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始まり


 私は、ある男に恋をした。

 彼は自国の第二王子で、ゆくゆくは王位第一継承者である実兄を支えていくという、重大な使命を担っていた人だった。

 対する私は、数ある子爵家のご令嬢の一人に過ぎなかった。他のご令嬢とは違って華やかしさなんて無くて、平民並みの地味な女の子だったし、貴族とはいえ、身分もそんなに高くなかった。

 唯一、取り柄と言えるのは料理くらいだった。教育熱心な母親(義理)に幼少時から叩き込まれたから、料理の腕はそこそこだったように思う。


 ──そんな私が第二王子と恋に落ちるまでの経緯は、少々ややこしい。


 私は元々、第一王子の側室の一人として後宮に召し抱えられた。

 父はどうやら、私を使って将来の王と親戚関係を結ぼうと画作したらしい。そんな父の計画は周到で、私がそうと知らされたのは後宮に入る前日の夜中だった。

 父が私を『そういう道具』としてしか見ていないのは分かっていたから、最初っから恋愛結婚なんて諦めていたけれど…さすがに絶句した。

 ──そうして、時間の猶予も与えられないまま(与えられていたとしても必要なかったけど)、私は後宮に入ることとなった。


 そして、1ヶ月後。

 ようやく、身分が低い私の元へと、第一王子が夜やってくる順番が巡って来た。

 とはいえ、その頃には「第一王子は『百合の間』の伯爵令嬢様にご執心らしい」というのが専らの噂で、私のところに来たのも、それが王族の義務だからだ。ただそれだけだから、双方の間に恋愛感情なんて芽生えるはずがない。


 ちなみに、それから数ヶ月後、風の噂で「『百合の間』のご令嬢が妊娠したらしい」と聞いた。お手が早いことで。

 ついでに言っておくと、私のところに来たのはあの一回だけだった。

 そのことによる体面が悪くなることだけが心配だったが、それはなかった。なぜなら、『百合の間』のご令嬢以外、第一王子に二度目の夜の訪問をされた方はいらっしゃらなかったのだから。


 そんな風の噂が流れている頃。

 元々寵愛に興味がなかった私は、躍起になることもなく、かといってする事もなかったので(他の後宮の令嬢は『百合の間』の令嬢に嫌がらせをすることに躍起になってた)中庭を散策していた。

 後宮の中庭は、一言では表せないほどに素晴らしかった。

 高低の木々は毎日庭師によって切りそろえられ、季節ごとに主役が変わるお花たちは自然体に植えられていた。…本来お茶会を催す場所なのだから、それも当然だったが。

 そんな綺麗な花々をゆったりと見つつ、私はその日も散歩にいそしんでいた。

 そこにやってきたのが、後の恋人となる第二王子──レオナール様だった。


「(誰?)」

「お前、誰だ?」

「シスリア・ルーデルと申します」

「……そうか」

「……。名乗られたら名乗り返すのが礼儀だと思うのですが」

「あ? …レオナールだ」

「レオナール様ですか。以後お見知りおきを」


 そうして、私は彼と知り合ったのだった。

 後に聞いた話によると、王族に名乗るのを要求するのは御法度であるらしい。当時そんなの知る由もなかった私はやらかしてしまったわけだけれども。

 …そもそも後宮に第一王子以外の王族が来ること自体が、あり得ないことだとも言われた。なぜ彼が後宮に来たのかは今でも謎だ。


 ──そうして何度か会っているうちに、いつの間にか恋をしていた。

 その恋心を自覚したのは良いけれど、上の身分の人に交際や結婚を申し込むのはタブーとされていたから、私からは告白出来なかった。


 だから、彼から交際を申し込まれたとき、すごく嬉しかった。


 ──けれど、その幸せも長くは続かなかった。

 何処からかその事を嗅ぎつけてきた後宮の令嬢や彼女たち付きの侍女たちからの嫌がらせは日常茶飯事。

 悪口大会から始まって、罵詈雑言を書き連ねた手紙が大量に送られてきたり、部屋から出る度に恨みがましい視線にさらされたり。料理の銀の蓋を開けたら蛙のドロドロしたものが入っているとかもあった。

 まあ、それはどうにか堪えていたから、置いといて。


 事件が起こったのはある日の夜中だった。

 どうにもこうにもお腹がすいて眠れなくなってしまった私は、夜食用にと置かれていたクッキーを口に放り込んだのだ。

 それをかじった途端に、喉に灼けるような痛みを感じ、胃がひっくり返るような吐き気に襲われ、目の前が赤く染まった。

 更なる苦痛が身体を蝕んでいく──



 ──次に意識が快復したのは、水の中だった。

 何よりも、苦しくないということに安堵した。


 その水の中で気持ちよく微睡んでいると、ふと、自分は息をしていないということに気付いた。


 ──この時点で、私は、自分が死んだのだと確信したのだった。




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