準備7
「ただいまー………あれ?」
部屋に戻ると、国王夫婦の姿は無かった。
どうしたのだろうかと、首を傾げつつ辺りを見回すと、テーブルの上の書き置きが目に留まった。
『そろそろ別の公務がありますので』と書かれたそれをみて、灯里は思わず微笑んだ。
ここで、『そろそろ別の公務がありますのでお暇いたしますわ』とまで書かないのが彼女らしい。
筆跡から鑑みるに、これを残したのはエレナだろう。アーカイス語で書かれているので、人物の特定も容易だった。
「お疲れ様。それと、頑張れー」
ここにはいない二人にもエールを送る。
そうして、ふと何気なくカードを裏返してみると、別人物の達筆な字で、いくつかドレスが用意してあるから選ぶようにと記されていた。ルースラッド国の筆記体だ。見たことのない筆跡だが、エルヴァだろうか。
……相変わらず、こういう時だけ仕事が早いと思う。それより魔王の討伐に関しての策を練ったりするべきだと…──まあ、そういう事諸々終わらせた上での行為なんだろうけど。
「…ドレスかぁ」
思い返せば日本で着たことはなかったから、十六年ぶりだなぁ。
そういった懐かしさはあるけれど、そこまでわくわくはしない。コルセットをしないといけないのだと考えると、憂鬱だからだ。何と言ってもやはり、あれは息苦しい。
…といっても、前世ではするのが普通だったから、多少の不便さは感じていていても、コルセットをしないという考えは無かったのだが。
「そういえば、中世のヨーロッパでもそういう文化があったんだっけ…?」
授業中の記憶を手繰り寄せ、灯里は思案する。
そこでは本当に幼い頃からコルセットをしていたらしいが、この世界では、幼くてもせいぜい十二、三歳──身体ができてくる頃からだ。
社交界デビューがそのくらいだから、それに合わせてコルセットを付けるのだ。
「コルセットはドレスを綺麗に着るための物だ」という考え方が根本にあるから、同じコルセット文化だとはいえ、中世ヨーロッパのように極端に──それこそ、骨が変形することはない。
まあ、中世ヨーロッパの場合はそれが「美」だとされていたようだから、一概には言えないが。
「……っていうか、こんなこと考えている場合じゃなかった。ドレスのことすっかり忘れてた」
あまり気は進まない(見るのも選ぶのも着るのも面倒だ)が、一度くらいは見ておくべきだろう。
おそらく国庫から資金が出ているのだろうから、無碍にも出来ない。
明らかに気乗りしない足取りでクローゼットに歩み寄り、それを開いた灯里は、目を見開いた。
──ドレスは、三着あった。
一着目は、赤から白へと外側に向かっての見事なグラデーションの薔薇をふんだんにあしらったドレス。
フリルが幾重にも重ねられた裾や袖には、大輪の薔薇が。さらに胸元には、小さくて可憐な薔薇の飾りが付いていた。
大小様々な薔薇が飾られているが、ごてごてな感じではなく、むしろ薔薇本来の姿(野に咲く薔薇)を連想させるものだ。
二着目は、いかにも貴族らしい、伝統──当国はルースラッドだから、そこの伝統──を重んじたドレス。
色は蒼。綺麗な海の色だ。
ところどころに散りばめられた宝石が、陽の光を反射してきらきらと輝く大海原を彷彿させる。
うん。双方とも、全く文句なしの代物だけれど……
「コレ、私に似合わないよね?」
ハンガーにかけられた薔薇のドレスの裾をそっとつまみ上げる。くるくると全体を色々な角度から眺めてみるものの、どうやっても私に似合うとは思えない。
あるいは、濃い化粧をすればそこそこに映えるのかもしれないけれど…、そんな事をしても滑稽なだけだと思う。正に服に着られている感が満載だろう。
というか、そもそも趣味じゃない。
「(誰が似合いそうかなー……。うーん、エレナとか? あ、お姉ちゃんも似合いそう)」
(対外的な)エレナはそういうキャラを作っているのだから、当然だろう。
姉は、キツい印象を与える──猫の目のようなアーモンド形のつり目と、意志の強そうな黒目がちの瞳が、特に一役買っていると思う──顔立ちをしているから、似合いそうだと思う。
「(私の家族は全員、系統違う美形集団だからなぁ……)」
ドレスから手を放した灯里は、そっと溜め息を吐いた。
私は、家族の中では平凡な部類に入る。だって、特にこれといった特徴無いし。よく言えば、全てのパーツのバランスが良いとも言えるけれど、悪く言えば個性がないとも言える。
…美人なのに特徴がないというのが、一番悲しいと思うよ…。あぁ、いっそ、真に平々凡々な顔立ちが良かった。前世万歳。
──ところで。この独特の蒼い色の布は、ルースラッド国の王家のみ使うことを許された代物だから、私には使えないと思うんだけど……? 彼らはそこんとこ、分かってやっているのかなー?




