまうからと言って、飛んでいきました。


 太陽が少し山に隠れ始め、夕焼け空がとても綺麗です。

 まっすぐ進んで行くと、目の前に大きな穴が見えてきました。


「これがキツネのお兄さんの言ってた、天国の入口だ!」

 でも穴は大きな岩でふさがれています。


 ……いいかい。穴についたら、近くにある石。なるべく大きな石を、入口めがけて投げるんだ。とキツネのお兄さんに教えてもらいました。


「よいしょ。えいっ!」

 仔猫は、自分が持てる1番大きな石を投げつけました。


 すると入口をふさいでいる大きな岩が、モゾモゾと動いて穴から出てきました。キツネさんの言った通りです。


「ほらね、やっぱりキツネのお兄さんは、ウソつきなんかじゃないや!」


 大きな岩がアクビをしながら、仔猫をジロリと睨みます。


「こんにちは! 僕のママに会わせて下さい」

 少し怖かったけど、勇気を出してお願いしました。


「ママ? 何を言ってるんだお前は?」

 大きな岩が、めんどくさそうに立ち上がり、背伸びをしました。仔猫からみたら、山のように大きく見えます。


 その時です。仔猫の横の木陰(こかげ)から、何かが飛び出してきて、仔猫の前に立ちました。


「あっ、キツネのお兄さん! こんな所で何しているの? 僕の事が心配で、ついてきてくれたのかな?」

 しかし、キツネは黙っています。


「お兄さん、ありがとう。もうすぐ、ママに会えるよ」


 本当は間抜けな仔猫が、熊に食べられるところを見に来たキツネでしたが、言えませんでした。


 キツネは陰からずっと、仔猫の事を見ていたのです。そうして仔猫が本当に自分を信じてくれているんだとわかり、この坊やの信頼に答えなければと、思わず飛び出してしまったのでした。


「坊や、少し離れててくれるかい? 俺が熊さんに、坊やのママの事を説明するから。それでもダメだったら、今日はお家にお帰り」


 仔猫はキツネに言われた通りに、少し離れて待つ事にしました。


 キツネは、ここに天国の入口があると、仔猫にウソをついた事。騙して飴やネクタイを奪った事を熊に話しました。


 辺りは薄暗く、もうすぐ太陽が、山の向こうへ沈もうとしています。


「キツネのお兄さん。まだかな? 僕、ママに会えると思っていたから、暗くなったら1人で帰れないよ。そっか、キツネのお兄さんが一緒なら平気だね」

 仔猫は無邪気に笑いました。まだここが天国の入口だと信じて疑っていません。


「ごめんな。俺は一緒には行けないんだ」

 キツネは自分が食べられるかわりに、仔猫を見逃してくれるように、熊へ頼んだからです。


「そっか、じゃあ僕1人で頑張るよ。また明日くるね」

 仔猫は来た道をとぼとぼと戻り始めます。


「あっ、坊や。この蝶ネクタイと花は返すよ」

 キツネは、蝶ネクタイをはずして、花と一緒に仔猫へ渡しました。


「お誕生日会には行かないの? きっとお友達は、カッコいい蝶ネクタイだねって褒めてくれるよ」


「ありがとう、坊や。残念だけど、誕生日会は中止になったんだ」

 キツネは仔猫のまっすぐな優しさに、涙が一つこぼれました。


「う~む。まだ早かったかもしれないな。そこで待っていろ」

 熊が唸るような声を出して、穴の中へと入って行きます。


 しばらく待っていると、穴の奥から熊がノシノシと戻ってきました。


「いいか、キツネに仔猫の坊や。この場所は秘密なんだ、絶対に誰かに話してはダメだぞ!」


 熊はそう言って、穴の横へと移動しました。




 するとそこには、仔猫のママが座っていたのです。たった半日ぶりなのに、仔猫は涙が溢れて止まりませんでした。


 母猫は坊やを抱きしめ、頭をいっぱい撫でてくれました。


 そうなんです。キツネが騙すつもりでついたウソは真実だったのです。天国の入口は、確かにここに存在したのでした。




-おしまい-






 ……えっ? このあとどうなったかって? それは今、皆さんが思っている通りになったはずです。

信じる者は救われる。嘘から出た真実(まこと)。この2つが、このお話の軸になっております。


読んで頂き、ありがとうございました。

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