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薄葉の柵  作者: 一二三 四季
第一生
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プロローグ 盲目と神








火柱、というのだろうか、5年ぶりに見た最初の色は煌々と燃え上がる火だった。

家だ。家が燃えていた。木造で古い我が家はよく燃えるようだ。

由緒のある家なんだぞ、と言われてきた。由緒というものはよく燃えるらしい。積み上げたものほどよく燃えると知った。

頬には熱が蓄積され、顔から発火するんじゃないかと思った。汗すらかけないのに抵抗するように瞳には水分が蓄積されていった。

背中から別の温かさを感じた。抱きしめられている、と分かった。


「本当に無事でよかった。痛いところはないかい?桔梗。」


聞き覚えのある声だ。久しぶりに聞いた。父親の声だ。

僕は振り返り、顔を見つめる。同時に、父親は驚きと怯えを混じらせたような顔を見せた。


「お前、その目は…それにその髪は…。」


「わからない、でも…、父さんの顔が見える。髪の毛もなんで、長いん、だろう。ああ、そうだ―」


視界は暗転し、自身の体が慣性に負けて、地面に倒れ込む。長い髪のおかげかは知らないが痛みはなかった。

轟々と由緒の燃える音ばかりが耳を塞ぎ、近くにいるはずの父親の声は聞こえない。


まるで遠ざかるかのようにも感じた。置いていかないで。







寒い冬だった。


ふと、冬はもう、とっくのとうに終わっていたことに気付いた。

もう、四月も上旬である。春も真っ盛り、桜も満開とはいかないが、八分咲きといったところだろうか…。

しかし、もしかしたら、本当はまだ、冬なのかもしれない、桜なんて咲いていないのかもしれない。今日の入学式だって本当はみんな、「正装」という名のジャージなのかもしれない。今来ている制服だって…。


僕は、目が見えない。しかし、今、僕の目の前には、古びた築何十年単位の校舎と、玄関に群がる制服を着た学生、そして八分咲きのソメイヨシノ。雑草は太陽の光を浴び、薄く光が透けており、まだ若い葉なのだろう。

医者である叔父には、治ることはないとはっきり言われたこの忌まわしき両目、それなのに、僕の視界は広く、良く、とても良く、見える。


「物思いに耽るのもそのくらいにしておいたらどうだ、薄葉。なんだ、ここまで来て怖気づいたのか?」


ふと、小馬鹿にするような…。小馬鹿にした態度の声が頭に響く。

薄葉というのは、俺の名前であり、で姓か名かで言うと、前者である。


「中学の時の様なことは避けたいんだ。それより、校内では話しかけないという約束だろう。」


そう、今、僕に話しかけているのは、人間ではない、人ではない存在、そういう存在はたくさんある。動物、植物、道具、霊、そして、妖怪。

今、話しかけてきた者の存在は霊というよりか、妖怪に近い、怪異とも呼べる。

近い、というのはなかなか判断し難い存在であるらしく、本人が言うにはれっきとした神であるらしい。

しかし、こいつは神、というには、少しちっぽけな存在な気がする。


「…やっぱり、僕の目は治せないんだよな?」


何十、いや、何百回目の質問だろうか。もはや、期待の欠片すらこもっていない質問をする。


「またそれか、何度も同じ言葉を言わせるな。できない。何も私だからというわけではない、薄葉。お前の目は特殊なんだよ。いや、目というか、原因は血だったな。」


呆れた声が、脳内に響く。わかりきっていた言葉。

癖みたいなものだ。ふとした時に無意識に聞いている。

そりゃそうだろう、神が身近にいるなら、願いを聞いて欲しくなるのは当たり前である。無論、期待していないが。


「…神のくせに。」


これも何度目だろうか、最早、先ほどのやりとりとワンセットででる言葉である。つまり、定番。


「そんなに都合のいい存在ではない。私は神でも特殊な部類だしな。それに、目なら私のを貸しているだろう。お前が望むならより、素晴らしい目にしてやろうか?数倍くらい見える目だぞ?」


そう、僕は目が見えない。しかし、この神から目を借りている。借りているというのはまだ、聞こえはいいが、もっと突っ込んで言うならば憑依されている。主導権は俺だが。

しかし…。


「シロ、それだって何度目の言葉だよ。悪いけど、常時、人間顕微鏡になる気はないから、気持ちだけは受け取っておくよ。」


まあ、これが意外と役に立ったりする時があるんだけど…。

シロ、というのはこの自称神様の名前である。犬みたいな名前だが、由来は別にある。完全に偶然だが昔、実家で飼っていた犬がシロという名前だったらしい、最近知った。物心つく前に死んでしまったため記憶はない。このことはシロに言うと面倒くさいことになりそうだから言っていない。


「小さいことをいちいち気にするな。そうか、人間は遠慮という意味のわからないものをするな。損でしかないだろう。全く理解できない。それより、薄葉、早く行かないのか?」


ふと、校舎の時計を見る、そろそろ行かなければならない。

玄関も溢れるほどいた学生が、今では数人いるだけで、すっかり落ち着きを取り戻していた。


「安心しろ。私はいつでもお前の目になってやる。私のためにもな。」


その言葉に、返事はせず、俺は玄関に向かうために歩き出す。不意に寒さを纏った風が吹き抜ける。

少しの花びらが舞う。その花びらが飛んできた方向へと目を向ける。


目の前には、おそらくきっと桜があるのだろう。








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