神殿3
「知っていらっしゃる……と?」
困惑した表情で、司祭様が繰り返し訊ねてきた。灯里がそれに再び頷くと、彼女の弟が訝しげに眉を顰めた。
「どこで知ったんだよ?」
「…本だよ」
「そうじゃねぇ。媒介じゃなくて場所を聞いてんだよ」
「……」
問い詰める姿勢になりつつ詰め寄ってくる海の二度目の問いかけに、灯里は口を閉じざるを得なかった。答えられない。
彼は、『どこから』知ったのかではなく『どこで』知ったのかと訊ねてきたのだ。
これまでも、灯里は表現を曖昧にして答えていたが、少なくとも嘘は言っていない。…ただ、言っていないことがあるだけで。
例を挙げるとすれば、「いや、見たことはないよ。ただ、本の中での神殿がこんな感じだったからね」という発言。
──兄弟を含めた周りは、この発言を『日本で読んだ本』だと認識していたようだが、実は違う。この時、灯里は『前世で読んだ本』の中に書かれていた記述を思い出していたのだった。
けれども、灯里は、それをわざわざ自己申告して混乱を起こさせるのを嫌がったために、言わなかった。……あくまでも、『言わなかった』だけなのだ。嘘をついてはいないから、ほとんど罪悪感はない。
自分の兄弟たちを騙しているのだと思わなくもなかったが、それを言ったが最後、『召喚の儀』に引っ張り出されて只でさえ混乱している彼らは、更に混乱するだろう。最悪、灯里を気味悪がるかもしれない。
それ(特に後者)が嫌だった灯里は、あえて言わなかったのだ。
その核心を突いてくる質問に、灯里は内心で舌打ちをする。意図して言わなかったことを、わざわざ暴かされたくはなかった。
「………自分の部屋だよ。私の部屋にはそういう本がたくさんあるから」
──弟は、たまに此方がはっと驚くようなことを言ってくる。それは昔からだったが、明るい茶色に髪を染めた今でもそれは健在らしい。
今まで──海が小さな違和感に気付くまでは、それで押し通せただろう答え方だったが……今ではもう通用しない。
それを察して嘆息した灯里は、此方の負けだと心の中で海へと白旗を揚げた。
元々、こういうことに気が付くであろう人物は、兄弟の中では海だけだった。そして、海に気付かれた以上は、はぐらかすのも至難の業…否、ほぼ不可能だろう。
もうどうにでもなれ、と自棄気味に、灯里はぽつりと単語を発した。
「…前世」
「ぜんせ?」
頭の中でうまく漢字変換できなかったらしい蛍が、聞き返してくる。
「転生者。記憶を持って生まれ変わったってことだよ」
記憶を持ったまま生まれ変わったなんて、一種のホラーだろう。だから、気味悪がられても仕方がないことだ。…先ほどカミングアウトをしてしまったけれど、しらを切り通したほうが良かったのかもしれない。
失敗した、と思った。
「……」
皆が此方を凝視している。
居たたまれなくなった灯里は、頭の片隅でこれからどうしようかと、ひっそりと作戦を立て始めた。
化け物呼ばわりされる前にこの神殿から出た方が良いだろうか? 今なら、まだ、皆の思考が追いついていないから……彼らが再起動する前にこの場を去れば、とりあえずはバッシングされなくても済むだろう。まあ、彼らの今後の行動によっては、その平和は束の間のものになるだろうけれど、それは致し方ない。過去の自分が悪い。
どうせ召喚されたばかりで一文無しなのだ。躊躇する必要はない。
…躊躇するとしたら、兄弟に関することだけだろうけど、今回のは当てはまらない。
逃亡するとしたらやっぱりあの窓かな? ステンドグラスだね、綺麗。見るからに高そうな……あぁ、もしかして、あれ蹴破ったら高額請求が来るのかな? 私は捕まらないだろうから、たぶん兄弟宛に。…それは嫌だな。私が迷惑をかけるわけには──
「(うーん…)」
この間、およそ三秒弱。
その短時間で様々なことを考えていた灯里は、蛍の「質問ー!」という大声にピクリと身体を揺らした。
「………な、なに?」
「前世ってどんなだったの? 聞きたい!」
「え。…んーと、しがない貴族の令嬢だったよ」
そこで、灯里が一旦言葉を切って蛍以下兄弟三名の顔色を窺うと、皆して気味悪がってはいないようだった。
それどころか、負の感情が少しもうかがえない様子に、灯里は拍子抜けをする。…あれ? 想像と違う。
「「「令嬢!?」」」
「え、何その愕然とした表情。そんなに信じられない? ──…ちょ、皆して頷くんじゃない!」
兄弟どころか司祭様、それに神官まで唖然としている。
いや、たしかに今は気品ないけど…だとしても、そこまで疑わなくてもいいのでは?
「ほ、本当に令嬢だったの? 灯里が?」
「うん、とある男爵家のね。…当然だけど、今とは性格違ったんだよ?」
……あの頃は、猫を被っていたとも言うけど。
読んでくれてありがとうございます。
もしかしたら、後で少し文章を変えるかもしれません。