神殿2
シェルラツィドさんは司祭様らしい。
司祭様というのは、『神殿』で一番偉い人のことだ。…あまり宗教に拘らない日本人には分からないかもしれないから、そういう人たちは「司祭は神官のまとめ役。『神殿』の総責任者みたいな人」だと思ってくれていい。
実際、神官の力の暴走時の責を負うのは司祭様の役目だ。そして、暴走した者を力ずく(命を賭けても、という表現でないのは、司祭様が一番強いから)で止めたり。
これくらいはアーカイス国でも一般教養の部類に入っていたから、分かる。
…あぁ。それで、状況説明の方だけれど。
簡潔にいうと「魔王を倒して欲しい」らしい。つまりは、我々は勇者として召喚されたわけだ。
少し詳しく説明すると、「魔王が数年前に復活した。それに伴い魔族の動きも活発化していて、この国だけでも、田舎の方では村一個が全滅するなどの深刻な被害が幾つも挙げられている。我々の手に負えないと世界の国々で判断したため、魔法大国であるわが国が勇者召喚の儀を執り行うこととなり、今に至る」と。
前世の知識(この世界と似ているから是非参考に)で補足説明を入れると──
まずは、勇者召喚について。
歴史書を見ると、全世界でその実例があるようだった。その数は少ないけれども。
…あと、これは書物の中での知識だけれど、異世界から召喚された者──俗に言う『勇者』は、こちらの世界の人々よりも、いろいろと強いらしい。
身体能力は化け物レベルだし、生命力や戦闘力は桁外れ。こちらの世界の人々にとっては致命傷でも、異世界者にとってはそんなでもない。痛いけれどそれなりに動ける、というレベルなのである。…ちなみに、前世でその記述を見たとき、恐怖を抱いた。周囲の人たちは憧れを抱いていたけれど、私にはよく理解できない。
その違いが何なのかは不明だ。
そもそもの身体構造なのか、それとも召喚されるにあたって何か女神の加護のようなものが受けられるのか。
私はその謎を今経験したわけだけれど、それでもやはり分からない。加護を得たようにも思えないけれど、かといって前世と今世でそんなに違いがあるとも思えない。
……謎は深まるばかりだ。
「ところで、ここって何ていう国なんですか?」
説明を終えた司祭様に、蛍が質問する。
「ルースラッドです」
それに対する答えに、灯里は内心で首を傾げた。
「(ルースラッド…?)」
どこかで聞いたことがあるような気がするが、何でだろう。
転生してからたくさん読んだライトノベルの中に、同じような名前の国があったかもしれない。ともかく、何かの文面で読んだような……。
「…あ。」
「何かご質問でも?」
「……」
小さな叫び声だったが、司祭様が耳聡く声を拾って問いかける。けれども灯里はその問いには答えず、視線を泳がせた。
「…灯里姉ちゃん?」
「……何かな、蛍?」
「何で視線を合わせないの? 私にも言えないことなの?」
灯里は、首を傾げて此方を見上げてきた蛍と目が合った途端、「う…」と呻き声を洩らして言葉に詰まった。
いつも気丈に振る舞っている妹が、今にも泣きそうな表情をしている。普段が人一倍元気なだけにそのギャップは凄まじく、灯里の胸に罪悪感を抱かせた。
しばらく、「あー」だの「うー」だのとうなり声を上げていた灯里は、他の兄弟からも物言いたげな視線を送られ、ついに折れた。
「………つかぬことをお伺いしますが。この周辺に、アーカイス国という王国はありませんか?」
「……アーカイスをご存じであられますか?」
恐る恐るそう訊ねた灯里に、驚きで僅かに目を見開いた司祭様が聞き返す。
この場にいる他の神官たちの表情も困惑で彩られており、ここが神聖な『勇者召喚の儀式』の場でなければ、おそらく質問攻めにされていただろうことが、安易に察せられた。
今ここで自分以外の者全員に注目されながら答えるのと、司祭様と兄弟四人に囲まれて尋問のごとくに問われるのと、どちらがマシだろう…。
現実逃避気味の頭でそう考えつつも、灯里は、その質問に肯いていた。
──そうした直後に、はっとして辺りを見回し状況を察した彼女が、数秒前の過去の自分を無性に呪いたくなったのは、道理だろう。